第13話 お仕置き

 陽一と実里は、文也が作った地下スペースの寝室にいた。


「このベッドも、大きさこそうちのと変わらんけど、弾力とかシーツの触り心地とかは桁違いだな」

「ですね……。まったくなんにお金を使ってるんだか……」


 キングサイズのベッドに腰かけた陽一が感心したように、その隣では実里が呆れたように言う。

 ミニガンを派手にぶっ放した陽一だったが、地下室の構造にダメージを与えるようなことはしていない。

 それに戦闘――一方的な制圧に終わったが――はリビングで行なっていたので、寝室に被害はなかった。


『今日は実里を慰めてやってほしい。この連中については私に考えがあるから任せてくれ』


 とアラーナが申し出てくれた。

 花梨は同行するか、『グランコート』で陽一らを待つか悩んでいたが、なにやらアラーナと話しているうちに鼻息が荒くなり、目がらんらんと輝き始めた。


『あたしもアラーナと行くっ!』


 となぜか同行する気満々になったので、陽一は文也、誠、瀬場の3人と花梨、アラーナを異世界へと送り出し、すぐに戻ってきたのだった。


「実里はここが嫌じゃないの?」


 一応この寝室を含む地下施設は文也が実里を監禁するために作り、実際無理やり連れ込まれた場所でもある。

 多少なりとも嫌悪感があってもおかしくはない。


「大丈夫です。ここに来て2時間も経たずに陽一さんたちが来てくれましたし、そもそもこの部屋には入ってもいないですし。それに……」


 そこで実里の口元に、少しばかり人の悪い笑みが浮かぶ。


「せっかく文也が用意した場所を、最初に私と陽一さんが使ったら、あの子どんな顔をするのかなって思ったら、ちょっとだけワクワクするんです」

「そっか。じゃあ遠慮する必要はないかな」

「はい」


 それからふたりはとりとめのない話を続けた。

 やがて話すこともあまりなくなり、言葉数が減ってくる。


「陽一さん……」


 しばらく沈黙が続いたあと、ふと名前を呼ばれた陽一は、実里に目を向けた。


「実里……」


 彼女は陽一と目が合うと、静かに目を閉じ、軽く顎を上げた。


(……こうやって正面からキスを求められるのって、ひさしぶりかもな)


 陽一は実里の求めに応じて顔を近づけながら目を閉じ、そしてふたりの唇は重なった。


「んむ……ちゅ……」


 唇同士をついばむような浅いキスがしばらく続いた。

 なんども味わった柔らさと温もりを取り戻したことに、陽一はまず安堵した。

 しかし繰り返し唇の感触を味わっているうちに、心の底から怒りに似た感情が湧き上がってくる。

 ともすればこの柔らかな唇に、ほかの男が触れていたかも知れない。

 そんな想いから生まれたものが、胸の奥にもやもやとわだかまり始めたようだった。


「あむ……んんーっ……!」


 陽一はぐっと唇を押しつけながら、実里の頭に手を回してうしろから押さえ込み、そして尖らせた舌先で彼女の唇をこじ開けた。


 陽一は激しい感情をぶつけるように実里を抱き、彼女もそれを受け入れ、ふたりはそのままひと晩中行為に更けるのだった。


○●○●


 実里と一日中たっぷりと愛し合った翌日、『辺境のふるさと』へと【帰還】したふたりは、ベッドの上で激しく絡み合う花梨とアラーナに遭遇した。


 ふたりの荒い息遣いや淫らな嬌声が室内にこだまする。

 いったいどれほどの時間をそうやって過ごしていたのか、無駄に広いパーティー向けの大部屋が甘酸っぱい匂いに満たされ、その匂いと目の前で繰り広げられる予想外の光景に、陽一と実里の意識はくらりと乱れ、ふらつきそうになりながらも互いに支え合って踏みとどまった。


「どうなってんだ、こりゃ……?」

「あはは……ふたりとも、すごい……」


 呆然と見つめる陽一と、乾いた笑みを漏らす実里の存在に気づかないのか、ふたりはなおも行為にふける。


「はぁ……はぁ……、だめぇ……全然、ものたりないよぉ……」

「はぁ……ふぅ……私もだ……。余計に切なくなる……」


 行為が一段落ついたところで、なにやら不満そうな表情を浮かべて見つめ合っていたふたりだったが、ふと花梨の視線が動いた。


「あ……」


 そしてその虚ろな視線が、陽一の姿を捉えた。


「あはぁ、よういちだぁ……!」

「はぁん……よ……ヨーイチ、どのぉ……?」


 その視線を受けた瞬間、股間に血が集まるのを感じながら、陽一はわずかに笑顔を引きつらせて軽く片手を上げた。


「あ……や、やぁ……」

「えっと、ただいま……?」


 絡み合うふたりの虚ろな視線を受けた陽一と実里は、とりあえず挨拶を返した。

 いつものアラーナならふたりの存在に気づくや否や恥ずかしがって、シーツでも被るような場面である。

 普段なにかと余裕ぶっている花梨にしたところで、羞恥心は人並みに持ち合わせており、いまのようなあられもない姿を見せて平気でいられるような女性ではないはずだ。

 しかし花梨とアラーナは陽一に気づくなりふたり揃って彼を求めた。



「あの、私、オルタンスさんのところに行ってますから……」

「あ、うん。いってらっしゃい」


 どうやらふたりの目に自分が映っていないであろうことを察した実里は、そう申し出て部屋をあとにした。


 実里がいなくなったことでタガがはずれた陽一は、ふたりに求められるまま行為にふけった。




「で、なにがあったんだよ?」


 行為が終わり、花梨の鼓動が少し落ち着いたところで陽一は尋ねた。


 なにせ部屋に入るなり女性ふたりがあられもない姿で絡み合っていたのだ。

 そのうえで獣のように求められたため、陽一も勢いに任せてふたりとのセックスを楽しんだが、こうやって落ち着いたからには事情を知りたくなるのは当前だろう。


「んー、そうね。たぶん実里にもちゃんと説明したほうがいいから、あとでいいかしら?」

「まぁ、べつにいいけど……」


 事前に陽一だけ説明を受けて、さらに実里が戻ったあとに同じ話をするのも効率の悪い話である。


 花梨の意図を汲み、この場での説明を諦めた陽一は、行為の途中で失神したアラーナを起こして〈浄化〉をかけてもらい、実里の帰りを待つことにした。


○●○●


 ――すこし時をさかのぼる。


 文也は天蓋つきの豪奢なベッドの上で目を覚ました。

 それは随所にフリルや花柄の刺繍ししゅうが施された、少しばかり少女趣味が過ぎるようなデザインだった。

 ベッドに置かれたマットレスはクッション性もよく、寝心地はよさそうである。


「クソっ……、どうなってんだよ、これ」


 そのベッドの上で、文也は全裸にされ、大の字に広げた状態で手足をベッドの支柱にロープでくくりつけられていた。

 そして首には見覚えのないネックレスがつけられていた。


「どこだよ、ここは……?」


 必死で身をよじってみたが、自力での脱出は不可能に思われる。


「おーい! だれかっ!! だれかいないか!? そうだ、瀬場ぁ!! 瀬場はいるかっ!?」


 逃げられないとわかっていながらも、必死で身をよじりながら忠実な参謀を呼んでいると、ドアがガチャリと開く音が聞こえた。


「おお、瀬場? 瀬場か!?」

「残念だったな。私だよ」


 なんとか首をひねって声のほうに視線を向けると、そこには銀髪の女性がいた。


「お、お前……ヨウイチの……?」


 それが陽一とともに自分の隠し部屋へ来た女だと知り、文也の顔に怒りの表情が浮かぶ。


「お前! これをやったのはお前か? 僕にこんなことをしてただで済むと思っているか!?」


 ベッド脇に歩み寄ったアラーナは、そんな文也に対して冷たい視線を落とした。


「貴様のほうこそただ済むと思っているのか?」

「な、なんだと……?」

「聞いているぞ、貴様がミサトに……私の仲間になにをしてきたのかをな」


 文也たちを制圧したあと、実里は自身の過去について自分の口で陽一らに話していた。


 事前にある程度知っていた陽一はともかく、その場でようやく詳しい事情を知った女性陣は文也らをハリネズミに、あるいは肉片にする勢いで激怒したが、実里になだめられて思いとどまった。


 実里としてはもう終わったことなので、今後自分に関わってこないのであれば、文也がどうなろうと知ったことではないということだったが、とはいえなにもせず放流すればこの馬鹿な義弟はまたよからぬことを考えるだろう。


『メイルグラードには女性に暴行を働くような不埒者をこらしめる達人がいるのだ。ここは私に任せてもらえないか』


 ということで、文也らの処罰はアラーナが引き受けることになったのだ。


 ちなみに花梨は文也を前にして冷静でいられる自信がない、ということで、別室に控えていた。


「う、うるさい!! 僕と姉さんは愛し合っていたんだ!! 愛し合う者同士が同じ時間を過ごし、身体を重ね合ってなにが悪い!?」

「ふふん。自分勝手な思い込みを相手に押しつけて、自分の思うとおりに力ずくで他人をねじ伏せる……。どこの世界にもいるのだな、貴様のような連中が……!!」


 わずかに語気を荒らげたアラーナだったが、ふと相手を小馬鹿にしたような笑みを浮かべてわざとらしく文也を見下ろした。


「聞いたぞ? そういうのをそっちの言葉で"すとぉかぁ"というらしいじゃないか」

「ストーカー……だと……?」


 アラーナの言葉に、文也は目を血走らせて口元をわななかせる。


「ふざけるなぁー!! 僕を……僕をそんな連中と一緒にするなぁ!!」

「くくく……。否定したければ好きにするがいい。最初から言葉が通じるとは思っていないのだからな……。さて、もう入っていいぞ」

「はぁい」


 ドアから入ってきた誰かが近づいてくる足音を、文也は聞いた。

 そして足音の主は、ほどなく文也の視界に入ってきた。


「あらぁん、この子がフミヤくんねぇ? 案外可愛い顔してるじゃなぁい」

「ひぃ……っ!?」


 それは金髪のツインテールと、随所にフリルをあしらった可愛らしい服装が目印のオトメ、防具屋のカトリーヌだった。


「な、なんだよこのバケモンは?」

「あらぁん、バケモンとはご挨拶ねぇ……。オトメって呼んで? オ・ト・メ」

「ヒィィッ……!?」


 カトリーヌがずいっと顔を近づけてバチンとウィンクすると、文也は引きつらせた顔を必死にそむけ、か細い悲鳴を上げた。


「ではカトリーヌ、あとは任せたぞ」

「はぁい。じゃあねー」

「ちょ、ちょっと待ってくれ!! こ、コイツとふたりっきりにしないでくれぇっ!?」

「ふん……。ミサトとて1秒たりとも貴様などと過ごしたくはなかっただろうよ」


 そこまで言うと、アラーナはふっと穏やかな笑みをこぼした。


「心配するな。貴様などと違ってカトリーヌは優しいからな。たっぷり可愛がってもらうといい」

「うふん、優しいだなんて、照れちゃうわぁ」


 アラーナの言葉を受け、カトリーヌは両頬を手で覆ってクネクネと身をよじった。


「うぷ……」


 その姿に、文也は吐き気をもよおしたが、すんでのところで耐えた。


「ふふ、事実だろう。ではな」

「待て……待ってくれぇ……いや、待ってくださいぃっ!!」


 文也は必死で引き留めようとしたが、アラーナは踵を返すとそのままスタスタと部屋を出ていってしまった。

 すがるような表情でドアを見ていると、視界の外からしゅるしゅると衣擦れの音が聞こえてきた。


「…………」


 文也が恐る恐る視線を動かすと、そこには分厚い筋肉の鎧に身を包んだ、ツインテールの巨漢の姿があった。


「ひぃ……や、やめて……」


 全身に脂汗をにじませ、目尻から涙をこぼしながら、文也は力なくふるふると首を横に振る。


「あらぁん。ボクちゃんてばアタシにされるのが嫌なのかしらぁ?」


 その問いかけに無言でカクカクと何度も頷く文也へ、カトリーヌは安堵したように息を吐き、穏やかな笑みを浮かべた。


「そう、よかった……」


 そしてカトリーヌの笑みが、獲物を前にした肉食獣のように獰猛なものへと変わっていく。


「だったら望んでもいない相手に無理やり犯される乙女の心が、少しは理解できるんじゃないかしらねぇ?」

「ひぃ……ぁ……」


 ゆっくりと近づいてくる巨獣を前に、文也はわずかなうめきを漏らしながら首を振った。

 しかし彼はビジネスの第一線で数々の修羅場をくぐり抜けてきた男である

「あ……アンタはそれでいいのかよ!?」


 カトリーヌが覆いかぶさろうかというその直前、ようやく声を発し、相手の動きを止めることに成功した。


「……どういうことかしら?」


 きょとんと首をかしげるカトリーヌに、文也は言葉を続けた。


「アンタだって、こんな関係望んでないだろ? 俺のことなんてなんにも知らないだろ? 好きになるヒマなんてなかっただろ!? 好きでもないやつとするのなんて嫌だろ!? こんな罰ゲームみたいなことに自分の性癖利用されて、平気なのかよ!? なぁ!? 考え直せよぉっ!!」


 文也が必死で並べた言葉に、カトリーヌは目を見開いた。


「アタシのこと、気にかけてくれてるの……?」


 苦し紛れに放った言葉がどうやら相手の心に響いたらしく、文也は思わず笑いそうになるのを必死でこらえ、真剣な表情を繕った。


「ああ、そのとおりだとも。君たちオトメだって、愛する人と結ばれるべきだ! 僕みたいな男じゃなく、もっといい人がどこかで待っているはずだよ? だから、こんな馬鹿な真似……自分を安売りするようなことはやめるんだ!!」

「そんなに、アタシの……アタシたちのことを……」


 そう言いうとカトリーヌはうつむき、ふるふると肩を震わせ始めた。


「(……勝った!!)じゃあ、とりあえずこのロープを――え?」


 どうやらうまくいきそうだと自身を解放させるべく説得を始めようとしたところで、カトリーヌがニタァと笑みを浮かべて顔を上げた。


「ますます気に入ったわぁん」

「ひぃ……!?」


 そしてカトリーヌは、ガバっと勢いよく文也に覆いかぶさった。


「アタシねぇ、ひと目見たときからアナタのこと、可愛いって思ってたのよぉ」

「へ……?」

「だからぁ、身体だけの関係でもいいって、そう思ってたの」

「あ……や……」

「でもぉ、フミヤくんの言葉を聞いてアタシ目が覚めたわぁ!!」

「え……じゃあ……」

「最初は身体だけのつながりでも、いつか心も通じ合えるってねぇ!!」


 そしてお互いの鼻同士が重なるくらいまで、カトリーヌはずいっと顔を近づけた。


「だからぁ……心を込めてたぁっぷり可愛いがって……あ・げ・る! んふっ!!」

「い、いやああぁぁ……」


 ――しばらくのあいだ当店はお休みをいただきます♪ 店主カトリーヌ

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