第18話 ドナのお礼

 少し時間をさかのぼり、特殊戦闘部隊が突入した直後のこと。


 陽一はアジトのシャッターが開いたあと、突入する特殊戦闘部隊の隊員と入れ替わるように外へ出ていた。

 隊員たちは事前になにか言い含められていたようで、数名が陽一へと視線を向けたものの、特になにもせずアジトの制圧に向かっていった。


「おつかれさまでした。なかなかの手際でしたわね」


 倉庫に出た陽一の傍らには、いつの間にかシャーロットが立っていた。


「ま、俺はほとんどなにもしてないけどね」

「ふふ。では今回、手柄はあの捜査官のものということでよろしいのね?」


 シャーロットの視線を陽一が追う。

 その先には、グローヴァー隊員と話しているドナの姿があった。


「ああ。俺たちはあんまり目立ちたくないから。悪いね、手間かけさせて」

「いいえ。おかげで人身売買組織の拠点をひとつ潰せましたわ。一部とはいえ人質も救出できたようですし。組織の末端とはいえこういう集団がおりますと、町の評判に関わりますから」


 どうやら、すでにこの時点で人さらい集団が国際的な人身売買組織の一部であることは突き止めていたらしい。


「そっか。じゃあこっちの情報を隠してくれるってことで、貸し借りはなし?」

「ですわね」


 そこで陽一は、懐から数枚の紙束を取り出し、シャーロットに差し出した。


「じゃあこれで貸しひとつになる?」

「これは……」


 そこにはこの人さらい集団の大元である巨大な組織の全容が記載されていた。

 中にはホテルやカジノ、ツーリスト内の協力者や、市警、連邦警察の裏切り者までピックアップされている。


「まさか……、これは人身売買組織の……?」


 世界各国にまたがって暗躍する、国際的な人身売買組織の全容が、そこには記載されていた。

 この人さらい集団はその巨大な組織の末端であるらしい。


「こ、これは持ち帰って精査させていただきますわ」


 あまりに重大な情報の提供に、一時うろたえていたシャーロットだったが、すぐに落ち着きを取り戻すと、いたずらっぽい笑みを陽一に向けた。


「ただし、これだけの情報ですから、出処でどころを隠蔽するのは骨が折れますわね。なので、やはり貸し借りはなしということで」

「そりゃ残念」


 そこへ、場違いなリムジンが現われ、陽一のすぐ近くに停車した。


「では、お連れさまも含めてホテルまでお送りしますわ」

「あー、うん。ありがとう」


 突然現われた高級車に多少戸惑いつつも、陽一はシャーロットの配慮に感謝するのだった。


○●○●


「はぁ……、なんなのよ、もう……」


 翌日。ドナは市警近くのカフェでコーヒーを片手に、昨日から何度も呟いたセリフを口にしていた。


 市警に着くなり署長に呼び出されたので、昨夜のことを説明しようとしたが、それは不要だと止められた。

 そして昇給と賞与を告げられ、さらに市と州、ホテル協会から賞やら感謝状やらをもらえるということだったので、無駄とは思いつつも協力者がいたことを訴えたのだが――、


『協力者? CIAだろ? ったく、その辺と繋がってたんなら、先に説明しといてくれよなぁ』


 ――と、署長からは軽い恨み節を聞かされることになった。


 なんでも昨夜の人さらい集団はどうやら国際的な人身売買組織の末端であったらしく、以後の捜査は市警の手から離れCIAに引き継がれるという事情も合わせて聞かされた。


「カリン……CIAだったの……?」

「違うわよ」

「ぴゃあぁっ!?」


 独り言のつもりで呟いた問いかけに、思わぬ返答が返ってきたため、ドナは素っ頓狂な声を上げてしまった。


「な……な……カリン?」

「やっほー」


 振り返ると、うしろの席に座る花梨が、にっこりと笑っていた。

 花梨はすぐに席を立ち、自身が注文したコーヒーを手にドナの向かいに座りなおす。


 昨日と異なり、花梨はスーツ姿だった。

 もちろんドナもいまはスーツである。


 少し違いがあるとすれば、花梨はタイトスカート、ドナは動きやすいパンツスタイルというところか。


「カ、カリン、なんでここに?」


 突然現われた顔見知りに驚きつつも、ドナはなんとかその質問を口にすることができた。


「んー、昨日はいろいろあって黙って消えちゃったじゃない? だから、挨拶だけでもしとこうと思ってさ」

「そ、そう……」


 ドナはまだ多少混乱していたが、ひと口コーヒーをすすり、軽く深呼吸することで少し落ち着くことができた。


「ねぇ……、結局あなたたちって何者なの?」

「そうね、正直に話すと、全員メイルグラード冒険者ギルド所属の冒険者なの」

「メイル……なに? 冒険者? いったいなに言ってるの? いっそCIAとでも言ってくれたほうが納得できるんだけど?」

「あはは、わけわかんないよね? うん、そういうわけわかんない集団だと思ってくれていいよ」

「そう……」


 そこでドナは、もう一度コーヒーをすすった。


「ヨウイチっていうの?」

「ん?」

「最後に来てくれた、ツイードの彼よ」

「ああ、うん。そうだけど」


 ドナは昨夜のことを思い出していた。


 正直あのとき、なにが起こったのかはいまだによくわかっていない。

 自分に向かって飛んでくる銃弾、そして目の前で弾けたなにか……。

 よくはわからないが、あれがなければ自分は大怪我をするか、下手をすれば死んでいたかもしれない、そんな気がするのだ。


「彼が、助けてくれたのよね……」


 そのときなにがあったのかはよくわからない。


 しかしその後、彼が重火器を乱射し、それに恐れをなした男たちが降伏したこと、そして特殊戦闘部隊を招き入れたことで、事件が完全に解決したという事実は動かしようがない。


「彼に、お礼がしたいんだけど」

「お礼?」


 そう言ったドナの瞳は微かに潤んでおり、褐色の頬が赤みを増しているように見えた。


「んふ、だったらねぇ……」


 花梨は少々人の悪い、しかしどこか艶のある笑みを浮かべながら、楽しそうに話し始めるのだった。


○●○●


 人さらい集団のアジトを襲撃した次の日、昼過ぎに起きた陽一らは、そのまま町に繰り出した。


 花梨は先に起きてどこかに出かけていたようだが、ほどなく合流し、夜とは雰囲気の異なるメインストリートを歩きながら、買い食いや買い物を楽しんだ。

 なにせドルはうなるほど持っているので、金額を気にせず買い物をするというのは存外楽しいものだった。


 やがて日が暮れ、ディナーを終えてスイートルームに戻った。


「悪いけど陽一、これに着替えてひとりで待っててよ」


 花梨にそう言われ、昨日買ったツイードのスリーピースに着替えて、コーヒーを飲みながら部屋でくつろいでいた。


「しかし、なんでわざわざ着替えなくちゃいけないんだ?」


 そんな独り言を呟きながら、陽一がのんびりと過していると、コンコンとドアをノックする音が聞こえた。


「ん? 花梨? でも、あいつならカードキーを持ってるはずだよなぁ」


 陽一はドアの前に立ち、ドアスコープを覗いた。

 そこには見知った顔があったので、陽一は戸惑いつつもドアを開けた。


 ドアの向こうには、黒いタイトなドレスに身を包んだ、褐色の肌を持つ美女が立っていた。


「えっと、ヴァレンタイン捜査官?」

「ドナでいいわよ」

「あ、はい。ドナさん――」

「呼び捨てにして」

「あ、はい、ドナ……。えっと、とりあえずどうぞ……」


 なぜドナがこの部屋を訪れたのか、よくわからずにいたが、昨日花梨たちと行動をともにしていたということもあるので、わざわざ彼女の考えを【鑑定】する必要もないだろうと思い、陽一は戸惑いつつも彼女をリビングに案内した。


「あの、いったいなんの用――んんっ!?」


 リビングに入り、振り返って声をかけるなりドナは陽一に抱きつき、唇を重ねた。

 ドナは唇を合わせるなり、舌を無理矢理ねじ込み、陽一の口内を舐め回した。

 突然始まった情熱的なキスに陽一は戸惑っていると、ドナはまた唐突に顔を離し、妖艶な笑みを浮かべた。


「うふふ……」

「う……えっと……えぇ……?」


 獲物を目の前にした肉食獣のような獰猛どうもうな笑みを向けられた陽一は、ただ困惑したままドナを見返すことしかできなかった。

 しばらくふたりは無言で見つめ合ったが、ふっとドナの笑みから力が抜けた。


「お礼ならこれがいいって、カリンに聞いてね」


 その言葉に、陽一は目を見開いた。


「花梨が?」


 まだ陽一は混乱から立ち直ってはいなかったが、それ以上の説明は不要とばかりにドナの笑顔がますます獰猛になっていく。


「そ。だから黙って受け入れなさい」


 そこまでいうと、ドナはその場に膝をつき、手際よく陽一のベルトを外すと、トランクスごとツイードのズボンを引きずり下ろした。


「ちょ――」


 戸惑う陽一をよそにドナは無理やり奉仕したあとと、喉を鳴らしてペロリと唇を舐めた。


「あそこでいい?」


 ドナの視線の先には、リビングのソファがあった。

 奥のドアを開けて寝室にいくのも煩わしいのだろう。

 陽一が無言で頷くとドナは立ち上がり、彼の腕をつかんで歩き始めた。


「お、おい、ドナ?」


 突然腕をつかまれて引っぱられた陽一だったが、軽く抗議はしたもののなんとなく意図は読めるので、特に逆らいはしなかった。

 そして軽く投げ出されるように陽一はソファに倒れ込み、仰向けに寝そべった。

 そこへ、ドナが覆い被さる。


「もちろん、最後までしてくれるわよね?」

「いいのか?」

「ええ。潜入が決まったときから、犯されるのは覚悟してたし」

「ドナ……」


 陽一にはその在り方がとても美しく見えた。

 自身の身体を犠牲にしてでも悪と戦おうとするドナの姿勢に、尊敬の念を感じたのだ。


「それじゃ遠慮なく」

「ええ。お互い楽しみましょう」


 それからふたりは心ゆくまで楽しんだ。


「はぁ……はぁ……んふふ……」


 行為を終えた陽一は、ぐったりと彼女にもたれかかった。

 陽一の頭を胸に抱えたドナは、その頭を何度も優しく撫でた。


「ありがと……。あなたは命の恩人よ……」


 結局その夜、花梨たちは部屋に戻ってこず、陽一はドナと抱き合ったまま、朝まで眠るのだった。

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