第2話 トコロテン、始動!

 陽一ら4人はメイルグラードからジャナの森へと向かう馬車に乗っていた。


 アラーナとふたりで始めたトコロテンというパーティーだが、結成から活動しないままいろいろあり、花梨と実里を加えてようやく活動開始を迎える。


「ジャナの森まではどうやって行く? 車だそうか?」

「うむ。そうしてもらえると助か――」

「えー、せっかくだから異世界らしいことしたいんだけど?」

「あの、私もそのほうが……。普通は森までどうやって行くの?」

「ふむう……、普通は無料の乗合馬車を使うのだが……」

「じゃ、それでー!」


 というやりとりを経て、トコロテンの4人はいま現在冒険者ギルドが用意した乗合馬車に揺られているのだった。


 この馬車は先日アラーナと同乗した調査団のものとは異なり、冒険者ギルドが用意した安い馬車である。

 広さだけはそれなりにあるが、振動軽減の効果は申し訳程度にしか付与されていないため乗り心地はあまりよくない。


 それでも4人が酔わずに平然としていられるのは、【健康体α(β)】のおかげだろう。



 メイルグラードからジャナの森まで歩けばまる一日はかかるのだが、馬車を使えば数時間で到達できる。

 なのでこの乗合馬車は、調査団のように特別な依頼をこなす者以外、森に向かうほとんどの冒険者が利用していた。


 早朝に出れば日帰りも可能だし、森で野営して、翌日かあるいは数日後に馬車を拾って帰るという場合もある。

 早朝の馬車に乗った陽一らだが、今日のところは日帰りの予定だ。


 出発は時間制ではなく、乗員がある程度集まった時点で順番に出発するという方式であり、1台につき十数名は乗れるようになっている。

 つまりこの馬車にはトコロテンの4名以外に、10名ほどの同業者が相乗りしているということになるのだ。


(うぅ……視線が痛い……)


 メイルグラードにおけるアラーナの人気はすさまじいものがあり、アイドル級といってもいい。

 そのアラーナと陽一とがパーティーを組んだことも、町ではすでに有名な話である。

 さらに、英雄の卵と目されていた赤い閃光のグラーフを、陽一が完膚かんぷなきまでに叩きのめしたこともまた語りぐさとなっている。


 なので陽一とアラーナが一緒に行動することに関しては、気に食わないけれども文句はない、というところだろう。


 しかしそこに別の女性が、しかもふたり加わっているのはどういうことか?

 お前はいったい何様のつもりなのだ?

 ハーレム野郎か?

 グラーフの再来か?

 うらやまけしからんぞコノヤロー!!


 というのが、同乗した冒険者たちの最大公約数的な見解といったところか。


 あのグラーフを辺境から追い出した――陽一にそんなつもりはないのだが――男であるから、下手に手出しはできないし、なによりアラーナの機嫌を損ねるのも怖い。

 それに、グラーフに手も足も出させず完膚なきまでに叩きのめした陽一と、辺境では知らぬ者のないトップレベルの冒険者である姫騎士アラーナに同行する謎の女性たちの実力も未知数である。


 むかつくからといって下手に手を出せばグラーフの二の舞い――下手をすれば現実リアルで肉片にされるのも怖いので、結局のところ冒険者たちは剣呑な視線を陽一に向けるというところで我慢しているのだった。


 そんな視線を向けられる陽一はたまったものではないが。


(……車、買おう)


 先日日本で購入し、先ほど出そうとしていた自動車は、一応SUVではあるものの町乗りを前提にしたものだ。

 多少の悪路は走破できても岩石砂漠を越えるのは難しいだろうと、ほかの冒険者の視線を受け流すために窓の外に広がる景色に目を向けながら、そんなことを考えていた。


(シャーロットに相談するか)


 彼女のいるカジノの町は岩石砂漠に囲まれているので、周辺の砂漠を走るのに適した車であれば、辺境の荒野を走ることもできるだろう。


○●○●


 ゴブリンの首がころりと落ちる。

 少し遅れて、頭部を失った身体がドサリと音を立てて倒れた。


「お見事」


 アラーナが呟く。


「……私が、やった……?」


 自らが放った風の刃でゴブリンの首を落としたことをうまく実感できないのか、実里はアラーナと陽一を交互に見た。


「ゲギギッ!?」「グギャグギャァ!」

「油断するなっ! まだ終わってないぞっ!!」


 森に到着後すぐにトコロテンはほかのパーティーと離れて森の中を探索しており、5匹の群れで現われたゴブリンとの戦闘に突入していた。

 現在1匹だけを倒した状態であり、残り4匹は健在である。


 突然仲間の首を落とされたことにうろたえていたゴブリンだったが、すぐに立ち直ると実里に敵意のある視線を向けながらわめき始めた。


「え……あ……」


 魔物相手とはいえ、生き物の命をあまりにもあっさりと奪ってしまったことに戸惑いを覚えたのか、実里は救いを求めるような視線を陽一とアラーナに送った。

 そうこうしているうちにゴブリンたちが駆け寄ってくる。


「任せてっ!!」


 実里の隣でコンパウンドボウを構えていた花梨が矢を放ち、その先にいたゴブリンの眉間にトツッと刺さった。

 それと同時に二の矢をつがえる。


「くっ……!」


 続けて放たれた矢は別の個体のこめかみをかすめたが、小さな傷を作るにとどまった。


 花梨もまた、魔物とはいえ命を奪ったことに少なからず動揺し、手元が狂ってしまったようだ。


「ゲギギー!」「ギャギャッ! ギャギャッ!」「ギギィーッ!!」


 生き残った3匹のゴブリンがふたりに迫る

 アラーナが花梨と実里の前に立ちはだかり、身構えると同時に、バンバンと銃声が2回鳴った。


 2匹のゴブリンが眉間から血を流しながら倒れる。


 その直後、アラーナの投げた斧槍が残り1匹のゴブリンを切り裂き、敵の群れは全滅した。


「花梨、実里、大丈夫か?」

「え、ええ……。大丈夫」


 陽一の問いかけに花梨は少し弱々しく答えたが、実里はぼんやりとゴブリンの死骸を見続けていた。


 顔は青ざめ、徐々に呼吸が荒くなってくる。


 ちらりと視線を動かせば、花梨は陽一に心配をかけまいとしているのか薄く笑みを浮かべていたが、口元がわずかに震え、やはり顔色が悪く、呼吸も乱れていた。


 そんな花梨と実里を黙って見ていられなくなった陽一は、ふたりをまとめて抱き寄せた。


「あぅ……」「あっ……」


 最初は戸惑っていたふたりだったが、ほどなく陽一の身体に腕を回し、それぞれ強く抱きついた。


「大丈夫、落ち着くまでこうしてるから」

「あ……うぅ……ふぅ……ふぅ……」


 なにか言おうとした実里だったが、思うように声が出ず、結局無言のまま陽一の胸に顔を埋める。


「ごめ……ありが……と……」


 花梨はなんとか言葉を口にできたが、そこまで言って口を閉じ、陽一にしがみついた。

 アラーナは周辺を警戒しつつ、3人の様子を穏やかな表情で見ていた。


(そういや俺も、最初はそうだったよな)


 ゴブリンのような人型の魔物を殺したとき、多くの人はそれなりにショックを受ける。

 ほとんどの者は数日で立ち直るのだが、なかにはそのまま立ち直れずに冒険者をやめてしまう者もいるくらいだ。


 実里の場合、敵が現われたのでなんとなく魔術を放ち、あっさりと殺してしまったわけだが、人型の生物の首が落ちるというのはなかなかにショッキングなシーンである。

 あまり深く考えずに取った行動が、殺人とまではいかないがそれに近い結果を出してしまい、そのことに心の処理が追いつかなくなってしまったのだろう。


 花梨は先日カジノの町で悪漢を相手にしていたので、自分は大丈夫だという油断が少しあった。

 しかしあのときはあくまで動きを封じるために肩や脚を射抜いただけで、命までは奪っていない。

 そして自身の放った矢が人型の生物の命を奪うという光景は、予想以上にショッキングなものだった。


 軽いパニック症状を起こしてしまった花梨と実里だったが、幸い彼女たちには【健康体β】がある。

 陽一に抱きしめられ、彼の存在を身近に感じながら呼吸を整えていくうちに、心の乱れは徐々に治まっていった。


「ありがと……。もう、大丈夫」

「あの……、私も、もう、大丈夫です。ごめんなさい……」


 ふたりが離れようとしたため、陽一は腕をほどいた。


「べつに謝るようなことじゃないから。で、どうする? 今日はもうやめとく?」

「うむ。べつに急いで魔物を狩る必要もないからな。無理をする必要はないぞ?」


 陽一とアラーナの言葉に、花梨と実里は同時に首を横に振った。


「もう平気だよ、だぶん」

「私も、大丈夫です」


 花梨と実里の表情から特に問題はないと判断した陽一とアラーナは、ふたりを連れて狩りを再開することにした。


 その後、陽一が【鑑定+】を使いながら効率的に魔物を探し当てることで、狩りは順調に続いた。


 おなじみのスピアラビットやフォレストハウンド、そしてゴブリンを筆頭にコボルトやオークといった人型の魔物を次々に倒していく。


 今回は花梨と実里の訓練を主目的としているので、まずはふたりが弓矢と魔術で先制し、討ち漏らしたものを陽一とアラーナで倒していく、というのが基本戦術となった。


 ゴブリンで慣れたおかげか、獣型の魔物を倒すぶんには特に問題はなく、人型の魔物に関しても、最初ほど心を乱すことはなくなった。

 そしてふたりとも数時間後にはなんのためらいもなく魔物を狩れるようになっていたのだった。


 それどころか、魔物を倒すごとに精神が高揚し、最初のほうとは別の意味で息が荒くなってくるのをふたりは感じていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る