第6話 お部屋の移動

 冒険者ギルドを出て『辺境のふるさと』に戻ると、受付でアラーナの部屋がかわったことを伝えられた。

 さすがに4人で宿泊するという体裁を保つのに、シングルベッドひとつの部屋では問題があったのだろう。

 伝えられた部屋は前の部屋と同じ階なのでグレードは変わらないようだ。


 部屋番号を確認してドアを開ける。


「お、ちょっと広いな……ってか、ベッドでかっ!」


 部屋の広さといいベッドの大きさといい、『グランコート2503』の寝室と同程度ではあるのだが、つい今朝まで借りていた部屋のベッドがシングルサイズだっただけにそのギャップに驚いてしまう。


 その大きなベッドの上で、花梨と実里、アラーナの3人は身を寄せ合うように寝転がっていた。

 鎧やローブなどを脱いだインナー姿のまま、シーツもかぶらず横になっているので、陽一を待っているあいだにうたた寝してしまったのだろう。


「ん……ヨーイチどの……?」

「あ、起こしちゃった? ただいま」

「すまない……。待っているあいだにウトウトしてしまって……」


 陽一の入室を感じ取ったアラーナが、眠そうに目をこすりながら身体を起こす。

 花梨と実里はまだ気づいていないのか、そろって穏やかな寝息を立てていた。


「いや、ゆっくり休んでていいよ。にしても一気に広くなったねぇ」

「くぁ……、んん……。そう、だな」


 軽くあくびをしながら身体を伸ばしたあと、アラーナは陽一を見て軽くほほ笑む。


「このグレードだと個人用かパーティー用かのどちらかしかないのだ。もうひとつグレードを上げれば3~4人用の部屋もあるのだが……な」


 どうせ寝ることもほとんどない、いわばアリバイ用の部屋なので、あえてグレードを上げる必要はないとアラーナは判断したのだろう。


「ちなみにここは何人用?」

「最大で6人……だったかな」


 キングサイズ相当のベッドには成人のヒューマンで4人は寝られそうだし、開いたスペースにエクストラベッドや寝袋を置けばあと2人くらいなら問題なく過ごせそうだ。

 寝るだけの場所として割り切って使うなら、充分な広さだろう。


「で、お祖父さまのお話とはいったいなんだったのだ?」

「う……」


 セレスタンとのやり取りを思い出して言葉をつまらせる陽一に、アラーナが軽く首を傾げる。


「あ、えーっと、稽古を、つけてくれるって」

「ほう! それは素晴らしい!! 聞く人が聞けば随分と羨ましがられる話だな」

「羨ましい?」


 感心したように何度も頷くアラーナに対し、今度は陽一が首を傾げる。


「ああ。お祖父さまはこの町では……、というよりこの世界では生ける伝説として知られているお方だからな。いまでも多くの者が果たし合いや弟子入りを求めて訪れているのだが、ほとんどお受けしていないのだ」

「へええ……」


 陽一が半ば顔をひきつらせつつ相槌を打つ。


 戦術コンピューター代わりの【鑑定+】と各種殺戮兵器を使いこなす陽一は、いまやワンマンアーミーといっても過言ではない存在である。


 無尽蔵の魔力と現代日本の科学知識を魔法に転用できる実里は、未熟な部分はあるにせよこの世界の大魔導師にもひけを取らない強さを秘めているだろう。


 花梨とて元の世界でのアーチェリー経験によって【弓術】スキルを得ており、犯罪組織を相手に戦えるだけの力はある。


 そして姫騎士の異名を持つ、辺境では最強レベルの戦士アラーナ。


 この4人がかりでもかなわぬ強さを持ち、初代領主とともに辺境を開拓したセレスタンという男は、なるほど、生ける伝説と呼ばれるにふさわしい男かもしれない。


「アラーナは、いつかギルドマスターに勝てると思う?」

「ふふ……。まるでいまの私ではお祖父さまに勝てないことがわかっているような言い方だな」

「あ、いや……」

「はは、そのとおりだからべつにいいんだがな。まぁ、お祖父さまと一対一で戦って勝てる日は永遠にこないのかもしれんなぁ」

「え……?」

「ああ、べつに自分を卑下してそう言っているのではないぞ? 昔はあの人に憧れて、いつか超えてやろうと思ったこともあったが、冒険者として自分の戦い方が確立されてくるとな、気づいたのだよ。私とあの人とでは強さの種類というか、方向性が違う、ということに」


 言葉を連ねる姫騎士は、ただ淡々と事実を述べているようだった。


「……たとえば?」

「そうだな。お祖父さまは一対一など少数同士の戦いに特化している部分がある、といえばいいかな。敵が少数であれば、たとえ高位のドラゴンが相手でも負けることはないだろう」

「アラーナも近接戦闘が得意みたいだし、似たようなスタイルじゃないの?」

「私はどちらかというと、多数同士の乱戦が得意だな」

「へええ、そうなんだ。軍を相手に暴れまわる、的な?」

「端的に言えば、そうなるかな」

「それはちょっと見てみたいかも」

「はは……。そういう機会はそうそうないだろうから、というかないほう望ましいから、あまり期待はしないでくれ」


 そのとき、眠っていた実里がもぞもぞと動き始める。


「どうしよう? ここでちょっと休んでいく?」

「いや、どうせ休むならヨーイチ殿の部屋のほうがいいだろう。カリン、ミサト、起きろ」

「ん……すぅ……すぅ……」

「んぅ……。ふぁ……、陽一さん……おはよ……ござ……おかえり、なさい……」


 アラーナがふたりの名を呼びながら順番に肩を叩き、実里はそれで目を覚ましたが、花梨は一瞬反応したものの、すぐに穏やかな呼吸に戻った。


「仕事とかで、疲れてんのかなぁ……」


 穏やかな表情で寝息を立てる花梨の頭を、陽一は優しく撫でてやった。


「まぁ、無理に起こす必要もないか」


 その様子を見て、アラーナは小さく呟いた。


 ほどなく目を覚ました実里とアラーナを連れ、結局目を覚まさなかった花梨を抱き上げた陽一は、【帰還+】を発動して『グランコート2503』へと帰るのだった。

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