第14話 尊いもの

『あぁ……やっぱりカトリーヌの筋肉、すごいわ……』

『あ、あ、そこ、そんなところに……?』

『アラーナ、大丈夫、あそこはヤオイ穴といってね……使い方はまちがってないわ』

『む、そう……なのか?』

『はぁ、それにしても尊いわぁ……』

『尊い? う、うむ、そうか……、尊いか……』


「……で、見ているうちに興奮しちゃた、と?」

「め、面目ない……」


 しゅんとうなだれるアラーナから、花梨へを視線を移す。


「な、なによ……。なんも悪いことしてないわよ!」


 責めるような陽一の視線に少しうろたえた花梨だったが、すぐに胸を反らして悪びれる様子もなく陽一に言葉を返した。


 アラーナは見ていただけと言ったが、それにしては異常な興奮ぶりだった。

 まぁ実際に部屋の隙間から生で見ていたのだから、声や音も聞こえただろうし、汗などの匂いも嗅いでいたのだろう。

 それに加え、解説も含めて花梨がいろいろと耳元で囁いたに違いない。


 そうやってアラーナの興奮はどんどん増していき、花梨も自分の言葉に酔っていったというところか。


「お前なぁ、あんまりアラーナに変なこと教えるなよ」

「へ、変なことってなによ! 尊いものを尊いと教えただけでしょうが!!」

「なんだよ、その"尊い"っての……。っつか、お前ってBLとか好きだったっけ?」

「世の中にBLの嫌いな女なんていないわよっ」

「んなわけあるかっ!」

「んなわけあるのよっ! あんただって昔パソコンに百合百合しい画像とかいっぱい保存してたでしょ!? それとおんなじよっ!!」

「ちょ、おまっ! それは……!!」


 思わぬ方向から過去に対して攻撃を受けた陽一はうろたえつつも、花梨のいわんとしているところを多少なりとも理解できた。

 なるほど、男性が女性同士の絡みに淫靡なものを感じるように、女性のほうは男性同士の絡みになにかしらの刺激を受けるのかもしれない。


 全員が全員そうというわけではないだろうが、少なくともカトリーヌと文也の絡みに興奮した花梨とアラーナを責める必要はないだろうと陽一は判断した。


「わかったよ。まぁ、ほどほどにな……」


 一方実里はなんとも複雑な微笑みとともにため息を漏らした。


「……どうしたの陽一、難しい顔をして?」


 花梨とアラーナから話を聞き終え、少し落ち着いたところで陽一の表情が曇っていることに気づいた花梨が心配そうに声をかけた。


「いや、よかったのかな……」

「ん、どういうこと?」

 のそういった行為を罰として扱うことに、罪悪感のようなものがあった。

 どうやらそれは実里も同じようで、彼女もまた少し申し訳けなさそうな表情を浮かべていた。


 自身の考えを陽一が告げると、アラーナはきょとんした表情で首を傾げた。


「ふむう……。私としては、シャーロットにお仕置きと称してあれだけのことをしておきながら、なぜ今回の件にだけそのような思いを抱くのかが理解できんのだが」

「あー……」

「そ、そっかぁ……」


 しかしアラーナにそう指摘されたふたりは、どうやら妙な価値観にとらわれていたらししことに気づかされた。


「ってか花梨はなんとも思わなかったわけ?」


 だが、似たような価値観を持つはずの同じ現代日本人である花梨は、行為を直接見たにもかかわらずなんとも思っていないようだった。


「なんで? あんな尊いものが悪いことなわけないじゃない」


 ケロッと答える花梨に、陽一と実里は顔を見合わせて肩を落とし、大きくため息をついた。


○●○●


 異世界に連れ去られてオトメたちによるお仕置きを受けていた文也、瀬場、誠の3人だったが、星川グループの業務への影響を鑑みて文也と瀬場のふたりは2日ほどで解放された。


 文也にせよ瀬場にせよ、人間性はともかく社会人としては有能であり、ふたりが長期間いないことで滞る業務が、グループ全体に多大な損失を与えることは想像にかたくない。

 それによって、グループにとどまらず関連企業などが大きな損害を受け、罪のない誰かが路頭に迷うようなことがあってはならないということで、実里の要望によりふたりは早くに解放されることが決まったのだった。


「もっと時間があれば身も心もアタシのものにできたのにぃ」


 と冗談半分で悔しがるカトリーヌ曰く、歪んでいるとはいえ文也の実里に対する愛情は深く、その執着を取り除くことはできなかったのだとか。

 しかしある程度の矯正はできたので、今後文也が実里を始めトコロテンの面々に害をなそうとすることはないだろうとのことだった。


「どぉしても謝罪だけはしたいって言ってるから、それだけは受けてあげてくれないかしらぁ?」


 実里としては文也が自身の罪悪感を払拭するためだけの、自己満足にしか過ぎない謝罪を受けるつもりは毛頭なく、今後自分の前に姿を現わしさえしなければそれでいいと思っていたのだが、カトリーヌに頼まれたのでは仕方がない。


 文也がお仕置きを終えてこちらに帰還し、実里への張り込みを含む数日のうちに溜まった業務を処理し終えるのに3日を要した。

 業務が一段落つき、少し時間が取れるということで、実里は陽一とアラーナ、花梨をともなって、南の町にある例の本社第2ビル最上階の社長室を訪れた。


「謝罪というなら向こうから来るべきじゃないですか? なんでわざわざこんなところまで……」

「まぁまぁ、あいつもなんやかんやで忙しい身だからさ。暇な俺らが動いてやってもいいだろ?」

「うむ。実里の怒りたい気持ちはわからんでもないが、私としてはこの道中、こちらの世界を堪能できたので、むしろありがたかったがな」

「気に入らなきゃ蹴飛ばしてやりゃいいのよ」


 一度はホームポイントに設定していた本社第2ビルの地下施設だが、すでに設定を変更していた。

 文也からは自由に使っていいと言われてはいたが、実里が嫌がるので使わないことにした。

 あのときは意趣返しの意味もあったので地下施設で陽一と行為に及んだが、いざ自由にしていいと言われるとどうしても義弟に対する嫌悪感が勝ってしまうようだ。


「お待ちしておりました」


 最上階にたどり着くと、社長室の前で瀬場が4人を出迎えたのだが――、


「ぶほっ!?」

「くふっ……!」

「えぇ……」

「あはっ!」


 陽一とアラーナは思わず吹き出し、実里は嫌悪感を隠そうともせず呆れ声を漏らした。

 そしてなぜか花梨は嬉しそうだった。


「みなさま、その節は大変ご迷惑をおかけしました」


 胸に手を当て、背筋をぴんと伸ばしたまま斜め45度に頭を下げる。

 口調といい仕草といい、それは完璧なお辞儀だった。

 ただし、ミニスカート仕様のメイド服さえ着ていなければ。


「(な、なぁ……、あれもお仕置きの一環なのかな?)」

「(うむ……おそらくそうだろうな……)」

「(おっさんのメイド服……尊い……)」


 カトリーヌひとりにたっぷりと相手をしてもらった文也と異なり、瀬場は10名ほどのオトメたちに入れ代わり立ち代わり可愛がられたらしい。

 しかしもともと頑強な精神を持っているのか、数日では彼の心を折ることができなかったのだとか。

 そこでカトリーヌは、元の世界――日本――に戻った際、メイド服を着用することを命じた。

 もし禁を破れば業務を他者に引き継いだうえで生涯異世界で暮らす、という誓約のもとに。


『だからぁ……。もしセバっちゃんがメイド服以外の服を人前で着てるの見たら、アタシに知らせてねぇ』


 とは後日カトリーヌから聞いたことだ。


 余談ではあるが、新たなユニフォームを得た瀬場は、一部の女性社員から絶大な人気を得ることになる。

 なんでも、絶対領域から覗く筋肉質な太ももが、高尚な趣味の女性陣にはたまらないのだとか。


 やがて彼の姿はSNSで拡散され、『セバッチャン』の愛称で星川グループの名物キャラクターとして国内はおろか全世界にディープなファンを得ることになるのだが、それはまた別の話。


「文也さまがお待ちです、どうぞ」


 一見平然としつつも頬を赤らめ、わずかではあるが羞恥に震えながら、瀬場は社長室の扉を開いた。


「申し訳ありませんでしたぁ!!」


 文也は社長室の真ん中で、土下座をしたままトコロテンの4人を迎え入れた。


(土下座か……)


 その光景を前に、陽一の頭にふと和服姿の残念な女性の姿が重なる。


 ――うー! なんでここで私を思い出すんですかぁー!!


 ぷんすかと怒るポンコツ管理者の様子が脳内で再生され、思わず表情が崩れる。


「……?」


 それに気づいた実里がちらりと陽一を見て首を傾げたが、義弟の無様な姿に思わず嘲笑が漏れたのだろうと納得した。


(しかしまぁ、ここは五体投地だろう。こいつもまだまだ彼女には及ばんな)


 ――そうでしょうそうでしょう!


「ちっ……」


 ふんす! と胸を張る残念管理者の姿にイラッときた陽一は、脳内のイメージを意識外へ追いやるべく、舌打ちしながら頭のあたりで軽く手を振った。


その舌打ちを受けて、土下座したまま床に額をつける文也の身体がピクっと震えた。


「ごめんよ姉さん……。僕が間違っていたよ……」


 そう言ったあと、ガバっと顔を上げた文也の顔は悔恨の涙に濡れていた。


「僕が、姉さんを……姉さんを犯してしまったことは本当に間違いだった!!」


 その言葉に実里が眉をひそめるなか、文也はそれに気づいていないのか勢いよく立ち上がり、義姉に歩み寄った。

 不思議と悪意の類は感じられなかったので、陽一らは静観する。


「だから、やり直そう! 姉さん!!」

「は? あなたなに言って……」


 戸惑う実里になにかを押しつけ、無理やり持たせた文也は、義姉から離れるや自身のズボンのベルトを外してボクサーブリーフごと勢いよく下ろした。


「ちょ、なにやって――!?」


 義弟の意味不明な行動に実里は取り乱したが、文也は気にせず回れ右をしてよつんばいとなった。

 そして尻を突き出して顔をうしろに向ける。


「姉さんが僕を犯すべきだったんだ!! さぁ、もう一度最初からやり直そうっ!!」

「は……?」


 視線を落とす。

 いましがた義弟に持たされたものは、ディルドつきの貞操帯、いわゆるペニバンという物だった。


「さぁ姉さん!! 早くそいつをぶちこんでくれよぉっ!!」


 能面のような、と形容すればいいのだろうか。


 もともと表情に乏しい実里だったが、いまは無表情極まれりといった様子で、どこを見るでもなく視線を漂わせながら固まっていた。


「汚ぇもん見せんじゃねぇよっ!!」


 想像をはるかに超える異常な光景に処理落ちしてしまった実里に代わり、陽一が素早く踏み込んで突き出された文也の尻を蹴り上げた。


「ひぎぃっ!!」


 鉄板入りの安全靴によるトゥキックを受けた文也は、なんとも気持ちの悪い悲鳴を上げて倒れ伏した。


「あぁ……義兄にいさん……」


 そして文也は不穏な言葉とともにうっとりとした視線を陽一に向け、ビクンビクンと何度か痙攣したあと気絶した。


(お仕置きというより、ご褒美になってないか……?)


 魔人ラファエロと対峙したときよりもひどい怖気おぞけを背筋に感じた陽一は、青くなった顔を引きつらせながらブルルと大きく身を震わせる。


「ようふみ……いえ、ここはあえて、ふみようっていうも……? んんっ、尊い……!」


 そしてなにやら不穏なことを呟きながら頬を染め、ときおり小刻みに震える花梨のことは完全に無視することにした。

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