第14話 ドレスとサーカスと悪い人たち

「おお、これはこれはトウドウさま。よくお似合いですよ」

「それはどうも」

「ふふふ……、お連れのみなさまがどうなるのかも、楽しみですなぁ」

「ははは……」


 陽一はその日の夜、エドに用意してもらったチケットを持って、サーカスの観覧にきていた。


 さすがに作業服やジャージで観覧するわけにもいかないので、ホテルのブティックで、フォーマルな衣装を購入した。

 陽一はツイードのスリーピースを着て、もっさりとした髪をしっかりとうしろになでつけている。


 女性陣はパーティードレスを着つけ中である。


「陽一、どうかな?」


 まず最初に姿を現わしたのは、花梨だった。

 彼女は着つけの簡単そうなチャイナドレスを着ていた。

 黒地に赤を貴重とした花柄をあしらったもので、腰のあたりまでスリットが入っており、花梨は惜しげもなく美脚を露わにしていた。

 髪はいつものようなアップにしているが、赤い花飾りを着けているおかげで同じ髪型であってもより艶やかに見えた。


「ちょっと年甲斐もなく脚、見せぎかな……?」

「いや、そんなことない。すごくきれいだよ」

「んふ、ありがと。陽一もカッコイイよ」


 次に現われたのは実里だった。


「どう、ですか……?」


 実里は少しカジュアルめのドレスで、スカートの丈が少し短く、細くて白い脚をこれまた惜しげもなく出している。


「うん、実里らしくてすごく可愛いよ」

「あぅ……、ありがとう、ございます」


 ストレートに褒められた実里は、恥ずかしげにうつむいた。


「待たせたな、みんな」


 最後に登場したのはアラーナだった。

 彼女はブルーグレーを貴重としたベアトップドレスを着ており、肩から胸元を大胆に晒していた。

 ちょっとした動作だけで大きな胸がゆさゆさと揺れる。

 ドレスの生地が乳房の下半分を覆っているだけなのでこぼれ落ちるのではないかと陽一は少し心配になった。


「これはこれは……、みなさまお美しい……」


 陽一の傍らに立つエドが、思わずといった調子で言葉を漏らした。

 長年に渡り数多くのセレブリティたちを目にしてきた彼にとってさえ、アラーナは別格の美しさを持っていたのだろう。


 脚を露出しているほかのふたりとは異なり、ふわりと広がるロングスカートに身を包んだアラーナが、陽一を前にしてくるりと1回転した。


「ど、どう……かな……?」


 格好そのものに対する照れ、あるいは陽一に衣装をアピールするかのような動作を披露したことが急に恥ずかしくなったのか、アラーナは頬を染め、上目遣いに陽一を見ながら問いかけた。


「う、うん……、すごくきれいだよ……」


 そしてエド以上に呆然といしていた陽一は、なんとかその言葉を絞り出した。


「そ、そうか! よかった……」


 陽一の返答に満足したのか、アラーナはニッコリと微笑み、その麗しい笑顔に、その場にいた者は男女問わず魅了されるのだった。


 彼女たちが着ているドレスだが、基本的にはブティックの店員にすすめられたもので、そこにある程度花梨の意見が入っているらしい。

 一応貴族の娘ということでドレスも着慣れているアラーナだが、武装とは異なる正装に関しては普段からメイドに丸投げしており、実里もファッションにはそこまで詳しくないので、そのあたりを助言するとしたら花梨ということになるのだ。


「ごめん、陽一。昨日の勝ち分全部消えちゃったわ」

「いいよいいよ。みんなの綺麗な格好を見れただけでそれだけの価値はあるから」


 もともとドレスの代金に関しては、昨日の勝ち分をホテルに落としてエドのご機嫌を取っておこうという腹づもりなので特に問題はない。


 陽一は着慣れない服に着られているという状態だったが、女性陣は見事にドレスを着こなしていた。


「それではごゆっくりお楽しみくださいませ」


 エドはご機嫌な様子でうやうやしく一礼した。


 念のため【鑑定+】を発動し、心情を確認したところ、パスポートを持っていない実里とアラーナに対して多少の疑念はあるものの、深く追求するつもりはないらしい。


○●○●


 世界最高峰の舞台装置とキャストによって催されるサーカスは、圧巻のひと言だった。


 実里もアラーナも目をキラキラとさせて楽しんでおり、陽一も久しぶりに童心に帰って楽しむことができた。


「いやぁ、シーソーみたいなのでむちゃくちゃ高く人が飛び上がるやつ凄かったなぁ!!」

「あの床にぶつかるんじゃないかってくらい長い空中ブランコは、大丈夫だってわかってるんだけど、何回見てもハラハラするわね」

「私は大きな輪っかがぐるぐる回って、その中でパフォーマンスをしてるのが凄いと思いました!」

「ふむう……。あれだけの大がかりな演出を魔法も魔道具もなしに、舞台装置と人力だけで行なっているというのは、いまだに信じられないな……」


 ショーを見終えてそれぞれ感想を言い合いながら歩いていた4人だったが、ここで陽一ひとりが離脱することとなった。


「じゃ、またあとで」

「うん。アラーナと実里はあたしが面倒みとくから」

「おう、頼んだ」


 そう言い残すと、陽一は一度安モーテルへ【帰還】し、すっかり日の暮れた町へと繰り出した。


 認識阻害の魔道具に加え、【鑑定+】で索敵をしながら、人目につかないように町を歩く。

 人通りのない、いかにも治安の悪そうな通りをいくつも抜けてたどり着いた先は、これまたいかにもな廃ビルだった。


「お、やってるな」


 その中では、そこそこ規模の大きい薬物の取引がいままさに行なわれようとしていた。


『この町の治安維持にちょっとだけ貢献するので、情報が欲しい』


 シャーロットへのお願いその1である。


 陽一は今回、資金の調達方法としてギャンブルを選んだのだが、やはりというべきか、大勝ちすれば目をつけられてしまう。

 まぁ、今回エドに探りを入れられた件に関しては、陽一が少しイキがってしまったという部分もあるのだが、やりたいようにやって目をつけられるというのは面倒な話だ。


 ならば初心に返って、というわけではないが、"悪い人たち"が悪事に使うお金を拝借するというのがやはり手っ取り早いと考えたのだった。


「この辺で、非合法な組織同士の悪い取引とかあったりする?」

「それでしたら――」


 ということで、そういった悪事に使われたことのある地域をいくつかと、悪い人たちやグループなどを教えてもらった。


 そういった悪い人たちの『生い立ち』を【鑑定】し、近々行なわれる反社会的な取引を洗い出した結果、今夜この場所で、100万ドルの取引があることを確認したのだった。


 ビジネスマン風、あるいは作業員風の格好をした数名が、アルミケースとボストンバッグを交換しようとしていた。


 その周りを十数名の男たちが警戒している。


 アルミケースには100万ドルが、ボストンバッグには白い粉が詰まっていることが、【鑑定+】で調べた結果明らかになった。


(しまった、白い粉のほうは替わりを用意し忘れたなぁ……。ま、あれでいいか)


 陽一は取引現場となっている廃ビルに積まれている、用途不明の木箱や木製パレットの影に隠れながら、ケースとバッグのある取引場所へと近づいていく。


(あともう少し……)


 目的の場所まであと少しのところで、陽一は【無限収納+】から炭酸水の空き瓶を取り出し、放り投げた。


 ――ガシャン! とガラス瓶の割れる音が響き、男たちが騒然となる。


(うへぇ、当たり前のように銃とか構えるんだな)


 そんな男たちの視線を縫うように素早く移動した陽一は、ケースとバッグへと接近するのに成功した。


 通常であれば見つかってもおかしくないところだが、男たちの注意が完全に音のほうに向いていたので、認識阻害の魔道具の効果により、視界をかすめるくらいでは気づかれないのだ。


(まずはボストンバッグの中身を……)


 先に【無限収納+】の効果範囲である10メートルに捉えたボストンバッグの中身を、別のものにすり替える。

 こちらの中身は正直必要ないのだが、少しでも流通量を減らすことが社会貢献になるだろうとの思いから、容赦なく押収した。


(本命はアルミケースだけど……)


 そしてアルミケースをあと少しで効果範囲に捉えられるかというときである。


 ――ヴー! ヴー!


 ポケットに入れていたスマートフォンが鳴動した。


「おい! そっちに誰かいるぞ!!」


 陽一は慌ててスマートフォンを【無限収納+】に収めたが、悪い連中におおよその位置を特定されてしまう。


 いくら認識阻害の魔道具を身に着けているからとはいえ、しっかりとその存在を意識されてしまうと効果は激減してしまうのだ。


 ――バラララッ!!


(うわ! いきなり撃ってくるのかよっ!!)


 一味のひとりが牽制がてら短機関銃サブマシンガンをぶっ放し、陽一が隠れているすぐ近くの木製パレットがゴリゴリと削られていく。

 それと同時に、連中はそれぞれ自分たちのケースとバッグを素早く回収してしまった。


(ヤバい! 逃げられるっ!!)


 陽一は連中を威嚇すべく、重機関銃を取り出して手早く3脚架を立て、【鑑定+】で素早く周りの状況と弾道を計算した上で、誰にも弾が当たらない方向に向けて5秒ほど銃弾を放ち続けた。


「ひぃっ!!」

「な、なんだ!?」

「警察じゃないのかよ!!」


 木製パレットが無残に破壊され、コンクリートの壁や柱が容赦なく削られるなか、悪党たちは想定を大幅に超える重火器の登場に怯え、一時的に動きが止まった。


(よし、この隙にっ!)


 そこで陽一は【無限収納+】から音響閃光手榴弾スタングレネードを取り出して悪党どもの中心に放り投げた。


 激しい閃光と轟音が廃ビル内に広がる。


 夜の暗さと音を充分に反響させるコンクリートの壁のおかげで、多少広い空間ではあったが音響閃光手榴弾スタングレネードの効果は充分に発揮された。


 発動の瞬間のみ目を閉じて耳をふさいでいた陽一だったが、発動後すぐに動き出した。


 まだ閃光も轟音の残響も残っていたが、状態異常を防ぐ効果のある【健康体α】のおかげでそれらの影響をほとんど受けず、身動きの取れなくなった悪党どものあいだをすり抜けて、アルミケースの近くまで駆け寄った。


(よし、いただきっ!!)


 そしてアルミケースを効果範囲に捉えた陽一は、先ほどのバッグ同様中身を入れ替え、さっさと【帰還+】を発動してホテルのスイートルームへと帰ったのだった。


「ふぅ、危なかったな……」


 誰もいないスイートルームでひと息ついたあと、陽一はリビングのテーブルにアルミケースからいただいた中身を取り出した。


「おお、絶景かな」


 それは使い古された10ドル紙幣や20ドル紙幣を中心に構成された、合計100万ドルの札束だった。

 【無限収納+】の"使用者を中心に半径10メートル以内のものを自由に出し入れする"という機能を使い、ケースの中身だけを頂戴したのである。


 ちなみにボストンバッグの中身も掠め取っていたが、それはあまり見たくないものなので、【無限収納+】に死蔵しておき、なにかいい方法があれば処分するつもりだった。


 ただ、いくら相手が悪い人たちだからといって、一方的にもらうだけでは寝覚めが悪いので、陽一は代わりのものをアルミケースとボストンバッグのそれぞ

れに"取り出し"ていた。


「はぁ……。ちょっと疲れたかも」


 突然発生した銃撃戦に気疲れを覚えた陽一は、ベッドに身を預けて少しだけ休憩した。


「……てか、あの電話なんだったんだ?」


 そしてある程度落ち着いたところで、銃撃戦の引き金となった着信を思い出すと、陽一は【無限収納+】からスマートフォンを取り出し、履歴を確認した。


「花梨? って、そりゃそうか」


 このスマートフォンは今回こちらに来るにあたってレンタルしたものであり、番号を知っているのは花梨だけだった。


「なにかあったのか?」


 陽一は履歴から花梨にコールバックした。



 ――一方そのころ、取引現場にて。


「な、なんだったんだ、いまのは……?」


 残された悪党どもは戸惑っていた。


 突然現われた正体不明の存在は、こちらが威嚇するやいきなり重火器を乱射し、音響閃光手榴弾スタングレネードを使って自分たちの動きを封じた。

 しかし、そのあとなにをするでもなく姿を消したのだった。


 アルミケースもバッグもそのままであり、この場に集った人員には怪我ひとつなかった。


 しばらく経ってもそれ以上なにも動きがないこととである程度平静を取り戻した双方のリーダーが、それぞれ数名人員を出して、あたりを捜索させた。


 結果、怪しいものは見つからなかったため、取引は続行。


 お互い持ち寄ったものを交換し、中身を確認することとなった。


「……おい、なんの冗談だこりゃ?」


 アルミケースを開いた作業員風の男が、怒りを抑えながら開いたままのケースを相手に誇示した。

 アルミケースの中には真っ白なコピー用紙が敷き詰められ、その上にぽつねんと1枚の紙切れが配置されていた。


 それは自由の女神が描かれた、100万ドル紙幣だった。


「こんなジョークアイテムとブツを交換しろってのか? あぁっ!?」

「ちょっと待て、ブツってのはこれのことか? おぅ!?」


 対するビジネスマン風の男が開いたボストンバッグの中には、まだ湯気の立っている白いご飯がぎっしりと詰め込まれていた。

 これは陽一がいつでも炊きたてのご飯が食べられるようにと、【無限収納+】に常備しているものである。


 紙幣100万ドル分の代わりに100万ドル札、白い粉の代わりに白い米。


 悪くない取引だったと思ったのは陽一だけであろう。


 この日の取引はあやうく血みどろの抗争になりかけたのだが、"お互いに不手際があった"ということで、穏便に解散されることになった。


 余談だが、ご飯の詰め込まれたボストンバッグは帰り際に打ち捨てられ、それをたまたま見つけたホームレスたちによって美味しくいただかれたのだった。

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