第25話 これは治療行為です

 オルタンスが部屋を出たあと、部屋は妙な空気に包まれていた。


「えっと、その……あたしは、出といたほうがいい……かな?」

「いや、いまさらだろ……。まだ回復しきってないんだから、安静にしといたほうがいいと思うし」


 これから陽一は実里とセックスをする。

 ただ、同然その行為は隣のベッドにいる花梨に見られることになるわけだ。


「うん、そうなんだけど……いいの?」

「俺はべつにいいけど、花梨がいづらいってんなら、部屋変えてもらうとか……」

「ううん、あたしは平気。それこそいまさら、だよね……」


 陽一らトコロテンのメンバーは、これまで何度も複数人プレイを楽しんでいる。

 その際に陽一と実里が絡む姿を何度も目にしたことはあるのだ。


「あー、それか、先にやっとく?」


 陽一の提案に花梨はふるふると首を振った。


「回復は早いほうがいいみたいだから、先にしてあげて?」


 そう言ったあと、花梨は隣のベッドに背を向けて寝転がり、布団をかぶった。


「長話でちょっと疲れちゃったから、寝るね。だから、ほんと気にしないで」

「……わかった」


 それが方便であることはわかりきっていたが、これ以上の問答は時間の無駄と判断し、陽一は実里に向き直った。


 まずは、穏やかに寝息を立てる実里にかかる布団を引き剥がす。


貫頭衣かんとういか……」


 実里は頭からすっぽり被るタイプの服を着ており、前をはだけることなどはできなさそうだ。

 眠っている人の貫頭衣を脱がせるのはなんとも面倒なので、陽一は服に触れて【無限収納+】に収めた。


「下着、着けてないのかよ……」


 ブラジャーやショーツ、そのほかのインナーはおそらく治療のために脱がされたのだろう。貫頭衣を取ると、実里は全裸になった。


 陽一はベッドに上がり、実里に覆いかぶさろうとする。


「ねぇ……」


 そこで隣のベッドから声がかかった。

 みれば顔の半分くらいまで布団をかぶった花梨が、いつの間にかこちらを向いて、覗くように陽一らを見ていた。


「な、なんだよ。寝たんじゃないのかよ?」

「いいじゃない、気にしなくて。そんなことより、あんたも脱ぎなさいよ」

「え?」

「実里だけ裸だと、起きたとき恥ずかしいでしょ」


 それだけ言い残すと、花梨は寝返りを打って反対側を向き、頭まで布団をかぶり直した。


(ま、花梨の言うとおりか……)


 そう思った陽一は自身も全裸になり、ベッドに上がって実里にまたがった。


 そして実里は、無事意識を取り戻した。

 ただ、行為の途中で目を覚ました彼女はかなり混乱していたが。


○●○●


「花梨、お待たせ……。おい、花梨?」


 実里との行為が一段落したところで花梨に声をかけたが、反応はなかった。

 どうやら本当に眠っているらしい。


 途中からかなり大きな声を出していたにもかかわらず、これだけ深く眠っているということは、よほど疲れていた――というより、回復しきっていなかったのだろう。


「実里はどう? ちょっとは楽になった?」


 どうやら花梨が起きなさそうなので、実里に向き直る。

 いまはまだふたりとも裸のままで、陽一が取り出したウェットティッシュで軽く汚れを拭き取っていた。


「まだちょっと、しんどいです……」

「そっか……」


 少し息の荒い実里が、弱々しく呟く。


「あの、メガネを……」

「メガネ? えーっと……」


 部屋の中を見回すと、サイドテーブルに衣服一式とメガネが置いてあったので、とりあえず陽一は眼鏡だけを取って実里にかけてやった。


「ありがとう、ございます……」


 気のせいかもしれないが、メガネをかけた瞬間、少しだけ実里が元気になったように見えた。

 なんにせよ、実里はメガネをかけたほうが可愛い――少なくとも陽一の好みではある――ので、陽一はしばらくメガネをかけた顔を見続けた。


「あぅ……」


 じっと見つめられ続けた実里は、その視線に耐えきれなくなり、思わず視線をそらした。

 その仕草が愛おしくて、彼女が目をそらしたあともじっと見つめていたが、ふと陽一は口を開いた。


「なぁ、ウチに帰る?」


 ここは高級ホテルだということだが、ベッドの寝心地はそれほどよくなかった。

 これなら日本の家のベッドのほうが安眠できそうだ。


 こちらにいるよりも魔力の回復は遅くなるかも知れないが、先ほどの行為で最低限必要な量は吸収できただろう。

 となれば、あとは長い戦いによって蓄積された精神的な疲れを取るために、安眠を優先したほうがいいのではないかと、陽一は考えたのだった。


「はい……」


 実里はちらりと視線を戻し、少し恥じらい気味に頷いて小さく返事をした。


「きゃっ……」


 ベッドから降りた陽一は、実里をお姫様抱っこした。


(砦のホームポイントはもういいから、ここに設定し直すか)


 いまの部屋を新たなホームポイントに設定した陽一は、実里を抱え上げたまま『グランコート2503』に【帰還】した。

 そしてふたりとも全裸のまま玄関から寝室に移動し、ふかふかの高級ベッドに実里を横たえてやる。


「風呂はもうちょっと元気になってからでいい?」

「はい。さっき拭いてくれたので……充分です……」


 弱々しく答える実里に、陽一はふわりと軽めの布団をかけてやった。

 いちおう意識は回復したが、まだまだ疲労は残っているらしく、実里はうつらうつらとし始める。


「じゃあ、花梨の様子見てくるよ」

「はい……。ごゆっくり……」


 言い終えてほどなく、実里は寝息を立て始めた。

 その姿を見て陽一は優しく微笑み、かけたままだったメガネを外して、ベッド脇のサイドボードへと置いた。


「おやすみ」


 陽一は実里の頭を何度か撫でたあと、立ち上がって先ほどまでいた部屋に【帰還】する。


 ベッドの上ではまだ花梨が眠っていた。


「花梨」

「ん……すぅ……すぅ……」


 名を呼び、肩をたたいても、起きる様子はない。


『あ、カリンちゃんも1発もらっといたらぁ?』


 ふと、オルタンスの言葉が蘇った。


(……魔力譲渡、しといたほうがいいよな?)


 花梨が実里より状態がよかったのは、魔力欠乏状態が短かったからであるが、だからといって完全に回復したわけではないはずだ。

 少なくとも、隣のベッドで遠慮なしにセックスをしてもぐっすりと眠れる程度の疲労が残っているのは確かである。


(これは治療行為。花梨のためなんだよ、うん)


 と自分に言い訳をする陽一だったが、花梨のためというのは動機の1割にも満たず、残りの9割以上はいたずら心と性欲に支配されていた。


 布団を剥がすと、花梨は先ほどまでと同様に実里のいたベッドに背を向けて、胎児のような格好で眠っていた。


(まずは服を……お? 花梨のやつ、パンツだけ穿いてんのか)


 花梨の着ていた貫頭衣を【無限収納+】に収める。

 実里は貫頭衣の下が全裸だったのに対し、花梨はショーツだけを穿いていた。


(起きられちゃかなわんから、これもこのまま……っと)


 陽一はショーツも収納し、全裸になった花梨の姿を足元から眺めた。


(おお、絶景かな)


 胎児のように軽く身体を丸めて眠る花梨を下から見て、陽一は心の中でそうつぶやいた。


 それから花梨との行為も終え、彼女もそれなりに元気を取り戻したのだった。

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