第9話 シャーロットと異世界へ

 なにもないところから突然現われた陽一に、シャーロットは言葉を失った。


 目を見開き、口をパクパクとさせる彼女の前で、陽一はコンテナに手をあて、それをまるごと【無限収納+】に収めた。


「な……!? え……? どこ、に……?」


 見慣れた20フィートコンテナが音もなく消失する事態に、再びシャーロットは言葉を詰まらせる。


「お、弾薬とか燃料とか、用意してくれてたんだな」


 シャーロットには"気が向いたらいろいろコンテナに入れといてくれると助かる"と伝えており、その言葉を受けて彼女は無理のない範囲で弾薬などの消耗品をコンテナに詰め込んでいた。

 それなりの負担ではあるが、魔道具の借り賃だと思えば安いものだ。


「ほい、と」

「へ?」


 そして再びコンテナが現われる。

 外からではわからないが【無限収納+】の機能で中身だけを取り出し、空っぽになったコンテナを取り出した。


「とまぁ、こんな魔法みたいなことが当たり前のようにできる世界があって、俺はそことこの世界とを自由に行き来できるわけなんだけど」


 厳密に言えば、陽一がいま使ったのは魔法ではなくスキルであり、下位の収納スキルですら相当レアなので決して"当たり前のように"とは言い難いのだが、それをここで詳しく説明する必要はあるまい。


「そこでちょっとヤバイことが起こってるんだよね。だからシャーロットの力を借りたい」

「え……ちょ……まって……」


 スパイとしてそれなりの訓練を受けているシャーロットなので、大抵のことでは動揺しないのだが、いま目の前で起こった出来事はどうやら彼女の想定を大幅に上回ることだったらしく、いまだ平静を取り戻せないでいた。

 案外こういうのは平和ボケしたファンタジー好きの日本人のほうが、あっさりと受け入れられるのかもしれない。


「ま、百聞は一見にしかずというし、行ってみようか」

「ちょ、ま――」


 呆然とするシャーロットの手を取った陽一は、森と荒野の境界線に【帰還】した。


「――え? なに? 景色が…………うぅ……」


 なにもないところから人が現われ、巨大なコンテナが消えたかと思えば出現し、さらには周りの景色まで変わってしまったことにまず混乱したシャーロットだったが、ほどなく胸を押さえて息を乱し始めた。


「あ、魔力酔い……。えっと、よかったらこれに」


 こちらに来るなり体調を崩して嘔吐おうとした花梨と実里を思い出し、陽一は"使うかどうかはともかくあれば便利だろう"という理由で用意していたポリバケツをシャーロットに差し出した。

 その意図を察したシャーロットだったが、左手で胸を押さえたまま右手を陽一に向けてそれを拒否し、ふるふると小さく頭を振る。

 そうするうちに荒い呼吸も徐々に落ち着き、何度か深呼吸を行なったところでシャーロットは調子を取り戻したようだった。


「おお、さすが女スパイ」

「……ふん。ただのホテルスタッフですわ」

「あ、はい」


 まだ少し青ざめた顔のまま、シャーロットは陽一を軽くねめつけた。


 詰問するような鋭い視線を受けた陽一がなんともいえない表情を浮かべたのは、彼女の格好があまりにも場違いなせいだろうか。

 異形の森を前にしながら、シャーロットはカジノホテルの制服であるタイトスカートのスーツ姿だった。

 大きな胸や尻、むっちりとした太ももなどをわざとらしく強調すべく、今日もあえてワンサイズ小さい服を着ているのがなんともいえず滑稽こっけいで、さりとて彼女の青ざめつつも真剣に状況を把握しようとする様子を見て笑い出すわけにもいかない。


「で、ここはどこですの?」

「異世界」

「……その与太話を信じろと? なにを根拠に?」


 そうはいっても、シャーロットにしたところで自身が尋常ではない状況に陥っていることくらいはなんとなく理解していた。


 なにもないところから陽一が現われたこと、コンテナが消えたり現われたりしたこと、突然景色が変わったこと……。


 それだけではない。


 一般人が経験し得ないような異常事態を何度も乗り越えてきた彼女である。

 意味不明な状況にただただ戸惑うばかりの小娘ではないのだ。


 少なくとも、今目の前に広がる森林と岩石砂漠とがくっきりと分かれるような地形など見たことはないし、森の植物にしたところでどこか非現実的な外見が見て取れる。

 ここが異世界――例えば自分たちの住む地球とは異なる惑星など――と言われれば、なるほどそうかもしれないと理解はできなくもないが、だからといって"はいそうですか"と納得できるものでもない。


 あとひと押し、彼女の常識をくつがえす材料が欲しいところだ。


「さっきの体調不良だけど、あれは魔力酔いというらしいよ」

「魔力……?」

「そう。俺たちの住む世界にはなかったけど、この世界には魔力……えーっと、簡単に言えば魔法の素になるエネルギーが満ちあふれているんだと。で、魔力のまったくないところから魔力が充満している空間に突然移動したことで体調不良が起こるらしい」

「……というからには、魔法でも使って見せてくださるのかしら? それとも先ほどのイリュージョンが魔法?」

「あー、さっきのはわかりやすく魔法って言ったけど、実際はスキルと呼ばれるもので、残念ながら俺は魔法が使えない」

「はぁ……?」

「でも、シャーロット自身が使ってみれば、いろいろ納得できるんじゃないかな?」

「わたくしが?」


 そこで陽一が、魔法の原理や使い方を簡単に説明したところ、空気中の水蒸気を集めて水の塊を作ることと、水蒸気を魔力で酸素と水素に分解して集め、火をつけて爆発させることに、シャーロットは成功したのだった。


「は、はは……。わたくし、魔法を……んぅ……」

「シャーロット!?」


 爆発魔法を使ったあと、シャーロットがふらりと倒れたため、陽一は慌てて駆け寄り、彼女を抱きかかえた。


「どうした? 大丈夫か?」

「うぅ……ちょっと、頭がくらっと…………」


 こちらに着いたばかりの時よりも調子が悪そうなシャーロットを【鑑定】し、状態を確認する。


(魔力欠乏……魔力酔いの一種か。一気に魔力を消費したことが原因かな……。でも魔術士ギルドでバンバン魔術を使いまくった実里は……そうか!)


 【鑑定+】の結果からまず魔力酔いの状態異常が発生していることを確認した陽一は、続けてシャーロットの所持スキルを確認した。

 そこには【健康体β】がなかった。


(【健康体β】なしで最初の魔力酔いからあの短時間で回復したのか。さすがだな……)


「ごめんなさい、身体に、力が……」

「こっちこそごめん。どうやら無茶をさせたみたいで……」


 自分に身を預け、青い顔で洗呼吸を繰り返すシャーロットに対して申し訳なく思いながらも、陽一は彼女があとどれくらいで回復するのかを【鑑定】する。


(花梨と実里には【健康体β】があったから数分だったけど……え、2時間!?)


 この差し迫った状況で2時間もシャーロットの回復を待つわけにもいかず、といって彼女の協力を諦めるというのはなんとか避けたいところである。


(もっと手っ取り早く回復する方法は? たとえば魔力ポーション的な…………ん? 体液を介しての魔力譲渡? 【健康体α】保持者との行為によるおおよその回復時間?)


 シャーロットを効率的に回復させる方法を【鑑定+】で調べたところ、体液を介しての魔力譲渡という手段と、【健康体α】保持者――つまり陽一――とどのような行為を行なえばどれくらいの時間で回復するのかという一覧が鑑定結果に表示された。

 握手やハグなど皮膚接触やキス、輸血などの項目が並ぶなか――、


「それなんてエロゲっ!?」


 ――もっとも短時間で回復する方法に陽一は思わず声を上げた。


○●○●


 精液には魔力が宿る。

 魔法や魔術といったものが存在しない陽一の住む世界であっても、古来よりまことしやかに囁かれていた仮説ではあるが、少なくともこの世界においてそれは事実であるようだ。

 そして魔力を多く宿す精液をもっとも効率よく吸収する方法だが……。


「つまり……セックスをすればいい……というのですね?」

「はい……。そのとおりでございます」


 遠回しに回復手段について説明していた陽一の言葉をシャーロットはピシャリと遮った。

 数分経って少し呼吸は落ち着いてきたが、相変わらず彼女の顔色は悪く、陽一にしなだれかかる身体にはあまり力が入っていない。


「んぅ……」


 そんな状態のシャーロットは気だるそうに腕を上げ、陽一に肩に手を置くと、ゆっくりと身体を起こし、そのままうしろに倒れた。


「おわっ……っとぉ」


 慌てて身を乗り出した陽一に抱え込まれたシャーロットは、薄く微笑んだ。


「ふふ……あとはお任せしますわ」


 気がつけば陽一は、シャーロットに覆いかぶさるような格好になっていた。


「……いいのか?」

「ええ。あなたの硬いアレは嫌いじゃありませんから」


 少なからず申し訳ないと思いながらも、非常事態と割り切った陽一は、すぐそばにマットレスだけを取り出してそこへシャーロットを仰向けに寝かせた。


「ふふ……。本当に便利ですわね……」

「悪いけど、すぐに済ませるからな」


 少し呆れたようなシャーロットの呟きに静かな口調で返事しながら、陽一はズボンのファスナーを下ろした。

 戦いを前にした昂ぶりもあってか、陽一のそれはすでに硬くなっている。

 ぐったりとマットレスに身を預け、膝を立てて軽く開いた脚のあいだに身体を入れた陽一は、カジノの制服であるタイトスカートをまくりあげ、ショーツをずらした。

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