第13話 取引

「で、結局あなた……というか、あなたたちは何者ですの?」


 翌日、昼過ぎまでぐったりとしていたキャサリンことシャーロットが、気怠そうに身体を起こしながら陽一に訊ねた。


 陽一らは、さすが【健康体α(β)】の持ち主だけあって、朝にはすっかり元気になっており、ルームサービスを頼んで豪華な朝食を堪能していた。

 ルームサービスを持ってきた男性スタッフもまた油断のならない相手のようだったが"昨日はっちゃけすぎてキャサリンは寝室でぐったりしている"と言ってごまかし、ほかの女性たちにも寝室で待機してもらってやりすごした。


「だから、ただの観光客だって」

「嘘ばっかり」


 そう言ったシャーロットの表情に非難の色はなく、どこか呆れたように力なくほほ笑んだあと、少しだけ視線を強めて陽一を見た。


「わたくし、これでもドラッグにはそれなりの耐性がありますの」

「あー、そういえば……」


 陽一が事前に【鑑定+】で確認した結果の中に、『薬物中毒(微)』というものがあったのを思い出した。

 おそらくは微量のドラッグを継続的に摂取し、耐性をつけていたのだろう。


「なのに、あなたが使ったあの薬には一切抵抗できなかった……」

「あー、うん。えーっと、非常に申し訳ないんだけど、そのドラッグの耐性ね、たぶんなくなってると思うよ」

「は……?」


 あらためて【鑑定】した結果、シャーロットの状態は『良好』となっていた。

 おそらく【健康体α】の影響だろうが、【健康体β】を付与するまでには至らなかったようだ。


 薬物耐性を失ったことに関して彼女に話すのは危険かもしれないが、そのせいでシャーロットが今後なにか不利益を被るのもあと味が悪いと思い、あえて伝えることにした。


「はぁ……そうですの……」

「あれ、信じるの?」

「だって、こんなに爽快な気分になるのは久しぶりですもの。わたくしの中に残っていた悪いものが全部なくなったんだと思うと、なんとなくですが納得できますわ」


 わからないことは考えず、ただ事実のみを淡々と受け入れる、というのがシャーロットの考え方なのだ。


「さて、ヨーイチさん。取引しませんこと?」


 シャーロットがなにかを企むような、人の悪い笑みを浮かべる。


「取引?」

「ええ。これ、くださらない?」


 そう言いながら、シャーロットは首にかかったネックレスをつまみ、誇示する。

 それはただのネックレスではなく、異世界から持ち込んだ意思疎通の魔道具である。


「これがなんなのかという詳しいことは聞きませんし、調べません。ただ、便利であることはたしかなので、ぜひお譲りいただきたいのですわ」

「むむ……」


 陽一は【鑑定+】によって相手がなにを考えているのか、ある程度探ることができる。

 驚いたことに、シャーロットは本心からそう言っているようだった。


「これをいただけるのでしたら、昨夜わたくしは、善良な観光客であるヨーイチさんと楽しく過ごさせていただいた、ということにさせていただきますわ」


 これも本心だった。


 魔道具を調達したアラーナは、花梨と実里とともに安モーテルへ戻ってもらっている。

 アラーナの意志を確認したいと思った陽一は、スマートフォンを取り出し、花梨に電話をかけた。


『どしたの?』

「アラーナと話したいんだけど」

『あたしたちに聞かれちゃまずい話?』

「いや、べつにいいけど」

『じゃあ……はい、スピーカーにしたよ』

「お、ありがとう。アラーナ、聞こえる?」

『うむ、大丈夫だ』


 スマートフォンでの音声通話を初めて使うであろうアラーナの声に戸惑う様子がないのは、事前に電話というものについて説明していたからだ。


「いまシャーロットに貸してる意思疎通の魔道具だけど、彼女にあげてもいいかな」

『べつに構わんよ。ヨーイチ殿がそうしたいなら好きにすればいい』

「そっか、ありがと。じゃあ一旦切るね」


 そう言って電話を切ると、陽一は顔を上げてシャーロットを見た。


「……というわけで、取引は成立ね」

「え、本当によろしいんですの?」


 陽一があまりにあっさりと了承したので、逆にシャーロットは唖然とした。


「ん? いらないの?」

「いえ、いただけるというのであればぜひ欲しいですわ! でも……」


 自分から持ちかけた取引とは言え、この道具の効果を考えるとそれに見合うだけの働きを返せるだろうかと、少し不安になってくる。


「大丈夫。シャーロットのことはから」

「う……」


 陽一の言う"信じてる"という言葉の裏にあるものを推察したシャーロットは、一瞬渋面を作ったが、間もなく覚悟を決めたように笑みを浮かべて再びネックレスをつまみ上げた。


「では、ありがたく頂戴しますわね」

「ええ、どうぞ」


 異世界のものをこちらの世界のあまり信頼の置けない人物に与えるリスクなど考えるのもアホらしいのだが、陽一はこの国で役に立ちそうなコネクションの獲得を優先させることにした。

 少なくとも魔道具がシャーロットの手にあるうちは問題なさそうだし、仮に他人の手に渡ったとしても【鑑定+】を使えば容易に追跡は可能であり、関わった人間をするのも、そう難しくはあるまい。


 陽一はほかにもいくつかシャーロットにお願いをするかわりに、ネックレスを譲ることにしたのだった。


 ちなみにシャーロットに譲った魔道具だが、【鑑定】の結果、蓄積された魔力を使って半年ほどは使用可能であることが判明している。


「それ、半年で効果が切れるから」


 シャワーを浴び、衣服を整えたシャーロットを部屋の入口まで見送りながら、陽一はそう告げた。


「あら。でしたらそれまでに一度会いにきてくださる?」

「はは、どうだろうね」

「もし来てくださらないのでしたら、わたくしのほうから伺いますわ――んちゅ」


 そう言いながら、シャーロットは陽一の首に手を回し、唇を重ねてきた。

 陽一も特に避けることなく彼女を受け入れ、ふたりは軽く舌を絡めたあと、すぐに離れた。


 元CIAの伝手つてがあれば、陽一の居場所を突き止めるくらいは容易なのだろう。

 ただし、そのとき陽一がこの世界にいるとは限らないが……。


「では、また」

「ああ。エドさんにくれぐれもよろしく」

「うふふ、もちろん」


 シャーロットは妖艶な笑みを残して、部屋を出ていった。

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