第4話 ごあいさつ

「アラーナ! ヨーイチ! よく来た!!」


 領主の執務室にはいるや、野太い声が飛んでくる。

 声の主は無論、領主でありアラーナの父でもあるウィリアムだ。


「ご、ご無沙汰しております!!」


 相変わらずのいかつい容貌とごつい巨躯に腰が引けそうになった陽一だったが、なんとか踏みとどまって挨拶をした。


「おう! 前に会ってから半月ほどか? もっと顔を見せてくれてもよいのだがな、はっはっは!!」


 そう言いながら機嫌よさそうに陽一らの前に立ったウィリアムだが、目の奥が笑っていない……ように見えるのは気のせいだろうか。


「ところで父上、急に呼び出していったいなんの用ですか?」

「ん? なに、お前たちのパーティーに新たなメンバーが入ったと聞いたのでな。挨拶でも、と思ったのだ」


 ウィリアムの興味深げな視線がふたりを捉える。


「ああ、そうだったのですか。では紹介します。カリンとミサトです」


 アラーナから紹介された花梨と実里は、1歩前に出て軽く頭を下げた。


「はじめまして、本宮もとみや花梨といいます。本宮が姓、花梨が名です」

「あの、星川ほしかわ実里です。星川のほうが姓、ですね」


 花梨は少し緊張しつつも堂々と答え、実里はそれに追従するかたちをとった。


「ほほう。ということは、ヨーイチとは……?」

「はい。同郷です」


 花梨が答え、実里もそれを肯定するように無言でうなずいた。


「そうかそうか。ふむ、その格好を見る限り、カリンは弓士でミサトは魔道士かな?」

「はい。まだ初心者ではありますが」

「私も、まだまだ未熟ですが……」

「なんの。ふたりとも訓練を初めて日が浅いにも関わらず、かなりの腕前なのですよ」

「おう、それは頼もしいな!」


 と、会話の弾む4人の様子を、陽一は1歩離れて窺っていた。


 そして会話が一段落したところで、ウィリアムが陽一に視線を向ける。


「して、ヨーイチよ」

「は、はい」


 ウィリアムがぐいっと顔を近づけ、耳元で囁く。


「どの娘が本命なのだ?」

「う……」


 その言葉に、陽一は肝が冷えるような感覚を覚えた。

 とはいえ、この手の質問があることはあらかじめ覚悟していたので、取り乱すようなことはなかったが。


(しかし、どう答えれば……)


 やはり父親を目の前にしている以上、彼の娘であるアラーナを本命と答えるべきだろうか。

 そう思いながら、陽一はちらりと視線を動かし、3人を見た。


 ここで自分がアラーナが本命だと答えれば、ウィリアムは満足するだろうか?

 しかしそう答えたとき、花梨と実里はどう思うか?

 おそらく彼女らは不満を露わにするようなことはないだろう。


 花梨とは長いつき合いだから、陽一が方便でそう言ったのだと察してくれるだろうし、詳しい事情を知らないもののどうやら行き場のないらしい実里が自分のもとから離れることもあるまい。


 この場を丸く収めるのなら答えは決まったようなものだが……。


(いっそ【鑑定+】で…………、いや。やめとこう)


【鑑定+】を使えば、ウィリアムがどういった答えを求めているのか確認することは可能だろうが、それをやってはいけないような気がした。

 といって、この場を丸く収めるために嘘をつくのも違うだろう。


 結局のところ、陽一は正直な気持ちを述べることにした。

 その結果2~3発殴られたところで【健康体α】があるのだ。


「お、俺にとっては3人とも……、アラーナも、そして花梨と実里も大切な人です。誰が本命とか、そういうことはありません!!」


 その言葉を受け、ウィリアムは鋭い眼差しのまま陽一を見下ろしていた。


 視界の端でアラーナと実里がどこか嬉しそうに顔を赤らめるのが見えた。

 花梨だけは呆れたように肩をすくめていたが、口元に浮かぶ喜びは隠しきれないようだ。


 陽一の答えに3人が納得してくれたのなら、この厳ついおっさんがどう思おうが知ったことじゃない。

 気に食わないのなら殴れ! とでも言わんばかりに、陽一も強い意志のこもった視線をウィリアムに返した。


 すると、ウィリアムは口の端を大きく持ち上げて、にっこりと笑った。


「はっはっは!! そうかそうか!! いや、ヨーイチは見かけによらず男気があるのう!!」


 そう言って豪快に笑いながら、領主は陽一の背中をバンバンと叩いた。


「愛する女に優劣なんぞつけられんわなぁ」

「いや、まぁ、はは……」

「ちょっと、父上、愛するって……」


 よくよく考えればこのウィリアムも複数の妻をめとっているのだ。

 いかにアラーナの相手とはいえ、娘に手を出しておきながらほかの女にまで手を伸ばすとはけしからん!! などとは言えないのだろう。


「顔も違えば性格も違う。ひとりひとり異なる魅力があるわけだしな。それに――」


 そこで言葉を切ったウィリアムは再び陽一に顔を近づけ、声のトーンを下げた。


「――あちらの具合もな?」


 そう言って領主は笑顔のまま陽一に片目をつむるのだった。


○●○●


「結局顔見せだけだったのか」


 陽一とアラーナの関係を察していたウィリアムが、花梨、実里という新たな女性をメンバーに加えたことを知ってパーティー全員を呼び出した。

 となれば、女性関係のことでなにかしら詰問を受け、下手をすれば数発は殴られるのではないかと覚悟していた陽一だったが、結局のところ軽く談笑して解散となった。


 一夫多妻制が当たり前のように周知されている社会では、貞操観念などの常識が日本とは根本的に異なるのかもしれない。


 肩透かしを食らったような気分ではあるが、大事に至らずほっと胸をなでおろす陽一だった。


「では依頼達成の報告をしに、冒険者ギルドへ行こうか」


 領主の館を辞した4人は、アラーナの提案に従って冒険者ギルドへと足を運んだ。


 あたりはすっかり暗くなっていたが、ここからが本番とばかりにギルドの酒場では多くの人が酒や食事を楽しんでいた。


「いらっしゃいませ、依頼達成の報告ですね……。(ちょっとちょっとぉ! アラーナちゃんというものがありながら、新しい女ふたりも引き連れてるってどういうことよー? ひとりは年増っぽいけど……でもなんだか大人の余裕が色香になってにじみ出てるじゃないのよ!! とっても気の利きそうなお姉さんふうで、愚痴とか聞いてくれそうなむしろ私が仲よくしてほしい感じの人じゃないのー!! もうひとりはメガネの地味な娘……地味な……地味? いやいやいやいや、よく見れば清楚で可憐な美人さんじゃないのよー!! いったいどこで引っかけてきたの? っていうかこんなおっさんのどこがいいのよ? おねーさんに教えなさいよー!!)……はい、確かに承りました」


 手続きを行なったのは陽一の冒険者登録を担当した受付嬢であり、あいかわらず胸中のことなど一切表情に出さず淡々と業務を遂行した。


 納品の結果、花梨と実里はFランクに昇格することが決まった。

 今日の成果の大半は彼女らのものであり、それを正確に評価すればさらにもう1ランクアップする可能性もあるが、パーティーを組んでいる場合、依頼達成や魔物納品の評価はメンバー間で等分されるのだ。

 それでも1ランクアップするのだから、なかなかのものである。


 先日陽一のランクアップに合わせて一度Eランクに上がっていたトコロテンのパーティーランクだが、花梨と実里が加入した時点で再度Gランクに戻っていた。

 それが今回の実里のランクアップを受けてパーティーランクもFとなる。

 とはいえ、陽一とアラーナが出会った頃に彼女が受けた調査依頼ならともかく、単にジャナの森へ入って魔物を倒すだけならランク制限もないので、いまのところパーティーランクを気にする必要は特にないのだが。


「じゃ、帰ろっか」

「お待ち下さい」


 陽一が受付に背を向けたところで、奥から女性職員が現われ、呼び止められる。


「ギルドマスターがお呼びです」


 職員に案内され、4人はギルドマスターの執務室に通された。


「アラーナちゃん、会いたかったよぉー!! おじいちゃん寂しくて死にそうだったよー!!」

「……ギルドマスター、先日会ったばかりですよね?」

「もー! なんでそんな他人行儀なのさぁ!!」


 と、前回と同じような祖父と孫娘のやり取りを終え、簡単な自己紹介を終える。


「オルタンスから聞いている。特にミサトはなかなか優秀な魔道士らしいじゃないか。それにカリンも見どころはありそうだな」


 アラーナの祖父であり、冒険者ギルドメイルグラード支部のギルドマスターでもあるセレスタンは、先ほどとはうって変わって紳士的な口調で花梨と実里に話しかける。


「ご期待に添えるよう頑張ります」

「あの、まだまだ未熟者ですが……」

「うむ。これからもアラーナちゃんと仲よくしてやってくれ」


 その後、短いながらも穏やかな談笑を終え、その場は解散となった。


「ではお祖父じいさま、また」

「今後ともご指導のほど、よろしくおねがいします」

「えっと、これからもよろしくお願いします」

「うん、アラーナちゃんまたねー!!」

「では、俺もこれで――」

「いや、ヨーイチは残れ」

「え?」


 アラーナと実里に続いて執務室を出ようとした陽一だったが、セレスタンに呼び止められてしまう。


「む、お祖父さま、ヨーイチ殿になにか?」

「いや、男同士で少し話したいことがあってな。すぐ終わる」

「そうですか。ではヨーイチ殿、先に宿へ戻っているぞ?」

「あ、うん。わかった」


 陽一の返事を受け、アラーナと実里は執務室を出ていった。


「ふふ、面白いおじいちゃんだね?」「ほんとほんとー」「む、そうか? ちょっと疲れるのだが……」


 という3人の会話を耳に残しつつ、陽一はセレスタンのほうに向き直る。

 彼はいつの間にかデスクに座り、書類作業を再開していた。


「で、だれが本命なんだ?」


 書類に視線を落としたまま、セレスタンが尋ねる。

 ひとり残され、男同士で話があるといわれて少し緊張していたが、ある程度予想していた内容だったので少し呼吸を整えるだけで気分は落ち着いてきた。

 先にウィリアムと話していたというのもよかったのかもしれない。


「3人とも俺にとっては大切な存在です。だれが1番とか、順番はつけられません」


 2回目ともなれば慣れたものである。

 陽一は臆することなく堂々と答えた。


「はっはっは。なるほど、〝愛多き男〟だな」

「いやぁ、はは……」


 陽一は照れたようにそうつぶやき、うつむき加減にポリポリと頭をかいた。


 そのとき、一瞬だけ視線がデスクから逸れた。


 そして視線を戻したとき、デスクにギルドマスターの姿はなく――、


墓碑銘ぼひめいはそれでいいか?」


 ――背後から冷たく囁く声が聞こえたのだった。

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