第4話 おじいちゃんとお稽古
「ヨーイチ、今回はよく頑張ってくれた。礼を言う」
冒険者ギルドのギルドマスターにしてアラーナの祖父であるセレスタンが深々と頭を下げた。
アラーナとともに冒険者ギルドへと報告に訪れたのだが、いまは陽一だけが残っている。
先にこの場を辞したアラーナは、自身の父親である領主ウィリアムのもとへと報告に向かっていた。
「あ、いや……俺はできることをしただけで……」
慌てる陽一を前に、セレスタンは頭を上げ、ふっと微笑む。
「そのできることとやらが規格外すぎるがな。そのおかげで民間人の被害はなかったよ」
今回の
命は助かったものの、回復不能の傷を負ってリタイアする者もかなり多かった。
しかし陽一の活躍がなければ犠牲はもっと大きかっただろう。
特にグレーターランドタートルエンペラーを始末できていなければ、町は大きく破壊され、民間人にも相当数の犠牲が出ていたに違いないのだ。
「でも、いいんですか? いきなりBランクなんて……」
「なにを言っている。グレーターランドタートルエンペラーの単独討伐だけでもSランク級の活躍だぞ? 俺に権限があればもっと上げてやりたいところだよ」
その大きすぎる功績に対し、メイルグラード冒険者ギルドは陽一、花梨、実里を一気にBランクまで昇格させることにした。
「あれ、そういえばDランク以上になるには試験が必要って言われた記憶が……」
「Bランクまではギルドマスターの裁量でどうとでもなる。今回の
「あー、それはどうも」
金銭などの報酬も確約されているが、まずは死んだ冒険者の遺族に対する補償や怪我人への治療にかかる費用などが優先されることとなり、陽一としてもそれに対して異存はなかった。
「あー、それでだな」
セレスタンは少し言いづらそうに頬をかきながら、続けた。
「このあいだ言っていた訓練の件な。あれ、嫌ならなしでもいいぞ?」
先日、セレスタンからじきじきに稽古をつけてやる、という提案が出されていた。
ただし、これは愛しの孫を取られた恨みの発散といった一面があり、必要以上に
「いえ。ギルドマスターさえよければ稽古をつけてください」
陽一は戦いの終盤を思い出していた。
銃を満足に使えない乱戦だと、自分はまともに戦えないことを知った。
あのとき、剣術のひとつでも覚えていればもっと戦えたかもしれない。
魔人を相手にしたときも、こちらの世界で作られた強力な武器があれば少しは抵抗できたかもしれない。
「ふむ。しかしお前はいまでも充分戦えるだろう?」
「いえ。強い武器を使えるだけです」
この世界に来たばかりのころ、銃さえ使えればほかの戦闘方法についてはあえて訓練する必要はないだろう、などと断じた自分をぶん殴ってやりたい気分である。
うつむき加減に小さく呟いたあと、陽一は顔を上げてセレスタンの目を見た。
「俺自身が強くなりたいんです」
もしあのとき、アラーナの到着がもう少し遅ければ、自分だけでなく実里も花梨も殺されていたかもしれない。
大切なものを守るためには、武器やスキルに頼るだけではだめだと思い知らされた。
だからといってこの先どうすればいいのかを悟ったわけではない。
だが、アラーナが戦士として尊敬するセレスタンに教えを乞うことで、少しでも成長できるのではないかと陽一は思ったのだ。
「ふむ。やるからには手加減などせんぞ?」
「望むところです」
「ふん……。いい顔をするじゃないか」
そう言ったあと、セレスタンは腕を組み、目を閉じてなにかを考え始めた。
「よし、これがいいか」
そして小さく呟くと、ひと振りの短剣をデスクに置いた。
おそらくは【収納】系のスキルを使って取り出したのだろう。
刃渡り20センチほどの少し分厚い片刃の短剣だったが、セレスタンがデスクに置いた際に、ゴトリと思いのほか大きな音がした。
「持ってみろ」
「はい」
柄を手に取り、持ち上げようとした陽一は、危うく膝を折りそうになった。
「重っ……!?」
このサイズのナイフであればせいぜい300グラム、重くとも500グラム程度だろうが、この短剣は予想をはるかに超えて重かった。
1~2キログラムどころではないその短剣だが、重いとわかって持ち上げれば持てるものではある。
念のため【鑑定】してみたところ、重さは10キログラムを超えていた。
「ほう、筋力はそれなりにあるのだな。その形状でその重さだと、案外まともに持ち上げられない者もいるのだが」
その短剣はアラーナの二丁斧槍の素材のひとつでもあるグラビタイトが使われており、見た目よりはるかに重いのだった。
「それを普通の短剣のように使えると、大抵最初の一撃で敵の防御を崩せるぞ」
たしかに、軽いと思った一撃が異常に重ければ、相手の意表をつけるだろうし、その重い一撃で防御ごと敵をねじ伏せることも可能だろう。
【健康体α】のおかげで際限なく筋力を増大できる陽一には、向いている武器かもしれない。
「魔力を流せば最大で10倍まで重くできる。どうだ、面白いだろう?」
小さな短剣から100キログラムの一撃を出せるとなると、たしかに面白いことになりそうだが、残念ながら陽一は体外に魔力を出すことができない。
そのことを説明すると、セレスタンはふたたび腕を組み、ブツブツと呟き始めた。
「ふむ……。では強制的に魔力を吸い出すような術式を付与すればいいか? しかしそれでは常に重いままだし、魔力消費も……。いや、なにかスイッチのようなもので制御すれば? ならばサムに相談してみるのも……」
しばらく考え込んだあと、セレスタンは顔を上げた。
「とりあえず基本の型と素振りの方法だけでもいま教えておいてやるか」
セレスタンはさらにもう1本の短剣を取り出し、陽一に渡した。
今度は500グラムほどの、普通の片刃の短剣だった。
陽一は重い短剣をデスクに置き、普通の短剣を手にする。
「まずは
そこから陽一は素振りの方法と、ひとりで練習できる簡単な型を教わる。
「まずは鏡の前などでしっかりと確認しながら、正確な動きを身につけることだ。最近の若い連中はとかく型を軽視しがちだが、型というのは先人が積み上げてきた知識と経験の結晶だからな」
「最初はこの軽いほうでやればいいんですか?」
「そうだな。型の練習のときはとにかく動きの正確さを重視する必要があるから、変に重いものは持たないほうがいい。だが型の練習と並行して重いほうで素振りを繰り返して普通に使えるようになっておけ」
「わかりました」
そこで陽一はふと疑問に思ったことを聞いてみることにした。
「あの、なんで逆手で構えるんでしょうか?」
このとき陽一の頭に思い浮かんだのは、ナイフを使った戦闘術を紹介する動画だった。
動画サイトにはその手の映像がいくつも上がっており、そこで順手派と逆手派がいることを知る。
軍隊のような近接格闘訓練動画などであれば逆手で構えていることが多かった。
しかし順手派がいうには、逆手でナイフを構えるのは映画やドラマなどフィクションだけで、実戦的ではないといことだった。
「例えばこうやって」
陽一は逆手に構えていた短剣を順手に持ち替えて、間合いを離してセレスタンに向き合い、スッスッと何度か刺突の動作を繰り返す。
「胸や喉の急所を突いたり」
続けて軽く手首をひねって近くを斬るように振り下ろしたり、少し低い位置から上に向かって斬り上げる動作を見せた。
「手首や内ももを斬ったり、っていうほうが効果的……なんてことはないですかね?」
素人向けのナイフ術講座のような動画では、順手に持って手近な急所を突いたり斬ったりするのが本来の使い方だと説明していた。
「ふむう……」
陽一の説明を受けたセレスタンは、不思議そうに首を傾げた。
「それはレイピアやサーベルの戦い方ではないのか?」
「あ……」
「短剣のようなわざわざリーチの短い武器でお前の言うような戦い方をする意味が俺にはわからんのだが、勇者の故郷ではそういうのが
「いえ……」
そもそも元の世界では剣というものが廃れていることに思い至る。
なるほど、武器として携行できる刃物がナイフしかなく、それを素人が使うのであれば少しでもリーチを稼ぐ意味で、順手での戦闘術が有効なのだろう。
しかし剣という選択肢があるこの世界では、短剣、すなわちナイフの存在意義があちらとは変わってくるのだ。
「短剣というのは素手の延長くらいで考えておいたほうがいいだろうな」
言いながらセレスタンはデスクに置きっぱなしだった重い方の短剣を右手で逆手に持つと、流れるような動作でやや遅めのフックを陽一の顔めがけて打ち込んできた。
うしろに仰け反ると拳はかわせても逆手に持った刃に顔を切り裂かれるので、左腕を上げてセレスタンの手首にてあてて右フックを受け止めた
。
「なっ……!?」
しかし受け止められるのとほぼ同時にセレスタンは右手を開いて短剣を落とし、左手で受け止めて順手に握るや突き上げ、陽一の喉に切っ先を突きつけた。
「だから、べつに逆手だ順手だとこだわる必要はないが、剣のまねごとをするなら最初から剣を選ぶといい」
冷や汗を流す陽一の喉元から短剣を離し、セレスタンは手首をひるがえして短剣を反転させ、刃をつまんだ。
「とりあえずこの重い短剣を普通に扱えるように鍛えておけ。俺もいまはお前にだけかかずらうわけにもいかんしな」
差し出された短剣を受け取った陽一は、すぐにそれを【無限収納+】に収めた。
「いまパパッと教えられるのはこんなもんか」
「あ、ありがとうございます……」
10キログラムの重りを持った状態での型の練習と素振りである。
30分にも満たないレクチャーだったが、結構な疲労を覚えていた。
特に最後の一撃で精神的な疲れがどっと湧き出したようだ。
「あーそうだ。領主経由でアラーナちゃんから伝言があったんだった」
「アラーナから?」
「ああ。しばらくは手が離せないから、先に帰ってふたりの看病をしてやってくれとさ」
「そうですか。わかりました」
その"ふたり"というのが花梨と実里であることは察しがついているのだろう。
セレスタンは少し不機嫌な表情で鋭い視線を陽一に向けた。
「素振りと型の練習、サボるなよ?」
念を押すように言う師を見て、これはサボったとわかれば大変なことになるな、と陽一はわずかに肝を冷やしながら冒険者ギルドをあとにした。
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