第18話 アースドラゴン

 アラーナが突撃し獅子奮迅の活躍を見せるなか、その姿に士気を高めた冒険者の一団が魔物の集団に到達する。


「姫騎士に遅れを取るなー!!」

「ここで踏んばって騎士どもの仕事をなくしてやれ!!」

「剣を振れば魔物に当たるぞぉ! なにも考えずに振り回せぇ!!」


 互いに声をかけ合い、叱咤しった激励げきれいしながら魔物の群れに突入した冒険者たちは、手に手に武器を振るい暴れまわった。


 魔力というエネルギーの存在する世界である。

 その魔力を身に宿すのは、魔物も人も変わらない。

 体内を流れる魔力が活性化すれば、それだけで身体能力は強化され、そういった魔力の扱いというのは、精神力に大きな影響を受けるのだ。

 つまり、アラーナの勇姿を見て士気の高まった冒険者たちは、体内を流れる魔力がいつも以上に活性化され、普段以上の力を発揮できているというわけである。


 集団戦における士気というものは非常に重要なものであるが、この世界におけるそれは元の世界におけるものよりさらに重要度が高い。

 自らの行動ひとつで味方を鼓舞できるアラーナは、いち冒険者としてだけでなく、集団の統率者としても有能であった。


「おらおらおらー! どんどん射てぇっ!!」

「焼き払えっ! 吹きとばせっ!! 押しつぶせぇーっ!!」


 前衛部隊が奮戦するなか、後衛部隊もなかなかの活躍を見せていた。

 魔物の集団に対し、あえて前衛部隊をぶつけず、乱戦とならない区域を作っておき、そこに矢と魔術の雨を降らせる。

 そうすることで後衛部隊も着実に魔物の数を減らしていった。


 そんななか、陽一と実里は魔術士ギルドのギルドマスターであるオルタンスとともに、防壁に作られたやぐらに立っていた。


「ミサトちゃん、あっちのほうに撃ってみましょうか」

「はい」


 オルタンスが指差した先に向けて実里が魔術を放つ。

 実里の杖から放たれた火球はまるでなにかに導かれるように飛んでいき、20匹ほどからなる集団の中心に着弾するや炎の渦となってその群れを灰にした。


「あ、あそこ危ないわね。次は単体攻撃で」

「はい」


 続けて放たれたのは小さな雷の弾丸であった。

 それは本来の射程を大きく超え、300メートルほど先で苦戦していた冒険者パーティーに敵対する、オークロードの頭を吹き飛ばした。


「じゃあ次は……」


 そうやって実里はオルタンスの指示どおりに魔術を放っていき、効率よく敵を減らしたり、味方を援護したりしていった。


 オルタンスはただ標的を指し示しているだけではない。

 彼女は〈支援誘導〉という魔術を使い、実里をサポートしているのだ。


 〈支援誘導〉は魔力のラインを引くことで、それに乗せた魔術を正確に、かつ威力を減衰させることなく標的に当てることのできる魔術である。

 そのおかげで、実里の魔術は単体攻撃であれば500メートルほど、中規模の範囲攻撃でも200メートルほどにまで射程を伸ばすことができていた。


 戦術に関してはまったくの素人である実里にとって、オルタンスが的確かつ効果的に狙いをつけてくれるというのは大きい。

 しかもオルタンスは、〈支援誘導〉の片手間に自身でも魔術を放っておびただしい戦果を上げていた。

 魔術士ギルドのギルドマスターという地位は伊達だてではないようだ。


「次から次へワラワラと……」


 片や陽一は、同じ櫓の上から突撃銃を使い、砦の防壁に近づく魔物を倒していた。


 魔物相手にはすこし威力に乏しい武器だが、高所から撃つことで少しばかり威力が増し、オークなどDランクレベルの魔物であれば問題なく倒すことができた。

 それ以上の強い魔物に関しては弓隊や魔術士隊に任せ、陽一はとにかく雑魚の数を減らすことに集中していた。


「お、おい……なんだありゃ……?」

「でかいぞ?」

「ド、ドラゴン……!?」


 前衛後衛ともに奮戦し、数千の魔物を倒したあたりで、集団の中から巨大な魔物が姿を現わした。


「あ……アースドラゴンだ……」


 その正体を最初に見抜いた冒険者の声は、恐怖に震えていた。


○●○●


 大型草食恐竜並の巨体を誇る肉食恐竜。

 それが陽一や花梨、実里が見たアースドラゴンの印象である。


 体長はおよそ10メートル、体高は3メートルほどだろうか。

 ノッシノッシと大地を揺らしながら迫るその姿は、同じ竜種のウィングドラゴンよりも遥かに威圧的だった。


 陽一は先ほど地対空ミサイルでウィングドラゴンを倒したが、彼らの竜鱗や竜皮にはほぼ傷をつけることができず、爆発の衝撃により内蔵や脳を潰し、あるいは骨を砕くことで倒すことができていた。

 ではアースドラゴンを同じ方法で倒せるだろうか?


 ――答えは否である。


 ウィングドラゴンは空を飛ぶために、筋肉や骨格の強度をある程度犠牲にしている。

 いくら魔力を使って空を飛べるからといっても、一切の軽量化なしに飛行能力を得られるほど、ウィングドラゴンは高位の存在ではない。


 片や飛行能力を持たないアースドラゴンは、ウィングドラゴンとは比べものにならないほど強靭な筋肉と強固な骨格を有している。

 同じミサイルを食らわせたところでびくともしないだろう。


「くそ、やっぱまだ残ってたか……」


 森と荒野の境界線での接触の際、陽一は個体能力の高い魔物を優先して倒しており、その中にはアースドラゴンも何匹か含まれていた。

 あれを倒すには1匹に対して貫通力に優れた対戦車ミサイル3~4発が必要であり、森の境界線あたりで3匹、グレーターランドタートルエンペラーを倒したときの巻き添えでさらに2匹を倒していたが、まだ生き残りがいたようだ。


「グァオオオオォォ!!」


 耳をつんざくような高音と、腹に響くような低音の混じった、まさに轟音というべき雄叫びをあげ、アースドラゴンが迫ってくる。


「はああぁぁぁっ!!」


 その巨体に向かって、ナイトホースを操るアラーナが突っ込んでいった。

 彼女は斧槍ハルバードの1丁を精神世界に収納し、残る1丁を両手で構えていた。


「せいっ!!」


 そしてふところに飛び込んで斧槍を振り上げたアラーナは、そのままアースドラゴンの脇を駆け抜け、別の集団に突進していった。


 ――ずるり……。


 愚かにも自分に突進してくる矮小な存在に一撃を食らわせてやろうと前足を振り上げていたアースドラゴンの首がズレたかと思うと、次の瞬間にはズゥンと地鳴りのような音を立てて地面に落ちた。


『おおおおおおおおおおおお!!!!!』


 すれ違いざまのひと振りでアースドラゴンの首を落とすという姫騎士の偉業に、冒険者達から歓声があがる。

 アースドラゴンの登場で下がりかけていた士気は、逆に天井知らずで高騰し、冒険者たちは再び活気を取り戻したのだった。


「はは、すごいな。あれ倒すのに対戦車ミサイル4~5発必要なんだぜ?」


 陽一が呆れたように呟き、実里は驚いて目を見開いた。

 対戦車ミサイルの正確な威力を実里が知っているわけではないが、その名称から多少の想像はつくのだ。


 ただし、アラーナの斧槍による攻撃が対戦車ミサイル4~5発分に相当するわけではない。

 魔力を持たない現代兵器よりも、魔力を有するアラーナの攻撃のほうが、この世界の魔物に通りやすいという話である。

 まぁ、アラーナであれば斧槍による物理攻撃だけで戦車を破壊できそうではあるが……。


「さぁー! みなさん踏んばりどころですよー!!」


 防壁の櫓から、風に乗せて増幅されたオルタンスの激励が飛ぶ。

 アラーナの勇姿に影響を受けた冒険者の奮戦により、砦付近の戦いはそれなり順調に進み、討伐数は1万を超えた。


 とはいえ、簡易な防衛砦でもって魔物の集団をすべて受け止められるわけではない。

 オルタンスの激励を受けながら奮闘する後衛戦力の活躍により、砦内への魔物の侵入は防いでいるが、砦の外側を抜ける集団を足止めすることはさすがにできないでいた。


 砦の脇を抜けて進行する魔物集団が、メイルグラードの町へと迫っていく。


 一方、砦周辺での防衛戦もよりいっそう激しさを増すなか、陽一の持つ突撃銃の弾丸が底をついた。

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