第10話 スイートルームでの攻防
シャーロット・ハーシェル元CIA特別調査員。
それがキャサリンの正体であり、彼女は現在このホテルの支配人であるエドと個人的な契約を結んでいる私立探偵のような存在だった。
「調べてもなにも出てこないから、ほっといてもいいんだろうけど……」
陽一はバスルームで濡れないようにシャワーを出しつつ、【鑑定+】の結果を見ながらそう呟いた。
「でも、このままいくと俺あの人に食われちゃうんだよなぁ」
なにもなければやる気満々のキャサリンことシャーロットとセックスをすることになりそうで、それはそれで悪くない気もするのだが、花梨たちを安モーテルに待たせたまま金髪美女をよろしくやるというのは、どうにもうしろめたい。
「――というわけなんだけど、どう思う?」
【無限収納+】から下着とジャージを取り出して着たあと、安モーテルに【帰還】した陽一は、早速3人に事情を説明した。
「つまり、連中は私の金を奪い取っただけでは飽き足らず、ヨーイチ殿にも手を出そうというのだな?」
ベッドに腰かけたアラーナが、暗い笑みをたたえながら答えた。
どうやらカジノでで大負けしたらしい。
であればそれは遊戯に対する正当な対価なので、奪い取られたというのは少し違う気もするのだが……。
「花梨と実里はどう思う?」
「んー、あたし的には陽一の好きにしてくれていいと思ってるけどねー」
「私の立場ではなんとも……。ただ、陽一さんが知らない女の人と、その……、そうなるのは、ちょっと嫌……かな」
そこでアラーナが勢いよく立ち上がった。
「お仕置きだ!! そんな不埒な女にはお仕置きが必要だ!!」
「お仕置きねぇ……」
陽一としても、チョロいと思われたままことなかれ主義を貫くことに、
それに、自分の得たスキルがこちらの世界でどこまで通用するのかを試してみるのも悪くないと、そう思い始めたのだった。
スイートルームに入ってすぐのところでホームポイントを設定していた陽一は、【帰還+】の確認機能を使ってポイントの様子を確認した。
そしてちょうどシャーロットがホームポイントに背を向けたタイミングで【帰還+】を発動した。
「うふふ……、東洋人の硬いアレも、久々に悪くないわねぇ」
「硬いっていうのは、褒め言葉として受け止めればいいんですかねぇ?」
陽一の言葉に飛びのいたシャーロットの動きは、さすがというべきものだった。
【鑑定+】を使いながら行動を先読みし、陽一は寝室のドアの前に立つ。
ハニートラップを得意とするシャーロットは、護身や逃走のための技術を持っていても、敵を制圧する力がないことは【鑑定+】で確認済みだったので、ひとりでも充分に障害になれる自信が陽一にはあった。
そしてシャーロットは陽一の思惑どおり、入り口からの脱出を選んだ。
(――速っ!?)
まるで消えたように移動したシャーロットを、アラーナはあっさりと捕まえた。
しかしシャーロットはアラーナの腕に脚を絡め、飛び十字のようなかたちで腕を極めた。
(まずいっ!! ――って、うそだろ……?)
さすがにあれは防ぎきれないと援護に入ろうとした陽一だったが、アラーナはなんの
「もう、終わりかな?」
「何語よ、それ……」
シャーロットの返事に、アラーナは少し困ったような表情で陽一を見た。
とりあえず陽一はアラーナに任せるべく、軽く頷いた。
「すまんな」
ひと言そう告げたあと、アラーナはシャーロットを床に叩きつけた。
「うへぇ……痛そう……」
シャーロットの意識がなくなったのを確認したアラーナは、まだ絡みついていた彼女を引き剥がして立ち上がった。
「さて、お仕置きだ!!」
なんだかアラーナは、少し嬉しそうだった。
「あのさぁ。なんで魔法も魔術も使えないこの世界で、あんな力が出せるわけ?」
陽一は裸にひん剥いたシャーロットの手足にロープを結びつけながら、アラーナに訊ねた。
「私の身体強化は、べつに魔術を使っているわけではないからな」
「そうなの?」
「うむ。体内の魔力を全身に巡らせて身体能力を強化してるのだよ」
「……へええ。じゃあ体内の魔力操作はこっちでもできるってこと?」
「のようだな。ちなみに身体強化系の魔術は失敗したとだけ言っておこう」
「なるほどねー」
そうこうしているうちに、シャーロットの拘束が終わった。
「ここまでやっておいてなんだが、ヨーイチ殿は彼女をどうするつもりなのだ? 無理やり、その……犯すのか……?」
なんとなくノリでここまでしてしまったものの、全裸で拘束されるシャーロットの姿を見て罪悪感が芽生えたのか、アラーナは少し申し訳なさそうに眉根を下げた。
花梨と実里は無言だったが、やはりどこか心配そうな視線を陽一に向けていた。
「うーん、無理やりってのは趣味じゃないんでね。これを使って彼女のほうから求めるようにできないかなと」
陽一の手には【無限収納+】から取り出された小瓶が持たれていた。
それは日本でならコンビニエンスストアでも売っている、ごく一般的な栄養ドリンクの瓶だった。
「それは……栄養ドリンク、ですか?」
陽一が手にした小瓶を見た実里が問う。
「なになに、金髪美女相手にファイトいっぱーつ! って感じ?」
花梨はからかい口調でそういったが、ほんの少し陽一を責めるような意図が感じられた。
「いや、これは――」
そこまで口にしたところでアラーナを視界に捉えた陽一が、言葉をつまらせた。
「あ、いや。やっぱこれはやめとこう、うん」
「ヨーイチ殿」
「なに?」
「それを使うかどうかは任せるが、なんなのかくらいは教えてほしいのだが」
「あー……、いや、ホント、気にしないで」
陽一の態度にアラーナは軽く眉をひそめ、ため息を漏らした。
「ヨーイチ殿は私に気を使っているように思えるのだが、それは自意識過剰というものだろうか?」
「う……」
気まずそうに陽一が目を伏せる。
「やはり……。そういう気の遣われ方はあまり好かんのだがなぁ」
そう言いながらジト目を向けるアラーナだが、言葉ほど機嫌を損ねているということはなさそうだった。
「で、中身は?」
「……インキュバスの媚薬」
それはアラーナと出会ったとき、彼女を襲っていた3人組のひとりが持っていたものだった。
連中はその媚薬をアラーナの秘部に塗って彼女を欲情させ、そのまま性奴隷へと調教するつもりだったが、偶然乱入した陽一によって阻止された。
陽一が繰り広げた『話せばわかる作戦』のおかげで
そして【無限収納+】のメンテナンス機能を使って地面に染み込んだ媚薬を分離し、元の小瓶に残っていたものも含め扱いやすいよう、馴染みのある栄養ドリンクの空瓶に入れ替えていたのだった。
「ほう。つまり、その媚薬を使ってこの女を手籠めにするというわけか……。ふむ。面白そうではないか」
瓶の中身がインキュバスの媚薬と知ったアラーナは、頷きつつも口元に妖しい笑みを浮かべる。
「……嫌じゃないの、これ使われるの?」
「ん?」
未遂に終わったとはいえ、性器に直接媚薬を塗りたくられ、欲情させられるというのは普通に考えればトラウマものの出来事だろう。
考えなしに媚薬を取り出したあと、そのことに思い至った陽一は自分のうかつさを呪ったが、当のアラーナは特に気にした様子もなかった。
そしてきょとんと陽一を見ていたアラーナが、ふと艶やかな笑みを浮かべ、顔を近づけてきた。
「ふふ……」
そしてアラーナは、そのまま唇を重ねてきた。
「んむ……んちゅ」
突然始まったキスはすぐに終わりを告げ、アラーナは熱っぽい視線を陽一に向けたまま口を開く。
「あんなこと、私にとっては
「お、おう……」
「――ん……んぅ……」
そこに短いうめき声が割り込んできた。
どうやら捕らえた金髪美女が目を覚ましたようだ。
「んぅ……なに、これ……?」
キャサリンことシャーロットは、自分の姿を確認し、手足を動かして拘束されていることを確認した。
「お目覚めのようで」
陽一の声に反応し、彼のほうに目を向けたシャーロットは一瞬驚き、わずかに眉をひそめたが、すぐに誘うような笑みを浮かべた。
「うふふ。こんなことしなくても、お相手しましたのにぃ」
と、手足を拘束されたまま腰をくねらせる。
彼女の視線は陽一のみを捉えており、女性陣に関しては無視することに決めたようだ。
「少しお話をしましょうか、キャサリンさん。いえシャーロット・ハーシェル元CIA特別調査員どの」
陽一の言葉に笑顔を凍らせたシャーロットは、すぐに無表情となった。
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