第21話 魔人ラファエロ

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 魔人ラファエロ


 魔王パブロの眷属けんぞく。魔王による人類圏挟撃作戦にもとづき、ジャナの森深部にて魔物を集め、魔物集団暴走スタンピードを――……。

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 自分を攻撃したであろう敵が何者であるか知るため、陽一は振り向きざまに【鑑定+】を使ったのだが、突然鑑定結果がプツリと途切れて見られなくなった。


(魔人? 魔王……? 今回のこれは、偶発的な災害じゃないのか……?)


 突然現われたいかにもな単語に戸惑いつつも、陽一はこの場から逃げるべく【帰還+】を発動する。


「……え?」


 しかし、いつものように【帰還】しようとしても、スキルが発動しない。


「ちくしょう……、てめぇのせいで作戦とかいろんなもんが台なしだよ……」

「ごほっ、ごほっ……! くそっ……」


 恨み節を吐きながらゆっくりと近づいてくる魔人に対し、陽一は2丁の拳銃を構えた。


 ――ドゥン! ドゥン! ドゥン……。


 とにかく引き金を引きまくり、50口径の弾丸を魔人に浴びせ続ける。

 【鑑定+】の補佐がなくても、この至近距離なら外すことはない。

 銃弾を受けるたびに、魔人が軽くのけぞった。


 ――カチッ……! カチッ……!


 しかし全弾撃ち尽くしたところで魔人の青い肌には傷ひとつつかなかった。


(くそ……【無限収納+】も……)


 そして弾込めのために拳銃を【無限収納+】に収めようとしたが、それも発動しなかった。


(こんなことなら、予備の弾倉を少しくらいポケットにでも入れとくんだった……)


 替えの弾倉はすべて【無限収納+】に入っており、取り出すこともできなかった。


「だぁかぁらぁよぉー! そういうのやめろっつってんだろうがぁっ!!」


 魔人が怒りの声をあげながら、腕を振り上げる。

 この一撃を喰らえば今度こそ終わりだろうが、陽一はわずかにあとずさるので精一杯だった。


(ここで、終わりか……)


 そのとき、ふと思い浮かんだのは、初めて白い空間に行ったときのこと。

 トラック事故に巻き込まれ、死んで転生となる予定が、なぜか元の世界で蘇った。


(あのとき、死んでたと思えば……)


 そのあとに起こった異世界での出来事や、花梨との再会、実里やアラーナとの出会いを思い出す。

 あのまま事故に巻き込まれず、何事もなく生活していれば絶対に経験できなかった冒険と、自分にはどう考えても分不相応な女性たち。


(アラーナを助けられたのはよかったよな。別れたあとずっと気になってた花梨とも再会できた。実里もわけありみたいだけど、俺と出会って少しは幸せになったと思いたいし)


 それほど長い期間ではなかったが、濃密で甘美な時間だった。

 おまけの人生としては悪くないだろう。


「ふ……」


 思わず笑みがこぼれる。


「ふん、観念しやがったか。その心がけに免じて、1発で終わらしてやらぁ!!」


 魔人の腕が振り下ろされ、陽一は思わず顔を伏せた。


 ――ガキィインッ!!


 死を覚悟したその瞬間、鈍い金属音が鳴り響く。

 その音に驚いて顔をあげると、そこには鋼鉄の鎧に身を包んだ女性のうしろ姿があった。

 尻から生えたフサフサの尻尾が、ピンと立っているのが印象的だった。


「だ、大丈夫ですか?」


 近くにいた気のいい冒険者が助けてくれたのだろうかと思ったが、その声に聞き覚えがあった。


「っ!?」


 どうやら一旦は助かったらしいと思い、魔人を見ると、その背後に迫る人影があった。

 軽装で猫耳の女性冒険者が、目にも留まらぬスピードで魔人の背後を取り、そのまま首筋にナイフを突き立てるも、ガキンと鈍い音をたてて弾き返されてしまう。


「んだこらぁっ!!」


 魔人は背後の人影を振り払おうとしたが、すでに彼女は軽やかに跳びのいており、魔人から少し離れたところにふわりと着地した。


「あー、ダメだぁ! ウチの攻撃じゃあ通らないわ」


 軽装の女性が諦めたように呟くと同時に、数本の矢が魔人に向かって飛ぶ。


「ちっ! 邪魔クセェ」


 おそらくは風の魔術を付与され、かなりの勢いで飛来していた矢だったが、魔人に軽く振り払われた。

「まったく……なんでわたくしがこんな男のことを……!!」


 少し離れた場所から、不満げな弓士のつぶやきが聞こえる。


「グラーフとメリルがいてくれりゃ男ひとり逃がす時間くらいは稼げたんだろうけどねぇ……。ジェシカ! グレタ! コイツはウチらの手にゃ負えない! さっさと逃げるよ!!」

「そうか……、アンタら、赤い閃光の……」


 彼女らは以前、陽一が完膚なきまでに叩きのめしたグラーフが率いていた『赤い閃光』のメンバーだった。


「なんで、アンタらが、俺を……?」


 絞り出すように呟かれたその言葉が聞こえたのか、彼と魔人とのあいだに立ちはだかる獣人犬族の戦士ジェシカは、ちらりとだけ視線を陽一に向けたあと、すぐ魔人を睨み返した。


「どけや大女ぁ!!」


 獣人猫族の盗賊ミーナのナイフによる不意打ちと、ハーフエルフの弓士グレタの攻撃で多少怯んでいた魔人は再び勢いを取り戻し、陽一の前に立ちはだかるジェシカに向かって腕をふるい続けた。


 ――ガキン! ガィン!


 鈍い金属音が何度も響く。

 魔人の攻撃はかなり強烈なはずだが、ジェシカはそれを巧みに受け流していた。


「ジェシカ、なにやってんの!? さっさと逃げるよ!!」

「そうですわ!! わたくしどもがその男を助ける義理などないのですから!!」


 彼女らの言うとおりである。


 大衆の面前でリーダーであるグラーフに恥をかかせ、結果的にパーティー解散へと追いやった陽一に対して、赤い閃光のメンバーは恨みこそあれ助けるような義理はないはずだが、ジェシカはかたくなに魔人の攻撃を受け続けた。


「こ、この人に、なにかあると、あ、アラーナさんが、悲しみます……!!」


 どうやらアラーナの熱烈な信奉者であるジェシカは、彼女のために陽一を守ろうとしているようだ。


「……ったくぅ。同じ男に抱かれると、情でも移っちゃうのかねぇ……」


 陽一はともかく、ジェシカを見捨てる気にはなれなかったようで、ミーナは困ったようにポリポリと頭をかいたあと、陽一に駆け寄って背後に回り、うしろから抱きかかえた。


「ぐぁっ!!」

「男が情けない声出してんじゃないよぅ」


 抱えられた拍子に腹の傷が疼いたが、ミーナはおかまいなしに陽一を引きずり始めた。

 非力な盗賊であるミーナでは陽一を担ぎ上げることはできないが、それでも冒険者であり、筋力に優れた獣人でもあるので、抱えて引きずるくらいのことはできるのだった。


「ミーナさんまでっ!? まったく、あなたたちは……!!」


 グレタもまた不機嫌な声をあげながらも、ジェシカの援護に入る。

 彼女の打ち出す矢によって、ジェシカの負担が多少ましになった。


「ぐぅぅ……邪魔すんじゃねぇぞメスどもがぁっ!!」

「きゃぁあ!!」

「ひぃっ!!」

「くぅっ!!」

「……っ!!」


 魔人が叫ぶと同時に、強い衝撃波があたりに放たれ、すぐ近くにいたジェシカだけでなく、少し離れた位置にいたグレタまでもが吹き飛ばされる。

 ミーナに抱えられていた陽一も同じく吹き飛ばされたが、彼にはもううめき声を上げる余裕すらなくなっていた。


「どいつもこいつも俺の邪魔ばっかしやがって……」


 陽一らにとって多少なりとも幸運だったのは、魔物も含めて吹き飛ばされたことだろうか。


「あ……がぁ……」

「うぅ……」

「くっ……」


 衝撃波によって吹き飛ばされ、倒れる陽一らに襲いかかる魔物はいなかった。

 しかし、当たり前ではあるが、魔人は健在である。


「メスどもはあとでかわいがってやる。お前はとりあえず死ねや」


 ゆっくりと魔人が近づいてくる。

 そして、陽一の前に立つと、血まみれの青い腕を振り上げた。


(さすがに、もう終わりか……)


 ――ドゥン!!


 陽一が諦めかけたとき、少し離れた場所から銃声が聞こえ、魔人の頭がわずかにブレた。

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