第2話 不運の揺り戻し?

――ピコン!


 長らく聞くことのなかったSNSの通知音が鳴った。


 本当はアカウントを削除したかったが、それはするなと先輩から命じられたため、タイムラインへのリプライに関しては通知をオフにしている。

 通知音が鳴るとすればメッセージ着信時のみであり、アプリを開くとサークルのグループメッセージが届いていた。


「あ、ここからは除名されてなかったんだな」


 あの騒動以来サークルは活動を休止し、全員をメンバーとしたグループは沈黙していた。

 ほかにも仲のいいメンツだけでいくつかのグループを作っていたが、誠はことごとくメンバーから外されていた。


「探し人?」


 そのメッセージには女の顔写真や全身の写真が数枚添付され、簡単なプロフィールが書かれていた。

 メガネをかけた地味な女だが、よく見ると結構美人だ。


「謝礼……1000万!? まじかよ!!」


 有力な情報には1000万円の謝礼が支払われると記載されていた。


「……どっかで見たような」


 誠はしばらく頭をひねったあと、なんとなくスマートフォンに記録された写真をめくっていった。


「……あった」

 それは先日電車で撮った作業服男の写真であり、そのかたわらにメガネの女が写っていたのだった。


「ってか、反対隣の銀髪ねーちゃんクッソ美人じゃねーか!! それにもうひとりの茶髪もツレっぽいし、3人も女連れてるような目立つ連中になんであんとき気づかなかった……? あー、いや、いまは1000万が先だ!」


 誠は画像編集アプリでメガネ女だけを残してトリミングし、写真を添付したメッセージをグループではなく発信者個人的のアカウントへと送った。


『どこで撮った?』


 返事がすぐに返ってきたので、場所と日時を伝えると、その情報はグループに共有された。


『謝礼を振り込む。口座番号を』

「マジかよ!?」


 謝礼に関しては冗談半分だと思っていたのであまり期待していなかったのだが、こうなると現実味が増してくる。

 もしかすると新手の詐欺かも知れないが、取られるほどの金もないので誠は素直に口座番号を教えた。


 その数分後、ネットバンクから入金を知らせるメールが届いた。


「ま、マジかよ……」


 ネットバンクアプリで残高を確認したところ、1000万円が振り込まれていた。


 その直後、またメッセージが届いた。


『新たな有力情報には重ねて謝礼を出す。引き続き協力を頼む』

「マジかよぉっ!!」


 誠は狂喜乱舞した。

 

○●○●


「いや、マジかよ……」


 数日後、ATMである程度まとまった額の現金を引き下ろした誠は、ブランドものを買うべくディスカウントショップを訪れていた。


 少し前までは毎週のように行なわれていたがなくなり、誠は鬱憤を溜め込んでいた。

 その鬱憤を晴らすべくナンパにでも繰り出そうと思い、ブランドものに身を包めば少しは成功率が上がるだろうというなんとも浅はかな考えから、彼は散財するつもりだったのだ。


 そうやって訪れたディスカウントショップのブランド品コーナーへ向かう途中の家電コーナーで、誠は瞠目した。


 そこには大画面テレビやビデオカメラが並べられており、一部のカメラで捉えた映像をモニターに映し出していた。

 いくつも並べられた大画面テレビのひとつに、メガネの女が映し出されたのだ。


「キてるぜぇ……。こりゃとんでもねぇビッグウェーブがキてるに違いないぜぇっ!!」


 炎上騒ぎから除籍に至った不幸分の揺り戻しがきていると誠は考え、買い物をやめて女のあとをつけた。

 どうやら女友達とふたりで買い物にきているようだった。


 あとをつけ始めてすぐにふたりを見失いそうになった誠は、慌ててスマートフォンを起動し、動画撮影を開始した。

 万が一見失っても、あとで動画を検証してせめてふたりの女が向かった先のヒントでも残しておこうという思惑からだった。


「ん?」


 そこで誠は首を傾げた。

 見失いかけたふたりだが、カメラを向けたところフレーム内であっさりと捕捉できたのだ。

 なにやら不思議に思いながらも、記録は多いほうがいいだろうと思い、誠は動画を撮影しながらふたりのあとをつけた。


(おわっと……!!)


 道の反対側から尾行していると、突然ターゲットではないほうの少し背の高い女が立ち止まり、あたりを見回し始めた。

 茶髪にスーツっぽい格好のその女は、明らかに周りを警戒しているようだった。


(――っぶねぇ……)


 誠は慌ててスマートフォンをポケットにしまい、なに食わぬ顔で歩いてその場をやり過ごしていちばん近い角を曲がる。


(頼むぞ……!!)


 角を曲がって身を潜め、スマートフォンを取り出してカメラだけを物陰から出してモニターを覗く。


(よしっ!)


 なんとかふたりが建物に入る直前から捕捉できた誠は、彼女らがモニターから消えたあと少し時間をおいて来た道を戻った。


「ふーん『グランコート』ねぇ……。高そうなマンションだことで。えっと、"特定しますた"っと」


 そう呟きながらスマートフォンを操作し、GPS情報から住所を確認して短いメッセージとともに位置情報を貼りつけて送信した。

 

○●○●


 誠の口座にはさらに1000万円が振り込まれた。

 その際、張り込みを頼まれたので、ふたつ返事で了承した。


「こんだけ大金もらっといて、見過ごしましたなんて言えないからな」


 こうもあっさり大金が支払われることなど通常ありえないだろう。

 となれば、支払い元となっている相手はまともな人物ではないはずだ。

 その人物相手に失態を演じたとなると、なにをされるかわかったものではない。


「しっかし、新田も山下も馬鹿だよなぁ……」


 できれば数名で交代しながら張り込みをしたいと思い、知人に連絡を取ってみたが、断られてしまった。

 そのふたりも、作業服男が消えた時に同行していたということで、なにかと面倒に巻き込まれており、誠とのつながりはさっさと解消したいと思っているのだろう。


 日当で10万出すと言ったのだが、逆に怪しさを増幅させる結果に終わったようだ。


「お、きたきた」


 『グランコート』から誰かが出るたびに、誠はスマートフォンで写真を撮った。

 できればずっと動画を撮っておきたかったのだが、さすがにバッテリーもメディア容量も足りなくなってしまう。

 せめて人手があれば安いカメラや予備バッテリーを買いにいけるのだが、ひとりで張り込むとなるとここを離れるわけにもいかず、苦肉の策として写真のみを取ることにしたのだった。


「ちっ……ハズレか……」


 誠はしばらくそうやって張り込みを続けた。

 大金をもらったという興奮と、それをあっさり支払うような人物に対する恐れによって緊張感が保たれたのか、特にダレることもなく張り込みを続けることができた。

 幸い、そのあいだにメガネの女がマンションを出ることはなかった。


「やぁ、お待たせ」


 そして張り込みを開始しておよそ半日、夜も更けた時間帯に、その男は現われた。


「吉田くんだったね。ごくろうさん」

「いえ、こちらこそ、その……ありがとうございます」


 誠の近くに黒塗りの高級車が停まり、そこからはふたりの男が降りてきた。

 ひとりは背の高い口ひげの似合う壮年の男で、もうひとりは少し背の低い――160センチ台後半といったところか――若い優男やさおとこだった。

 運転手を務めていた口ひげの男が、先に降りて後部座席のドアを開けたので、若い男のほうが高い地位にあるのだろう。


「あの、これ……。一応記録しといたんで……」


 誠はメガネの女を撮影した写真や動画をふたりに見せた。

 口ひげの男は終始無表情だったが、若い男のほうは嬉しそうに何度もうなずき、食い入るようにモニターを見ながらときには涙を浮かべていた。


「ありがとう、吉田くん!!」


 記録を見終えた若い男が誠に抱きついてきた。


「あの、その……お役に立てて、よかったです」


 若い男はすぐに抱擁を解き、誠の肩に手を置いて嬉しそうに口を開いた。


「役に立つどころじゃないよ!! こんなに優秀な人はめったにいない!!」

「そんな……運が、よかっただけで」


 すると若い男は誠の肩をバンバンと叩いた。


「運も実力のうちだよ!」


 そう言って軽くウィンクすると、男は少し人の悪い笑みを浮かべた。


「吉田くん、僕の作ったサークル潰したんだってね? で、除籍されたって?」


 一瞬なにを言われたのかわからなかった誠だったが、しばらく彼の言葉を咀嚼し、意味を悟る。

 あのサークルの巧妙なシステムを作り上げたよその学生というのが、眼の前にいるこの男だということだ。


「も、申し訳ありませんでしたっ!!」


 理解すると同時に誠は深々と頭を下げた。


「あはは、気にすることないよ。僕にとってはもう必要ないものだからね」


 恐る恐る顔を上げた誠の目には、とくに怒った様子もなくにこやかな笑みを浮かべる男の顔が見えた。


「そんなことより、僕は君の功績に報いなくちゃいけない」

「いえ、2000万もいただいたし……」

「なに言ってんのさ。大学を除籍されたんなら将来は不安だろ? 2000万ぽっちじゃこの先安泰とはいえないよね」

「えっと……」

「だから、君はウチで引き取るよ」


 ウチ、というのはこの男の属する会社か組織だろう。

 ただの人探しに2000万円をポンと出せるような男がいったいどんな組織に属しているのかは知らないが、学歴を失った誠にとっては渡りに船かもしれない。

 なにやら自分に恩も感じてくれているようだし、なにかと便宜を図ってくれそうでもある。


(やっぱ、運が向いてきたのかも……)


 誠は口元がニヤつきそうになるのをこらえながら、深々と頭を下げた。


 その日から、口ひげの男と若い男、そして誠の3人で張り込みを続けた。

 向かいのマンションに空き部屋があることを口ひげの男はすぐに調べ上げて賃貸契約を結び、そこで寝起きしながら張り込んだ。


「ふふふ……こういうのもたまには楽しいねぇ」


 これまでの行動や言動から、この若い男はかなり大きな組織でそれなりの地位にあるだろうことが予想される。

 そのような人物が何日もこんなところにいていいのか、と疑問に思ったが、誠はあまり追求しないことにした。


「あ、来ました!」


 マンション入り口を捉えたカメラの映像を大画面モニターに映し出していたのだが、そこに映ったメガネの女に誠が気づいた。


「よしっ!!」


 若い男は急いで玄関を出ていき、そのあとに口ひげの男と誠が続く。

 誠が張り込み用のマンションを出たとき、ちょうど若い男がメガネの女に声をかけたところだった。


「姉さん!!」


 若い男の声に、メガネの女性はビクッ! と身体を震わせて立ち止まった。

 そしてゆっくりと振り返る。


「あ……あ……なん、で……?」


 若い男を視界に捉えたメガネの女は、目を見開き、わずかに開いた震える口から、蚊の鳴くような声を絞り出した。


「ふみ……や……」

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