第8話 迎撃準備開始

 ジャナの森にひしめく10万超の魔物たちが、町を目指して侵攻している。

 それをアラーナは魔物集団暴走スタンピードと呼んだ。


 魔物の集団は現在地よりおよそ200キロメートル先におり、地形によって進行速度にムラはあるものの、平均すれば時速10キロメートルほどで進んでいるようだった。


 現在地からメイルグラードまではおよそ100キロメートルほど。

 集団の位置からは300キロメートルほど離れているので、単純計算だと町までは30時間で到達することになるのだが……。


「森を抜ければ進行速度は上がるだろうな」

「じゃあ森を抜けるまで20時間、そこから町まで4~5時間ってとこか」


 唸るようなアラーナのつぶやきに、陽一はそう答えた。


魔物集団暴走スタンピードってよくあることなの?」

「うむ。辺境の開拓が始まってから数回はあったようだし、それ以前にも王国が南西から魔物の襲来を受けたという記録が残っているから、それも元はジャナの森で発生した魔物集団暴走スタンピードだったのではないかと言われているな」


 辺境の町メイルグラードが所属するセンソリヴェル王国には、南西より強大な魔物が群れをなして襲いかかってきたという記録が散見される。

 それらはまだ辺境が開拓される以前のことであり、おそらくはジャナの森で発生した魔物の集団が死の荒野を通過するうえで淘汰され、魔物集団暴走スタンピードと呼べない規模に減少したものだと考えられている。

 ただし、数は少ないものの死の荒野を踏破できるだけの強い魔物が集団で襲いかかってくるのだから、被害は甚大じんだいなものとなった。


「単なる辺境のいち領主であるサリス家が、辺境伯という最上位に近い爵位を与えられたのもそういった事情があるのだよ」


 ジャナの森発見とともに辺境が開拓され、メイルグラードという町ができ上がり、その町が魔物集団暴走スタンピードに遭遇し、これを撃破する。

 以降王国への南西からの魔物襲来がピタリとやんだため、そこに因果関係がある可能性は高いと考えるのは自然の流れだろう。

 ならば辺境を治める領主に高い地位を与えて王国を外敵から護る盾にしてしまえ、ということで、町を治めていたサリス家が辺境伯に叙されたというわけである。


 もちろんそこに至る経緯にはいろいろな権謀術数けんぼうじゅっすうがあり、興味を持った陽一は【鑑定+】でそのあたりの状況をちらりと調べてみたが、気分が滅入りそうなのですぐにやめた。


「前回は5年ほど前だったな。そのときは私も迎撃に参加したよ」


 コホン、と気を取り直すように咳払いし、陽一はアラーナに向き直る。


「前もこんなに多かった?」

「いや、せいぜい2~3万といったところだったか。それでもかなりの大事おおごとだったぞ。市壁内への侵入こそ食い止めたものの、迎撃に参加した数百名の冒険者のうち、1割以上が命を落としたからな」


 死者1割となれば、負傷による戦線離脱者はその倍以上になるだろう。

 合わせて3割強の戦力損失ということは、壊滅状態といっても差し障りはない。


「あれからメイルグラードも随分と発展したし、冒険者の数も1000に届こうかというほど充実してはいるが、質の向上という点ではまだ不充分と言わざるを得まい。単純にいって前回の倍の戦力といったところか」

「それに対して、今回の敵戦力は前回と比べて3~4倍か……。こりゃ随分厳しいな」

「……すまないがヨーイチ殿、私はこの件を一刻も早く領主とギルドマスターに伝える必要がある」

「わかった。でも最後にもう1点」

「なんだ?」

「さっきみたいに本来ありえない魔物の組み合わせってのは、魔物集団暴走スタンピードの影響で生まれるものなのか?」

「む……? ふむう……」


 陽一の質問にアラーナは眉をピクリと上げたあと、腕を組んでうなり始めた。


「密集する魔物の集団内で擬似的に群れをなすこともあるが……、先ほどのように集団から離れた少数の魔物が、あのような群れをなすということは、あまり考えられないな」

「ってことは、なにか裏があるのか?」

「かもしれんが、とにかくいまは報告が最優先だ」

「……だな」


 陽一はここでもう少し詳しく魔物集団暴走スタンピードを【鑑定】すべきだったが、アラーナに急かされたことと、その後迎撃の準備に追われたことで、詳しい調査をうっかり失念してしまうのだった。


○●○●


「では、私は早速冒険者ギルドに向かおうと思うが、陽一殿はどうする?」

「俺は俺でいろいろと準備するよ。花梨と実里は?」


 陽一の問いに答える前に、アラーナが口を挟む。


「すまないが、花梨と実里は一緒に来てほしい。魔術士ギルドで使えそうな魔術をできるだけ習得して欲しいのだ」

「了解」

「わかった」


 森から直接町の宿に【帰還】したあと、アラーナと花梨、実里の3人はそう言ってすぐに部屋を飛び出した。


「さて、頼りにしてるぞシャーリィ」


 陽一もすぐ『グランコート2503』へと【帰還】し、シャーロットに連絡を取った。


『重火器をそんなに……戦争でも始めるつもりですの?』


 陽一の伝えた要望へのシャーロットの答えである。


「まぁ、似たようなもん」

『ということは、使うご予定があると?』

「一応」

『お断りします』

「……やっぱ用意するのは難しい?」

『いえ、用意はできますわ。ただ、そんなものをどこかで使われれば必ず露見しますし、そうなればわたくしも巻き込まれますでしょう?』

「いや、絶対にバレないところで使うから」

『この地球上にそんな場所はありませんわ』

「大丈夫、この地球上じゃないから」

『……は?』

「いや、なんとなく察してるんだろ? 君に預けた翻訳の道具。あれをいったいどこのだれが作ったんだ? この地球上にあれを作れる人や機関があるのか? どうせ調べられるだけ調べたんだろ?」

『…………』

「頼む! 時間がないんだよ!! シャーロットだけが頼りなんだ!!」

『むぅ……。それでもやはり、信じられませんわ……。ごめんなさい』

「わかった。じゃあ直接会おう! いまはエドのホテルだよな?」

『ええ、まぁ……』

「じゃあ例のコンテナでどうだ?」

『……では2時間後に』

「わかった。必ずひとりで来てくれよ? 隠れててもわかるからな? いまシャーロットがショッキングピンクのレースのショーツに日本製のパンティーライナー着けてることがバレバレなくらい、俺に隠しごとは通用しないからな!」

『なっ……!? このヘンタイ!!』


 その言葉を最後に、電話は乱雑に切られた。


「あと2時間……、ただ待つって手はないよな」


 念のため【鑑定+】でシャーロットが動き出したことを確認した陽一は、『辺境のふるさと』に【帰還】したあと、すぐ冒険者ギルドに向かった。


「アラーナはまだいる?」


 ギルドに着くなり受付に問い合わせる。


「え、あ、はい。いまギルドマスターの部屋に」

「ありがとう。通るよ」

「あ、いや、ちょっと……」


 受付嬢は突然現われた陽一の剣幕に押されてしまい、制止することができなかった。


 同じトコロテンのメンバーであるほかの3人が先に訪ねているのだから、問題がないといえばないのだが、それでも一度は制止し、ギルドマスターに許可を取るべきだっただろう。

 その後の混乱のため、この件で彼女がなにかしらのペナルティを受けることはなかったが。


「アラーナ!」

「ん? ヨーイチ殿?」


 陽一がギルドマスターの執務室に入ると、そこではアラーナ、花梨、実里の3人が来客用のソファに座り、向かい合うセレスタンと話をしている最中だった。


「あ、報告はどうなった?」

「うむ、いましがたギルドマスターへの報告を終え、これから領主に伝えるところだ」


 ギルドと領主の館のあいだでは、特殊な魔道具によってリアルタイムの通信ができるようになっている。


「おい、魔物集団暴走スタンピードの件、間違いないんだろうな?」

「はい。間違いありません」


 ギルドマスターの質問に、陽一は堂々と答えた。


「なぜそう断言できる?」

「そういうスキルがあるとだけ」

「スキル、だと……?」

「はい。知ろうと思えばなんでも知れるといいますか……。そうですね、例えば……」


 そこで陽一は左手を腰に当て、右手でなにもない宙をビッ! と指差した。


「"ヘイ! そこのイカしたねーちゃんっ!! いまから俺とひと狩りいかねぇ?"」

「ぶほっ!!」


 陽一のセリフにセレスタンが吹き出す。

 アラーナたちは突然陽一が意味不明な仕草とともに意味不明なことを口走ったため、怪訝な表情で首を傾げた。


「ヨーイチ殿、それはいったい?」

「わかった! 信じよう!!」

「お祖父さま……?」


 まさか陽一のセリフが数百年前に実際あった祖父母の馴れ初めを再現したものとはつゆ知らず、アラーナは顔を真っ赤にして焦るセレスタンに視線を移す。


「うぉっほん!! ……で、なんの用だ?」

「町の外に出たいんですけど」

「ふむ、出ればいいじゃないか。あと1時間もすれば外へは出られなくするつもりだが」

「いえ、それが……。今回ちゃんと入場していないので……」


 メイルグラードではギルドカードや領民証などの身分証によって町の出入りを厳しく取り締まっている。

 一度町を出たものが、入場の記録もなしに再度町を出ようとすれば、まず間違いなく取り調べとなるだろう。


「そうか。では…………、これを持っていけ」


 セレスタンはサラサラと手紙を書くと、それを封筒に収めて陽一に手渡した。


「ありがとうございます!」

「いや、こちらこそ貴重な情報提供に感謝する」


 封筒を受け取るや、陽一はきびすを返した。


「ヨーイチ殿っ!!」

「ん?」

「ひとりで大丈夫か?」

「ああ。ちょっとした準備をするだけだから」

「そうか。気をつけてな」

「おう」

「陽一、あんまり無理しちゃだめよ?」

「陽一さん、お気をつけて」

「うん、みんなも頑張って」


 ギルドマスター直筆の書類によって無事外へ出られた陽一は、町から少し離れたところで【無限収納+】からオフロードバイクを取り出し、森に向かってスロットルを回した。


「えっと、これまでのコースと以降の地形から進路を算出…………で、森を出るのは……、あの辺か」


 2時間ほど、可能な限り速度を上げてバイクを走らせたところで、魔物の集団が出てくるであろう森と荒野の境界線にたどり着いた。


「よし、じゃあここをホームポイントに設定して、いったん家に」


『グランコート2503』に【帰還】した陽一は、すぐスマートフォンを取り出し、シャーロットに電話をかけた。


「もしもし? もう着いた?」

『ええ、到着しておりますわ』

「じゃあいまから行くわ。えっと、そこから2歩前に出て振り向いて」

『はぁ……。で、どこにいらっしゃるの?』

「ワン……ツー……」


 プツリと電話が切れる。


「ジャンボ!!」


 次の瞬間、シャーロットの目の前に突如陽一が姿を現わすのだった。

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