第22話 あっけない幕切れ

「陽一さん……?」


 やぐらの上から魔術を使って魔物を倒していた実里は、突然攻撃の手を止め、あたりを見回した。

 陽一の身になにかあったのだということを、彼女は理由もなく悟る。


 彼とのつながりが突然途絶えてしまったような、そんな喪失感。


「ちょっと、ミサトちゃん!?」


 ともに櫓の上で戦っていたアラーナの母オルタンスが気づいたときには、実里はすでに櫓から飛び降りていた。

 櫓から地上までの高さはかなりものだったが、実里は着地の瞬間に〈浮揚〉の魔術を使い、ふわりと地面に降り立つ。

 そして休む間もなく駆け出した。


「陽一さん! 陽一さん!!」


 陽一の名を呼びながら、各所で乱戦が繰り広げられている戦場を駆ける。


 戦場は広く、人も魔物も多い。


 しかし、実里には陽一の居場所がなんとなくわかっていた。


「邪魔! どいてぇっ!!」


 行く手を阻むものは魔術で倒していく。

 全力で駆けながら、ひたすら魔物を倒し、道を開ける。


「ぜぇ……ぜぇ……」


 どれくらい走っただろうか。

 息が切れ、足が回らなくなり、意識が朦朧もうろうとし始める。


(おかしい……。ここまで疲れることなんて、なかったはずなのに……)


 少なくとも、意識がぼんやりしてきたことに関しては、魔力欠乏によるものではないかと予想される。

 これまでいくら魔術を行使したところで途切れることのなかった魔力が、空っぽになっていくのを感じる。

 たしか自分は【健康体】というスキルを持っており、そのおかげでほとんど疲れることもなければ魔力が尽きることもないと、陽一は言っていた。


(やっぱり、陽一さんになにかあったんだ……!!)


 スキルは陽一から与えられたのだと、そう説明を受けたのを思い出す。

 そのスキルが正しく働かなくなったということは、提供元である陽一に異変があったに違いない。


「待ってて……。いま、いきますから……!!」


 もう1発の魔術も打つことができない。

 あと何メートルも走れないだろう。


 そんなとき、魔物の群れが突然途切れた。


 まるでなにかを中心に、周りのものが吹き飛ばされたような、そんな不自然な空間。

 その中心に、倒れた陽一を見下ろす黒いローブの男が見えた。


「陽一さんっ!!」


 実里は腰に手を回した。

 万が一のためにと陽一が持たせてくれた拳銃を、腰のベルトから引き抜く。


 45口径という、女性が扱うには大きすぎる口径の拳銃。


 魔力による身体強化があるから使えるだろう、ということで渡された銀色の拳銃を、実里は両手で構えて狙いをつけた。


(重い……!)


 魔力が枯渇こかつし、体力も使い果たした女性の手には重すぎる武器を必死で支えて、実里は狙いを定めた。


「陽一さんから……」


 照星しょうせいの先に黒いローブを捉え、引き金を引く。


「離れろぉっ!!」


 ――ドゥン!!


「きゃあっ!!」


 ゴキリと鈍い音が鳴り、手首が不自然な方向に曲がる。

 続けて腕が弾かれたように持ち上がり、肩に激痛が走った。

 女性の細腕で扱うには過ぎた武器である。


 しかし銃口から放たれた銃弾は奇跡的にまっすぐ飛び、ガンッ! と鈍い音を立てて黒いローブの男のこめかみに直撃したのだった。

 

○●○●

 

 こめかみに鈍い衝撃をうけた魔人ラファエロは、瀕死ひんしの男に向かって振り上げた腕を下ろすタイミングを逸した。


「ちっ……なんだぁ?」


 ちらりと視線を動かすと、拳銃を手にだらりと肩を落とした女の姿が見えた。


「そうやってまぁた俺の邪魔ぁすんのかよぉ!!」


 怒りの声を上げながら、拳銃を持った女を睨みつける。

 女はもう一度自分を撃とうと思っているらしいが、どうやら衝撃で肩が外れたらしく、拳銃を構えることができないようだった。


「あとで可愛がってやるからよぉ……。そこでじっとしてな……」


 どいつもこいつも自分の邪魔をする。

 そのことにうんざりしながらも、魔人は現状を確認した。


 眼下には瀕死の男。

 まずはコイツを殺す。


 男の周りには全身鎧に身を包んだ犬族の大きな女と、小柄で軽装の猫族の女が倒れ、うめき声を上げている。


 どちらもいい女だ。

 楽しめるだろう。


 そして少し離れたところにはエルフらしいの弓士が倒れていた。


 あれもいい女だ。


 そして拳銃を持った黒髪のメガネをかけた魔術士風の女。


 地味だが悪くない。


「っ!?」


 顔に軽い衝撃が走る。


「ぜぇ……、ぜぇ……」


 瀕死の男が、自分を睨みつけている。

 弾の切れた拳銃を投げつけたのだろう。

 頬に当たったようだが、痛くも痒くもない。


「実里に……手を……出すな……!!」

「あぁ? ミサトぉ!?」


 さきほど獣人やエルフの女どもがお互いの名を呼び合っていたが、たしかそのなかにミサトという名はなかった。

 そもそもこの男とあの女どもはそれほど親しい様子ではなかったはずだ。


 となれば……。


「あの黒髪がミサトちゃんかぁ……へへ」


 魔人はニタリと下卑た笑みを浮かべた。


「だったら、おぇが見てる前で、お楽しみといこうじゃねぇか」

「……っ!? ま、まて……」


 男の顔が青ざめる。


 どうせこの男は放っておいても死ぬだろう。

 なにせ魔人である自分の手で腹を貫いたのだ。

 身体だけでなく、魂までもがズタズタに引き裂かれているはずだ。


「お前が力尽きるまで、目の前であの黒髪の女を犯し続けてやるからよ。冥土めいど土産みやげに見ていけや」

「ちくしょう……まち、やがれ……」


 男は必死で体を起こし、魔人に手を伸ばしたが、そのままドサリと前のめりに倒れた。


「ははは、いいねぇ、無様で――っとぉ」


 カツンという音とともに、魔人は頬に軽い衝撃を受けた。

 見れば地面に矢が転がっている。

 どうやら矢を射られたようだが、あまりに威力が弱く、近づくことに気づかなかったようだ。


「次から次へと、今度はなんだぁ?」


 魔人が顔を上げ、矢の飛んできた方向を見ると弓士がいた。

 モノトーンの装備のなかに赤いスカートが印象的な、茶髪の女だった。


「う……あぁ……」


 うつ伏せに倒れた男も弓士に気づいたようだが、もうまともに喋ることすらできないようだ。


「あぁ? あれもお前ぇの連れかよ」


 しかし男の様子からその程度のことは推察できる。


「楽しみがふえたなぁ、ははっ!!」


 弓士の女はそのあとも矢を放ち続けたが、魔人に傷ひとつつけられず、虚しく弾き飛ばされた。


「腕は悪かねぇが、こんなへろへろじゃなぁ」


 もはや防御の必要もないとばかりに、魔人は顔や体にカツカツと当たる矢を無視し、男の顔を覗き込むと、嗜虐的な醜い笑みを浮かべた。


「じゃあ、そろそろお楽しみの始まりだぁ。お前はそこでじっと見て――っ!?」


 そのとき、魔人は背後に異様な気配を感じた。

 全身が粟立ち背筋が凍るような、そんな感覚。


「なん……だ……?」


 魔王の眷属としてこの世界に生を受け、いままで一度も味わったことのない感覚。

 しかし魔人はその感覚を知っていた。


「怖……い……? 馬鹿な……。俺がビビるなんてことが……」


 そう呟きながら、魔人は振り返った。


「ヨーイチ殿から離れろっ、不埒者め!!」


 巨大な馬にまたがり、長柄の斧槍ハルバードを振り上げる、白銀色の鎧に身を包んだ銀髪の女騎士。


 見目麗しい女性が、般若はんにゃの形相で自身に迫ってくる。


 それが、魔人の見た最期さいごの光景だった。

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