第10話 ずっとお姉ちゃんのターン
「あぅ……うぐぅ……!!」
脳が焼けるように熱い。
視界が歪みぼやけてくる。
意識が明滅し、思考が乱れる。
「あはは! 姉さん!! 気持ちよさそうだね!! とってもいい顔してるよ!?」
実里の瞳からは光が失われ、表情は完全に崩れていた。
目尻からとめどなく涙が流れ、舌先を出したまま半開きとなった口からよだれを垂れ流しながら、実里は全身をガクガクと小刻みに震えさせていた。
もうしばらくすればドラッグが身体に馴染み、義姉は混濁しながらも意識を取り戻すだろう。
脳がオーバーヒートし、あらゆる感覚が鋭敏になった状態で抱けば、彼女は未知の快楽に襲われ、やがてその虜になるはずだ。
そしてその快楽を与えてくれる自分だけを求めるようになる。
そんな未来を夢見たのか、文也の顔にはどこか狂気じみた笑みが浮かんでいた。
「ぅあ……あぁ…………」
「それでいい! それでいいんだよ姉さん!! 僕のことだけを考えて!! 僕だけを求めて!! 僕はそれにいつだって応えてあげるからね!! あはははははははは――」
「んぅ……………………………………で?」
「――ははは……は?」
文也の笑いが固まる。
ついさっきまで虚ろだった実里の瞳に光が戻っていた。
乱れていた思考は徐々に整い、意識はクリアに。
歪み、ぼやけていた視界は鮮明になり、そして焼けるような脳の熱が嘘のように冷めた。
一度は狂いそうになった実里だったが、いまはまったくもって正常な状態だった。
「な、なんで……?」
かなり強力なドラッグだ。
しかも、これは濃度を高めにしているはずだった。
場合によってはほんの少しだけ打って、そのうえで実里とのセックスを楽しむつもりだった。
1本まるまる打ってしまうと、それだけで廃人になりかねないだけの効果があったのだが、自分の思いどおりにならない義姉など壊れてしまってもいいと思って打った。
にもかかわらず、実里はケロッとしていた。
「馬鹿な! そんな馬鹿な!!」
文也は2本目の注射器を取り出した。
「文也さま! さすがにそれは……」
「う、うるさい!!」
瀬場の制止を聞かず、文也は2本目の注射を取り出した。
「んぅ……ん……ふっ……」
実里は一瞬顔をしかめたがすぐ表情を取り戻し、そして薄く微笑む。
「うふふ……効かないよ、そんなもの」
「そんな……ありえない……。どうして……?」
「どうして? そんなの簡単だよ」
実里は誇らしげに、それと同時にどこか文也を蔑むように笑みを浮かべた。
「離れていても、私と陽一さんは繋がってるから」
「は、はぁ……?」
文也には、そしてこの場にいる瀬場と誠にとってもわけのわからない言葉だっただろうが、それは事実である。
実里は【健康体β】を通じて陽一とつながっており、そのスキルによってドラッグを無効化したのだ。
ほんの少し前までだと、魔力供給過多による魔力酔いのせいでスキルも十全に働かなかっただろう。
あと1日早ければ、あるいはドラッグの無効化に数時間かかったかもしれない。
しかし先日一気に増大した実里の保有魔力は完全に回復していたため、自前の魔力だけでドラッグの効果を打ち消すことに成功したのだった。
1分と経たず状態異常を回復した実里は、その時点で文也のドラッグに対する耐性ができており、2本目以降はほぼ無効になったというわけである。
「ふざけやがってぇ……!!」
目を血走らせた文也は実里の両肩をつかんで床に押し倒した。
羽交い締めにしていた瀬場は、文也の意図をいち早く察して身を引いていた。
「犯してやる……!! 姉さんのおま×こにぶち込んで、何発も何発も出してやる!!」
「……どうぞご自由に。どれだけ汚されようとも、陽一さんは私を嫌いになったりしないから」
「黙れぇ!! これは浄化だぁ!!」
文也は口から唾を飛び散らせながら叫び、義姉の頬を殴った。
殴られた実里の頬は赤く腫れ上がったものの、みるみるうちに腫れが引いていった。
しかし、文也はそのことに気づかない。
「どうせ誰もこないんだ……。何日も、何週間も、何ヵ月も、何年も!! くる日もくる日も犯し続けてやる!! なにも考えられなくなるまで! ずっと!!」
「いいえ、陽一さんはきっと来るわ」
「くふふ……ははは!! だったらそれでもいいさ!! そのヨウイチってやつに僕たちが愛し合ってるところを見せつけてやるだけだ!!」
「そう……。でも、もう遅いよ?」
――ゴゥン、とエレベーターの動く低い振動音がした。
「は……? なんで……?」
その音に、実里を組み伏せていた文也は体を起こし、振り返ってエレベーターを見た。
社長室から直通の、文也にしか動かせないはずの専用エレベーターが無人のまま上がっていく。
「そんな……。あの電話からまだ2時間も経ってないんだぞ!? まさか、あの時点で……?」
咄嗟に時計を確認した文也はそう口走って瀬場のほうを見たが、彼は頭を振った。
「先ほどの発信場所はたしかに『グランコート』の近くからでした!」
電話番号から陽一の素性を調べた瀬場は、そのときに先の電話の発信元も調べておいたのだ。
「くそ……どうやって……」
『グランコート』にいたであろう陽一からの電話を受けて、まだ1時間半と少し。
関東からこの町まで、どう頑張っても2時間はかかるはずだ。
空港から空港までの時間だけを考えたとして、それである。
マンションから空港までの移動や、空港からこのビルまでの移動時間を加えれば30分から1時間は余分にかかるだろう。
それも、実里がここにいるというのをあらかじめ知ったうえで、という条件つきでだ。
「お、おい瀬場ぁ! なんとかしろぉっ!!」
「は、はいっ……!!」
瀬場は懐からタブレットPCを取り出して操作し始めたが、その顔には焦りが浮かんでいた。
「馬鹿なっ!! コントロールがきかないっ!?」
瀬場は慌ててエレベーターのコントロールパネルに駆け寄る。
そこでなにやら操作していたが、結局なにもできなかったようである。
やがてエレベーターは社長室のある最上階に止まり、ほどなく下り始めた。
「瀬場、もういい」
冷ややかな口調でそう告げると、文也はゆらりと立ち上がる。
「来るっていうんなら出迎えてやろうじゃないか。瀬場、あれを。吉田くんのぶんもね」
「……はっ」
「え……? 俺……?」
文也の言葉に、わずかに戸惑いを見せた瀬場だったが、覚悟を決めたように返事をすると、部屋の奥へと消えていった。
いきなり名前を呼ばれた誠もまた戸惑ったが、下手なことを口走って不興をかってはたまらないと、とりあえず様子を見ることにする。
瀬場はすぐに小型のアルミケースを3つ抱えて戻ってきた。
「さっき言ったよね、南米でいろんなものを仕入れたって」
文也が得意げに言いながらケースを開ける。
その中には拳銃が入っていた。
「こ、これって、マジもんっすか?」
「もちろん。ちゃんと吉田くんのも用意してるからね」
「うおー! マジかよすっげー!!」
用意された銃はどれも南米産のものであり、オートマチック1丁と、銃身の長さが異なるリボルバーが2丁。
「吉田くんは銃の扱いに慣れてないだろうから、これを使うといいいよ」
「あ、はい……。おぉ、ずっしりくるなぁ」
吉田が受け取ったのは9ミリのオートマチックだった。
同じ口径ならむしろリボルバーのほうが使いやすいのだが、このとき文也が用意できた銃の中でもっとも口径が小さいのものがこの9ミリ拳銃だった。
そして文也は銃身6インチのリボルバーを手に取る。
シリンダーには44口径マグナム弾が6発装填されていた。
残る50口径弾を装填した10インチの銃身をもつ、かなり大きめの拳銃を瀬場が装備する。
「くふふ……。姉さんが悪いんだ。姉さんが巻き込んだんだからね?」
そう言って嗜虐的な笑みを浮かべた文也は、実里に背を向けてエレベーターのほうを向いた。
なので、実里の口元に浮かんだかすかな笑みに気づけなかった。
「さてと。それじゃあお客さんを丁重にもてなすとしようかな」
文也がそう言った直後エレベーターは止まり、扉が開いた。
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