第26話 ひとときの平和

 花梨も『グランコート2503』に送り届けた陽一は、ふたたび先ほどの部屋に戻り、今度は隣の部屋を訪れた。


 ちなみにだが、廊下に誰もいないことは、部屋を出る前に【鑑定+】で確認していたので、全裸のまま廊下を歩いた。


(しまった。こっちの部屋、鍵あけっぱだったな)


 隣室に入ると、ベッドの上でアラーナが気持ちよさそうに眠っていたが、呼吸のペースが変わったのでおそらく陽一に気づいたのだろう。

 であれば、仮に不審者が侵入しようとも彼女なら心配ないと思っていいだろうか。


「アラーナ、起きてるだろ?」

「んぅ……まぁ、な。でも、まだねむ――って、なんて裸なんだ!?」


 薄く目を開き、全裸の陽一を見たアラーナはガバッと起き上がった。

 その拍子にかかっていた布団がはらりとめくれ、見

事な肢体が露わになる。


「ま、アラーナも似たような格好だけどな」

「むぅ……」


 陽一に指摘されたアラーナは、恥ずかしげに頬を染め、手で胸を隠した。


「と、ところでカリンとミサトはどうしたのだ?」

「うん。ふたりならある程度回復したから、ウチで休んでもらってるよ」

「そうか」


 陽一の答えに、アラーナは安堵の笑みを浮かべたが、すぐに訝しげな表情を向ける。


「では、ヨーイチどのはなぜここに? しかも、そのような格好で……」


 アラーナはそう問いかけたものの、最後のほうは少し口ごもり、全裸の陽一から気まずそうに目をそらした。


「花梨と実里がね、今夜はアラーナとふたりっきりで過ごしてほしいって」


 花梨をマンションに連れ帰った際、実里が少しだけ目を覚まして陽一にそう告げた。それに花梨も同意していたのだった。


 魔物集団暴走スタンピードの途中で休憩と称し、アラーナ抜きで楽しんだことに対する埋め合わせの意味があるのだろう。


「そ、そうか。私はべつに、カリンとミサトがいてもいいのだが……」


 そういいながらも、アラーナは窺うような視線をチラチラと向けてくる。


「あはは……。えっと、いまふたりとも結構疲れてるからさ。ゆっくり休ませてあげようか」


 そう告げると、アラーナはバッと陽一へと顔を向け、嬉しそうな笑顔を噛み殺しながら、口を開いた。


「そうことなら、仕方がないな。では遠慮なく、ヨーイチ殿と過ごさせてもらおうか」

「じゃ、布団に入っていい? ちょっと休みたいんだよね」

「もちろんだとも」


 そう言って陽一を迎え入れるべく布団を上げると、アラーナもまた全裸だった。

 さっき陽一としてからそのまま寝続けていたようだ。


「おじゃまします」


 陽一はアラーナの横に身体を滑り込ませる。


「ふふ、いらっしゃい」


 そして陽一が自分の横に寝転がったのを確認し、アラーナは布団を下ろした。

 いつもより狭いベッドの上で、布団をかぶって身を寄せ合う。


「こういうのも、たまには悪くないかな」

「んふふ、そうだな」


 最初からお互い裸で向き合うというのもあまりなかったように思われる。

 特に最近は4人一緒にいることが多くなり、ふたりきりで向き合う時間も少なくなった。


「こうやって睦言むつごとをかわし合うというのも、恋人らしくていいな」

「そうそう」


 まったりと言葉をかわしながら、ふたりはぞもぞと動き、互いの肌を触れ合わせ、見つめ合う。


「ふふ……今回の件、結局ヨーイチ殿が半分以上片づけたのだったよな。本当にすごいよ」

「べつに……。すごいのは武器であって俺じゃないからな」

「いいや、必要な装備を用意するのも冒険者として重要な能力だからな。強力な武器を用意できることもまたヨーイチ殿の力の一端であることに変わりはない」

「そりゃどうも。でもアラーナだって凄かったじゃん。敵の中に突っ込んでいってさ。この細腕でよくあんな大きな斧槍ハルバードを振り回せるよなぁ」


 そう言って陽一はアラーナの二の腕を軽くつかんだ。

 ぷにぷにと柔らかな脂肪の感触の内側には、しなやかな筋肉の弾力が感じられる。


「ひゃうぅ……? い、いきなりつかむなぁ……」


 不意打ちのように二の腕をつかまれた姫騎士は、悲鳴とも嬌声とも取れぬ声を漏らし、ぴくんと震えた。


「あはは。戦場で暴れまわってたのと同じ人とは思えないなぁ」

「むぅ……」


 不満げに口を尖らせたアラーナだったが、徐々に眉根が下がり、やがて不安げな表情となる。


「幻滅……したか……?」

「ん? なんで?」

「だって、魔物の群れに飛び込んで暴れまわる女なんて……」

「そう? かっこよかったけどなぁ。むしろ惚れ直した」


 その言葉に、姫騎士はきょとんと目を開き、クスリと笑みを漏らした。


「ふふ……そうか。ヨーイチ殿は戦う女が好きなのだな」

「んー、違うかな」

「え?」


 少し驚いたアラーナの背中に腕を回し、陽一は彼女をぐっと抱き寄せる。


「俺はアラーナが好きなんだよ」

「な……」

「大好きなアラーナの新しい一面が見れたから、惚れ直したって話。戦う女の人なら誰でもいいってわけじゃないし、べつに戦えなくったってアラーナのことは好きだからな」

「や……あの……その……」


 真っ直ぐな視線とともに投げかけられた言葉に、アラーナは思わず顔を背けてしまう。


「な、なんで、いきなりそんな……」

「なんでだろうな。急に言いたくなった」


 もしかすると死のふちをさまよったことが影響しているのかも知れない。

 当たり前のように続くと思われた日常が、ある日突然音を立てて崩れ去る。

 今回は運よく乗り切ることができたが、魔物のはびこるこの世界で戦いに身を置いている以上、次はないのかもしれない。


「ふ……そうか……」


 陽一の心情を察したのか、アラーナはふっと笑みを漏らすと、自身も相手の身体に腕を回し、脚を絡めてギュッと身体を密着させた。

 布団をかぶってしばらく立ったせいか、ふたりはじんわりと汗をかき、触れ合った肌同士がピタリとくっつく。

 姫騎士の豊満で張りのある乳房は、彼女が陽一に回した腕にぐっと力を込めることでムニュリと形を変えた。


「ヨーイチ殿……」


 そしてアラーナは、甘い吐息とともに顔を上げ、熱のこもった視線を陽一に向ける。


「私も好きだよ。ヨーイチ殿が…………ん……」


 やがてふたりは互いに顔を寄せ合い、唇を重ねた。


 それから陽一とアラーナは、ひと晩中求め合った。


○●○●


 早朝までセックスを続けたふたりだったが、ふかふかのベッドで眠りたいというアラーナの要望を受けて『グランコード2503』に【帰還】した。


「うー! 寝室まで連れていってくれなくちゃやだ!!」


 駄々をこねるアラーナを抱えて寝室に入ると、花梨と実里が目を覚ました。


「ふぁ……おかえり、ふたりとも」

「おう、ただいま」

「おかえりなさい。アラーナ、もういいの?」

「うむ。充分堪能させてもらったよ」


 アラーナをベッドにおろし、その隣に陽一も寝転がった。


「ふふ。やはりこのベッドの寝心地は最高だな!」


 適度に弾力のあるふかふかのベッドに身を預けたアラーナが、嬉しそうに言う。 


「そのぶん高かったけどな」 

「うふふ。そういえば、結構奮発ふんぱつしましたね、このベッド」 


 部屋探しから家具選びまで同行した実里は、懐かしむように呟く。 


「むぅ……。私は仲間はずれか?」


 陽一と出会う前の話をされたことに、アラーナが軽くいじけた。


「あー、それあたしもよく知らない話なんだよねぇ」


 陽一と実里がこの部屋をさがしたときのことは、花梨もよく知らないのだ。


「拗ねるなよ。ほら、おいで」


 仰向けに寝ていた陽一は左手を回してアラーナを

抱き寄せる。


「むふー! ヨーイチどのぉ……!!」


 陽一の意図を察したアラーナは、自分から嬉しそうに飛びつき、密着した。


「あー、あたしもー!!」


 すっかり元気になったのか花梨は布団をはねのけて起き上がり、反対側に飛び込んで陽一に抱きついた。


「ヨーイチさん、私も……」

「もちろん。おいで、実里」

「はいっ……!」


 まだ疲れが残っている実里も少しよろめきながら起き上がり、陽一に覆いかぶさった。


「ヨーイチ殿……」

「ん?」

「無事でよかった……」

「うん」

「ほんと、今回はちょっとやばかったよねぇ」

「こうやって一緒にいられて、私も嬉しいです」

「うん。3人ともありがとう。おかげでこうして生きていられる」


 彼女たちがいなければ死んでいた。


 こうして柔らかく、温かい人肌を感じていられるのは、みんなが自分の危機に駆けつけてくれたおかげなのだとあらためて思い起こし、陽一は彼女たちに回した腕に力を込めた。

 それに応じるようにさ3人もギュッとしがみついてくる。


「それは、私のセリフです」


 陽一と出会わなければ、実里はいまなお南の町で風俗嬢として虚ろに働き、弟のおもちゃにされ続けていただろう。

 人間らしい感情を取り戻し、ひとりの男を愛おしいと思えるようになったのは、陽一のスキルが彼女の精神を癒やしたおかげなのだ。


「ふふふ。そうだな、私もヨーイチ殿のおかげでこうしていられる」


 アラーナは3人の悪漢に襲われていたところを陽一に救われた。

 もしあの場に彼が現われなければ、暴漢どもに純潔を奪われ、肉奴隷として欲望のはけ口にされていただろう。

 純潔を捧げたときは多少勢いもあったかもしれないが、それから日を追うごとに陽一への愛おしさが増していった。

 戦いにのみ人生を捧げていた姫騎士が、女としての悦びを知ることができたのは、やはり陽一のおかげである。


「あたしも、陽一と再会できてよかったよ」


 キャリアウーマンとして充実した生活を送っていたように見えて、実のところ花梨は心も身体もボロボロだった。

 あのままの生活がずっと続いていれば、精神を病むか身体を壊すかしていたかもしれない。

 陽一と再会し、スキルのおかげで心身を回復できた花梨だったが、それ以上に彼への愛情を思い出せたことが大きかった。

 一度は諦めかけた女の幸せを感じていられるのは、陽一と再会できたおかげだろう。


「じゃあ、この先もずっとこうしていられるよう、頑張ろうな」

「はいっ」

「うむっ」

「ええっ」


 陽一と花梨、実里、そしてアラーナはそれぞれの存在を確かめ合うように、再びギュッと抱き合った。


 密着した肌と肌から心地よい温もりを感じながら、やがて4人は幸福なまどろみに沈んでいくのだった。


――――――――――

これにて五章終了です。

お読みいただきありがとうございます。

ここまででオシリス文庫6巻相当です。

そちらではいろいろとノーカットでお届けしておりますので、書籍版も合わせてよろしくお願いします。


更新はしばらくお休みさせていただきます。

できるだけ早めに再開できるようにしますので、引き続きよろしくお願いします。

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