第5話 普通の……

「あら、おかえりなさい」

「おう、ただいま……ってか、寝てなくて大丈夫か、花梨?」


 冒険者ギルドを出て人目につかないところから『グランコート2503』に【帰還】した陽一は、リビングのソファでテレビを見ながらくつろいでいる花梨に迎えられた。


「あたしはもともとそんなに状態が悪かったわけじゃないからね。まだちょっとだるいけど寝込むってほどじゃないかな」


 いつのまにかルームウェアになってしまった赤いジャージ姿の花梨は、一見してだるそうにソファへともたれかかっていた。

 しかし眠気があまりなく、ただベッドで横になっているのも苦痛だということで、リビングでテレビを見ながら時間を潰しているといったところか。


「実里は?」

「あれからずっと眠ってるわね」


 朝アラーナと出かけてから半日は経っているだろうか。

 そのあいだ実里は一度も目を覚ましていないようだ。


「メシは?」


 花梨の隣に座りながら尋ねると、彼女は小さく頭を振った。


「食欲はあんまないんだ」

「そっか。これならどうだ?」


 そう言って陽一は【無限収納+】からゼリー飲料を取り出した。


「飲まず食わずってのもよくないだろうからさ」

「ん、これならいけるかな。ありがと」


 陽一はふたを開けてゼリー飲料を渡し、受け取った花梨はそのまま口をつけてゆっくりと中身を吸い始めた。

 普通なら10秒もあれば飲みきれるものを、1分ほどかけてゆっくりと飲んでいく。


「ふぅ……、ありがと。ごちそうさま」

「おう。腹が減ったらいつでも言えよ」


 空になったゼリー飲料の容器を花梨の手から取り、あとで捨てようと一旦【無限収納+】に収めておく。


「ねぇ……」


 花梨がぐったりと身体を預けてくる。


「いましたら、どうなるのかな……?」

「どうって?」

「すぐに回復するとか、さ」

「んー、それはないみたいだ」


 花梨と実里を置いて異世界へ行ったあと、体液を介した魔力譲渡であればすぐに回復できるのではないか? と思い至り、陽一はそのことを【鑑定+】ですでに調べていた。

 しかし現在の花梨と実里は魔力吸収効率が異常に上がっている状態で、一気に魔力を注ぎ込むような真似をすると症状を悪化させる可能性がある。

 そのせいか体液を介した魔力譲渡はいまの状態異常が回復するまで【健康体β】によって阻止されることがわかった。

 ならば空間を漂う魔力の吸収も止めてくれればよさそうなものではあるが、それは自然治癒に近いものがあり、むしろ一時的な苦痛に耐えるだけで回復が早まるため、【健康体β】がなんとかできる事象ではないのだとか。


「そっか。じゃあ、普通のセックスになっちゃうわけね」

「……だな」


 肩に乗っていた花梨の頭がわずかに動いたのを感じた陽一は、ちらりと視線を落としてそちらを見た。

 少しぼんやりとした表情の花梨がじっと陽一を見ており、自然とふたりの目が合った。

 しばらく無言で見つめ合うふたりだったが、やがて陽一が花梨の背中に腕を回し、彼女を抱き寄せながら体勢を変える。

 花梨のほうでも陽一の意図は察しているので、彼が望むように軽く姿勢を調整し、どちらからともなく顔を近づけ合い、唇が重なった。


 それからふたりは、普通のセックスを楽しんだ。


○●○●


「ふぁ……」


 目を覚ますと、隣に花梨はいなかった。


「あ、陽一おはよー」


 昨日より少し元気な花梨の声が聞こえてきた。

 身体を起こすと、花梨がかけてくれたであろうバスタオルがパサリと落ちる。

 ふたりの体液で汚れていたはずのソファは一応綺麗になっていたが、鼻を鳴らせばほのかに卑猥な匂いが漂っているがわかる


「おう、おはよう。起きて大丈夫か?」

「うん。まだちょっとしんどいけど、昨日よりだいぶましになったわね」


 しばらくすると、キッチンからかちゃかちゃという音が聞こえてきた。


「あとでコーヒーでも淹れたげるからさ、シャワー浴びてきな」


 一度洗面所に行って戻ってきた花梨が、電子ケトルに水を入れながら尋ねてくる。


「いやいや、お前がゆっくりしとけよ。俺がやるから」

「ずっと寝てたから身体動かしたいのよ。さ、いったいった」

「わかったよ……」


 立ち上がった陽一は一度ソファを【無限収納+】に収納して汚れを分離し、再び元に戻すと、バスタオルを拾って腰に巻き、バスルームに入った。


「はい、お待たせ」


 シャワーを浴び終えてソファに座っていると、マグカップをふたつ持った花梨が陽一の隣に座った。


「今日はこれからどうするの?」


 自分のカップからコーヒーをひと口すすったあと、花梨が尋ねてきた。

 昨日ジャージを汚してしまったせいか、花梨は仕事着にしているブラウスにショーツだけという格好だった。

 ジャージよりも生地が薄く、サイズもタイトなせいで、ブラジャーを着けていない胸の形がはっきりとわかる。

 そしてボタンを緩めているため谷間もはっきりと見えた。


「とりあえずここで短剣の訓練でもしようかな」

「あらそう。向こうには行かなくていいの?」

「次の訓練予定日まで少し時間があるからな」

「でもギルマスやアラーナと連絡取れるようにしといたほうがいいんじゃない?」

「そうだけど、でもなぁ……」


 振り返り、寝室の扉を見る。


「大丈夫、あたしが面倒見るから」


 実里を心配する陽一の意図を察して花梨が告げる。


「でも……」

「心配しなくてももう大丈夫よ。そりゃ万全とはいわないけど、ちょっと看病するくらいは問題ないって」


 たしかに昨日に比べて花梨の顔色はよく、口調がはっきりしているので無理をしているという様子はない。


「まぁでも、1日1回は帰ってきてくれると嬉しいかな」

「そうだな。じゃあ昼は向こうに行って、夜は帰ってこっちで寝るようにするか」


 当面の方針を決めた陽一はのコーヒーを飲み干したあと、朝食はギルドの食堂でとることにし、身支度を整えて異世界へと【帰還】した

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