第24話 戦い終えて

 最初のほうこそいいようにもてあそばれていた陽一だったが、途中で攻守交代し、散々攻め立てたところでアラーナが音を上げた。


「ふぅ……」


 ひと息ついたところで、花梨と実里のことが思い出された。


「カリンとミサトなら……隣の部屋だぞ……」


 息を切らせながら、アラーナが呟く。


「ふふ……。顔を見れば……、わかるさ……」


 そう言ったあと、アラーナは陽一に手を伸ばした。

 その手が淡く光ると、汚れていた陽一の身体がシャワーを浴びたあとのようにきれいになった。


「おおっ」

〈浄化〉魔術をかけてくれたのだろう。

 陽一が感嘆の声をあげると、アラーナは少し得意げに鼻を鳴らした。


「私は、少し……休んでいるから……ふたりと……ゆっくり…………。すぅ……すぅ……」

「ふっ……」


 言い終えるや寝息を立て始めたアラーナに、陽一は軽く笑いかけた。


 仰向けに寝転がる姫騎士は、汗ばんだ胸を上下に動かしながら、気持ちよさそうに眠っていた。

 陽一はいつもの作業服を着たあと、【無限収納+】からタオルを取り出した。


「お、スキルも使えるようになってるな」


 無事スキルが使えることに安堵しつつ、陽一は取り出したタオルでアラーナの身体をいてやったが、さすがにすべての汚れを取り去ることはできなかった。


「またあとで、一緒に風呂にでも入ろうな」


 汚れた布団を【無限収納+】に入れて汚れを落とし、アラーナにかけてやった。

 そして陽一は、穏やかな寝息を立てる姫騎士の唇に軽くキスをして部屋を出た。


「ってか、ここどこだ?」


 定宿にしている『辺境のふるさと』でないことはすぐにわかった。

 ギルド関連の医療施設かなにかではないかとも思ったが、廊下の壁や調度品などが妙に高価であるように感じられる。


「もしかすると、お高いホテルなのかもな」


 そうひとりごちたあと、陽一は隣の部屋をノックした。


「はぁーい」


 なかから、柔らかな返事が聞こえてくる。


「あのー、冒険者の陽一ですけど」

「あーはいはい。ちょっとまってねー」


 とことこと近づく足音が止まり、ガチャリと鍵が外れると、ドアは内側から開けられた。


「うふ、いらっしゃぁい」


 陽一を迎え入れてくれたのは、魔術士ギルドのギルドマスターにしてアラーナの母親でもある、オルタンスだった。


「おじゃまします」

「どうぞー……って、わたしの部屋じゃないけどー」


 褐色肌の麗人が、茶目っ気のある笑顔でぺろりと舌を出す。

 アラーナの母親ということだが、種族特性の若い外見のせいでとてもそうは見えない。

 陽一の前で乱れているときはともかく、普段の落ち着いたアラーナと比べると、むしろオルタンスのほうが若く感じられるほどだ。


「や、陽一」


 声のほうを見てみると、ベッドの上で身体を起こした花梨がいた。

 なんだか以前にも似たような光景を見たことを少し思い出す。


「あらあら、やっと王子様のおでましね」


 そう言ったのは花梨の近くに座っているダークエルフの女性だった。


 銀色の髪をアップにまとめた褐色肌の美貌を持つ、落ち着いた淡い色合いのゆったりとした服装に身を包んだその女性は、アラーナの祖母にして魔術士ギルド先代ギルドマスターのフランソワである。


「ちょっとフランさま、からかわないでください……」


 花梨が照れくさそうに言って肩をすぼめる。

 どうやら魔物集団暴走スタンピードでともに肩を並べて戦ったことで、フランソワと花梨は随分と仲がよくなったらしい。


「あの、あらためまして藤堂陽一です。花梨がいつもお世話になってます」


 陽一とフランソワは戦闘準備段階のバタバタしていたときに、軽く顔合わせをした程度だったので、あらためて挨拶をする。


「あらあらご丁寧に」


 そこでフランソワはすっと立ち上がり、陽一に向き直って胸に手を当てた。


「ではあらためましてフランソワと申します」


 そう言って軽くお辞儀をしたあと、すぐに顔を上げて微笑む。


「こちらこそいつも孫と夫がお世話になってますわね」

「あ、いえ……」

「うふふ、なんだか頼りないのね。でもそういうのがカリンちゃんの好みなのかしら?」

「うー……、もう、フランさまぁ」


 言われた花梨は口をとがらせ、立ち上がったフランソワのスカートをつまんでふるふると手を振り、抗議の意を示す。

 こうやって花梨が年上の女性――といっても外見的には同年代にしか見えないが――に甘える姿は珍しく、いい人に出会えたなと、陽一は思わず笑みを浮かべた。


「さて、王子様も来たことだし、わたくしはそろそろ行きますわね」

「え、フランさま行っちゃうの?」


 スカートをつまんだまま、花梨は子供のような表情でフランソワを見上げた。

 フランソワは穏やかな笑みを浮かべると、なだめるように何度か頭を撫で、軽くかがんで花梨の頭を抱き寄せた。

 種族的な特性か、あるいは単なる遺伝か定かではないが、娘や孫同様ふくよかな胸に、花梨は顔を埋めた。


「ごめんなさいね。でも、あの人いますごく大変だから、お手伝いしなきゃ」


 あの人とはフランソワの夫であるセレスタンのことだろう。

 冒険者ギルドのギルドマスターとして、魔物集団暴走スタンピードの事後処理に追われていることは容易に想像がつく。


 普段隠居いんきょしているフランソワだが、非常時なので夫の手伝いをするのだろう。


「はぁい……」


 花梨が残念そうに返事をし、スカートを離したところでフランソワは身体を起こした。


「じゃあヨーイチくん、あとはお願いね」

「はい」

「オルタンスもね」

「はーい」


 陽一とオルタンスにあとを託し、フランソワは部屋を出ていった。


「花梨、元気そうでよかったよ」


 フランソワを見送ったあと、陽一は花梨に向き直って声をかけた。


「え? あ、あぁ……うん……」


 花梨は恥ずかしげにうつむき、口ごもる。

 おそらく先ほどの姿を見られたことが、若干照れくさいのだろう。

 少しからかってやりたいところだが、いまはやめておくことにした。


 陽一が特に言及するつもりがないことに安堵したのか、花梨はすぐに落ち着いた。


「あたしは大丈夫なんだけど、実里がね……」


 実里は花梨の隣のベッドですやすやと眠っていた。


「うふふー。ところでヨーイチくん、うちの子とお楽しみだったぁ?」


 実里の様子を見ていると、突然オルタンスが割り込んできて、陽一の顔を下から覗き込みながら、そんなことを言った。


「え? あ……いや……その……」


 陽一はうろたえながら、隣の部屋とこことを隔てる壁をちらりと見る。


「すいません……。聞こえましたか……」

「いーえ。ここは結構な高級ホテルですからね―。〈防音〉はしっかりしてるんですぅ」


 あとで聞いた話になるが、魔物集団暴走スタンピードがある程度落ち着いたあたりで、町の有志が奮戦した冒険者や騎士団のために飲食店や宿泊施設などを無料で提供してくれたらしい。

 ここはそのなかでも最高級のホテルらしく、貴族御用達 ごようたしとまではいかないにせよ裕福な商人などがよく利用する場所なので、宿泊客のプライベートはしっかりと守られるように設計されていた。


「え? じゃあなんで」


 しかしそうなるとオルタンスはなぜ娘の行動を把握できたのか、という疑問が言葉となり、陽一の口をついて出る。


「だってぇ、あの子すっごくムラムラしてたんだもん。ヨーイチくんが目覚めたら、襲いかかっちゃうだろうなーって思ったからぁ」

「あはは……」


 まさか起きる前から襲われましたとも言えず、陽一は頬をポリポリとかきながら愛想笑いを浮かべてごまかした。

 無言のままジト目で見てくる花梨の視線も痛いので、あわてて話題を変えることにした。


「あ、あの、実里は大丈夫なんでしょうか?」

「うん、心配しないで。身体のほうはもうなんともないから」


 陽一は知らないが、実里は大口径の拳銃を撃った衝撃で手首を捻挫ねんざし、肩を脱臼だっきゅうしていた。

 それらの怪我や、消耗していた体力に関しては、あとを追ってきたオルタンスが適切な治療を施していたのだった。


「ただ、魔力欠乏がちょーっとだけ長く続いちゃったせいで、意識が戻るのには時間がかかりそうねー」

「そうなんですか……」


 では花梨のほうはどうなのかと視線を動かす。

 その視線を受けた花梨は、陽一の言いたいことを察しつつ、少し困ったように首を傾げ口を開いた。


「えっと、あたしもその魔力欠乏ってやつにはなったんだけど、なんていうか、魔力の使い方の違いがどうこうで、回復しやすいとかなんとか……」

「えっとね、カリンちゃんは身体の中で魔力を練るのが得意な子なの。で、ミサトちゃんは身体の外に出すのが得意なのね」


 それらのスキル名は【魔力操作・甲】と【魔力操作・乙】で区別されており、甲が体外放出を、乙が体内循環を得意とする。

 甲は魔術士や錬金術師に、乙は戦闘職や肉体労働などに向いているらしい。

 そして甲を持つものは無意識のうちに魔力を放出してしまうことがあり、逆に乙を持つものは体内に溜め込もうとするのだとか。


 あのとき陽一を救うために死力を尽くし、魔力欠乏を起こしたふたりだったが、実里は【健康体β】が復活するまでその状態が続いた。

 対して花梨はほんのわずかとはいえ、回復しつつある魔力を体内で循環させたために魔力欠乏の状態はさほど長くなく、回復も早かったのだ。


「とまぁ、ざっと説明するとこんな感じかしらねー。ほかになにか聞きたいことは?」

「そうですね……」


 とりあえず実里のことは目覚めるまで待つしかないようなので、自分が倒れてからのことを聞いてみることにした。


魔物集団暴走スタンピードが終わったのはいつごろですか?」

「んー、冒険者が撤収したのは半日くらい前かしら。騎士団はまだ事後処理を頑張ってるみたいだけど」

「じゃあ、俺はどれくらい眠ってたんですか?」

「アラーナちゃんがあなたを防衛拠点に預けて、半日で魔物集団暴走スタンピードが収束し始めたから……、まる一日ってとこかしら?」

「へぇ……」


 意外と早く目覚めたことに少し驚く。

 管理者の口ぶりだとかなり危ない状況だったらしいが、【健康体α】が頑張ってくれたようだ。


「じゃあ実里もそろそろ……?」


 陽一の状態が戻っていれば、彼女に付与された【健康体β】も正常に働いているはずだ。

 ならば消耗した魔力もほどなく回復するだろう。


「うーん、どうかしらねぇ……。あと2~3日はこのままかも?」

「え!? でも、怪我が治って魔力が回復したら、普通に目覚めるんじゃ……」

「そうでもないのよねぇ……」

「……どういうことでしょう?」

「あのね、さっきも言ったけど、ミサトちゃんは魔力欠乏が長く続いたのよ。だから、魔力がちょっと回復しただけじゃあ目覚めないのよ」

「そうなんですか……。でも、待ってれば目覚めるんですよね?」

「ええ、そこは心配ないわ。でも……」

「でも……?」


 不安な様子の陽一に対し、オルタンスはどこか楽しそうだった。


「もっと早く目覚めさせる方法はあるわよ?」

「えっと、それはどうすれば……?」

「魔力を一気に流し込んであげればいいの」

「魔力を一気に? もしかして、オルタンスさんならそれができる?」

「あらぁ、だめよぉ。それはヨーイチくんの役目なんだからぁ」

「俺の? いや、でも……俺は魔力を外に出せないですから……」

「でも、体内に魔力はあるのよねぇ?」

「ええ。それはもう有り余るほどに」


 だからこそ、少しもどかしいと思ってしまう。


「だったら大丈夫! ヨーイチくんの魔力をたっぷり含んたものを、直接ミサトちゃんの身体に流し込んであげるだけだから」

「魔力を含んだものって、もしかして……」


 そう呟き、ちらりと花梨を見てみると、彼女も同じことを考えたのか、少し頬を染めてうつむいている。


「あらぁ……? なんだか心当たりがあるようねぇ」

「えっと……」


 口ごもる陽一に、オルタンスがずいっと顔を近づける。


「わかってるんなら、さっさとしちゃいなさいよー」

「さっさとって……おぅふっ!?」


 突然オルタンスが陽一の股間を握り、妙な声が漏れる。


「ちょ、オルタンスさま?」


 それに気づいた花梨が驚きの声をあげるも、オルタンスは無視して陽一の耳元で囁き始めた。


「だからぁヨーイチくんのおち×ぽをミサトちゃんのおま×こにぶち込んで、ジュボジュボやってドピュッと出しなさいな。そうすれば彼女はひぃひぃ言いながら目覚めるわよぉ」

「ちょ……」


 恋人の母親が発したあまりにも下品な言葉に、陽一は言葉を失う。


「あら、準備はよさそうね」


 しかし身体は正直というべきか、股間にぶら下がるイチモツは、ムクムクと膨らみ始めた。

 それがダークエルフの美女に揉まれたせいなのか、愛しい人との行為を想像してのことなのかはともかく。


「じゃ、あとは任せたわよー。あ、カリンちゃんも1発もらっといたらぁ?」

「い……1発……? やだぁ……」


 オルタンスの言葉を受け、花梨は羞恥に赤らんだ顔を覆う。

 そんなことはおかまいなしにと陽一の股間から手を離すや、オルタンスは軽やかな足取りで入り口へむかったが、ドアの前で立ち止まり、振り返った。


「あ、ついでに言っとくと、昏睡状態は短いほうがミサトちゃんのためにはいいからねー。だからぁ……」


 そして人差し指と中指の間に親指を入れて作った拳を陽一に向けて掲げ、とてもさわやかな笑顔を浮かべた。


「さっさとやっちゃえっ」


 オルタンスはそう言い残すと、笑顔のままうしろ手にドアを開け、部屋から出ていくのだった。

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