第7話 森の異変

「いや、でかすぎじゃね?」


 翌朝、【帰還+】を使って密入国した陽一は、カジノの町郊外の倉庫街へと足を運び、シャーロットから提供された専用区画に、新たに増設されたコンテナの扉を開ける。

 そのとき陽一の目に飛び込んできたのは、ほぼコンテナの幅――内寸2352ミリメートル――いっぱいの車幅を有する大きなSUVだった。


「まぁ頼りがいはありそうだけど、運転できるかな……」


 【鑑定+】があれば運転方法くらいはなんとかなるだろうと思いつつ、陽一はその巨大なSUVを【無限収納+】に収めた。


「おお、ドラム缶!! ガソリンか?」


 コンテナの奥には5本のドラム缶があり、【鑑定】したところ中身はディーゼルエンジン用の軽油であることが判明した。

 1本55ガロン(≒208リットル)なので、合わせて1000リットル超ということになる。


「あー、でもこいつの燃費を考えると、これくらいの余裕はあったほうがいいのかもな」


 少々呆れ気味に呟きつつ、陽一はドラム缶も【無限収納+】に収め、スキルのメンテナンス機能を使って給油できることを確認した。



 日本に帰った陽一は、早速4人で異世界へと【帰還】する。

 そしてメイルグラードを出て街道を外れ、周りに人がいなくなったことを確認したうえで、手に入れた米国製SUVを【無限収納+】から取り出した。


「でかっ!!」


 現われた自動車をひと目見た花梨が、呆れたように笑いながらそう評する。


「すごい……。映画とかで見たことありますけど、本物は初めてです」


 海外ドラマや映画でおなじみの自動車ではあるので、実里も知らないわけではないのだろうが、実物を目の当たりにし、その大きさに圧倒されているようだ。


「これは……ジドウシャ? 先日見たものと比べるとずいぶんと大きいが…………うむ、なかなか立派ではないか」


 アラーナはどうやらこの新しい自動車を気に入ったようである。

 女性たちの三者三様の反応がある程度落ち着いたところで、陽一は彼女らを乗せて運転席に座った。


「よーっし、出発進行!!」


 【鑑定+】で操作方法を確認しつつ、SUVを発進させる。

 最初は左ハンドルなどに手こずっていたが、ほどなくそれにも慣れ、多少の揺れはあったが思っていたよりも楽に移動することができた。


○●○●


 自動車を手に入れてから、陽一率いるトコロテンは、連日ジャナの森へと出かけていた。


「今日は少し奥のほうまで行ってみようか」


 【鑑定+】で魔物の位置を探りながらの討伐なので、かなり効率よく魔物を狩ることができており、そのおかげで少し出遅れていた花梨と実里も、陽一とともにDランク冒険者にまでランクアップしていた。


「前方にダークウルフ3、オーク3、コボルト5」

「なに……?」


 陽一が告げた索敵結果にアラーナが眉をひそめる。


「やっぱ変か?」

「うむ。一応聞くが、それらがまとまって行動しているのだな? 争う様子もなく」

「ああ。どうもこちらに気づいて向かってきているようだけど」

「ふむ……。オークがコボルトを従えることはあるが、そこにウルフ系の魔物が混ざることは通常ありえない」

「……噂どおり、なんか起こってるのか?」


 ここ最近、森の様子がおかしいと、メイルグラードの冒険者ギルドでは噂になっていた。


 なんでも魔物の数がかなり少なくなっており、ようやく出会えたと思ったら、そのあたりにいるはずのない高ランクの魔物だったり、通常ありえない組み合わせで群れをなしていたりする、という報告が多数上がっているのだ。

 そのせいで低ランク冒険者に少なくない犠牲が出ており、これまでどおりに討伐へと出かけられなくなった者があとを絶たず、ギルドには昼間から不満を垂れ流しながら酒をあおる冒険者が日に日に増えていった。


「とりあえず、片づけてしまおうか」

「おっけー」

「はい」

「ああ」


 一応パーティーリーダーである陽一の言葉に、花梨、実里、アラーナがうなずく。


 まずは先頭のアラーナが、二丁斧槍を手に群れのほうへと駆け出した。


「花梨と実里は狙いやすいのを確実に倒して。俺は雑魚ざこの掃討と牽制に回るから」

「りょーかい」

「わかりました」


 アラーナが駆け出すのとほぼ同時に、陽一と実里が左右に分かれ、花梨はその場で矢をつがえる。


 ――コッ……!


 花梨の放った矢が中央後方にいたオークの眉間を貫き、それが開戦の合図となった。


 実里が群れに対して〈雷槍〉を放ち、陽一はその反対側から短機関銃を乱射。

 シャーロットのおかげで弾薬類も入手しやすくなったが、それにしても限界はある。

 なので、比較的入手しやすい38口径弾を牽制に使った。


 バララララ! と銃声が鳴り、30発入りのマガジンが空になったとろで、44口径マグナム弾入りの拳銃に持ち替える。


 最初の乱射でコボルトはほぼ全滅。

 うしろに控えていた残り2匹のオークは、コボルトが壁になったおかげでほとんどダメージを受けず、たまに届いた弾も、その硬い皮膚に少しばかり傷をつけただけだった。


 前衛に展開していたダークウルフも短機関銃の弾を何発か受けたが、固い毛皮によって弾かれ、かすり傷を与える程度にとどまる。


 最初の乱射で陽一に敵意が集まるなか、実里の放った〈雷槍〉がダークウルフの1匹を捉えた。

 しかし直前にそれを察知したダークウルフは、素早く身をかわすことに成功。


「ヴォフゥッ……」


 ダークウルフを狙った実里の〈雷槍〉は、うしろに控えていたオークの股間に突き刺さった。


 苦悶の表情で股間を押さえてうずくまるオークの脳天に、駆け込んだアラーナの斧槍が振り下ろされる。

 その一撃でオークにとどめを刺したアラーナは、もう片方の斧槍を振り下ろす。

 そこには〈雷槍〉を避けて着地した直後のダークウルフがおり、あえなく首を落とされた。


 連続攻撃を終えたアラーナに、別のダークウルフが飛びかかっていた。


「ギャウンッ!!」


 しかし、その個体はアラーナへと到達する前に、空中で身をよじり、地面に叩きつけられる。


 陽一の放った銃弾が直撃したのである。


 44口径マグナム弾をもってしてもダークウルフの毛皮を貫くには至らないが、それでもノーダメージというわけにはいかない。

 脇腹とこめかみに銃弾を受けたダークウルフは、銃弾による痛烈なによって地面に倒れたまま起き上がることができず、あえなくアラーナによってとどめを刺された。


 もう1匹のダークウルフは、花梨に脳天を射抜かれて絶命していた。


「ブフッ!? ブブファァ……!!」


 最後に残ったオークは怯えて逃げ去ろうとしたが、実里の放った〈風刃〉によって首を落とされた。


「我らなら問題なく倒せるが、通常のCランクパーティーでは厳しいかもしれんなぁ」


 倒した魔物の死骸を集めながら、アラーナが呟く。


 パーティーランクはメンバー内で最低のランクが基準になり、その後実績によってランクアップしていく。

 メンバー中最低ランクを基準にすればトコロテンはDランクだが、ここ数日の依頼達成状況に加え、アラーナの過去の実績があと押しとなり、先日彼らのパーティーランクはCにランクアップしていた。

 とはいえ、アラーナには実質Aランク以上の実力があり、ほかの3人もランクアップ試験さえ受けることができれば確実にCランクにはなれるだろう。

 そうなれば、実績次第でBランクパーティーとなれる可能性も高く、実際それだけの実力も兼ね備えていた。


 だからこそ先ほどの群れも難なく倒せたのだが、通常のCランクパーティーの場合、メンバー数や、作戦の良し悪し次第では苦戦しただろうと予想されるのだった。


「ねぇ、アラーナ。森に異常が出始めたのって、ここ何日かのことなの?」

「いや、すでにひと月以上まえから、件数は少ないながらも異常は報告されていたのだ」


 花梨の疑問にそう答えたあと、アラーナは陽一を見る。


「最初に、その……、ヨーイチ殿と出会ったときのことだが……」


 陽一と出会ったときのことを思い出してか、アラーナの顔が少し赤くなる。


「あのときの一団は、森の異常を調査するために派遣されたものだったのだよ」

「あ、ああ……。あのとき、ね……」


 同行者に裏切られ、身体の自由を奪われ、衣服を剥ぎ取られたうえに媚薬を塗られていたアラーナの姿を思い出し、陽一は股間の収まりが悪くなるのを感じた。

 そんなふたりの様子に、花梨と実里は首を傾げる。


「あのときから……ん? まだひと月くらいしか経ってないのか……」


 アラーナと出会ってもう何ヵ月も共に過ごしているような気になっていたが、まだそれだけの時間しか流れていないことに驚きを禁じ得ない。

 それだけ濃密な時間を過ごしているということだろう。


「うむ。異常が報告されはじめて、ひと月半程度といったところかな。だが、状況は日に日に悪くなっているようだ」


 聞けば、討伐に出られない低ランクの冒険者が、ギルドの酒場や町中で暴力沙汰を起こす事案が増えているらしい。

 ギルドの酒場ならともかく、町中で問題を起こした冒険者は一度警備兵に捕らえられ、留置所に収監される。

 そして、簡単な身元確認を行なったうえでギルドに引き渡し、あとはギルドの規定に従って処罰を受ける、というのが流れだ。


 まぁ、ちょっとしたいざこざ程度であればその場で厳重注意のうえ、解放されることも多々あるらしいが、こういった問題のせいで、領主のウィリアムや、冒険者ギルドのギルドマスター・セレスタンは多忙を極めているらしい。


(ああ、あの積み上げられた書類の何割かはそれ系の問題か……)


 と陽一は彼らの苦労をおもんぱかり、心の中で瞑目した。


「なんとか原因を究明して、父上やお祖父さまの負担を軽くして差し上げたいのだが……、一介の冒険者である私にできることはあまりないからなぁ」

「んー、あたしもまだ冒険者になって日が浅いから、お役には立てないのかなぁ」

「私も、力不足……かな」


 花梨、実里、アラーナの3人がそろって肩を落とす。


(うーん、俺ならなんとかできるんじゃね?)


 自分にとって大切な人であるアラーナの家族が困っているのなら、力になってあげたい。

 というか、ウィリアムとセレスタンには陽一自身なにかと世話になっているのだ。


(それに、恩を売っとけば"かわいがり"もちょっとはマシになる……かも?)


 そんな打算もあり、陽一は森の異常を探るべく【鑑定+】を使った。

 検索範囲を広げ、とりあえず魔物の反応だけを拾っていく。


(んー、なんか町から離れるほど少なくなっていくような…………ん? なんだこれ……)


 森の奥に向けて検索範囲を広げていったところ、徐々に魔物の存在を示す赤い光点の数が減っていき、やがて完全な空白地帯のようなものが現われた。

 しかし、そこからさらに範囲を広げていくと、ぽつりぽつりと赤い点が現われ始めた。

 それは森の奥へ進むにつれ急速に増え始め、その密度は増し、陽一の脳内に広がる地図の一部を真っ赤に染め上げていく。

 そこまでいくと、反応を示す光点の表示を解除しても、上空から見た森の木々のあいだにひしめき合っている無数の魔物が確認できた。


(おいおいおい……これ何匹いるんだよ……)


 とりあえず陽一は、その密度の高い魔物の集団に検索範囲を絞り、数を数える。

 【鑑定+】にカウントを任せたところ、すぐに答えは出た。


(いち、じゅう、ひゃく…………まじかよ……)


「ヨーイチ殿、どうした?」

「なんか顔色悪いよ?」

「大丈夫ですか……?」


 虚空に視線を漂わせながら、呆然とする陽一に、女性陣が気遣うように声をかける。


「あー、えーっと」


 少々口ごもりながら、陽一は魔物の集団がいるほうを指差した。


「この先……200キロくらいなんだけど、魔物がたくさんいるんだわ」

「ほほう。それほどの深さにはまだ調査は及んでいないのだが、魔物の集落でもあるのだろうか?」


 アラーナの質問に対し、陽一は気を取り直す意味も含めて一度大きく頭を振った。


「あー、いや、集落とかそんな生易なまやさしいレベルじゃない」

「ふむ、数百匹単位か? ならば高ランクのパーティーをいくつか動員しなければ――」

「いや、そんなもんじゃないんだって」

「ふむう……1000匹を超えるとなると、100名以上の討伐隊を組んだほうが――」

「いや、10万超えてるから」

「ん?」

「だから、魔物の数。10万匹以上ひしめき合ってるから」

「…………なんだと!?」


 一瞬、陽一の言葉の意味を理解できなかったアラーナは、わずかな沈黙のあとに驚きの声を上げる。


「それはまた……豪勢ねぇ……」


 花梨は呆れたようにそう言ったが、怯えのせいか言葉がわずかに震えている。

 実里もまた、声はあげないものの、10万という数字に顔は青ざめていた。


「な、なぁ、ヨーイチ殿。試みに問うが、その集団はそこにとどまっているのか?」

「あー…………いや、動いてるみたい」

「……行き先の検討は? 森の奥に向かっているのならいいのだが」

「えっと、これまでの移動ルートも検索して確認したけど、こりゃ町にむかってんな」


 その答えに、アラーナは顔を青くし、唖然とした表情のまま口をわなわなと震わせた。


魔物集団暴走スタンピードじゃないかっ!!」


 姫騎士の叫びが、ジャナの森に響き渡った。

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