第21話 ドレスを乱して…… アラーナ編

 花梨とともにカジノへ戻ると、アラーナは相変わらずブラックジャックのテーブルにかじりついていた。

 そしてディーラ席にはシャーロットが立っている。


 よくみれば、プレイヤー席にはアラーナと実里しかいなかった。


「ヒット……あーバーストしちゃった」

「ヒット……よしっ! ここでステイだ!」

「あら、よろしいんですの?」

「うむ。18であれば悪くない手だからな」


 シャーロットは伏せられていた1枚のカード裏返す。


「16ですから、ヒットですわね……あら? うふふ、わたくしの勝ちですわ」


 ディーラーは手が16以下の場合、必ずヒット――カードを1枚引くこと――しなくてはならない。

 そしてシャーロットが引いたカードは3。

 18対19でディーラーの勝ちということになる。



「馬鹿なっ!!」

「ふふ。あなたがこれを引いていれば、21でしたのに……」

「そんなぁ……」


 ブラックジャックでは配られるカードの順番は決まっているので、仮にシャーロットが最後に引いた3をアラーナが引いていれば、高い確率で勝てていただろうし、最悪でも引き分けプッシュに持ち込めていたはずだ。

 そのことを知ったアラーナは、がっくりと肩を落とした。


「や、アラーナ。楽しんでるかい?」


 陽一が声をかけると、アラーナは眉尻を下げて泣きそうな顔になり、陽一に抱きついた。


「うおっと」


 胸元が大きく開いたドレスに半分ほどしか覆われていない大きな乳房が、ふたりの身体に挟まれてむにゅりと形を変える。


「ううー、ヨーイチ殿ぉ! シャーロットが私をいじめるんだぁ」


 普段のアラーナからは想像もつかない甘えっぷりに軽くとまどいながら、陽一はよしよしと彼女の頭を撫でてやった。

 よっぽど手ひどくやらたのだろうか。


「おーよしよし、かわいそうに。シャーロットも、ちょっとは手加減してやってよ」

「あら、言いがかりもはなはだしいですわね。ブラックジャックのディーラーはルールに従って粛々しゅくしゅくとゲームを進めるだけですのに……」


 シャーロットはそう言って肩をすくめる。

 彼女の言うとおり、ブラックジャックのディーラーは手が17を超えるまでひたすらヒットを続け、17を超えた時点で必ずステイしなくてはならないというルールがある。

 つまり、誰がディーラーをやっても同じなのだ。

 カードの順番だけを取れば。


「うぅ……すまない……。トコロテンの、大事な資金を……」

「えっと、どれくらい負けたの?」

「ご覧のとおりですわ」

「げっ……」


 シャーロットが示した先には、チップが山積みになっていた。


「本当に、すまない……」


 心底申し訳なさそうに謝るアラーナだったが、よく見れば積み上げられたチップはどれも低額のものばかりだった。


 シャーロットに視線を移すと、彼女は軽く舌を出してウィンクした。

 どうやら賭けごとに弱すぎるアラーナが大損しないよう、うまく気を回してくれたらしい。


「アラーナ、大丈夫。大したことないから」

「でも……」


 実際大した金額にはなってないのだが、ここでそれを伝えるとまた調子に乗ってゲームを再開するかもしれない。

 それに実里、花梨とした以上、ドレス姿のアラーナとだけしない、という選択肢はないのだ。


「じゃあ、ちょっと部屋で休んで頭冷やそうか」

「うん、わかった……」


 いまだ大損してしまったと思いこんでいるアラーナは、しおらしく陽一についてくるのだった。


○●○●


 部屋に戻ったあと、アラーナは先ほどよりも沈んだ様子で肩を落とし、背中を丸めてソファに腰かけていた。

 にぎやかなカジノで周りに仲間がいるときは、なんとなく雰囲気に任せて甘えることができたが、陽一とふたりきりになってしまったことでいたたまれなくなったようだ。


「アラーナ、元気出せって」

「でも……。今回資金を調達するのに、危険を伴ったというではないか」

「まぁ、多少は」


 一応陽一はギャングとの取引で起こった出来事を、アラーナたち女性陣に説明していた。


「我々が軽はずみに連絡をしようとしたから……」

「いや、あれに関しては最初っからスマホの電源切ってなかった俺も悪いし」

「しかし、そのせいで危険な目にあったのだろう? そうまでして手に入れた資金を、私は……」


 さらにアラーナの表情が沈む。


「んー、だったらさぁ」


 少し呆れたような表情を浮かべた陽一が、おもむろに口を開く。


「身体で返してよ」


 陽一はアラーナの目を見て、きっぱりとそう告げた。


「身体で……?」

「そう。っていうか、そのドレスヤバいんだよね」

「ヤバい? なにがだ」


 そう言って軽く首を傾げただけなのに、上半分が露出したアラーナの胸がぷるんと揺れる。


「いや、その胸のところとかさ、こう……視線が釘づけになるというか……」

「そうか? パーティーではこういったドレスをよく着るから、特におかしいとは思わんが……」

「だったらいつも男どもの視線を集めまくってるんじゃないのか?」

「ん? 男というのは、女の胸を見るのが普通だと、父上は言っていたが?」

「いや、まぁ、それはそうなんだけど……」

「それに、胸なら鎧姿でも見られているからな。特に不快に思ったことはないが」

「あー、なるほど」


 アラーナのように大きな胸の持ち主は、どんな格好をしても男の視線を集めてしまうものだ。

 若い頃から人前へ出るのに慣れている貴族の娘であれば、見られること対する羞恥心が薄れてしまうのも無理はないのかもしれない。


「しっかし、それ、よくこぼれないよな」

「これか?」


 そこでアラーナは下から胸を押し上げると、柔らかい乳房がゆさりと揺れ、その光景に陽一は思わずつばを飲み込んだ。


「コルセットでしっかりと支えているからな。ちょっと動いたくらいでは外れないようになっているのだ」

「なるほどねぇ……」


 感心したように呟いたあと、陽一は窺うような視線をアラーナに向けた。


「あの、さ……これ」

「うん?」

「めくっても、いいかな?」

「え? いや、それは……その……ヨーイチ殿が、そうしたいなら」


 アラーナの呟きは消え入りそうなほど小さかったが、背筋を伸ばして胸を張り、陽一の方に身体を向けた。


「じゃ、じゃあ、失礼します」

 陽一は両方の乳房を覆う生地をつまみ、ペロンとめくる。


「あ、意外とあっさり」

「それは、手でめくれば、そうなるに決まってる……」


 頬を赤く染めたアラーナが、恥ずかしげに視線をそらして小さく呟いた。


「やっぱ、ヤバいな……」


 コルセットで支えられているからか、胸はいつもより少し大きく、そして上向きに見えた。

 羞恥心のせいか、胸元もほんのりと赤くなっていた。


「ヨ、ヨーイチ殿……?」

「ん?」

「さすがに、その……この状態でまじまじと見られると……恥ずかしい……」

「あれぇ? 反省の色が薄いのかなぁ?」

「へ? あ、いや、これは、その……」


 ここにきてようやく"身体で返す"という言葉の意味を悟ったアラーナは、しばらくあたふたとしたあと、ずいっと胸を強調した。


「そ、そういうことなら、好きにしてくれて……かまわん……あっ……!」


 それから陽一は、主にアラーナの豊かな胸を上手く使って負債を返してもらった。


「んぅ……どう、かな? ちゃんと、身体で、返せた……かな?」

「ああ、大満足だよ」


 恍惚とした顔を向けられた陽一は、そう言って嬉しそうに微笑んだ。


○●○●


 アラーナとしばらく部屋で休憩したあと、陽一は彼女を連れてふたたびカジノに戻った。


「あら、おかえりなさいませ」


 花梨と実里は先ほどと同じブラックジャックのテーブルに座っていたが、陽一らに背を向けていたため、ディーラとして立っていたシャーロットが先に気づいた。


「あら、おかえりなさい」

「おつかれさまです」


 シャーロットの声で花梨と実里も陽一らに気づく。


「ってか、なにやってんの?」

「ブラックジャックでは……ないようだな」


 ブラックジャックのテーブルに座る花梨と実里、そしてディーラー席に立つシャーロットは、数枚のトランプを相手から見えないように持ち、向かい合っていた。


「オールドメイドの日本版、ですわね」


 オールドメイドとはポピュラーなトランプゲームのひとつである。

 クイーンを1枚抜いた51枚のカードをプレイヤーに配り、同じ数字を2枚ひと組で捨てていく。

 最後に1枚残ったクイーンを持っていたものが負け、というものだ。

 そのオールドメイドの日本版というのは、ルールを少し改変し、クイーンを抜かない代わりにジョーカーを1枚加えるというものだった。


「なるほど、ババ抜きね」


 アラーナにルールを説明し、陽一も加わって5人でババ抜きをすることになった。


 ババ抜きでは自分がジョーカーを持ったときにそれを相手に悟らせないこと、つまりポーカーフェイスが重要になってくる。

 その点、普段から表情があまり動かない実里は強敵であり、表情を自由自在に偽って真意を悟らせないシャーロットもまた強者であった。


【鑑定+】を使えば陽一が最強なのだろうが、さすがに仲間内でのゲームに使うようなことはしない。

 なので、結構考えが表情に出やすい陽一はそれほど強くなく、花梨もどっこいどっこいといったところだ。


 そして圧倒的な弱さを誇ったのがアラーナである。


「っ……?」


 アラーナの眉がピクリと動く。

 始めてから数ゲームで、アラーナはすっかりババ抜きの虜になってしまった。

 カード運や席順の影響でジョーカーが回ってこなければ負けることのないアラーナだったが、ジョーカーを持てばほぼ全敗だった。


 いまは花梨とアラーナのみが残っており、花梨の手には1枚、アラーナの手には2枚のカードが持たれていた。


「うふふ……こっちね」


 一方のカードに指をかけた瞬間、アラーナが反応したため、花梨は他方のカードを選んで取った。


「よっし! あがりぃっ!!」

「なぜだぁっ!?」


 1枚残されたジョーカーをテーブルに落とし、アラーナはテーブルに突っ伏した。


「ふふーん。アラーナってばわかりやす過ぎー!」


 その言葉にガバッと身体を起こしたアラーナは、目尻に涙を溜めて花梨に詰め寄った。


「そんなはずはない!! さっきのはちゃんと"ぽぉかぁふぇいす"ができていたはずだ!!」

「えー、どうかしらねー?」


 さしてポーカーフェイスが得意でもない花梨がアラーナをからかっていると、シャーロットが口元を手で押さえ、ディーラー席からふたりを見下ろしながら笑みを浮かべた。


「ま、わたくしから見ればふたりともダメダメですわね」

「「むぅ……」」


 その敏腕諜報員の言葉にふたり揃って肩を落とした。


「アラーナはね、なにかあると眉がピクって動くの」


 実里の言葉を受けたアラーナの眉がわずかに上がる。


「ほら、いまも」

「むぅー! 眉かぁー!! おのれぇ……!!」


 実里に指摘されたアラーナは、自身の眉尻を指で押さえてグリグリとほぐし始め、それを見たほかの女性達がケタケタと笑う。


(ったく、ここまで来てなにやってんだか……)


 世界屈指のカジノの町でババ抜きに興じる女性たちに呆れ、陽一はため息をついた。


 最高峰の設備に最高峰のスタッフ。


 さまざまな種類のゲームだけでなく、超一流のショー、そして最高の料理や酒なども楽しめる。


 そんな町にきたにもかかわらず、トコロテンのメンバーは小さなブラックジャックのテーブルを囲み、わけありのスタッフとともにババ抜きをしていた。


 それでも楽しそうにしている女性たちの光景に、陽一は呆れながらも思わず笑みをこぼすのだった。

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