第17話 姫騎士出撃

 少し時をさかのぼる。


「そういえばアラーナって、魔力で身体強化とかしてるんだったっけ?」


 それぞれ持ち場につくため分かれようかという直前、ふとなにかを思い出したように陽一はアラーナに訊ねた。


「ああ。戦闘時は常に身体強化を行なっているし、武技を使う際も魔力を使っているな」

「武技?」


 初めて聞く言葉だが、詳しい説明を受ける時間もなさそうなので必殺技かなにかだろうと思うことにする。


「じゃあさ、魔力が潤沢じゅんたくにあれば、いつも以上に戦える?」

「それはもちろんだが」

「例えば、魔力の回復が異常に早いとか、下手すりゃ無尽蔵に使えるとかだと、アラーナの危険は減るってことかな」

「まぁ私はダークエルフの血を引いているおかげで、ヒューマンに比べれば保有魔力量は多いし、回復速度も速いが、無尽蔵というほどでは……ん? もしかして……」


 突然の問いかけから始まった陽一の話に、なんとなく彼がなにを言おうとしているのか思い至る。


「私にも……?」

「うん。アラーナもいまは【健康体】を持っている」


 正確には【健康体β】という、通常のスキルより遥かに優れたものだが、【健康体】がそもそもかなりのレアスキルらしいので、いまは詳しく説明しなくてもいいだろう。


「たぶん、俺が付与したんだと思う」

「ヨーイチ殿が!?」


 一瞬目を見開いたアラーナだったが、思い当たることでもあったのだろう。

 アラーナに限らず、陽一と交わった女性は自覚できるほどに体調がよくなるのだ。

 いつ、どのタイミングで付与されたのか、正確な時期は判然としないが、どういった行為によって付与されたのかは考えるまでもない。


 すぐに穏やかな表情となったアラーナは、愛おしげに下腹を撫でながら、うつむき加減に優しい笑みを浮かべた。


「そうか、私にも……。ふふ、常にヨーイチ殿とともに……」


 しかしすぐに顔をあげると、その笑みは獰猛な色を帯び始める。


「こんなに心強いことはない」


 そう呟くと、アラーナは迫りくる魔物の群れを一瞥いちべつしたあと、強い視線を陽一に向けた。


「では、私の本気を見せるとしよう」

○●○●


 アラーナが姫騎士と呼ばれるようになったのは、5年前に発生した魔物集団暴走スタンピードのときからである。

 駆け出しながらも異例のスピードで冒険者としての功績を重ねていたアラーナは、魔物集団暴走スタンピード発生当時はDランクだった。


 当時も各ギルドや騎士団総出で迎え撃ったのだが、そのなかでアラーナは獅子しし奮迅ふんじんの活躍を見せ、異例の2階級特進によってBランクとなったのである。


 その時のアラーナの武勇伝は、いまなおメイルグラードでは語り草となっており、吟遊詩人が歌う戦いの様子は辺境にとどまらず、王都や、ともすれば帝国にまで伝わっているのだとか。

 わずか5年前のことではあるが、それはすでに伝説といわれるほどの偉業であった。


 そんな生ける伝説ともいえる姫騎士アラーナが、砦から姿を現わした。


「おお、姫騎士だ……」

「姫騎士アラーナの再来だ!!」

「いや、本人を前に再来はおかしいだろうが」

「じゃあ……再登場だ!!」

「なんにせよ、歌に聞こえし姫騎士のお姿をこの目で拝めるとは……」


 アラーナがなぜ姫騎士と呼ばれているのか。

 辺境伯の娘であるがゆえに、姫と呼ばれるのはわかるが、騎士は?

 アラーナが姫戦士ではなく姫と呼ばれるのは、いまの彼女の出で立ちを見れば一目瞭然である。


「アラーナ、かっこいいな」

「はい、凄く凛々しいですね」


 魔術士ギルドが担当するやぐらの上からアラーナの姿を認めた陽一と実里は、惚れ惚れするような声を漏らした。

 花梨も離れた櫓の上で、フランソワとともに姫騎士の勇姿を見ていることだろう。


「どう? 惚れ直しちゃった?」

「はい」


 そしてふたりのすぐ近くに立つオルタンスが放った自慢げな問いかけに、陽一はアラーナから目を離さず素直に返事をした。

 それに対して、アラーナの母であり魔術士ギルドのギルドマスターでもあるオルタンスは、嬉しそうに、しかし少しだけ呆れたようなため息を漏らしたのだった。



 砦の門を出て戦場に立つアラーナは、立派な黒馬にまたがっていた。


「ふふふ、久しぶりだな、お前に乗るのも」


 アラーナが愛おしげに首を撫でると、黒馬はブルルッ! と嬉しそうに鼻息を荒らげながらも、好戦的な視線を魔物の群れに向けた。


 馬とは本来臆病な生き物である。

 軍馬として訓練を受けた馬であっても、強い魔物を目の前にすると、怯えて動けなくなってしまう。

 訓練を受けていない馬の場合、恐怖のあまり呼吸を忘れて死んでしまうこともあるといわれている。

 しかし、アラーナがまたがる黒馬は魔物の群れへ向けていまにも駆け出そうとウズウズしているように見えた。

 彼は対魔物用に生み出された特別な馬だった。


 ナイトメアと呼ばれる馬型の魔物がいる。

 非常に凶暴な魔物だが、このナイトメアは馬とのあいだに仔を成すことができる。

 そこで、捕獲したナイトメアと馬とを交配させて生み出されたのがこの黒馬であり、それはナイトホースと呼ばれるようになった。


「では、そろそろ行こうか」


 アラーナの手に2丁の斧槍ハルバードが現われる。

 それは普段使っているものと違って槍のように、というより本来の斧槍ハルバードのように柄が長かった。


 彼女が愛用する二丁斧槍は【心装】と呼ばれる特殊な武具であり、普段は精神世界に収納されている。

 持ち主の精神と直接つながっている【心装】は、使用者の望みによって少しだけだが形を変えることが可能だ。


 元々戦斧バトルアックスだった双斧の柄の先端を伸ばして尖らせ、斧槍ハルバードのような形へと変化させたように、持ち手となる柄を長柄にするくらいのことはわけないのである。


 ――ブォンッ!!


 アラーナが馬上で斧槍をひと振りすると、まるで突風が巻き起こったかのように、ぶわっと土埃が舞い上がった。


「ふふふ……力がみなぎってくるようだ」


 一瞬だけ穏やかな表情を浮かべて自身の下腹に視線を落とした姫騎士は、すぐに顔をあげて表情をあらため、振り返った。


 すでに500人を超える前衛職の冒険者たちが砦を出て武器を構え、熱のこもった視線をアラーナに向けていた。


「メイルグラード冒険者ギルド所属、Bランク冒険者アラーナ! いざ参る!! 皆の者、私に続けぇーっ!!」

『おおおおおおおおおおぉぉぉぉ!!』


 斧槍を掲げて放たれた号令に、冒険者たちから雄叫びが上がる。

 そしてアラーナはナイトホースを駆って魔物の群れへと突進し、ほかの冒険者もそれに続いた。

 しかし、いくら士気が上がっているとはいえ、半魔物ともいうべきナイトホースの疾駆しっくに人の足で追いつけるはずもなく、アラーナはひとり突出するかたちとなった。


 むろん、そんなことは最初からわかりきっているアラーナである。

 冒険者たちが遅れるのも気にせず、姫騎士は単騎で魔物の群れに突撃した。


「ふんっ!」

 アラーナが魔物の先頭集団と接触するかどうかというところで、斧槍をブンッ! とひと振りすると、数十匹の魔物が一斉に吹き飛んだ。

 斧槍のリーチよりはるかに遠い場所にいる魔物が切断され、あるは粉々に砕かれながら吹き飛んでいくのは、武技によるものだった。


 つねから魔力を身体だけでなく武器にもまとわせ、威力を増しているアラーナだが、武器に込めた魔力を攻撃に乗せて飛ばすことで、離れた場所にいる敵を攻撃することができるのだ。


 それでも普段であればせいぜい10メートル先――それでも充分凄いのだが――に斬撃や刺突を飛ばせる程度なのだが、このときはみなぎる魔力を遠慮なく武器にこめ、容赦なく放ったことで普段の2倍以上の威力と射程を実現できた。


「ふふふ、さぁ死にたいものからかかってこい!」


 言葉を解しないであろう魔物たちにそう告げたアラーナは、ナイトホースを巧みに駆りながら2丁の斧槍を縦横無尽に振り回し始めた。

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