第12話 実里救出

 エレベーターのドアが開くと、そこは先日訪れたカジノの町のスイートルームに匹敵するような豪華な部屋だった。

 そして事前に確認し、アラーナと花梨に伝えたとおり3人の男が拳銃を構えているのが見えた。


「どうやってたどり着いたかは疑問が残るところだけど、ここまで来れたことは褒めてやるよ、ヨウイチくん」


 銃口を陽一に向け、文也は勝ち誇ったような笑みを浮かべる。


「でも、邪魔者には早々に退散してもらわないとね」


 得意げに話す文也を無視して陽一は室内を見回し、実里の姿を見つけた。

 目が合うと、陽一は彼女を安心させるよう強い意志のこもった視線を向け、無言で頷いた。

 そのうしろでは同じく花梨とアラーナも軽く視線を送っており、実里は3人に向かって余裕のある微笑を浮かべて頷き返した。


 実里の顔や身体の見える部分には傷や痣などは見当たらず、無傷のように見えるが彼女が暴力を受けたことを陽一は


「おい、無視するな……っくぅ……!」


 相手が自分を一顧だにしないことに苛立ちを覚えた文也が不満を口にしたのとほぼ同時に、陽一は声の主を睨みつけた。

 敵意のこもった鋭い視線を向けられた文也は思わず息を呑み、わずかにあとずさってしまう。


「さて、出来の悪い弟くんにはお仕置きが必要だと思うんだけど、いいかな、実里?」

「はい。私の手には終えない愚弟なので、陽一さんにお任せします」

「な……出来の……悪……ぐて……」


 威圧されて平常心を失っているところに、思ってもみない会話がなされ、文也はまともに言葉を発せず顔を真赤にして口をパクパクさせる。


「おいおいおっさんよぉ!」


 そんななか、オートマチックの拳銃を構えた誠が口を開いた。


「おぇ状況わかってんのか? 悪ぃこと言わねぇからその銀髪と茶髪のねーちゃんふたりとも置いてさっさと帰れよ? なぁ?」


 誠はそう言って拳銃の銃身で左手をポンポンと叩いて武器を誇示し、ふたたび素人丸出しの構えで銃口を陽一に向け直した。


「ったく最近の若いもんは……」


 陽一は呆れたように頭をポリポリと書きながら呟くと、顔を上げて誠を睨みつけた。


「せっかく学費から生活費から全部出して私立の大学に通わせてくれたってのに、除籍とは親不孝このうえないなぁ吉田誠くんよ?」

「な……てめ……なんで……」

「実家で母ちゃんが泣いてるぞ? お前こそさっさと帰ったほうがいいんじゃないか?」

「ぐ……う、うるせぇ!! 俺ぁ文也さんの口利きで就職が決まってっから、学歴なんざどーだっていいんだよぉ!!」

「ふーん、口利きねぇ……。ところでお前らにひとつ聞きたいことがあるんだけど」


 そう言って一旦言葉を切った陽一は、もったいつけたように文也、誠、瀬場の3人を見回した。


「そんなおもちゃでなにがしたいの?」


 その言葉に、文也はきょとんと目を見開き、そして侮蔑するような笑みを浮かべた。


「あははは! おもちゃ? これがおもちゃだってぇ!? あはははは!!」


 文也は先ほど言葉を詰まらせたことを払拭したいかのように、しばらく笑い続けたあと、目尻に涙を溜めて陽一に蔑むような視線を送る。


「まぁ平和ボケの日本人には本物とおもちゃの区別はつかないかもしれないけど――」


 ――ダァン! ダァン!


「ひっ……!」


 突然室内に響いた銃声に、誠が短い悲鳴を上げて身を縮める。

 文也の拳銃から放たれた銃弾は、床に敷かれた分厚いカーペットを貫き、少しだけ床のコンクリートをえぐった。

 最初から威嚇射撃とわかっていた陽一は特に反応せず、文也はそれが少し不満だったが、驚きのあまり反応できなかったのだと思うことにした。


「これの、どこがおもちゃだって?」


 文也が言い終えるが早いか、陽一は【無限収納+】から三脚を立てた状態のミニガン――小型ガトリングガン――を取り出し、誰もいない壁に向かって発射した。


 ――ダララララララ……!!


 あらかじめ1000発だけを装填しておいたマガジンボックスは約20秒で空になったが、そのわずかな時間で射線上にあった調度品の数々は容赦なく粉砕され、コンクリートの壁はゴリゴリと削られていた。


 回転式の銃身がカラカラと空回りし始めたところで陽一はトリガーから手を離し、再び文也ら3人を見回した。


「もう1回聞くけど、そんなでなにがしたいの?」


 文也は得意げな笑みを浮かべたまま固まっていた。


「ふえぇ……」


 誠は情けない声とともにへたり込み、じわりと股間を濡らす。

 そんななか――、


 ――ドゥン!!


 重い銃声が室内に響いた。

 それはいち早く我を取り戻した瀬場の拳銃から放たれた銃弾だった。


 凶悪な殺戮兵器を目の当たりにし、あれが自分や文也に向けられてはたまらないと思ったのか、瀬場は1発で仕留めるべく陽一の頭を狙って撃った。

 南米で密かに受けていた訓練の成果もあってか、瀬場の放った銃弾は正確に標的をめがけて飛んでいったが、陽一は銃声が響くのとほぼ同時に身体をひねり、それをかわした。


「なっ――!?」


【鑑定+】によって思考をリアルタイムで把握し、かつ銃口から放たれた銃弾がどう飛来するのかを予測できる陽一にとって、銃弾をかわすという行為は決して不可能なことではない。


『お前、先読みだけは一級品だな。だったらそれに身体がついていくようにしないとな』


 セレスタンの言葉とそのあとに待っていた地獄の特訓を思い出し、陽一は思わず苦笑を漏らしてしまう。


「くっ……舐めるな!!」


 それを嘲笑と勘違いした瀬場が、続けて何度も引き金を引いた。


 ――ドゥン! ドゥン! ドゥン……!


 しかしそのすべてがあえなくかわされてしまう。


(ギルマスの攻撃に比べたら……)


 くるとわかっていてなおかわせない変幻自在の攻撃に比べ、ただまっすぐ飛ぶだけの銃弾の、なんとかわしやすいことか。

 思わず漏らした苦笑はやがて余裕の笑みとなり、陽一は悠然と瀬場に歩み寄る。


「くっ……!!」


 カチッカチッと弾の切れた拳銃の引き金を何度も引く瀬場に向かって、陽一は素早く踏み込んだ。

 陽一の手にはいつの間にかナイフが握られており、腕を大きく振りかぶっている。

 瀬場は咄嗟に拳銃でその斬撃を受け止めた。


「ぎぃあぁっ!?」


 ゴキリという鈍い音とともに、瀬場の悲鳴が響く。

 それほど体格のよくない男が放つナイフでの攻撃である。

 軽く受け止め、なんとかしりぞいて体勢を立て直すつもりだったが、その攻撃は予想をはるかに超えて重く、刃が銃身に触れた直後に想定を大幅に上回る衝撃を受けて手首の関節が外れ、トリガーにかけたままだった指はいびつに折れ曲がっていた。


「おらぁっ!」


 衝撃と痛みによって膝を折った瀬場の頭に、陽一は回し蹴りを打ち込んだ。


「がっ……!!」


 セレスタン仕込みの回し蹴りを側頭部に受けた瀬場は、短く呻いて意識を失った。


「ひ……く、くるなぁっ!!」


 瀬場を仕留めた陽一に睨まれ、文也は後ずさった。

 そして手にした拳銃を実里がいたほうへと向ける。


「う、うごくな!! それ以上動けば姉さんを……え?」


 銃口を向け、続けて顔をそちらに向けたところで、先ほどまでそこにいた実里の姿がないことに文也は気づいた。


「女がいつまでも自分の思いどおりなるとは思わんことだ」


 陽一がミニガンを取り出し、全員の注意がそちらに向いた瞬間から動き始めていた花梨とアラーナは、実里をバーカウンターの裏に連れていって彼女の安全を確保していた。

 そして実里の身柄を花梨に預け、陽一が瀬場とやりあっている隙に、アラーナは文也の背後へと回っていたのである。


「ぎゃっ……!!」


 突然背後から聞こえた声に振り向こうとした文也だったが、声の主を見る前に延髄に手刀を受けて意識を刈り取られた。


「あとひとりは……」


 アラーナが文也を仕留めるのを確認し、陽一は誠のほうを見た。


「あばばば……」


 ミニガンの威力がよほどショッキングだったのか、誠は失禁し、口から泡を吐いて白目を剥いていた。


「よし、大丈夫かな。……実里!」

「ほら、呼ばれてるわよ」


 陽一の呼びかけに加え、花梨に背中を軽く押されて実里はバーカウンターの陰からゆっくりと顔を出す。

 実里と目が合った陽一は、彼女に対して両腕を広げて笑顔を向けた。


「迎えにきたよ」

「陽一さんっ!!」


 バーカウンターを飛び越えた実里はそのまま陽一へと駆け寄り、抱きついた。


「ごめんな。遅くなって」

「ううん。絶対来てくれるって信じてましたから」


 平気そうに言った実里だったが、それでも恐怖がなかったわけではないのだろう。

 小刻みに震え、胸に顔を埋める実里の身体を、陽一は強く抱きしめた。


 華奢な彼女の身体を胸に抱きながら、陽一はいまになって自分の鼓動が異常に早くなっているの気づいた。

 それは再会の喜びからくるものではなく、もし再会できなかったら? という考えからくる恐怖が原因のようだった。


 救出まではとにかく必死に行動していたので、深く考える余裕はなかったが、あと少しでも遅れていれば救出はできても文也に襲われたあとだった、ということも充分に考えられるのだ。


『もうほかの男の人に触られるのは嫌なんです。お願いします。なんでもします』 


 一度自分のもとから離れた実里と再会したとき、彼女はそう言って陽一にすがりついた。

 その彼女が、おそらくはいちばん会いたくない相手にさらわれ、監禁されていたのだ。

 どんなに怖かっただろうか。


(もう二度と、彼女を離すものか!)


 なによりもかけがえのない存在となってしまった実里を失うということが、自分にとってどれほどの恐怖を伴うことかを今回実感させられた陽一は、よりいっそう彼女に回した腕に力を入れた。

 すると実里のほうもそれに応えるかのように、ギュッとしがみついてきた。


「もう、二度と離れませんから」


 そして陽一の心を読んだように、実里は小さな声で、しかし力強くそう呟いた。


 そんなふたりの様子を、花梨とアラーナは穏やかに微笑みながら遠巻きに眺めるのだった。

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