第5話 お祖父ちゃんからは逃げられない

 ――おふたりはもう何百年も連れ添っているというのに、今でも仲睦まじくてなぁ。


 少し前、魔術士ギルドを訪れたときだったか。

 アラーナの祖父セレスタンの話を聞いたとき、アラーナがそんなことを言っていたのを思い出す。


 数名の妻を娶っているウィリアムと、数百年ただひとりの伴侶と過ごすセレスタンと、どちらを警戒すべきかは明らかだったはずだ。

 首筋に当てられた刃の感触に、陽一は大いに後悔していた。


「はあぁぁ……、ったく」


 セレスタンが呆れたように息を大きく吐き、それと同時に刃の感触が消えた。


「お前らヒューマンってのは、何人も女をはべらさにゃ満足できん生き物なのか?」


 呆れたように告げながら、セレスタンは再びデスクに戻り、どっかりと椅子に身を預けた。


「あの……、すいません……」


 恐縮する陽一に対して、セレスタンはよせとでも言いたげな様子でひらひらと手を振った。


「はぁ……。長生きはするもんじゃねぇなぁ」


 セレスタンはため息をつき、そのまま独り言のように喋り始めた。


「デズモンドの子孫のクソガキに娘を取られたときは、もうこれ以上のことは起こるまいと思っていたんだが……」


 デズモンド・サリス。


 およそ150年前にセレスタンとともにこの辺境を開拓し、メイルグラードを作り上げた初代領主である。

 現領主ウィリアムは初代から数えて6代目となる。


「まさか孫娘までヒューマンに……。しかも相手が勇者の一族とはなぁ」

「は? 勇者……?」

「ん? 違うのか?」


 突然セレスタンから告げられた勇者という単語に、陽一は思わず声を上げてしまう。


「あの、勇者というのは……?」

「なんだ、知らんのか?」

「初耳……ですね」

「ふむ。500年ほど前にな、魔王が現われていろいろ大変だったんだわ。で、それを倒したのが勇者」

「それって有名な話なんですか?(っていうかすげぇ話さらっと言いすぎじゃね?)」


 陽一は心中でつっこみをいれたものの、話の腰を折るまいとあえて口には出さなかった。


「まぁおとぎ話になるくらいにはな。そのとき俺はまだガキだったんだが、一度だけ勇者を見かけたことがあってな。お前のような黒髪黒目で、トードーと名乗っていたはずだ。いや、トーゴーだったか? 似ているから関係者かと思っていたが、無関係なのか?」


 トーゴーということは東郷とうごうといった字が当てられるのだろうか?

 だとすれば日本人である可能性は否定できない。

 そこで陽一は【鑑定+】を使って勇者トーゴーについて調べてみた。


(えっと……これか?)


 勇者トーゴ。本名『松岡まつおか斗吾とうご』。

 昭和37年生まれ。ごく普通の日本人として生活していたが、昭和60年5月7日、連休明けに出社のため家を出たのを最後に、日本では行方知れずとなる。

 帝国暦121年、ヴァーティンスロ帝国にて行なわれた勇者召喚に応じて顕現けんげんし、5年後、魔王を討伐。その功績をもって侯爵にじょされる。


「あー、どうやら同郷のようで。あと、トーゴーじゃなくてトーゴですね」

「ああ、そうだったか。ん……? ということはお前、勇者の子孫とかじゃなく異世界人なのか!?」


 セレスタンが驚きに目をみはるが、むしろ驚きたいのは陽一のほうだ。


「いやいや、この世界で異世界って概念は認知されてないんじゃ……?」


 少なくともアラーナを日本に連れていった際、彼女は異世界というものをうまく認識できなかったはずだ。


「そうだな。ここ数百年、勇者召喚が行なわれなくなってから……ああ、そうだ。勇者トーゴが封印したんだったな」


 勇者トーゴが勇者召喚を封印したせいで、異世界からの召喚という技術そのものが失われてしまい、やがて異世界という概念も庶民からは忘れ去られたのだという。


「まぁ帝国のそこそこ詳しい連中なら知っているかもしれんが、勇者トーゴの魔王討伐からだいぶ経ったあとにできたこの王国で知る者はいないのかもな。おとぎ話でも勇者は神の使いとして描かれるようになったしな」

「なるほど……」

「で、勇者の国ってのは、何人も女を侍らせるのを推奨しているのか? たしか勇者トーゴには10人以上の妻がいたはずだ」

「あー、いや……はは……」


 日本では重婚が認められておらず、おそらくトーゴは異世界にきてはっちゃけたのだろうがそれを正直に言うのもどうかと思い、陽一は曖昧に笑ってごまかした。


「しかしお前、グラーフを倒したわりには弱いな。再戦していれば負けてたんじゃないか?」

「え?」

「おや、納得いかないと言いたげだな」

「あー、いや……」

「そうだな……、ではいまから3つ数えるから、そのあいだまばたきをせず俺から目を離すな」

「えっと……」


 突然変わった話の流れに戸惑う陽一だったが、セレスタンは気にした様子もなく続ける。


「いいか? 1、2、3」


 セレスタンの姿が一瞬ぶれたように見えた次の瞬間には、彼の姿が視界から消えていた。


「ミーナはおよそこれくらいの速さで動けるぞ?」

「ふぇっ!?」


 突然背後から聞こえた声に、陽一が慌てて振り返るも、そこにはすでに誰もいなかった。


「開始直後に距離を詰められたら終わりだな。あと、闘技場には戦闘を解析する機能がついていてな」

「おぉう!?」


 そしてその声はふたたびデスクに着いたセレスタンから発せられ、驚く陽一をよそに彼は話を続けた。


「お前のあの心装だが、上級攻撃魔術に一歩およばずといったところか。ま、あれだけの手数を繰り出せるやつはまずいないから大したもんだが」

「はぁ、どうも」


 【心装】とは愛用の武器防具などを精神世界に収め、本人以外に使用できなくするというこちらの世界のスキルだ。

 陽一は普段【無限収納+】に収納している武器や兵器類を【心装】ということで通していた。

 本来なら誰にでも扱える強力な現代兵器を、陽一以外の誰にも使えないと思わせるためである。


「ジェシカの盾なら100発くらいは耐えられるんじゃないか?」

「うへぇ、まじですか?」

「おう。あの盾にはアダマンタイトが仕込まれているからな」


 元の世界で、あの重機関銃の攻撃を盾並の厚さで100発耐えられるものなど存在するだろうか?


「ジェシカであれば弾を受ながら前進するだけの力はあるから、彼女の場合勝率は3割といったところか。グレタとメリルでは相手になるまいが」


 そこで言葉を切り、ギルドマスターは陽一へ鋭い視線を向けた。


「つまり、グラーフが立ち直っていれば、ミーナかジェシカが対策を考えて対抗できた可能性は充分にあったわけだ。少なくともミーナにはグラーフを勝たせる自信があったんだろうな。だからこそ再戦を要求した」


 再戦していれば負けた可能性がある。

 そう言われて陽一は肝が冷えるのを感じた。

 その様子を見たセレスタンが、ふっとほほ笑む。


「そう怯えるな。こちらとしても優秀な冒険者を失うつもりはないからな。もし日をあらためて再戦となっていれば、闘技場を使わせていたさ」

「そ、そっすか……」

「それに、お前にはまだ手札がありそうだしな。アラーナちゃんの認めた男にそうやすやすと負けてもらっては困る」


 確かにそのとおりである。


 あのときはグラーフを相手に勝てる方法を【鑑定+】で検索したのであり、ミーナやジェシカを相手にするのであればまた違った戦法があるだろう。


「ひとつ確認ですが、闘技場って開始前に魔術の詠唱なんかは認められるんですか?」

「無論だ。魔術の詠唱は武術の構えのようなものだからな。闘技場に入ったあとでも、相手に攻撃しないのであれば事前に詠唱を終えておいてもいいし、なんなら強化付与バフをかけるのもありだ」

「なるほど」


 であれば、例えばミーナを相手にするときは、開始直後に発動するようタイミングをあわせた上で音響閃光手榴弾スタングレネードを使えば動きを封じられるだろう。

 そうすれば軽装のミーナは突撃銃あたりで充分に倒せそうだ。


 ジェシカも同じ手段で動きを封じさえすれば、あとは対物ライフルで装甲の弱いところを狙い撃てば勝てるだろう。

 あるいは盾と身体の間に手榴弾を投げ込むという方法もある。

 普通に考えればまず不可能だが、【鑑定+】はどのタイミングで、どういう力加減でもって手榴弾を投げればいいかを教えてくれるのだ。


「ふふん。その顔だと、なにかいい方法があるようだな」

「いや……その……まぁ」

「それは結構なことだが、にしてもその近接戦闘の弱さは気になるな」


 セレスタンは二度続けて陽一の背後を取っただけだが、その際の反応である程度彼の力量を見抜くことができたらしい。


「その弱さが原因で俺の可愛い孫娘が怪我でもしたら大変だ。よし、俺自ら稽古けいこをつけてやる」

「ええっ!?」

「なんだ、不服か?」

「いや、その……」


 不服というよりは怖いというべきか。

 孫を溺愛するセレスタンが、多少なりとも恨みのある陽一を鍛えるとした場合、どれほどかわかったのもではない。


「あの、俺が充分に強ければ、稽古は免除ってことになりませんかね?」

「ふむ。それをどうやって証明する? 俺を倒してみるか?」

「えっと……」


 言葉を濁しながら【鑑定+】を使ってセレスタンに勝てる方法を検索する。


《検索結果なし》


(はぁ!? まじかよ……。じゃあトコロテンみんなで連携すれば……)


《検索結果なし》


(……どんなバケモンだよこのじいさん)


「どうした? やるならいまから闘技場に行ってやってもいいぞ」

「いえ……その…………、稽古のほうよろしくお願いします」


 結局陽一は、力なくそう返事するしかなかった。


「よろしい。では……」


 そう言いながら、ギルドマスターは手帳を手に取り、ぺらぺらとめくり始めた。


「10日後、ここに来い。たっぷりかわいがってやるからな。はっは!」

「…………はい」


 満面の笑顔を浮かべるアラーナの祖父に対し、陽一はがっくりとうなだれ、囁くように返事をするのが精一杯だった。

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