第20話 ドレスを乱して…… 花梨編

「あら、どしたの、ふたり一緒に」


 カジノに戻ると、ほどなく花梨と遭遇した。


「あのね、花梨。私、さっきまで陽一さんと部屋で休んでたの」

「へぇ、陽一と、部屋でねぇ……」


 実里の言葉に、花梨は意味ありげな視線をふたりに向ける。


「花梨もちょっと疲れたんじゃない?」


 そして実里もまた、なにやら意味ありげな口調で花梨にそう告げた。


「んふ、そうね。ちょっと疲れちゃったかも」


 そう言うと花梨は軽やかなステップで陽一に近づき、腕を絡めた。


「悪いけどぉ……部屋まで連れてって?」

「あー、でもなぁ」


 花梨の意図はわかっているし、ぜひともそれに乗りたい陽一だが、ひとつ心配ごとがあった。


 彼の視線の先には、ブラックジャックのテーブルでゲームに興じるアラーナの姿があった。


「うふふ、ルール覚えたらハマっちゃってね」


 陽一がなんともいえない表情でアラーナを見ていることに気づいた花梨が、軽く補足する。


 最初はスロット、次は比較的ルールの簡単なバカラに興じていたアラーナは、少しルールの複雑なブラックジャックを覚えたらしい。


(いや、ハマってるとかそういうレベルじゃなくね……?)


 ブラックジャックのテーブルでカードと睨み合っているアラーナの姿に、陽一は呆れを通り越してある種のおそれを抱いてしまう。


 スロットをやっていたときは、負けていても元気にキャッキャとはしゃいでいる様子だった。


 バカラに興じるアラーナの姿を陽一は直接見ておらず、後日花梨から聞いて知ったのだが、彼女は目を血走らせて一喜一憂――勝敗の割合でいえば一喜三憂くらいだが――していたらしい。


 そしていま、ブラックジャックのプレイヤーと化した姫騎士は、目の下に濃いくまを作り、どんよりとした黒いオーラをまとっているように見えた。

 きらびやかであるはずの青いドレスがまるで喪服のようだ。


「大丈夫ですよ。花梨から簡単な英単語は教わりましたから」


 さきほどから心配げにアラーナを見る陽一の意図を少しはき違えたのか、実里がそう告げてきた。


「んー、それもやっぱ心配だよなぁ」


 アラーナのギャンブル癖に関してはもう手遅れな気がするのでそこは置いておくとしても、陽一と花梨が抜けたあとに残されるふたりがまともに英語をしゃべれないのはやはり心配である。


 意思疎通の魔道具で相手が喋っていることは理解できるので、簡単な英単語を返せるだけでもそれなりに会話は成立するだろうが、だからといって安心できるというほどでもない。


「なにかお困りごとでもありまして?」


 そこへ、似合わない制服を着たシャーロットが現われた。


「ふふーん、なるほど……」


 そしてシャーロットは、困った様子の陽一に絡みつく花梨と、少しだけ不安げな実里、ゲームに興じるアラーナの姿から、なんとなく事情を察したようだ。


「おねえちゃんたちのことは、シャーリィにまかせてくれていいんだよ?」


 シャーロットは陽一の耳元に顔を近づけ、少し幼い口調でそう囁くと、にっこり微笑んでウィンクをした。

 意思疎通の魔道具を持つシャーロットであれば、実里やアラーナとも会話できるし、なによりここのスタッフとしてふたりのそばにいてくれるというのはなんとも心強い。


「そっか、じゃ頼むね」

「ありがと、シャーリィ」


 陽一と花梨はシャーロットの好意に甘えることにし、軽く礼を述べてその場をあとにした。 


○●○●


「なぁ、そういえばそのドレス、めちゃくちゃスリット深いけど、パンツってどうなってんの?」


 部屋に向かうべくエレベーターに乗った陽一と花梨だったが、階が上がるごとに乗客が減り、いまは狭い空間にふたりだけとなっていた。

 陽一が気にしているドレスのスリットだが、腰骨のあたりまで入っているにも関わらずショーツの生地や紐が見えないのだ。


「これ? んふ、気になる?」

「お、おう。結構気になるかも」

「じゃ見せたげる。ほい」


 花梨はからかうようにそう言うと、ちらりと前垂れをめくり、すぐに戻した。

 前垂れの下の股間部分は、肌色一色だった。


「……ノーパン?」

「んなわけないでしょうがっ!」


 陽一のアホな回答に、花梨はペシッと軽く彼の頭をはたいた。


「えー、じゃあよく見えなかったからも1回」

「だ、だめよ……。よく考えたら、エレベーターってカメラ回ってるでしょ?」

「んーだったら……」


 そこで陽一は【鑑定+】でカメラの位置を特定し、花梨が死角になるよう彼自身の身体で遮った。


「これで大丈夫」

「あのさ、部屋に入ってからでも……」

「だーめ。中途半端に見せた花梨が悪い」

「んもう……しょうがないわねぇ」


 恥ずかしげに頬を染めながらも、まんざらでもない口調でそう答えた花梨は、さっきよりもゆっくりと前垂れをめくった。


「……ねぇ、もういいでしょ?」

「んー、どうなってんのこれ?」

「は……貼ってるのよぅ」

「貼る? ペタって?」

「そうよっ! わかったならもういいでしょっ!!」


 そこまで言うと、花梨は急いで前垂れを戻した。


 彼女が身に着けているのは、今回のように深いスリットが入ったドレスや薄い生地の衣装を着たときに、下着のラインが見えないようにするための特殊なショーツだった。


「それって、剃ってるの?」

「そういうこと訊く?」

「だって、気になるし……」

「うー、しょうがないわねぇ……」

「で、剃ってんの?」

「はみ出るとこだけ、ね。上からでもちゃんと貼れるし、剥がしてもそんなに痛くないやつだから」

「へぇー、そうなんだ」


 それを最後に、微妙な空気のままエレベーター内は沈黙に包まれた。

 そしてあと少しで目的の階に着こうかというとき、陽一がおもむろに口を開く。


「なぁ、花梨」

「……なによ?」

「ちょっとぬ――」

「うっさいわねっ!!」


 花梨が陽一の頭を叩くとの同時に、エレベーターの扉が開いた。


「さっさと部屋に入るわよっ」

「へいへい」


 少し不機嫌そうに前を歩く花梨の尻を、陽一は凝視した。


(ほんとに下着のライン見えないな……)


 ドレスの背たれを揺らしながら歩く花梨の尻を見ながら、陽一がそんなことを考えていると、ふたりは部屋にたどり着いた。


 開いたドアから奥の寝室に向かって歩き出した陽一だったが、すぐに腕をつかまれて引っぱられた。


「え? ちょ、花梨!?」


 そして花梨は閉じたドアに背を預けたまま陽一を振り向かせると、襟首をつかんでさらに引き寄せ、そのまま唇を奪った。

 花梨はしばらく陽一の唇を吸ったあと、襟をつかんだ手を押し出して、陽一を引き離した。


「ふぅ……。どうしたんだよ、いきなり」

「……してよ」

「え?」

「あんたがエレベーターで変なことさせるから、その気になっちゃったの!! だからここですぐにしてよぉっ!!」


 両手で襟をつかんだまま、花梨が懇願する。

 最初に見せてきたのは花梨だったはずだが、そこは突っ込んでもしょうがないだろう。


「そんなにしたいの?」

「おねがい……」

「ふふ、どうしよっかなぁ……」


 先ほど実里としたおかげか、陽一の頭は少し冷静だった。


(さっきは全部着たままだったけど、今回もってのは芸がないよな)


 陽一はドレスの右胸上部にあるチャイナボタンに手をかけ、丁寧に外していった。


「あぁん、なんでそこ外すのよぉ……」


 抗議の声を上げながらも、花梨は抵抗するそぶりも見せず、陽一の襟をつかんでいた手も離し、ドアもたれたままだらりと両腕をおろした。

 そしてチャイナボタンを外されたドレスがはらりとめくれ、下着に包まれた右胸だけが露わになった。


「ブラジャーは普通のなんだ」


 下が貼るタイプのショーツだったので、てっきり上も特殊な下着を身に着けているのかと思ったが、特に装飾のないシンプルなブラジャーだった。


 ただ、ドレスがノースリーブなので、肩紐のないストラップレスのブラジャーだったが。


「だって、胸の形は、ちゃんとしとかないと」


 花梨は恥ずかしげに視線をそらしながら、そう答えた。

 たしかにブラジャーで形を補正しておいたほうが、ドレスを着たときの見映えはいいのかもしれない。

 そんなこと考えながら、陽一はめくれたドレスのあいだから手を入れ、片手で器用にホックを外すと、するりとブラジャーを取り去った。


 それから陽一と陽一は、立ったまました。

 そのせいで、うっかり床を汚してしまう。


(あー、カーペットはまずいなぁ……)


 ソファやベッドであれば【無限収納+】に収めて汚れを分離できるが、カーペットはそういうわけにもいかない。

 あるいは収納までならできるかもしれないが、取り出したあと敷き直すのが困難だろう。


(あとでエドさんに謝ろう)


 そう心の中で呟き、陽一はがっくりと肩を落とすのだった。

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