第20話 乱戦

「じゃ、行ってくる」

「はい、お気をつけて」

「気をつけてねー」


 突撃銃の弾が切れた陽一は、実里とオルタンスに見送られながら拳銃を手にやぐらを下り、戦場に立った。

 弾数に余裕があり、かつそれなりに威力の高い44口径の拳銃を2丁、両手に構えた陽一は魔物の群れに突っ込んでいた。


「喰らえコノヤロー!!」


 魔物の群れに近づきながら、容赦なく引き金を引く。


 連続で放たれる弾丸は、ただ乱雑に撃たれているように見えるが、すべで【鑑定+】で弾道を予測し、狙いをつけたものである。

 その1発1発が、ゴブリンやコボルトの頭を砕いていった。

 ただ、オークやリザードマンあたりになってくると射角次第では筋肉や骨で受け止められたり弾かれたりしてしまうので、目などの急所を狙う必要がある。

 そこまで照準が小さい場合は、一瞬足を止めて構える必要はあるが、それでもかなりのハイペースで魔物を倒すことができていた。


 マガジンが空になればすぐに【無限収納+】に入れて、一瞬で弾を補充できるため、陽一は魔物の群れに絶え間なく銃弾を浴びせ続けていた。


「グルァアァァッ!!」


 雑魚の群れの中に突如ワンアイドベアーが現われる。

 このレベルになると44口径で倒すのは難しいので、50口径の拳銃に持ち替えた。


 地球上であれば熊殺しの異名を持つ50口径弾だが、この世界の熊の魔物相手だとそうはいかない。

 銃弾は硬い毛皮や筋肉で容易に弾かれてしまうのだが、それでも目や口内であればダメージを与えることは可能だ。


「オラオラァ!!」


 陽一は【鑑定+】で弱点を狙いながら、何度も引き金を引いた。


「グブルォゥ……」


 2丁の弾倉が空になるまで打ち続け、ようやく1匹のワンアイドベアーを倒すことができた。


「やっぱ拳銃ででかいの相手にするのは効率悪いな。こういうのは冒険者に任せて、俺は雑魚を減らすことに集中しよう」


 そう考えて雑魚を探し始めたところに、とてつもなく大きな咆哮が響き渡った。


「オゥグァアアアァァァッ!!」


 声の発生源へ視線を向けると、10メートルほど先にオーガの姿が見えた。


「さすがにBランクは拳銃じゃ無理!」


 Cランクのワンアイドベアーを倒すのに四苦八苦しているのだ。

 Bランクのオーガを倒すには、手札が弱すぎると考えた陽一はその場を離れようとしたのだが――、


「アンタ、たしかアラーナの!!」


 近くにいた冒険者に声をかけられてしまった。


「なぁ、アンタならあのオーガ、なんとかできねぇか?」

「悪い。ほとんど武器を使い切ったから、あれを倒せる手段が残ってない」

「チッ……!! まじかよ……」


 その冒険者は剣を振り、近づく雑魚を倒しながらそう呟いた。

 同じく陽一も拳銃で雑魚を数匹倒していたが、それを冒険者が見とがめる。


「なぁ、アンタのそれで足止めぐらいはできないか?」

「それくらいならたぶん大丈夫かな」

「よっしゃ!! おい、ヤローども!! いまからあのデカイのを潰すっ!! ヤツが怯んだ隙に突っ込めー!!」


 数名の冒険者がオーガに向かって駆けていく。

 陽一も50口径の拳銃を手に、少しでも威力を高めるため距離を詰めた。


(おいおい、連携までサポートしてくれるのかよ……。すげーな【鑑定+】さん!!)


 【鑑定+】は陽一の攻撃や敵の能力と思考だけでなく、味方である数名の冒険者の能力や行動までをも計算に入れ、最適解を算出した。


「いまっ!!」


 陽一はタイミングを見計らい、引き金を引いた。


 ――ドゥンドゥンドゥンドゥンドゥン……!!


 連続して放たれた50口径の銃弾が、オーガの顔面を襲う。


「ブグォァアアァ!!」


 銃弾を受けた衝撃で、オーガが仰け反る。


「おっしゃ今だぁ!!」


 先の冒険者が声を上げた次の瞬間、魔術による風の刃がオーガの身体に深く刻まれた。

 肩から脇腹にかけて刻まれた深い傷は、皮膚と筋肉を切り裂いたものの骨を断つにはいたらない。

 しかし続けて別の冒険者が脇からオーガに接近し、片方の膝をメイスで砕く。

 その一撃でバランスを崩したオーガにまた別の冒険者が突進して槍を突き出し、先ほど魔術で与えた傷に穂先を突き入れ、胸を貫いた。

 致命傷に近いダメージを受けたオーガはほとんど身動きがとれなくなり、身体にまとう魔力の防御が著しく減少する。


「トドメだっ!!」


 最後に先の冒険者が飛び上がり、これまでの連携によって無防備に晒されたオーガの首を剣で叩き落とした。


「おっしゃあ!! 助かったぜぇ!!」

「おう!!」


 オーガを倒し、お互いに称え合った陽一と冒険者たちだったが、すぐに魔物の波に飲まれて互いを見失う。


「まだまだ俺にもやれることがあるな」


 陽一は44口径の拳銃に持ち替え、引き金を引きながら乱戦の中を進んでいった。


○●○●


 陽一が戦場に立って1時間以上が経過していた。

 倒しても倒してもいっこうに数が減ったようには思えず、むしろどんどん押し寄せる魔物の群れに揉まれながら、陽一は巧みに拳銃を操り続けていた。


 雑魚がいれば片っ端から倒し、近くに冒険者がいれば援護射撃を行なう。

 そうやって1000を超える魔物を倒していた。


 重機関銃や携行型ミサイルなど、強力な武器があったころに比べると随分効率は悪くなってしまったが、拳銃での成果と考えればかなりのものである。


「チクショウ! キリがない……!!」


 どんどん魔物は押し寄せ、人と魔物の密度が高まってくる。

 すると、また別の問題が発生した。


「ちっ……!!」


 魔物に銃口を向け、引き金を引こうとした陽一だったが、突然脳内に鳴り響いた警告音によって指を止める。


 戦場ではところどころで人と魔物が密集し始め、陽一はその集団のひとつに身をおいていた。

 自分ひとりだけで魔物を倒すよりも、ほかの冒険者と連携を取ったほうが効率よく敵を倒せるし、どうやら陽一の援護射撃がかなり優れていると知れ渡ったのか、彼の周りには冒険者の姿が増えてきた。

 おかげで魔物を倒すペースは上がり、強い魔物も多く倒せたのだが、周りに味方が増えるとどうしても避けられない危険が訪れるのである。


「また同士討ちっ……!!」


 陽一はとにかく同士討ちを避けるため、その危険がある場合には【鑑定+】による警告を出すようにしていた。

 そのおかげでいまのところ問題は発生していないが、徐々に行動の選択肢が減ってくる。


 例えば接近してきたゴブリンなどの雑魚を倒そうとすると、貫通した弾が味方に当たる危険性があり、射角調整のため余分な行動を取らされるといった具合に。


 そしてちょっとした動作が増えるだけでも、敵の数が多いためどんどんと追い込まれていくのである。


「くそっ!! ちょっとくらい剣術でも習っとくんだったよ!!」


 わらわらと湧いて出るように近づいてくるゴブリンだけでも剣で倒せれば、もう少し気を使わずに戦えるはずである。

 近接戦闘の訓練を怠ったことに対して軽く後悔しつつも、陽一は2丁の拳銃で慎重かつ迅速に敵を倒していく。

 1匹でも多くの魔物を倒し、一度でも多く冒険者を援護し、そして同士討ちをしないように気をつけながら。


「きゃあっ!!」

「ブフォオオッ!!」


 ひとりの女性冒険者がバランスを崩して倒れそうになり、そこへオークが斧を振りかぶった。


 ――ドゥン! ドゥン!


 そこへ銃声が響き、振り上げた姿勢で手首を打たれたオークの手から斧が落ちる。


「ブファッ……!!」


 2発目の銃弾はこめかみに命中し、致命傷とはならないものの、オークは頭を弾かれて体勢を崩した。


「せぃ……やぁっ!!」


 その隙に女冒険者は体勢を立て直し、一気に踏み込んでオークの首筋に剣撃を加えた。


「ブブ……フォァ……」


 女冒険者の剣は首筋を正確に捉え、オークは派手に血を撒き散らしながら倒れた。


「ありがとう、助かったわ」

「ああ、気をつけて」



 乱戦は続く。


 現在、陽一の全神経は攻撃と援護に注ぎ込まれていた。

 そのため、彼は自分自身の防御がおろそかになっていることを失念しており、背後に迫る影に直前まで気づくことができなかった。


 ――ビーッ!! ビーッ!!


 命の危険が迫ったときに鳴るように設定していた警告音が、頭のなかに鳴り響く。


「なに、がぁ……はぁっ……」


 背後に危険が迫っていることをギリギリで察知した陽一は咄嗟に身をよじったが、次の瞬間には背中に激痛を感じていた。


「ぐぼぁ……ごふっ……!!」


 視線を落とすと、腹から手が生えているのが見えた。


「てめぇかぁ……さっきからオレの邪魔ぁしてる奴ぁよぉ?」


 耳元で、恨み言のような言葉が囁かれる。


「ぎぃやぁあっ!!」


 どうやら背中から腹までを手で貫かれたらしく、それが引き抜かれると同時にこれまで味わったことのない激痛に見舞われた。

 腹からはドボドボと血があふれ出しており、背中にもじわりと広がる血の温かさが感じられた。


「げぼぉっ……! ごぼぉっ……!!」


 息をしようとすると破壊された内臓から逆流した血液が口からあふれ出てくる。

 幸い肺は傷ついてないようで、吐血が少し落ち着くと、ヒューヒューと異音を奏でながらもなんとか呼吸はできた。


「ちっ……心臓を握り潰すつもりだったのに、勘のいい奴めっ……」


 くやしげな声を聞きながら、なんとか身体をひねると、そこには黒いローブをまとった青い肌の男が、血まみれの腕を掲げて恨めしそうに陽一を睨みつけていた。

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