第23話 管理人からの状況説明
「ん……ここは?」
陽一が目を覚ますと、そこは真っ白な空間だった。
「たしか、アラーナが魔人のうしろから出てきて……、どうなったんだっけ?」
「いやー、藤の堂さん、今回は危なかったですねぇ」
背後から声が聞こえる。
振り返るとそこには藤色の和服に身を包んだ小柄な女性が立っていた。
「ああ、管理人さん。お久しぶりです」
それは久々に現われた、世界の管理者であった。
「はい、ご無沙汰しております」
「あの、花梨と実里、アラーナは大丈夫ですか!?」
自分を助けるために駆けつけ、魔人に目をつけられた様子だった実里と花梨、そして突然現われたアラーナのことを思い出す。
「大丈夫ですよ。花梨さんと実里ちゃんは無事保護されて、いまは療養中です。アラーナさんに至っては元気そのもので、あのあとさらにひと暴れしましたから」
「よかった……」
女性たちが無事だということを知って、陽一は心底安堵した。
「えっと……、じゃあ結局俺はどうなったんでしょう?」
「危うく魔人に殺されるところでしたが、藤の堂さんの危機を察知して駆けつけた女性陣のおかげで間一髪助かりましたよー」
「じゃあ、あの魔人は?」
「アラーナさんがあっさり」
そう言って、管理者は首を切るようなジェスチャーとともにおどけた様子で舌を出した。
「はは、すごいな……。拳銃とはいえ、50口径の弾丸で傷ひとつつかなかったのに……」
「まぁ、アラーナさんはあの世界じゃ最強の部類に入りますからねぇ」
「へぇ、そんなすごいんだ。あ、
「そちらもなんとか収束しましたよ。魔人を倒せたのが大きかったようです。ま、そのあたりの詳しい事情は起きてから誰かに聞いてください」
「あー、はい」
「ほかにご質問は?」
管理者の問いかけに、陽一はおずおずと手を挙げた。
「あのー、途中で急にスキルが使えなくなったんですが……」
「あははー、気になりますよね、やっぱり」
「気になりますねぇ……。危うく死ぬところでしたから」
そこで管理者は、コホンと咳払いをして話し始めた。
「スキルが使えなくなった原因ですが、ズバリ、魔人に致命傷を負わされたからです」
「魔人に?」
「はい。魔人……つまり魔王の眷属というのは、人に対する特攻を持ってると思ってください」
「特攻? 特殊攻撃、的な?」
「ですね。簡単に言うと、魔王およびその眷属は人類に対して攻撃が通りやすく、逆に人類からの攻撃は通りにくい、みたいな?」
「……なんか、ゲームとかでいうクラスの相性みたいですね」
陽一は感心したような呆れたような複雑な表情で頷いた。
「ま、そんなもんだと思ってください」
「つまり、魔人ってのは人の天敵ってことですか?」
「ですです。そして魔人の攻撃というのは、人の肉体だけでなく魂も破壊します」
「魂も……」
「で、スキル云々のお話になるわけですけど、藤の堂さんは魔人からの攻撃を受けて、魂が死にかけてたんですね。っていうか、普通の人なら死んでます」
「おぅ…………」
陽一は顔をしかめながら先ほど魔人によって貫かれた腹のあたりをさすった。
この場所にいるせいか、あるいは知らぬ間に回復してしまうだけの時間が経ったのか、腹の傷は綺麗さっぱりなくなっている。
「しかし藤の堂さんには【健康体α】がありますから、それでなんとか回復できたのです」
「はぁ……。それで、なんでスキルが使えなくなったんです?」
「私から供給されている魔力がすべて【健康体α】に回されたからですね。なので、ほかのスキルが一切使えなくなった、と」
その説明に、陽一は首をかしげる。
「……管理人さんからの魔力って、無尽蔵じゃありませんでした?」
「トータルでみれば。ただし、一度に供給できる量には限界があります。今回は早急な魂の回復が必要だったので、なにを置いてもまずは【健康体α】が優先されたわけです」
陽一は首を傾げたまま、眉根を寄せて腕を組む。
「……それって、一旦【帰還+】で安全なところに逃げ出してから【健康体α】で回復する、みたいなことはできなかったんでしょうか?」
「んー、今回のは非常措置みたいなものですからねぇ。あんまり融通はきかないんです」
「そういうもんですか……」
陽一はその説明に軽くうなだれたが、元々規格外のスキルなので仕方がないと思うことにする。
「ま。そのおかげで女性陣は藤の堂さんの危機に気づけたわけですから、なにも悪いことだらけってわけじゃないんですよ?」
「……と、いいますと?」
そう言って顔を上げる。
「いま現在花梨さんと実里ちゃんとアラーナさんには、【健康体β】を通じて私の魔力が藤の堂さん経由で供給されているというのは、覚えてますか?」
「はい」
「それが今回、全魔力を【健康体α】で使ったことにより、女性陣への魔力供給が途絶えたんです」
「ふむふむ」
「それに対してなにか違和感を覚えた女性陣は『
「はは……」
女性陣が自分の危機をなんとなく察知して駆けつけてくれたことが照れくさかったのか、陽一は恥ずかしげにポリポリと頬をかいたあと、話題を変えることにした。
「ところで魔王とか魔人ってなんなんです?」
「先ほど藤の堂さんが言ったとおり、人類の天敵みたいなものです」
「天敵、ねぇ……。そういえばさっき、魔人は人に対して特攻を持ってるって話でしたが、逆に魔人に対して特攻を持ってる種族っているんですか?」
いかにもゲーム的な発想だが、そうでないとアラーナが魔人を倒せたことの説明がつかないと陽一は考えた。
「いますね。ただし、種族じゃなく加護ですが」
「加護?」
「はい。勇者の加護を持っていれば、魔王とその眷属に対して特攻があります」
「……それは世界にひとりだけの選ばれし者、みたいな?」
「いいえ、結構ゴロゴロいますよ。藤の堂さんのお知り合いですと、赤い閃光のグラーフくんとか」
「ええっ!? そうなんですか!?」
「はい。あの場に彼がいたら、もう少し楽をできたかもしれませんね」
なにやら重要なイベントキャラを誤って倒してしまったような気分に陥ってしまう。
「あ、でもアラーナが勇者の加護を持ってるんなら問題ないのかな」
「いえ、持ってませんよ」
「へ?」
陽一の独り言のような言葉に対して放たれた管理者の答えに、
「アラーナさんは勇者の加護を持ってません」
「いや、でも……、アラーナは魔人を倒したんですよね?」
「はい。一撃で」
「加護もないのに……?」
「彼女の場合は"レベルを上げて物理で殴ればいい"ってやつですかね。ゲーム的にいえば完全なバランスブレイカーですよ、彼女」
「なんとまぁ……」
どうやらとんでもない人物と関係を持ったらしいことに、陽一はいまさらながら感心する。
「さて、お話はこんなところですかね。ではこれからの人生、楽しんでくだ――」
「待った」
「――はい?」
なにやら管理者の様子がおかしい……。
「なんかいま、急に話をぶった切りませんでした?」
「ギクッ!? な、なんのことでしょう……?」
「いや、ギクッって言ったよこの人」
「き、気のせいですよぅ……ぴぃ~ぴぃ~」
管理者は不自然に目をそらし、口を尖らせると、鳴りもしない口笛を吹き始める。
どこまでも残念な女である。
「なにを隠してるんです?」
「べ、べつになにもぉ……?」
「じぃー…………」
「ちょ、そんな見つめないで……。っていうか、藤の堂さんに心あたりがないんでしたら、べつにいいじゃないですかぁ! こう見えても私、管理者ですよ? 隠しごとのひとつやふたつあってもおかしくないんです!!」
「…………なーんか、変だったんだよなぁ」
「へ、変? あ、着物が左前になってる? 失礼失礼あはははは……」
「いや、管理人さんじゃなくて、あの魔人ってやつですよ。ラファエロっていいましたっけ?」
「ギクーッ!!」
またもわかりやすいリアクションを取る管理者。
「ほら、それだ。なにかありますよね、あいつ」
「べ、べつになにも……?」
「うーん……、なにがどうと言われると答えようもないんですが、あいつなんかおかしかったんだよなぁ……。なにがおかしかったんだろ? ねぇ管理人さん、なにか妙な違和感があったんですが、なんだったんでしょうね?」
「はぁー…………」
そこで管理者は諦めたようにため息をつき、がっくりと肩を落とした。
そして息を吸いながら背筋を伸ばし、陽一をじっと見つめた。
「お答えできません」
「はい?」
「藤の堂さんが感じてらっしゃる違和感の正体、なんとなく察しはつくのですが、残念ながらそれはお答えできないものです」
「……それは権限的な意味で?」
ぴしゃりと言い切った管理者に対し、なんとか問い返すことはできたが、彼女は特に表情を変えず淡々と言葉を紡ぐ。
「まさか。世界の管理者たる私に、権限の及ばぬ事象などありませんよ。ただ、ここであれこれ言ってしまうと、因果律がややこしいことになるので、お答えできかねるというだけのことです」
「因果律……? いやいや、異世界の魔王だか魔人だか知りませんが、そんなもんと俺とのあいだに因果関係なんてないでしょうよ」
「お答えできません。少なくともいまは」
いつになく真面目な様子で管理者がそう答えたため、それ以上の回答はいくら望んでも出てきそうにないのだと悟る。
「では、いずれ話してもらえると?」
「しかるべきときに機会があれば、必ず」
「……わかりました。では今回はこの辺で失礼させていただきます」
「はい、お察しいただきありがとうございます。ではこれからの人生、楽しんでくださいね」
いつものセリフを口にしたあと、管理者は口元を隠していやらしい笑みを浮かべた。
「あらぁ、もうお楽しみ中でしたねぇ……。では」
「お楽しみ中? それってどういう……」
「そのままお楽しみくださぁーい」
その言葉を最後に、白い世界はぼやけていった。
やがて眠りから覚めるように、意識がはっきりとしてくる。
それにともない、自身にかかる心地よい重みと、下半身にまとわりつくねっとりとした熱が、脳を心地よく刺激する。
「ん……あぁっ……ヨーイチ、どのぉ……目が……覚めた……?」
そして目を開くと、自分にまたがるアラーナの姿が視界に飛び込んできた。
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