第15話 休憩

「で、とどめは刺さなくていいの?」

「ああ。こいつはほっとけば1時間くらいで勝手に死ぬから」


 地鳴りが収まったあと、裏返った巨大な亀を前にした花梨の問いに、陽一はそう答えた。


 このグレーターランドタートルエンペラーという魔物は、いかに魔力で身体能力を強化しているといってもあまりに大きく、重すぎる。

 その身体はうつ伏せに這い回ることに最適化されており、仰向けに裏返された時点で内臓などの配置が変わってしまい、そのせいで呼吸や血流などが遮られ、いろいろな器官が機能不全を起こしてしまうのだ。

 そんな状態でさらに1時間生存できることのほうが異常なのである。


「あの、この状態なら私の魔術でとどめを刺せると思うんですけど……」

「あ、だったらそうしたほうがいいんじゃない? こんなでっかいのでも死にさえすればあんたのスキルで収納できるんでしょ?」


 なんだかふたりとも随分たくましくなったなぁ、と内心で感嘆しつつ、陽一は首を横に振った。


「この下でまだしぶといのが生きてるんだよ」


 グレーターランドタートルエンペラーの背中には2万匹近い数の魔物が乗っていた。

 そのうちのほとんどが傾いた際に落下し、あるいは裏返った際に押し潰された。

 一部逃げ延びた魔物もいたが、それらは可能な範囲ですでに仕留めている。

 しかしなかにはグレーターランドタートルエンペラーの下敷きになってなお生き残っている魔物も存在する。

 この状況で生き延びているのだから、相当な生命力をもった魔物だろう。


「で、そういうのも下敷きにしたままほっときゃ死ぬから、とりあえずはとどめを刺さずに放置で」


 陽一に説明に、ふたりは無言でうなずいた。


 助からないとわかりきっていても、生存本能からか巨大な亀の魔物はバタバタもがき、その巨体が揺れるたびに辺りの地面もぐらぐらと揺れる。

 その震動もまた下敷きとなった魔物たちへのダメージとなるのだった。


「じゃあ一旦戻ってアラーナに報告しようか」


 現在アラーナは最前線に設営された防衛砦に詰めているはずである。

 砦の姫騎士の私室をホームポイントに設定しているので、陽一らはそこに【帰還】した。


「おお、結構狭いな」


 転移した先は6畳ほどの部屋で、シングルサイズの簡易なベッドとサイドテーブル、いくつかの丸椅子と小さなキャビネットだけが置かれた殺風景な部屋であった。

 大半の冒険者がテントや野宿をしているなか、一応は家の形をした建物に個室を与えられているというのはかなりの高待遇といっていいだろう。


 入り口ドアから顔を出すとギルド職員がいたので、アラーナを呼んできてもらう。

 数分後、部屋に戻ってきたアラーナに、陽一はこれまでの戦況を報告した。


「そうか。集団の半数に加え、グレーターランドタートルエンペラーなどという災害級の魔物まで……」


 報告を受けたアラーナはそう言って何度か頷いたあと、陽一、花梨、実里の3人に対して深々と頭を下げた。


「よくぞそれだけの戦果をあげてくれた。メイルグラードの冒険者として、そして領主の娘として礼を言わせてもらう」


 急に頭を下げられた3人は、少し狼狽ろうばいしてしまう。


「ちょ、なに言ってんだよ」

「そうよ、急にかしこまっちゃって」

「そうだよ。私たち仲間じゃない」


 そんな3人の反応に、アラーナは頭をあげ、くすりと笑った。


「ふふふ……そうだな。私は本当にいい仲間と巡り会えた」


 姫騎士の穏やかな笑顔に3人はほっとしたように笑みを返した。


「さて、あとは我々に任せてもらって、ヨーイチ殿たちには休んでもらってもいいのだが」

「はぁ? なに言ってんだよ。最後までつき合うぜ?」

「そうね。ここで手を引くってのはないかな」

「私も、最後までつき合うつもりだよ?」


 もう充分過ぎるほどの戦果を上げた3人をこれ以上危険に晒したくないアラーナと、最後までつき合うという陽一らとのあいだでしばらく押し問答が続いたが、結局アラーナが折れた。


「わかった。しかし本格的な戦闘が始まるまでまだ1時間ほどある」


 そこで言葉を切ったアラーナは、3人を順番に見たあと、呆れたように苦笑を漏らす。


「せめてそれまで休息をとってくれ。3人ともひどい顔だぞ?」


 戦闘が一段落して緊張がとけたせいか、アラーナの言うとおり陽一ら3人の顔には疲労が色濃く現われていた。


「まぁ、休憩くらいは、なぁ?」

「そーね……。ちょっとだけ、休みたいかも」

「私も、少し疲れました……」

「いやいや、たった3人で魔物集団暴走スタンピードのおよそ半分を仕留めたうえに、災害級の魔物を倒したのだぞ? それなのに少し疲れた程度とは……」


 3人の反応に、アラーナは苦笑を浮かべたまま、肩をすくめるのだった。


○●○●


 アラーナの提案を受け、陽一は花梨と実里を連れて『辺境のふるさと』へと【帰還】した。


「ほんとはあっちのほうが寝心地はいいんだけどな」


 あえて『グランコート2503』にしなかったのは、あたりに魔力が漂うこちらの世界で休んだほうが、消費した魔力を効率よく回復できるからだ。


 あまり寝心地のよくない大きなベッドに、陽一らは靴を脱いだだけの格好で並んで寝転がっていた。

 魔物の集団が前線に設営された防衛砦に到達するまで1時間ほど。

 それまで仮眠などで休憩を取ることにしたのだが……。


「あの、ふたりとも近くね……?」


 ベッドに寝そべった陽一は、両側から花梨と実里に抱きつかれていたのだった。

 そしてふたりともが頬を紅潮させ、少し荒い呼吸を繰り返しながら陽一を見つめていた。


(……戦闘が終わって"たぎって"んのかなぁ?)


 陽一もまた股間をパンパンに膨らませているが、これが戦闘からくる興奮のせいなのか、ふたりの女性に抱きつかれたせいなのかは自分でもよくわからない。


「ね、ねぇ……、いましちゃったら、やっぱ不謹慎かなぁ……?」

「休んでるのに、その……疲れるようなことは、しちゃだめです……よね……?」


 どうやらふたりはギリギリのところで理性を保っているらしい。

 なにか口実があればこのまま勢いで行為に及ぶだろう。

 そしてその口実を、陽一は提示できる。


「えっと、ふたりともいま魔力がかなり減ってる状況なんだけど、俺は物理兵器ばっか使ってたからそんな減ってないっつーか、あり余ってる状態なんだよね」


 ふたりは無言で見つめ続け、陽一の言葉を促す。


「で、ふたりの魔力を効率よく回復させる方法として、体液を介しての魔力譲渡ってのが――」

「体液を介して!?」

「そ、それ、詳しく……いえ、手早く説明してください!!」


 体液を介しての魔力譲渡という語呂からなにかを察したのか、ふたりは陽一に詰め寄った。


「えっと……ざっくりいうとセックスで魔力回復的な――んむっ!?」


 そして陽一が言い終える前に花梨が唇を重ね、さらには舌を絡め始めた。


「んちゅ……レロ……んはぁ……んふふ……。体液ってことは唾液……キスでも効果はあるのよね?」

「え? あ、いや、まぁ……」

「ふふ、なんかちょっと元気出てきたかも」

「花梨ずるい! じゃあ私も」


 実里はそう言って身を乗り出し、両手で陽一の顔を挟んで自分のほうを向かせると濃厚なキスを始めた。


「ねぇ陽一? 脱ぐの面倒くさいんだけど」


 その視線と口調で察したのか、陽一は実里と舌を絡めながら花梨をちらりと見てうなずく。【無限収納+】を使い、抱きつくふたりと自身の装備や服装を手早く収納すると、3人はすぐさま全裸になった。


「じゃ、お先いただきまーす」

「また抜け駆け、ずるいよ……!!」


 全裸になるや花梨は陽一にまたがり、それを見た実里が陽一から顔を離して文句を言う。


 結局3人は、時間ギリギリまで魔力の回復に努めるのだった。

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