第15話 ヨーイチズ・エンジェル1

「この町に来たからには、夜の町並みを見とかなきゃだめでしょ」


 という花梨の意見のもと、女性たち3人はショーが終わったあと、ホテルを出て夜の町に繰り出した。

 まだ暖かい季節のため、3人は上になにかを羽織るでもなく、ドレス姿のままである。


「おお! なんとも見事なものだな!!」


 メインストリートに立ち並ぶビル群は綺麗にライトアップされており、ところどころでは壁面に映像が流れていたり、噴水と光を使った演出がなされていたりと、町全体がひとつの大きなショーのようになっている。

 それを目にしたアラーナは感嘆の声を上げながら、いろいろなところに目を奪われていたが、実里はどこか怯えた様子だった。


「だ、だいじょうかな? 夜に女だけで歩き回っても、平気……?」


 この国は日本ほど治安がよくないことは誰でも知っていることであり、とくにいまいるこの場所は欲望の町ということで、クライムサスペンスの舞台になることも多い。

 実里が怯えるのも無理はないが、花梨は平然としていた。


「大丈夫。このメインストリートはすっごく安全だから。外国からの観光客も多いわけだし、お客さんを危険に晒さないよう、このあたりだけはセキュリティレベルが高いのよ」

「そうなの?」

「うん。この国で唯一じゃないかな、女性が夜ひとり歩きできる場所って」

「へえ、そうなんだ」


 たしかに周りを見れば自分たち同様、着飾ったままの姿で通りを歩く人の姿がちらほらと見えた。

 最初この格好のままホテルの外へ出ることに抵抗のあった実里だったが、どうやらここではそれが自然らしいことがわかり、恥じらいのようなものはすでになくなっている。


 少し緊張がほどけた様子の実里に対し、花梨は少しいたずらっぽい笑みを向ける。


「ただし、通りひとつ外れると危険だから気をつけるようにね」


 そう言って花梨は実里に向けて軽くウィンクしてみせた。


 その直後、おのぼりさんのように呆けた表情であたりを見回していたアラーナが眉根を寄せた。

 そして緩んでいた表情を引き締め、あたりに鋭い視線を飛ばす。


「アラーナ、どうしたの?」

「しっ!」


 アラーナ雰囲気が替わったのに気づいた花梨が声をかけると、彼女は自身の唇に指を当て、静かにするよう指示した。


「なにか……聞こえる……」

「なにか?」

「ああ……。誰かが襲われているかもしれん……、こっちだ!」


 そう言ってアラーナは、ドレスの長いスカートをはためかせながら、通りを駆け出した。


「ちょ、ちょっと待ってアラーナ! そっちは……!!」


 駆け出したアラーナはほどなくメインストリートから外れて裏通りのほうへ行ってしまう。

 花梨と実里もそのあとに続いた。


「ちょっと、やめてよ! 離してっ!!」


 アラーナの駆けつけた先では、ひとりの女性がワンボックスカーに無理やり連れ込まれそうになっていた。


 黒を基調としたタイトなドレス姿のその女性は、必死で抵抗していたが、男性の力には勝てないのか、ほとんど車に引きずり込まれている。


 しかしそこへ、アラーナが駆けつけた。


「離せっ下郎がっ!!」

「ぶべらっ!!」


 駆けつけたアラーナは、ワンボックスカーから女性を引き剥がすように右腕で彼女の身体を抱きかかえながら、左ストレートを男にお見舞いした。

 その細い腕から繰り出されたものとは思えない、鋭く重い一撃により、女性を引きずり込もうとしていた男は車内の反対側まで吹き飛ばされ、したたかに背中を打ちつけた。


「クソがっ!!」


 その様子をルームミラー越しに見ていたのか、運転席の男はひと言悪態をついたあと、ドアを開けたままの状態でワンボックスカーを急発進させた。


「……っ!!」


 アラーナは慌てて女性を抱き寄せ、車から引き離した。


 キュルキュルと何度かタイヤを地面にこすりつけたあと、ワンボックスカーは裏通りの奥へと消えていった。


「アラーナ!」

「大丈夫、だった?」


 少しばかり息を切らせながら駆け寄った花梨と実里が、アラーナの安否を確認する。


「ああ」


 そう返事をしたあと、アラーナは抱きかかえた女性に優しく声をかけた。


「大丈夫か?」


 言葉は通じないだろうが、口調や態度でアラーナの意思は伝わったはずである。

 しかし、救出された女性は、なぜか鋭い視線をアラーナに向けた。


「もう! 余計なことしないでよっ!!」


 そして、自分を助けたはずの相手に向かって、その女性は悪態をつくのだった。


○●○●


「市警の潜入捜査官?」


 英語を喋れる花梨が救出した女性と会話をすることとなった。


 彼女は市警に所属する捜査官で、名をドナ・ヴァレンタイン。

 ヒスパニック系で褐色の肌を持つ美女だった。


 目鼻立ちはくっきりとしており、黒くクセのある髪をアップにまとめている。

 タイトなドレスに身を包んでいるため、そのメリハリのあるスタイルを惜しみなく披露していた。


 胸はアラーナやシャーロットと比べれば少し小さいかもしれないが、それでも巨乳と呼ぶには充分なほどであり、一見して弾力が強そうな張りのある乳房だった。


 膝上10センチほどの短いスカートから伸びる脚は、多少筋肉質ではあるものの適度に肉感的であり、みずみずしい褐色の肌も相まって、非常に魅力的だった。


「そう。さすがに手帳は持ってないから証明はできないけど、私はれっきとした捜査官よ」

「じゃあ、もしかしてわざとつかまろうとしたの?」

「そうよ! 最近行方不明になる観光客が多くてね。どうやらたちの悪い人さらい集団がいるんじゃないかってことで、ようやく尻尾をつかみかけたところだったのに……」


 と、ドナは恨めしげにアラーナを見る。


 なにやら殺伐としたドナの話を聞いた実里は、恐る恐る花梨に問いかけた。


「ね、ねぇ……、この町って安全なんじゃ……?」

「言ったでしょ、メインストリート安全だって。そこから離れて犯罪に巻き込まれたんだとしたら、それは自己責任ってやつだわ」


 実里の問いにそう答えた花梨は、眉を下げてわざとらしく肩をすくめた。

 しかしいくら自己責任とはいえ、この町で犯罪に巻き込まれたことに違いはない。

 観光資源が屋台骨となっているこの町にとって、観光客からの評判が落ちるのはなんとしてでも避けたいからこそ、市警が動いているのだろう。


「はぁ……減俸か、下手すりゃ降格だわ……」


 ドナががっくりと肩を落とす。

 それを申し訳なさそうに見ていたアラーナが、ふと口を開いた。


「なぁ、ヨーイチ殿ならなんとかできるのではないか?」

「陽一に? あ、そっか!」


 陽一の【鑑定+】を使えば、逃げた車の行き先など容易に判明するはずである。


「ねぇ、ドナ」

「……なによ」


 花梨に声をかけられたドナは、不機嫌そうに顔を上げて力なく返事した。


「車のナンバーとか覚えてる?」

「一応ね。どうせ偽装だろうけど」

「べつに偽装でも問題ないわよ」


 登録情報から使用者を割り出すのであれば、偽装されたナンバーなど役には立たないが、陽一のスキルであればその偽装ナンバーをつけた車がどこにいるのかをリアルタイムで探れるのである。

 仮に途中でナンバープレートを取り替えたとしても、少し調べれば探し出すことは可能である。


「えっと、音声通話は……ほいっと………………、ありゃ、切られちゃったわ」


 早速花梨は陽一に電話をかけたが、すぐに切られてしまう。


「ま、すぐに折り返し連絡があるでしょ」


 そう言ってスマートフォンをポーチにしまった花梨は、ドナのもとへ歩み寄った。


「ねぇドナ」

「ん?」

「あなたのお仕事、あたしたちにも手伝わせてよ」

「はぁ!? 本気で言ってんの?」

「もちろんよ」


 その言葉にドナはしばらく花梨にキツめの視線を送ったが、ほどなく顔をそらし、肩をすくめた。


「ただの観光客になにができるってのよ」

「あら、ただの観光客に見える」

「はぁ?」


 どこか挑発的な花梨の言葉に、ドナは少し苛立たしげな声を上げた。


「ねぇ、ただの観光客が、ああも簡単に悪漢を撃退できるものかしら?」

「う……」


 そこでドナは、不本意ながらも救出されたさきほどのことを思い出した。

 素早く駆け寄り、流れるような動作で自分を抱きかかえ、車内の男を殴り倒した一連の動きは、たしかに素人のものとは思えなかった。


「……もしかして、なにかの機関に所属してる?」

「ええ。今日はたまたま観光で来てるけど、普段はとある組織の構成員であるとだけ言っておくわ」


 花梨たちはメイルグラード冒険者ギルドに所属する冒険者なので、嘘ではない。


「……頼っていいのかしら? たぶん危ない橋を渡るようなことになると思うけど」

「ええ、問題ないわ」

「でも、敵の居場所もわからないから、結局なにもできないかもしれないわよ?」

「大丈夫よ。ウチには頼りになるリーダーがいるからね」

「……まだ潜入に失敗したことは報告してないの。だから市警の支援は受けられないわよ。まぁいまから報告してもいいけど、そしたら絶対に止められるわね」

「大丈夫。あたしたちだけで充分よ」


 ドナはしばらく考えを巡らせたあと、花梨に向かって手を差し出した。


「ヤバいと思ったらすぐに応援を呼んで撤退するわよ」

「ええ、そのあたりの判断はあなたに任せるわ」


 そして花梨は出されたドナの手を握り返した。

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