第19話 辺境騎士団
冒険者たちが守る砦を抜けた魔物の集団が、辺境の町メイルグラードに迫っていた。
砦によって多くは侵攻を妨げられていたが、それでも町へと向かう魔物はどんどん増えていき、いまや数千に及んでいた。
これが万を超えるのも時間の問題だろう。
そんな魔物たちから町を守るため、最終防衛ラインに布陣しているのは領主ウィリアム率いる騎士団である。
騎士といっても爵位を表わすのもではなく、あくまで町の防衛を担当する組織の一員という位置づけだ。
「総員配置についておるな」
町から数キロメートル離れた場所に並ぶ騎士団の隊列を、ナイトホースにまたがるウィリアムが厳しい表情で見回す。
その数およそ2000。
騎士団とひと言にいっても、その役割は多岐にわたる。
まず周辺を警護し、魔物から町を守る防衛部隊。
冒険者に混じってジャナの森の魔物を間引きする討伐部隊。
町中の治安を守る警備隊。
司法取締の実行部隊である憲兵隊。
ほかにも
町には最低限治安を守れるだけの警備隊と憲兵隊の一部のみを残し、現在ほぼすべての騎士団員がこの場に陣取っていた。
「奴隷部隊の配置も完了しております」
「うむ」
部下の報告に対し、ウィリアムが
騎士団よりも前方数百メートルの場所に、簡素な装備に身を包んだ人員で構成された隊列があった。
彼らはメイルグラードで犯罪を行ない、労役を科せられている犯罪奴隷である。
この国で法を犯した者のうち、罪の重いものは奴隷とされることがある。
そういった者を犯罪奴隷といい、彼らは罪の重さによって労役を科せられ、刑期を終えれば解放される。
軽犯罪では奴隷落ちにまで至らない者もいるが、そういった犯罪者は現在町中の治安維持を担当する警備隊に協力している。
警備隊や憲兵隊の8割以上がこの防衛部隊に参加しているので、足りない手を補うためである。
「犯罪奴隷の諸君!
『おおおおおおおおお!!』
ウィリアムが飛ばした
犯罪奴隷の隊列や装備は、犯した罪によって区別されている。
罪の軽いものはそこそこいい装備かつ後方に、罪の重いものは粗悪な装備かつ前方に、といった具合に。
また犯罪奴隷には奴隷紋が刻まれており、それには魔術的な効果が付与されている。
その奴隷紋のおかげで、彼らは領主や騎士団に逆らえない。
この戦いにあっては、敵前逃亡と味方への恣意的な攻撃は禁じられており、それを破ればペナルティが科せられる。
多少の痛みとともに数秒のあいだ全身が硬直する、という程度のものだが、凶暴な魔物を前にこのペナルティが発動すればどうなるか、容易に想像がつくだろう。
彼らは己の未来のため、命がけで戦うしかないのだ。
「奴隷部隊、前進!! 1匹でも多くの魔物を駆逐せよ!!」
魔術によって拡声されたウィリアムの号令で、犯罪奴隷部隊は魔物の群れをめがけて進み始めた。
彼らに集団行動を求めるのは無意味なので、下す命令はこれのみである。
あとは個人個人に奮戦してもらうだけだ。
「ヴィスタ、すまんな。おぬしまで引っぱり出して」
ウィリアムの傍らには、執事服に身を包んだヴィスタがいた。
彼もまたナイトホースにまたがっており、いつもより服が盛り上がって見えるのは、下にチェインメイルを着込んでいるせいだ。
「いえ、町の有事なれば」
そこで一度言葉を区切った老執事のヴィスタは、フッと表情を緩めた。
「それにしても、坊っちゃんがいなくてようございました」
「……そうだな」
ヴィスタの言葉を受けたウィリアムが、彼にしては小さな声で答える。
現在ウィリアムの息子であり、アラーナの弟でもあるヘンリーは研修のため王都におもむいていた。
「もしこの場にいたら、おそらく無茶をしただろうな」
「ええ。前線にはアラーナさまがおられますゆえ」
息子の姉に対する異常な感情について、ウィリアムはしっかりと把握できていない。
しかしヘンリーがアラーナを慕っているくらいのことはわかるので、尊敬する姉にいい格好を見せようとして無理をするのではないか、ということは容易に想像がつくのである。
ちなみにヴィスタはヘンリーの感情をそれなりに把握しているが、幼馴染であり専属侍女のヘイゼルが感情のはけ口になっているうちは問題ないだろうと、いまのところ静観の構えを取っている。
(坊っちゃんの性癖には困ったものですが……)
ヘンリーがヘイゼルに向ける嗜虐的な感情や行為を正常とはいえまいが、それを受けるヘイゼルの被虐嗜好もまた尋常の
割れ鍋に綴じ蓋というかたちで、いまのところ重大な問題には発展しなさそうではあるのだった。
いまだ未熟であり、それなりに問題を抱えているヘンリーではあるが、それでもメイルグラードにとっては大事な跡継ぎ候補である。
アラーナに対する感情はともかく、それ以外は戦闘能力であれ政務処理能力であれかなり有能なので、この戦いで失うには惜しい存在であった。
(とはいえ、俺が死んでしまっては元も子もないがな)
前方ではちょうど犯罪奴隷と魔物の集団が接触したところだった。
ほかの町はいざしらず、辺境の犯罪奴隷には荒くれ者が多く、中には元中位ランクの冒険者も多数混じっている。
自身の命と未来がかかった戦いである。
乱戦となっているものの、魔物の集団相手にそれなりの戦果は上がっているようだ。
「ふっ!!」
ウィリアムは気合いを入れ直すように手に持ったバルディッシュをブン! とひと振りした。
バルディッシュとはその刃の形状から『半月斧』『三日月斧』とも呼ばれる、長柄刀と斧を合わせたような武器である。
通常のものよりも刃がひと回り大きく、1割ほど柄の長いバルディッシュを、ウィリアムは天に掲げた。
「騎士団、前進!! 騎馬隊は先行して突撃!! 歩兵隊もあとに続けぃ!!」
『おおおおおおお!!!!!』
ウィリアムの号令に応えて雄叫びをあげながら、騎士団が前進する。
およそ2000の騎士団中、騎乗しているのは200ほど。
全軍のおよそ1割にあたる騎馬隊が、集団から突出して集団へと向かっていく。
相手が人の軍であれば、その機動力をもって迂回してからの側面攻撃などで
戦術も連携もなく、ただ数を頼んで愚直に前進してくるだけの集団に、撹乱もなにもあったものではないのだ。
「せあああっ!!」
騎馬隊の先頭を走っていたウィリアムが、集団に突撃する。
魔物の群れのなかを駆け抜けながらバルディッシュを振り回せば、数匹の魔物が吹き飛ばされた。
「ヤローども! 領主に続けぇ!!」
「俺たちの未来を勝ち取るんだぁ!!」
先行して魔物と戦い、少し押され気味だった犯罪奴隷たちが、ウィリアムの突撃によって息を吹き返す。
力任せに長柄の武器を振り回し、近づく魔物を片っ端から倒していくというスタイルは、どこかアラーナに似ているが、それもそのはず。
なにせアラーナに戦い方を教えたのは父であるウィリアムなのだから。
「ふふふ、まだ娘には負けられんわっ」
ダークエルフの血を引くアラーナと異なり、ヒューマンであるウィリアムは保有魔力量に乏しい。
娘のように魔力による身体強化や武技にあまり頼ることはできないが、彼にはそれを補うだけの筋力と技術、そして経験がある。
加齢による衰えがないわけではないが、まだまだ第一線で戦えるだけの戦闘能力を有していた。
「旦那さまっ! どこまでもおともしますぞ!!」
バルディッシュを振り回しながら馬を駆るウィリアムに少し遅れて、執事のヴィスタが続いた。
彼が操るのは特殊な双剣である。
剣身は100センチメートル弱と双剣としては長過ぎるのだが、幅が狭く、切っ先が細く尖っており、なにより刃が異常に薄いため重さはショートソード並みだった。
左右の手に長剣を持ったヴィスタは、それらを無言で振り回していく。
その薄い刃は鋭い切れ味でもって魔物の硬い皮膚を容易に裂き、細い切っ先が敵の弱点を的確に突いていく。
特殊な武器と巧みな剣技によって100匹ほどの魔物を倒したところで――、
――パキン……!!
と、その薄さゆえに得た切れ味の代わりに、耐久性を失うこととなった長剣の1本が折れる。
しかしヴィスタは慌てることなく残った剣で魔物をあしらいながら、折れた剣の柄にあるボタンを押した。
すると、柄から折れた刃が外れて落ちた。
そして刃を失った柄を腰に下げられた異様に分厚い鞘に当てる。
――カチリ。
手に確かな感触を得たヴィスタが柄を引くと、そこには新たな刃が装着されていた。
彼の腰にさがっている鞘には、予備の刃が仕込まれているのだ。
「オォガァアアァァ!!」
「はぁっ……!!」
刃の交換を終えたヴィスタにオーガが迫る。
ヴィスタは脚で軽くナイトホースの腹を蹴り、合図を出す。
騎手の意を受けたナイトホースは、オーガに向かって軽くジャンプし、その脇を抜けた。
「ふっ!!」
新たな刃を得た長剣を素早く振った先には、身長3メートルに届こうかという巨躯を誇るオーガの首があった。
ヴィスタを獲物として駆け寄っていたそのオーガだったが、すれ違いざまにコロリと首を落とされたのだ。
「老いたとはいえまだまだ魔物ごときに後れはとりませんぞ……!!」
死んだ魔物には目もくれず、ヴィスタは新たな標的に向かって剣を振り始めた。
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