第16話 ヨーイチズ・エンジェル2
花梨たちは陽一からの折り返しを待つ間あいだ、装備を整えることにし、少し離れた場所に停めてあったドナの車でホームセンターを訪れていた。
「銃とか普通に置いてあるのね……」
「ま、ウチの州は銃規制がゆるいから」
呆れたような花梨のつぶやきに、ドナはケロッと答えながら、拳銃と弾丸を物色していた。
ドナは普段使っている制式拳銃と同型の9ミリ拳銃を弾丸と一緒に購入。
さすがに魔法や魔術を使えない実里にも、護身用に同じものを持たせた。
ちなみにこの州では、拳銃とその銃弾程度の買い物の場合、身分証の提示すら不要であるらしい。
「コンパウンドボウもちゃんとあるのね……。ま、拳銃があるんだからこれくらいはあるか」
「それ、張力強いけど大丈夫?」
花梨は陳列されたコンパウンドボウから75ポンドのものを選んで手にしていた。
試しにストリングを引いてみたが、問題なく扱えそうである。
魔法や魔術は使えないが、魔力自体は体内を巡っており、身体強化はできるようだ。
「い、意外と力あるのね……」
ドナは苦もなくコンパウンドボウを引く花梨の姿に目を見開きつつも、呆れ半分に呟いた。
まだアラーナほど魔力を操れないので彼女のような怪力は出せないが、この国の成人男性並みの力くらいなら出せるようだし、多少ではあるがスキルの補正もあるように感じられた。
「片手で扱えるような斧はないか?」
花梨の通訳を経たアラーナの質問に対し、ドナは店の一角を指し示した。
「それだったらあのへんに消防用のトマホークがあると思うけど」
ドナのいう消防用トマホークとは、一般的には消防斧と呼ばれるもので、火事の際に消防隊員が障害物を破壊するために使われる片手用の
赤く塗られた斧頭が印象的な消防斧を左右それぞれの手に持ったアラーナは、その場で軽く斧を振った。
「ふむ、少々軽いが、悪くはないな」
「あはは……、なかなか個性的な武器を選ぶのね……」
ドレス姿の女性が斧を振り回すという異様な光景を目の当たりにしたドナは、笑顔を引きつらせながらそう呟いた。
「ふんっ……! はっ! せいっ……!!」
その後も姫騎士は2丁の消防斧の重さになれるべく、ドレス姿のまま広めの通路で素振りを続けた。
踏み込み、身体をひねり、振り下ろし、振り上げ、
ひとつひとつの動作に加え、それに合わせてひらひらと揺れるドレスもまた見事だった。
アラーナにしてみれば単に動作を確認している程度のことだが、見目麗しい女性が長く美しい銀髪と、ひらひらとした青い豪奢なドレス、そして半ば露わになっている豊満な乳房を揺らしながら行なうその動きは、まるで高等なパフォーマンスのようだ。
その美しくも激しい姫騎士の姿に、女性捜査官はしばし使命を忘れて見入ってしまうのだった。
「あ、陽一からだ」
武器を選び、会計を終えたところでちょうど花梨のスマートフォンが鳴った。
「もしもし、陽一?」
『おう、どした?』
「えっと、さっきってもしかして都合悪かった?」
『んー、いや、まぁ大丈夫』
「あ……、やっぱタイミング悪かったんだ……。ごめんね」
『いや、ほんと大丈夫だから、気にしないで。で、なんかあった?』
「うん、じつはね……」
そこで花梨は3人で町へ繰り出してからの事情を説明した。
『……なにやってんの?』
「なにって……。しょうがないじゃない」
『で、邪魔しちゃったから捜査のお手伝い? いやいや、そんな危険なことさせられないだろ?』
「えー、陽一だって似たようなことしたんじゃないの?」
『俺にはほら、スキルがあるから』
「だったらあたしたちにだってちょこっとだけどあるじゃない。それにこっちには現役の警察官とアラーナがいるんだから大丈夫でしょ?」
『むむ……、しょうがないなぁ……』
「ふふ……ありがと」
『俺もできるだけ早く合流するから、あんま無茶すんなよ』
「わかってるわよ」
花梨はドナから聞いた車のナンバーを陽一に伝え、追跡してもらった。
『町外れの倉庫街に停まってるな、その車。あー、たぶんそこがアジトっぽい』
「さっすが陽一。仕事が早いわね」
『スキルのおかげだよ。メールで住所送るわ。とりあえず武装した男が20人くらいと、たぶんさらわれたっぽい女の人が10人くらい。敵の詳しい配置と装備なんかもついでに送るよ』
「ありがと、助かる」
『おう。情報は多いほうが安全だからな。じゃあくれぐれも無理のないように!』
「ええ、わかったわ」
電話を切って1分とたたずメールが送られてきた。
そこにはURLが記載されており、リンクをタップするとモニター上にアジトと思しき場所を示したマーカーとマップが表示された。
「ドナ、たぶんここが敵のアジトよ」
スマートフォンに表示されたマップとマーカーを見たドナは、驚いて目を見開いた。
「もう、そこまでわかったの?」
「言ったでしょ、頼りになるリーダーがいるって」
「……すごいわね」
さらに数分後、アジトのものと思われる見取り図を添付したメールが送られてきた。
そこには人の配置や装備、リフォームなどで変更されたであろう間取りが手書きで記されていた。
おそらくウェブ上で拾った画像に、スマートフォンの画像編集アプリを使って情報を書き加えたのだろう。
アジトと思われる場所はもともと一般的に使われていた倉庫であるらしく、見取り図は施工業者のデータベースから拝借したものである。
【鑑定+】の前ではあらゆるパスワードが意味をなさず、オンラインにさえ繋がっていればどこにても侵入は容易であった。
そしてどのようにアクセスし、どのように痕跡を消せば発覚しないかということろまで、陽一のスキルは教えてくれるのである。
「……いや、いくらなんでも優秀すぎるでしょう。いったいどんな組織なのよ?」
「うふ、ひみつ♪」
感心しつつも呆れた様子のドナに対し、花梨は人差し指を口に当ててパチリとウィンクをするのだった。
○●○●
ドナの運転でアジトの近くまで来た4人は、少し離れた場所に車を停め、静かに移動していた。
土地勘のあるドナが先導し、アジト近くの物陰に潜む。
「ここね」
物陰から覗いた先には大きな倉庫があり、その入口前には見張りらしき男がふたり立っていた。
ふたりとも手ぶらで突っ立っており、ときおりタバコをふかしながら雑談をしていた。
町外れとはいえ、まれに人が通る可能性もあるので、堂々と武器を構えるわけにもいかないのだろう。
陽一からの情報によれば、それぞれ腰や
『配置や装備に変更は?』
花梨がショートメッセージを送ると、陽一からは敵の状況を記した新しい見取り図の画像が送られてきた。
多少のタイムラグはあるだろうが、いまのところ配置や装備に大きな変化はなさそうである。
「じゃ、見張りはあたしがなんとかするから。あとは実里、お願いね」
「うん」
花梨はスマートフォンを実里に渡すと、物陰から静かに離れ、コンパウンドボウを構えた。
「ちょっと、見つかるわよっ……!!」
見張りに対して完全に姿を晒した花梨を窘めるよう、ドナは声を押さえながらも強く訴えかけた。
「ふふ、大丈夫よ。でもドナはそこに隠れててね」
認識阻害の魔道具を身に着けている花梨は、よほどのことがない限り見つかることはない。
それを知らないドナはうろたえたが、しかしいつまで経っても見張りが花梨に気づく様子がないので、謎の組織が持つ特殊ななにかで見つからないようにしているのだろうと、無理やり自分を納得させた。
「ふぅ……」
少し大きく息を吐き出したあと、花梨はストリングを引き、狙いをつけた。
(うん。やっぱりスキルは、働いてるみたいね)
魔法や魔術のように体外へ魔力を放出するスキルは使えないが、体内で魔力を練ることにより発動するスキルはちゃんと働くようである。
深くスリットの入ったチャイナドレスをそよがせ、肉感的な太ももを惜しげもなく晒しながら、花梨は鋭い視線で狙いを定めた。
(……きれい)
夜の町外れ、薄暗い街灯に淡く照らし出された花梨の姿はどこか幻想的で、ドナは一瞬状況を忘れて見惚れてしまった。
【弓術】スキルの恩恵により、容易に狙いを定めることができた花梨は、一射目を放った直後に矢をつがえ、立て続けにもう一射放った。
「ぐぁっ!!」
「ぎゃっ……!!」
ほぼ同時に肩を射抜かれた見張りの男たちは、なにが起こったのか理解できず、突然の激痛に混乱した。
しかし攻撃を受けたことは明白であり、そして、自分たちにはまだ意識がある。
であればとにかく異変を伝える必要があると、どちらともなく大声を出そうとした瞬間、視界に消防斧を手にした青いドレスの女が現われた。
「ぐっ……!!」
「がっ……!?」
それは、花梨が矢を放つのと同時に駆け出していたアラーナだった。
彼女は青いドレスをはためかせ、大きな胸を揺らしながら男たちに接近する。
そしてふたりの男が混乱から立ち直ろうとしたそのときに、斧頭の背と柄の末端で男たちの頭を殴り、意識を刈り取った。
「……ほんと、どんな組織なのよ」
アラーナのでたらめな強さに呆れながら、ドナは花梨、実里とともに入口前へと駆け寄った。
「ミサト」
「はい」
ドナがひと言名前を呼んだだけで彼女の意図を察した実里は、先ほどホームセンターで購入した結束バンドを取り出し、倒れた男たちの手足を拘束した。
そのあいだ、ドナは銃を構えて周りを警戒する。
「うん、問題ないようね。中に入ってもこの調子でいきましょう」
「わかりました」
それぞれの役割は決まっている。
アラーナが前衛として敵陣に突入し、2丁の消防斧を振り回して暴れ、それを花梨が後衛から弓で援護。
実里は花梨のスマートフォンでナビをしつつ、アラーナや花梨が無力化した敵を拘束し、可能であれば人質を救出する。
ドナは実里を護りつつ、周りを警戒するという役割である。
「とはいえ、どうやって中に入るかよねぇ……」
入り口は大きなシャッターとなっており、もちろん鍵がかかっているので容易に開けることはできない。
シャッターなので開けようとすればその時点で大きな音が鳴り、中の連中を警戒させてしまうだろう。
「こっちの通用口から入るといいみたいです」
スマートフォンを片手に実里が答える。
シャッターの脇に普通に人がひとり通れるサイズの、鉄の扉があった。
敵の配置状況からここから入るのが望ましいと、陽一のメモが書き加えられていた。
「いや、ここから入るっても、鍵かかってるでしょ?」
「なに、こんな扉など蹴破ってしまえばいい」
アラーナの言葉を理解できないドナだったが、彼女の口調や表情からなにやら物騒なことを言っているのだろうことは理解できた。
「アラーナ、この先……たぶんこの方向にひとりいると思う」
見取り図を見ながらそう伝える実里に対し、アラーナは軽く笑いかけた。
「大丈夫だ。ここまで近づけば気配でわかるさ」
そう言って得意げに笑ったアラーナは、2丁の斧を手に持ったまま扉の前に立ち、ヒールを脱いで
「心の準備は整っているか?」
アラーナの問いかけに、花梨とは実里は力強く頷いた。
「え、ちょ……なに? なにしようっての?」
しかしアラーナの言葉を理解できないドナは戸惑っていた。
「いまからアラーナがこのドアを蹴破るから、そしたらあたしたちがまず突入するわ」
「蹴破る……? そんなのできるわけ……」
「うふふ、信じなさいな」
「……あー、もう! じゃさっさっとやっちゃってよ!!」
ドナの言葉を受けてニヤリと笑ったあと、アラーナは力強く踏み込み、鉄の扉に渾身の前蹴りを食らわせた。
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