第14話 グレーター・ランドタートル・エンペラー

 グレーターランドタートルエンペラー。


 それが、巨大な亀の魔物の名前であるらしい。


「いや、名前盛り過ぎだろ」


 と陽一などは思わず突っ込んでしまったが、その仰々しい名前にはそれなりに意味があった。


 まずランドタートルという魔物がいる。

 甲長100メートルに届かんとする巨大な亀型の魔物で、気性はおとなしいのだが、ただ歩くだけで小さな村のひとつやふたつは押しつぶされてしまうため、発見されれば災害認定されるほどの存在である。


 そのランドタートルよりもさらに大きな亀の魔物が発見され、グレーターランドタートルと名づけられた。

 甲長150メートルを超えるうえ、ランドタートルと違って気性が荒い。

 グレーターランドタートルの出現例は史上1件のみだが、そのときは10を超える町や城が滅び、万単位の軍勢をもって討伐したとされる。


 さて、魔物という存在は、なにかしらの条件が揃えば進化することが確認されている。


 進化した魔物は上位種と呼ばれ、進化前に比べて極端に強くなるため、人々からは大いに警戒された。

 また、進化を何度も繰り返す魔物もおり、その進化の度合いによって、ナイト、ジェネラル、ロード、キングといった具合に称号がつけられる。


 そして最大進化を遂げたものにつけられる称号が「エンペラー」というわけだ。


「つまり、グレーターランドタートルの最上位種ってわけね?」

「そういうこと」

「それを、私たちだけでなんとかするんですよね……」

「だな。タイミングさえ合えば大丈夫だから」

「……てことは、タイミング次第じゃ失敗するってことよねぇ」


 花梨と実里が不安げに陽一を見つめる。


「心配すんな。タイミングは【鑑定+】さんがきっちり計ってくれるから」


 陽一はそう言って笑い、ふたりの肩をポンポンと叩いた。


 ――ズシン……ズシン……。


 地鳴りのような足音はかなり大きくなっている。

 そしてその足音の主であるグレーターランドタートルエンペラーの姿は、遠くにありながらその巨体ゆえに目視することができた。


「実際に見るとガチでヤバいな……」


 甲長250メートル弱、体高100メートル超。

 先ほど思わず漏れた陽一のつぶやきのとおり、甲羅の大きさだけでドーム球場約1個分ということになる。


ドーム球場に手足が生えて歩いてるようなものってわけね……。ほんと無茶苦茶だわ」


 呆れたような花梨の呟きに、陽一と実里は無言でうなずいた。


 仮にほかの魔物を狩り尽くしたとしても、グレーターランドタートルエンペラー1匹だけでメイルグラードの町が滅亡しうる可能性もある。

 なんとしてもここで倒しておきたい敵であり、そのための準備はもう整っていた。


「意外と速いな……」


 グレーターランドタートルエンペラーは大きいこともあり、1歩あたりの歩幅が広いのはもちろんだが、足を動かす速度も陽一が思っていたよりかなり速かった。

 ただし、進行速度は【鑑定+】で調べていたので想定よりも速いということはなく、単に見た目から受ける印象というだけの話ではあるが。


「そろそろだ」

「はい」


 実里はなにかを握り込んだ手を胸に当て、目を閉じて集中した。


「……3……2……1……いまっ!!」


 陽一のかけ声を受けて実里の身体がわずかにこわばる。

 次の瞬間、彼女の拳の隙間から淡い光が漏れた。

 そしてその直後、先ほど陽一が埋めたピアスが同じように淡く光り、続けてその上に乗せた紙もまた、ほのかに光ったのだが、それらには砂が被せられているためその様子を目視はできなかった。


 さらに、紙が光って1秒と経たぬ間に、それらはグレーターランドタートルエンペラーの左前足によって踏み潰された。


「……3……2……1……ポチッとな!!」


 つづけてタイミングを見計らった陽一が、かけ声とともに手にしたリモコンのスイッチを押した。

 それは先ほど埋設した地雷へワイヤーで繋がっている起爆装置で、陽一がスイッチを押した直後、爆発音があたりに鳴り響いた。


「よっしゃ!」


 地雷はグレーターランドタートルエンペラーの右前足の真下で爆発した。

 ちょうど前進すべく足をあげようとしたタイミングでの爆発だっため、グレーターランドタートルエンペラーの巨体がぐらりと傾いた。


 それと同時に、叫び声や喚き声が湧き起こった。


 グレーターランドタートルエンペラーの背には2万匹ほどの魔物が乗っており、その魔物たちが傾いた甲羅から滑落しているのだ。

 体高100メートルを超える亀の背に乗っているのだから、弱い魔物はただ落ちるだけで命を落とすだろう。


「ホントに傾いてる……」


 地雷の爆風でぐらりと傾く巨大な亀の姿を目の当たりにし、花梨は呆然と呟いた。

 言ってみればドーム球場が傾いているようなものなので、驚くのも無理はないだろう。

 しかし、いかに強力な地雷であっても、体重が数十トンにおよぶグレーターランドタートルエンペラーの巨体を爆風で持ち上げることは不可能だ。


 そこで陽一はスクロールを使用したのである。


『魔術士ギルドに〈重量軽減〉効果のあるスクロールがありますよね? 提供してください!!』


 秘中の秘とでもいうべき強力なスクロールの存在を、陽一に言い当てられたオルタンスは目を剥いたが、事情の説明を受けて納得してくれたようだった。


 スクロールは魔法や魔術の知識がなくとも魔力を流すだけで魔術効果を発揮できる魔道具の一種である。

 素人であっても大魔導師並の魔術を行使できる場合もあるため、厳重に保管され、使用を厳しく制限されているものだ。


 陽一が受け取ったのは、対象の重量を10分の1にする効果のあるスクロールだった。

 ただし、対象の重量に応じて消費魔力が増加するため、グレーターランドタートルエンペラーの体重を10分の1にするとなるとトコロテン全員の保有魔力を合わせても足りない。

 さらにいえば、体重を10分の1にしたところで地雷の爆風で飛ばすにはまだ重すぎる。


 そこで陽一は、スクロールの内容を編集した。


『ここをこうして……これこちょいちょい……っとぉ』


 スクロールの効果を決めるための魔法陣には難解な魔術文字が使われており、本来であれば高位魔術士数名で、数日から数ヵ月、場合によっては数年がかりで作成、あるいは編集するものである。


 しかし【言語理解+】と【鑑定+】のおかげで魔法陣の構成を容易に理解できる陽一は、10分程度でスクロールの編集を終えた。

 その結果、効果を10倍にし、必要な魔力はスクロールに触れた対象から強制的に引き出せるようにできたのだった。


 できればグレーターランドタートルエンペラーがスクロールを踏んだ瞬間、自動的に発動させたかったのだが、そこまでの効果を書き加えるとなるとあまりに複雑になりすぎるため、元の仕様を流用し、使用者がわずかな魔力を流すことで起動できるようにした。


『このピアスに魔力を流せば、もう片方にちょっとだけ魔力が流れるから、起動は実里に任せるね』


 離れた場所で短い音声のやり取りができる通信の魔道具をリモコン代わりにすることで、スクロールを起動できるようにした。


 そしてそれらの準備は見事功を奏し、わずかではあるがグレーターランドタートルエンペラーの巨体を傾けることに成功したのだった。


○●○●


「スクロールの効果は短い。第2段階に移るよ!!」


 地雷が爆発した直後、陽一は花梨と実里を抱き寄せ、【帰還+】で転移した。

 そこはグレーターランドタートルエンペラーからほど近い、事前にホームポイントとして設定していた場所だった。


「よーっし、裏返すぞ!!」

「了解!!」

「はいっ!!」


 陽一は【無限収納+】からロケットランチャーを取り出して構えた。


「ファイヤー!!」


 そして右前足が持ち上がったことでわずかに見えるグレーターランドタートルエンペラーの腹をめがけて発射すると、命中したロケット弾は爆発した。

 背中の甲羅には及ばないとはいえ、単純に強固で分厚い腹甲を傷つけることはできないが、爆発の衝撃により重量が100分の1になった巨大な亀の右前半身が、少し浮き上がった。


「あたしだって魔術を使えるんだからっ!!」


 コンパウンドボウを構えた花梨は、矢に〈暴風〉の魔術を付与して放った。

 打ち込まれた矢は敵の腹甲に当たった衝撃によって粉々に砕け散ったが、付与された魔術の効果は十全に発揮され、巨大な亀は矢を受けるたびに少しずつ半身を浮かせていく。


 しかしスクロールの効果が弱まり始めたのと、体勢を戻そうとするグレーターランドタートルエンペラーの抵抗により、ロケット弾の爆発と〈暴風〉の矢を受けてもそれ以上角度が変わらなくなってきた。


「…………おまたせしました」


 なんとか右うしろ足をわずかに浮かせた状態で維持していたところに、実里の魔術詠唱が終わる。


「〈竜巻〉!!」


 実里が魔術を発動するやその名のとおり竜巻が発生し、グレーターランドタートルエンペラーの右半身が一気に持ち上がる。


「よっしゃどんどんいけぇ!!」


 ロケット弾を撃ち尽くした陽一はグレネードランチャーに切り替えてさらに爆風による攻撃を続け、花梨も〈暴風〉の矢を可能な限り連射した。

 そうやって敵の状態を維持しつつ時間を稼ぎ、実里の〈竜巻〉で一気に半身を持ち上げる。


 実里が〈竜巻〉を3回ほど使ったところで、右半身を持ち上げられた巨大な亀の魔物はほぼ垂直に立つようなかたちとなった。


「ラスト一気に決めるぞー!!」

「おっけー!!」

「はいっ!!」


 陽一はグレネードランチャーを2丁構え、【無限収納+】での出し入れを繰り返して残弾を撃ち尽くす勢いで連射。

 花梨もペースを上げて〈暴風〉の矢を撃ちまくり、実里も〈竜巻〉から〈暴風〉に切り替えて横殴りの風を浴びせ続けた。


 やがて垂直だったグレーターランドタートルエンペラーの身体が、ぐらりと向こう側へ倒れ始める。


 ――ズウウゥゥゥゥン……!!


 もはや地震といっていいほどの地響きとともに、グレーターランドタートルエンペラーは完全に裏返るのだった。

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