第11話 意外な支援

 実里と出会った当初、彼女がなぜ風俗嬢をしているのかが気になり、過去を見ようとしたことがあった。

 もしそのとき彼女の過去を見ていれば、弟を名乗る星川文也のことを知ることができただろう。

 そうすれば、今回の件は未然に防げたかもしれないと、陽一は少し後悔したのだが、すぐに思い直す。


(あのとき彼女の過去を知っていれば、いまのような関係を築けただろうか?)


 結局陽一は、いまなお実里の過去を見ていない。


 現在の状況と文也に対する実里の感情、そして"助けて"という彼女の言葉があれば、連中を敵と断ずるに充分だった。

 そして星川文也と瀬場――名を末吉すえきちという――、吉田誠の3人に対しては、容赦なく過去を閲覧している。

 ただし、文也と瀬場に関しては実里に関わることを除いて、ではあるが。

 いまとなってもやはり実里の過去を必要以上に暴く気にはなれなかった。


 星川文也は控えめにいってクズだった。


 勉強もスポーツも得意で容姿にも優れ、社会人として仕事もできる優秀な人間だったが、人としては最低だった。

 特に大学時代、ヤリサーを作って多くの女性を泣かせ、彼がいなくなったあとも被害者が増え続けるようなシステムを作り上げるあたり、陽一には理解のできない倫理の欠如ぶりだ。


 文也を補佐する瀬場末吉なる人物も同類といっていいだろう。


 仕事に関する能力には優れていたし、彼個人が自分のためになにかをしたということはなかった。

 しかし、文也に対する忠誠心が高すぎるせいか、彼の愚行をいさめるどころか、乞われればそれが悪事とわかっていても協力するという姿勢は褒められたものではない。


 南米ではかなり黒いことに手を染めており、下手をすれば星川グループの名に傷をつけるような行為にも、多少ためらいつつ最終的には協力していた。

 倫理観は文也より少しマシ、という程度だろうか。


「しっかし、あのときの若いもんとは……。どんな偶然だよ」


 吉田誠が以前自分をつけ狙っていたろくでもない大学生だと知ったとき、陽一は大いに驚いた。

 しかもそのことが巡り巡って実里の誘拐につながるのだから、悪縁も含め人のつながりとは不思議なものだ。


 この男も文也が作り上げたヤリサーシステムを悪用してろくでもないことをやらかしているので、敵対するなら容赦する必要はないだろう。


「とにかく【帰還】を……って、クソっ!!」


 いち早く南の町へ行くために【帰還+】で転移しようとした陽一だったが、カジノの町でホームポイントを変更していたこと思いだす。

 武器や資金の調達先としてよりよい場所が見つかった以上、南の町のホームポイントは不要と断じたのだが、早計だったか。


 苛立つ陽一に、花梨が優しく寄り添ってきた。


「陽一、落ち着いて。いまは焦ってもだめよ? とりあえず座りましょう」

「くっ……、でも!!」

「あと、あたしとアラーナにもちゃんと状況を説明して。あたしたちはパーティーなんだからさ」

「そうだぞ、ヨーイチ殿。実里が心配なのは私たちも同じなのだからな」

「……そうだな。ひとりで先走ってもしょうがないか。ありがとな、花梨、アラーナ」


 いくら優れたスキルを有しているからといって神ならぬ身である以上、未来を見通すことは不可能である。

 ホームポイントの変更も、あの時点では妥当な判断といっていいだろう。


 花梨に促されてソファに座り少しだけ落ち着いた陽一は、ふたりに手早く事情を話した。


「なるほど。つまり、ヨーイチ殿にとってスキルで相手の過去を見るというのは敵対者への攻撃と同義なのだろう」


 状況の説明が終わり、もっと早くに実里の過去を覗いていればと思いつつも、いまになってなおそれをできずにいることを軽く口にした陽一に対する、アラーナの言葉だった。


「そうね。あたしも……あんまり知られたくないこととか、あるし……」


 なんのことを思い出したのか、花梨は少し顔を赤くしてうつむいた。


「そうだよな……。自分ではあんまり意識してなかったけど、アラーナの言うとおりなのかも知れない」


 とはいえこれについてはいま深く考えるべきことではないだろう。


「あのときなにか手を打っていれば後の凶事を避けられたかもしれない、と考えたくなるのはわかるが、その後悔に意味はない。そんなことくらいはもうわかっているのだろう?」

「……ああ」


 そう。後悔に意味はない。


 いや、そもそも後悔する必要もない。


「まだ、間に合うからな」


 そして陽一は、これからなにをすべきか、どう行動すれば最短で実里を救出できるかを【鑑定+】に問いかけた。


「えっとここに電話を……見たことのない番号だな」


 最初に【鑑定+】が示したのは、指定された電話番号への発信だった。

 数字の並びからして国際電話だろうが、過去にかけたこともなければ、受けたこともない番号だった。

 ただ、海外に知り合いの少ない陽一である。

 なんとなく相手に察しはついていた。


『……なぜ、あなたがこの番号を?』


 着信後、開口一番そう答えたのは、元諜報員のカジノ職員シャーロットだった。


「やっぱりシャーロットだったか。悪いけど協力して欲しい。実里が誘拐された」

『お姉ちゃんが!?』

「おねえ……?」

『んっ……コホン。な、なんでもありませんわ』


 なにやら咳払いのあとごまかすようにそう言ったあと、シャーロットは口調を戻して問い直した。


『事情を説明してくださる?』


 陽一は経緯をある程度省略し、実里のいる現在地と状況、施設の情報などを可能な限り手早くシャーロットに伝えた。


『いまから地図を送りますから、そこへ行ってこれから言うことをお伝えくださいませ』


 そして合言葉らしいことを伝えるとシャーロットはすぐに電話を切った。

 まもなく、ウェブマップの座標を示したURLが送られてくる。


「……これ、米軍基地じゃね?」


 しかし細かいことを考えている時間はないので、目的地まで最速で行ける方法を【鑑定】した。


「花梨、アラーナ、悪い。あとで迎えにくるから、しばらくここで待っていてくれ」

「ええ」

「ああ」


 いまや陽一に全幅の信頼を寄せている花梨とアラーナは、とくに不平を言うでもなく頷いた。


「さて、バイクを取り出して、と」


 マンションを出た陽一は【鑑定+】の指示にしたがって歩き、人気がなくなったところで【無限収納+】からオフロードバイクを取り出した。

 スキルの効果でベストコンディションを保っていたバイクが、軽快なエンジン音とともに走り始める。


「くそ……、信号が……!」


 【鑑定+】の指示に従いつつスムーズに進んでいたが、いよいよ信号に引っかかりそうになった。


「信号無視はマズいよな……って、んん? 手前で曲がるのか?」


 それまで国道やバイパスをメインに幹線道路を走っていたが、突然細い道に入り、入り組んだ住宅街に突入した。


「おいおい、ここを60キロで走れってのかよ?」


 いつ脇道や住宅から人や車が出てくるかもわからないような住宅密集地を、法定速度ぎりぎりで走り抜ける。

 規制速度が設けられていないので違法ではないが、常識で考えればあり得ない速度だ。

 ここはもう【鑑定+】を信じるしかないだろう。


「ふぅ……やっとついたか」


 やっと、と陽一は言ったが、本来30分はかかるところを15分ほどで到着していた。


 基地の入り口から少し離れたところでバイクを降りて収納する。

 そして全力疾走で入り口へ向かい、警備担当らしい兵士に話しかけた。


「ドリーの使いできた。18番格納庫に案内してほしい」

「おう。聞いてるぜ」


 アフリカ系の偉丈夫がにやりと笑い、こっちへ来いと顎で指示した。


「急いでるんだろ? 飛ばすぜぇ!!」


 兵士の案内で車に乗り、基地内を疾走する。

 疾走する車から外を見れば、地平線が見えるほど広い敷地に設置されたいくつかの滑走路や格納庫、その脇に並ぶ戦闘機などが目についた。

 戦車などが見当たらないのは、ここが海軍の飛行場だからだろうか。


 陽一が乗っているもののほかにも何台かの軍用車が走っているが、この車ほどスピードを出しているものはない。


「南の町へマッハで行きたいんだってなぁ?」


 窓の外を見ていた陽一に、運転席の兵士が陽気に語りかけてきた。


「はい。できるだけ早く」

「へへ、ドリーの頼みだ。任せときな」


 ドリーというのが、ここでのシャーロットの名前なのだろう。

 余談だが、この基地に18番格納庫というものは存在しない。


「よし、着いたぜ」

「いやいや、マッハって……文字どおりかよ」


 2分とかからずたどり着いた格納庫ではすでに戦闘機がスタンバイしていた。

 車を降りて呆然と戦闘機を見上げている陽一の周りに数名のスタッフが集まり、あれよという間に特殊な装備を身につけられ、気がつけばコックピットの後部座席に座らされていた。


『悪いが"死んでもいいから最速で届けろ"と言われている。発進するぞ』

「ちょ……」


 インカムから聞こえたパイロットの声に返事をする間もなく、戦闘機は飛び立った。


「ぐおおおお……」


 とてつもない重力が全身にかかり、陽一の意識が明滅する。

 しかし【健康体+】のおかげで意識を失うことなく、陽一は戦闘機が最高速に達するまで耐えた。


『ほう、無事か。お前さん、戦闘機乗りの素質があるよ』

「そりゃどうも」


 離陸から10分ほどたち、少し落ち着いたところで外を見てみると、かなり高いところを飛んでいるのか、景色などは見えないがもの凄いスピードで雲が流れているはわかった。


(おお、俺いま空飛んでるんだなぁ)


 ヘルメットのバイザーとコックピットの天蓋てんがい越しの狭い視界には、空と雲しか映っていない。


「よぉ、ちったぁ落ち着いたか?」

「え、ええ、まぁ……」


 インカムから聞こえてきたパイロットの問いかけに、陽一は力なく答えた。


「どうせならアクロバット飛行もしてやりたいが、急いでるんじゃなぁ」

「あはは……」


 心底残念そうなパイロットの言葉に、陽一は愛想笑いで答える。


「でもまぁ、急いでるなら急いでるで、できるサービスもあるってもんだ」


 先ほどとは打って変わって上機嫌となったパイロットの言葉に、陽一はふと不安を覚えた。


「あの、べつにサービスとかいいんで、できれば安全第一で……」

「はは! 遠慮すんなって。急いでんだろ?」

「それは、まぁ」

「だったらコイツは外せねぇな。離陸んときに使ったが、距離的にあと1回は使えらぁ」

「あの、コイツって……?」


 そのとき、陽一の耳にはパイロットがニヤリと口元を歪める音が聞こえた気がした。


「アフターバーナーさ」


 そして次の瞬間、後方で爆発音がしたかと思うと、陽一は身体にジーがかかるのを感じた。


「ぐおおおおおお……!」

「ひゃっはー!!」


 急加速した戦闘機だったが、その加速がいつまでも続くわけではない。

 エンジンの排気に燃料を吹きつけて燃焼させ、高推力を得るアフターバーナーだが、燃料の消費が異常に多くなるため何度も使える手ではない。

 通常、飛行中に使用されるアフターバーナーは、戦闘時に急加速して敵をかく乱するのに使われることが多い。

 ただまっすぐ飛んでいるいまの状態だと、約5割増しの推力を得て加速された機体の速度は、減速しながらもある程度維持されるので、多少の時間短縮にはなるだろう。


 結果、ジェット機で1時間半以上、搭乗手続きなどを考えれば2~3時間かかるであろう空の旅は、1時間足らずで終りを告げようとしていた。


「いや、ちょっと、町中に降りるんですか!?」

『心配すんな。あそこの空港にゃ空自の滑走路がある。で、こいつは空自の戦闘機だ』

「マジかよ……」


 空自の戦闘機が米軍基地から発進し、米軍のパイロットが操縦しているなど、国際問題になりかねない案件ではなかろうかと思われるが、陽一は深く考えるのをやめた。


「お疲れ様です!!」


 戦闘機を降り、専用装備を脱いだ陽一を迎えたのは迷彩服を着た日本人の青年だった。

 陽一はそのまま車に乗せられ、空港出口まで送ってもらう。


「あの、よくわかりませんが"ビルに着いたら電話をするように"とのことです」


 案内の男はそう言って1台のスマートフォンとインナーイヤータイプのワイヤレスヘッドセット、それに小さな道具箱を陽一に渡した。


「あ、それから、ヘッドセットはご自身のスマホに接続しておくようにとのことです」

「わかりました。ありがとうございます」

「あ、はい。では、よくわかりませんが頑張ってください」


 そして空港の外で陽一を降ろすと、迷彩服の青年はそのまま空港内へ戻っていった。


 そこから再びバイクにまたがり、南の町を疾走する。


 空港すぐ近くの入り口から高速道路に入り、フルスロットルでバイクを走らせた。

 それほど多くない自動車の合間を縫ってバイクを疾走させながら、陽一は身体を打つ風の存在を心地よく感じていた。


「ここで下りるんだな?」


 例のごとく【鑑定+】のナビに従いながら高速道路を下りた陽一は、ビルの合間を縫って町中を走り、信号を避けるために住宅街へと進入する。

 その後もショートカットを繰り返しながらバイクを走らせた陽一は、空港を出て5分ほどで星川グループ本社第2ビルに到着した。


「着いたよ」

『ごくろうさま。では電話を繋いだままにして、ビルに入ってくださる? なかの案内は必要かしら?』

「いや、大丈夫」


 ビルに入り【鑑定+】の指示に従って進む。


「ここを右に曲がって…………ん? パスをかざす?」

『お渡ししたスマートフォンがパスになりますわ』


 カードリーダーらしいところに先ほど受け取ったスマートフォンをかざすと、閉ざされていたドアが自動で開いた。


「おお!」


 その後も【鑑定+】の指示どおりに進むことで、誰にも会うことなく社長室にまでたどり着くことができた。


『ではスマートフォンをエレベーターのコントロールパネルに繋いでくださいませ』

「はぁ? どうやって?」

『まずはお渡しした工具箱からドライバーセットを取り出してふたを開け、配線を引き出していただく必要があります』

「うへぇ、マジかよ……」

『16桁のパスコードがわかればWi-Fi経由で接続できるのですが、そういうわけには――』

「あ、わかるよ」


 陽一は【鑑定+】でパスコードを割り出し、テンキーを押していく。


「ほい、終了」

『そんな…………本当に接続できてますわね……。では5分ほどお待ちを』


 エレベーターにはパスコードと静脈認証の、二重のセキュリティがかけられていた。

 パスコードは【鑑定+】でどうとでもなるが、静脈認証はそうもいかず、そこはシャーロットに任せることとなった。


「おまたせ」

「おかえり」

「うむ」


 そこで待ち時間を利用して花梨とアラーナを迎えにいく。

 言うまでもないが、ホームポイントは社長室に設定済みである。

 【帰還+】で社長室に戻った陽一は置いてあったヘッドセットを耳にはめ、スマートフォンを手に取った。


『お待たせしました』


 ――ゴウン、と低い音が鳴り、エレベーターが動き始める。


『では、おね――コホン……! ミサトのこと、お願いしますわね』

「おう、お兄ちゃんに任せとけ」

「ふん……!」


 シャーロットは最後に、照れたように鼻を鳴らして電話を切った。

 そしてまもなく、エレベーターが最上階に到着し、扉が開く。


「行こうか」

「ええ、実里を助けに」

「うむ。悪い子にはお仕置きだ」


 3人はエレベーターに乗り込んだ。


「くそ……遅いエレベーターだな」


 いらつく陽一の両肩に、それぞれ優しく手が置かれる。


「あせらないで。まだ間に合うんでしょう?」

「そうだぞ。心を落ち着ける時間をもらえたと思おうではないか」


 実里が襲われようとしていたことを【鑑定+】によって知った陽一は気が気ではなかったが、このエレベーターが動き出したことで文也が迎撃のために義姉から離れたこともすでに確認済みだった。

 一刻も早く助け出してやりたいという思いは強いが、ここはふたりの言うとおり、焦らず心を落ち着けるのが正解だろう。


 肩から優しく伝わる温もりを感じながら、何度か深呼吸をしていると、ようやくエレベーターが速度を落とし、まもなく止まった。


「よし。扉の向こうでは男3人が拳銃を構えてるから、一応気をつけて。あとは作戦どおりに」


 陽一の言葉に、花梨とアラーナは無言で頷いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る