第17話 ヨーイチズ・エンジェル3

 ――ゴガァンッ!!


 アラーナの前蹴りを食らった鉄の扉は鈍い金属音とともにひしゃげ、鍵と蝶番ちょうつがいがはじけ飛ぶ。

 そして無残にも形の変わった、かつて扉だった鉄の塊が倉庫内に蹴り込まれた。


「ぎゃあっ!!」


 その直後、勢いよく蹴り込まれた扉をもろに受け止めた敵のひとりが、その勢いと重さでふっ飛ばされる。


「おい何事だ!?」


 アジトの各所に配置された者のうち、比較的近くにいた数人が音の発生源を目指して駆け寄る。

 通用口の前には、斧を手にゆらりと構える青いドレスの女が立っていた。


「何事? 敵襲だよ」


 男たちに理解できない言語で静かに告げたアラーナは、集まってきた集団めがけてけて素早く踏み込んだ。

 男たちは斧を振り回すドレスの女というあまりにも現実離れした存在を前に混乱から立ち直れず、数名が為す術なくふっ飛ばされる。


「な、なにをしている! たかが女ひとり、さっさと仕留めて――ぐぁっ……!!」


 ようやく混乱から立ち直りつつ合ったひとりの男が、肩を射抜かれて構えた銃を取り落とした。


「この期に及んで喋るヒマがあるのかしら?」


 アラーナに続いて突入したチャイナドレス姿の花梨は、コンパウドボウを構えて中の様子を見ながら、迎撃態勢に入った敵を中心に、肩や脚を射抜いていく。


 見取り図の配置を事前に頭に叩き込んでいたので、ある程度ではあるが敵の位置は把握できていた。


「くそっ! なんだこの女どもは?」

「ええい、さっさと迎え撃てぇっ!!」


 さすがに先制攻撃で全滅というわけにもいかず、通用口から離れた場所にいた男たちは物陰に身を隠しながら銃を撃ち始めた。

 飛び交う銃弾を、アラーナはかわし、あるいは斧で受け流しながら、倉庫の奥へと進んでいく。


「な、なんだこの女ぁ! バケモンか!?」


 銃撃の通じない青いドレスの女を目の当たりにし、半ば混乱しながらも男たちは引き金を引き続けた。


「ふふ……、その程度の攻撃など当たるものか」


 青いドレスをはためかせながら、不敵な笑みを浮かべた姫騎士は、銃弾の雨をかいくぐって倉庫内を駆け巡り、敵を倒していく。


 この時点でアラーナは認識阻害の魔道具を外していた。

 胸元を大きく露出した、この場所にはそぐわない華美な格好と、両手に持った消防を斧を振り回す派手な動きに敵の意識が集中することで、認識阻害の魔道具を身に着けた花梨の存在が目立ちづらくなっていた。


「ぐぁっ……!!」「ぎぇ……!!」


 なので、アラーナにだけ意識を集中していた男たちは、意識の外から放たれる花梨の矢を受け、為す術なく戦闘能力を奪われていく。


「ほんと、デタラメねっ!!」


 ドナは拳銃を構え、ときおり発砲しながら実里とともに物陰から物陰へと移動し、アラーナの斧で意識を刈り取られたか、あるいは花梨の矢で動きを封じられた敵を拘束していった。


「アラーナ! その左の部屋っ!!」

「承知っ!!」


 実里の合図で、アラーナは左手にあるドアにかけられていた錠前を破壊した。


「クソ……女どもがぁ……」


 そのとき、花梨の矢で右肩を射抜かれ倒れていた男のひとりが、銃を左手に持ち替えて上半身を起こした。

 しかしその男はアラーナからも花梨からも死角となる位置に倒れており、ふたりともその様子に気づいていない。

 身を起こした男の視線は、さらってきた観光客を閉じ込めている部屋のドアを開けようとしている実里に向けられていた。


「死ね……メス犬がぁ……!!」


 男が引き金をひこうとしたその瞬間、ドナがそれに気づいた。


「ミサトっ!!」


 ――ドゥンッ!!


 火を吹く銃口と実里のあいだに、ドナは飛び込んだ。


 ――バンッ!!


 そして飛び込みざまにドナは銃を構え、引き金を引いた。


(まずい、このままじゃ……!!)


 そのとき、ドナにはまるで世界がスローモーションになったように感じられた。


 一瞬で到達するはずの銃弾が、ゆっくりと自分に向かってくるのが見えた、そんな気がした。


 しかしスローモーションの世界では思うように身体が動かず、ドナは為す術なく銃弾が自身に到達するまで待っていることしかできなかった。


 ――ドゥンッ!!


 銃声が聞こえた。


 目の前でバチン! となにかが弾けたように見えたかと思うと、世界は元の速さを取り戻した。


(銃弾を……銃弾で弾いたの……?)


 ドナの目にはそう見えたような気がした。

 すべてはただの気のせい、あるいは目の錯覚かもしれないが……。

 ただ、男が苦し紛れに放ったと思われる銃弾は自分に届かず、逆に自身の放った銃弾は男の眉間を捉え、敵は絶命していた。


「陽一さんっ!!」


 実里の声に振り返り、彼女の視線を追うと、そこにはツイードのスリーピースに身を包んだアジア系の男性がいた。


 その男はいつの間に用意したのか、3脚架を立てた重機関銃を構えていた。


 ――ドルルルルルルルル……!!


 そして男は誰もいない壁に向かって銃弾を連射する。


 殺戮兵器から連続で放たれた銃弾は、倉庫内の小道具や設備を容赦なく破壊し、コンクリートの壁を砕いた。

 その轟音と光景に、その場にいた全員の動きが止まる。


「肉片になりたくなければ銃を捨てろっ!!」


 男が叫ぶ。

 しばらく静寂が続いたあと、ガラガラと銃を捨てる音が倉庫内に響き渡った。


「彼、いったい何者なの……?」


 ドナは実里に問いかけたが、返事はなかった。


「あれ、ミサト……?」


 あたりを見回したが、実里はおろか、アラーナと花梨の姿も見えない。


 倉庫内にあったのは倒れて拘束されているか、あるいは絶命している敵の姿と、なにやら電話をしながら出入り口シャッターのもとへと歩いていくツイードの男だけだった。


 そして、男が内側から鍵を開けガラガラと音を立ててシャッターを開くと、その向こうから戦闘服に身を包んだ一団がゾロゾロと駆け込んできた。

 戦闘服のロゴマークから、それが特殊戦闘部隊であることがわかった。


 戦闘部隊の隊員たちは、すでに結束バンドで拘束されている構成員を引っ立てていき、一部はアラーナが破壊したドアを開けて中にいた観光客と思われる女性たちを解放し、彼女らを護りながら外へと誘導していた。


「市警のヴァレンタイン捜査官ですね? 私はグローヴァーといいます」


 ひとりの隊員が、ドナのもとへと駆け寄ってきた。


「え、ええ」


 いまいち状況が飲み込めないドナは、うろたえながらもなんとか返事をすることができた。


「このたびはご苦労様でした! おかげで国際的な人身売買組織の拠点をひとつ壊滅せしめ、さらわれた人質を一部ではありますが、救出することができました」

「人身売買? 国際的……? ええっ!?」


 まさか自分の捜査対象がそのような巨悪だとは思いもよらず、ドナは頓狂とんきょうな声を上げてしまった。


「えっと、あの……カリンたちは、どうしたのかしら?」

「カリン……?」

「ええ。ここへ突入する時に手伝ってくれた人なんだけど……」

「そういった報告は受けておりませんが」

「そんなっ!? 私なんかただついてきただけで、ここを制圧したのはほとんど彼女たちだったのよ?」


 そのとき、ふと視界の端になにか引っかかるものがあり目を向けると、見覚えのあるドレスをきた女性3人が、救出された人質に紛れていた。

 そしてドナの視線に気づいた黒いチャイナドレスの女性がにっこり笑って小さく手を振る。


「ちょ、カリ――」


 しかしそこでグローヴァーがドナの視線を遮るように、立ち位置を変えて話を続けた。


「失礼ですがここはヴァレンタイン捜査官の協力のもと、我々が制圧しました」

「はぁ!? あなたなに言ってるのよ!! そうだ! さっき入り口の鍵を開けたツイードの男がいたでしょう?」

「ここの鍵は先行して潜入しておられたヴァレンタイン捜査官に、内側から開けていただきました」

「いやいやいや……。私はここでぼーっと突っ立っていただけ!! あなたたちが突入する前に入口の鍵を開けたのはツイードの男でしょうが!! たしか、ヨウイチとかなんとかいう……」

「どうやら大任を果たされてお疲れのようですね。ご自宅までお送りしますので今夜はゆっくりおやすみください。市警への報告は明日で結構です」

「ちょ、なに言って――」


 ドナは抗議の声を上げたが、グローヴァー隊員は無言で一礼するとその場を去っていった。


 そしてあとから現われた2名の女性隊員に、なかば連行されるようなかたちで車に乗せられ、気づけば自宅に到着していた。


「ごくろうさまでした!!」


 ドナを降ろした車はバタンとドアを閉めると、夜の住宅街を走り去っていった。


「……なんなのよ、もう!」


 しばらく呆然と立ち尽くしていたドナだったが、ふと我に返り呟くと、不機嫌な様子で自宅に入り、ドレスを脱ぎ散らかしてシャワーを浴びた。

 そしてキッチンの棚からウィスキーの瓶を取り出してグラスの半分ほどを満たし、それを一気にあおる。

「くぅー……!!」


 焼けるような刺激が喉を通ったあと、空きっ腹に流し込んだアルコールのせいで頭がクラリと揺れた。

 それは強いアルコールを一気に摂取したせいもあるが、今夜あまりにも多くの、そして信じられないことが起こったせいで、脳がパンクしそうになっているということもあるだろう。


「はぁー……」


 ドナはアルコールが混じった吐息を吐き出した。

 そして今夜の出来事を軽く思い出してみる。


 まず、敵の施設へ潜入するために目立つ格好で路地裏を歩き、さらわれたふりをしようとした。

 すると青いドレスの女が飛び込んできて、自分を車内に引き込もうとしていた男を殴り倒してしまった。


(……まぁ、こういうことは偶然起こりうるかもね)


 計画は失敗したかと思われたが、自分を助けた女性たちは謎の機関の構成員で、捜査を手伝ってくれるという。


(コンパウンドボウに消防斧? ふふ……まぁ、ありえなくはないのかしら……)


 そして頼りになるリーダーとやらが、敵のアジトから見取り図、配置までをほぼリアルタイムで教えてくれた。


(いくらなんでも手際がよすぎるでしょうが……!)


 ふんっ! とドナはアルコールのせいで熱を含んだ鼻息を勢いよく出すと、ウィスキーの瓶をつかんで再び中身をグラスに注ぎ、一気にあおった。

 喉から食道にかけて焼けるような感覚が走る。胃が熱くなると同時に脳がさらなる熱を持って意識が揺れた。


「ぷはぁっ……!!」


 アジトへの潜入は無事成功。花梨とアラーナの奮戦で制圧間近というところで、実里を凶弾が襲う。

 咄嗟とっさに割って入ったものの、ドナは死を覚悟した。

 が、敵の銃弾はなにかに弾かれてドナには届かなかった。なにが起こったのかは、いまでもよく理解できない。


(やっぱり、銃弾を銃弾で……?)


 そこでおそらくは花梨が言うところの頼りになるリーダー――ツイードのスリーピースに身を包んだ男――が現われ、なんの脈絡もなく殺戮兵器を取り出したかと思うと、それをぶっ放して敵の戦意を喪失させた。


(はんっ! 映画やドラマなら完全にボツネタだわ)


 さらに1杯、ドナはウィスキーをあおった。


「んくぅ……」


 そしてあれよという間に特殊戦闘部隊が乗り込んできて敵を制圧。さらわれた人たちは無事救出され……、


(花梨たちは消えた……)


 救出された人たちの中に3人がいて、花梨がこちらに手を振ってくれたような気もしたが、あるいは見間違いなのかもしれない。


 一気に強い度数の酒を飲み続けたせいで、ただでさえ過剰に情報を得すぎてパンクしそうだった脳はさらなる熱を帯び、意識が混濁し始めた。


「はああぁぁー……」


 もう今夜あったことがすべて夢だったんじゃないだろうか? などと思いながらも、ドナはアルコール混じりの熱い息を大きく吐いた。


「…………寝よ」


 そして裸にバスタオルだけを巻いた風呂上がりの格好のままベッドに倒れ込んだドナは、ほどなく寝息を立て始めるのだった。

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