第16話 開戦の狼煙

 およそ1時間のを終えた3人が砦に【帰還】すると、ホームポイントとなっている部屋にアラーナが待機していた。


「む、どうやらしっかりと休憩できた……よう、だな……?」


 笑顔で陽一らを迎えたアラーナだったが、3人の様子にふと違和感をおぼえ、首をかしげる。


 妙に元気な花梨と実里、少し疲れ気味の陽一。


 そこでアラーナは、なんとなしにスンと鼻を鳴らす。


「むぅ……」


 3人の雰囲気とかすかな匂いで事情を察したのか、姫騎士は不機嫌に口をとがらせた。


「私は休憩を提案したのだがなぁ……」


 そんなアラーナの反応に、3人は申し訳なさそうな愛想笑いを浮かべる。


「えっと、ほら! 魔力の回復に……ね?」


 微妙な空気を払拭ふっしょくするように花梨が慌てて言い訳を始めると、アラーナは表情をあらためた。


「ふむう……。そういうことなら、仕方がないのかもしれんが……」


 どうやら体液を介しての魔力譲渡はこの世界でもそれなりに知られている行為らしく、陽一らの行為にある程度の正当性は認めたようだ。


 しかしそれでも不満げな表情が完全に消えたわけではない。

 そこで花梨は実里に目配せをし、それを受けた実里は無言でうなずく。

 そしてふたりでアラーナに歩み寄り、小声で話し始めた。


「あのね、終わったあとは陽一のこと好きにしていいからさ」

「うん。アラーナと陽一さん、ふたりっきりにしてあげるから、ね?」

「むぅ……本当だな?」

「もちろんよ!」

「約束する」


(……えっと、俺の意思は?)


 小声とはいえすぐ近くで話し合っているため、すべて聞こえいる陽一は心の中で疑問を呈したが、どうせ答えは返ってこないだろうと口に出すのはやめた。


「さて、3人にはもう充分に活躍してもらったから、しばらくは高みの見物を決め込んでくれて構わんよ」


 どうやら女性陣で話し合ったことでアラーナの機嫌も直ったらしい。


「ここからは私の出番だ」


 姫騎士はそう言うと、獰猛どうもうな、それでいてどこか艶のある笑みを浮かべるのだった。


○●○●


 魔物の群れが砦に迫ってくる。

 陽一が半分ほどにまで減らしたとはいえ、それでもおよそ5万の集団である。


 過去に類を見ない規模の集団の影が見え始め、砦で待機していた冒険者たちの緊張が徐々に高まっていく。


「弾切れじゃなければ1発かましてやるんだけど……」


 敵集団との距離が2キロメートルを切った。

 重機関銃、あるいは対物ライフルであれば充分に届く距離だが、それらに必要な弾丸はすでに使い尽くしている。


 いま手持ちの弾丸があって最も射程や威力に優れているのはロシア製突撃銃だが、魔物を相手に有効打を与えるのであればその射程は200メートルほどになるだろうか。


 そんななか、1本の矢が空に向かって放たれた。


 矢は放物線を描いて魔物の群れへと飛んでいき、集団の先頭にいた、おそらくはオーガと思われる巨躯の魔物の脳天に突き刺さる。

 バタリ、とそれが倒れると同時に、視力に優れた獣人や遠見のスキルを持つ者のあいだから歓声が上がった。


 矢が放たれたもとに目を向けると、ゆったりとした服を身にまとったダークエルフの女性が二の矢をつがえていた。


「ふふ、お祖母ばあさま」


 前衛部隊の詰め所からその様子を眺めていた姫騎士が、笑みとともに呟く。


 どうやら射手はアラーナの祖母であるらしい。

 オルタンスによく似た、しかしどこか落ち着いた雰囲気を持つ美しい女性だった。

 数百年の時を生きているという話だが、二十代後半から三十代前半くらいにしか見えない。


「おお……、フランソワさまのお姿を再び拝見できるとは……」


 アラーナの祖母であり魔術士ギルド前ギルドマスターであるフランソワは、娘のオルタンスにその座を譲って以降、あまり人前に姿を現わすことがなくなった。

 そのせいもあってか、比較的高齢の冒険者たちのあいだから、彼女をありがたがる声がちらほらと聞こえた。


 2発、3発と矢が放たれ、それらすべてが魔物に命中した。

 魔物の集団が近づくにつれ、その様子を確認できる者が増えてきたのか、冒険者たちの士気は徐々に高まり始めた。


 おそらくフランソワはこの効果を狙って、できるだけ倒したのがわかりやすいまとを選んだのだろう。


 そしてフランソワの傍らには、花梨の姿があった。


『あらあら、だったらあなたたちは私の孫のようなものねぇ。うふふ……』


 顔合わせの際、アラーナと陽一らの関係を知ったフランソワはそう言って興味を持ち、同じ弓士である花梨を自分のそばにいさせたのである。


 先頭集団との距離が1・5キロメートルを切ったあたりから、冒険者の集団からも矢が放たれ始める。


 この世界における遠距離攻撃の手段といえば、なんといっても弓である。


 オリハルコンやミスリルといった金属と、トレントなどの樹木系魔物から採れる木材に、そのほか魔物の骨や皮などの素材を組み合わせて作られるコンポジットボウ。

 そしてそれらを扱う膂力りょりょくに優れた獣人や、そのほかの人種でもスキルの補助を受けられる者が放つ矢は、1キロメートルを超えてなお威力を保ったまま、敵を仕留めることが可能だ。


「そろそろ届くぞ―! どんどん射てぇー!!」


 パラパラと放たれ始めた矢は、魔物が近づくにつれその密度を増していく。


"雨のように"とまではいかないが、それでも相当な数の矢が魔物たちに降り注ぎ、ほんの少しずつではあるが集団を削り始めた。


 的を狙って真っ直ぐに射れば300メートルを超えて威力を保つことのできない花梨であっても、上空へ向けて放物線を描くように矢を放てば、それなりの威力を保ったまま1キロメートルほどは飛ばすことができる。

 さすがにその射ち方で狙った獲物に当てることはできないが、ほかの冒険者とともに矢の雨を降らせる一員となることは可能だ。花梨も冒険者に混じってどんどん矢を放っていった。


 集団との距離が1キロメートルを切る頃には、比較的速度の速い飛行系の魔物が砦に迫るようになる。

 そうなると、冒険者は集団に向けて遠射するものと、迫る魔物を狙い撃ちするものとに分かれ始めた。


「まずい! グリフォンを仕留め損なった!!」


 小型の飛行系魔物を複数盾にしながら接近していたグリフォンが、一気に速度を上げ砦に迫ってくる。


 砦まであと100メートル。


 グリフォンの飛行速度であれば、数秒で詰められる距離まで接近を許してしまったが、その個体は冒険者たちに襲いかかる前にコロリと首を落として砦の手前に墜落した。


「弓士のみなさーん! 大きいのは私たち魔術士におまかせくださいねー!!」


 どこか気の抜けたようなオルタンスの声が砦内に響く。


 全速力で飛行するグリフォンの首を落とすというは至難の業であるが、さすが魔術士ギルドの現ギルドマスターというべきか。

 彼女の操る風の魔術によって生み出された不可視の刃は、猛スピードで砦に迫る空からの驚異をいとも簡単に撃墜したのである。


 母フランソワ同様に、オルタンスもまた弓も得意としてるが、彼女にはギルドマスターとして魔術士を指揮するという役目があった。


「じゃあミサトちゃんとヨーイチくんもお願いねー」

「「はい!」」


 魔術士である実里はもちろん、基本的には遠距離攻撃が主体となる陽一も魔術士ギルドの指揮下に入り、オルタンスの近くに配置された。


 戦場をある程度見渡せる高さに作られたやぐらの上から、魔術と銃撃を使って砦に近づく飛行系の魔物たちを撃ち落としていく。

 そして魔物の集団はさらに前進し、いよいよ近接戦闘を得意とする冒険者が出撃することとなった。

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