第16話 魔術の習得
実里が水素と酸素を使って盛大な爆炎を上げて間もなく、訓練場に受付の老婆クララが姿を現わした。
彼女の手には魔導書が2冊だけあった。
「待たせたね。ほれ、嬢ちゃんたちの魔導書だよ」
クララは少し重そうな魔導書を、花梨と実里に手渡した。
「あ、どうもですー」
「ありがとうございます」
「基本的な魔術はひととおり収録しといたからね」
そう言うと、クララはアラーナを見た。
「確認し忘れてたけど、金はあるんだろう?」
魔術士ギルドへの登録、魔導書の作成、そして魔術の収録。
そのどれもが、無料というわけではない。
しかし、Bランク冒険者であり、サリス家に名を連ねるアラーナがいるのだから、支払いについては事後の確認で問題ないだろうと、クララは判断したようだ。
「あ、お金なら俺が」
「そうかい。大した甲斐性だ。あとで受付に寄っておくれ」
そう言ってクララは踵を返そうとした。
「ちょ、ちょっと待って! 俺の魔導書は?」
「おっと、忘れるところだった。色男には残念なお知らせだよ」
「……なんでしょう?」
「魔導書の作成に失敗した」
「はい?」
「たまにいるんだよ。魔導書とうまく適合できないもんがね」
「それってどういう……?」
「簡単に言うと、アンタにゃ魔術は使えないってことさね」
「そう……ですか……」
なんとなくこうなるのではないかと予想はしていたのだが、いざ告げられてみるとそれなりにショックを受けるものである。
「作成に失敗した魔導書は破棄するしかないんでね。悪いけどその分も払ってもらうよ」
「はぁ……」
少しだけ申し訳なさそうにクララは告げたが、陽一は力なく返事するだけだった。
落ち込む陽一の肩に、アラーナはポンと手を乗せた。
「ああ、大丈夫。なんとなくこうなるんじゃないかなぁとは思ってたから」
そう言って、陽一は力なく微笑んだ。
「クララ殿、お手数だが標的用のゴーレムを出してもらえませんか?」
場の空気を切り替えるように、アラーナが口を開いた。
「あいよ。動くやつかい?」
「……いや、動かなくていいです」
「わかった。10体ぐらい出しときゃいいかい?」
「はい、それぐらいで」
クララがパチンと指を鳴らすと、50メートルほど離れた地面から土人形のようなものが生えてきた。
どうやらそれが標的用のゴーレムらしい。
「じゃ、あたしは受付に戻るからね」
「ええ。ありがとうございました」
クララが去ったあと、アラーナは実里のほうを向き、なにやら思案し始めた。
「そうだな……。ではミサト」
「はい」
実里のアラーナに対する態度が、だんだん教師に対する生徒のようになってくる。
「直径15センチ程度の火球を出して、あの標的のどれかに当ててみてくれ」
「はい」
「あと、すまないがカリンはもう少しだけ見学しておいてくれるか」
「ええ、いいわよ」
アラーナに返事したあと、実里は胸のあたりで手のひらを上に向け、なにやら念じ始めた。
魔力は燃えるものだとイメージし、念じると、小さな炎が現われた。
そこに酸素を送り込み、炎の大きさを調整する。
その大きさは直径15センチメートルほど。
アラーナは火球と言っていたので、球体をイメージしたほうがいいだろう。
「お、出たね」
「すごーい!」
陽一と花梨が感心したように声を上げる。
陽一の気分の切り替えも終わったようである。
実里の手のひらに、アラーナの指示どおり直径15センチメートルほどの火球が現われた。
形は少し不安定だが、なんとか球体を保てている。
次に実里は標的に視線を向ける。
なかなか精巧にできた土人形の、いちばん右端の1体を見据えた。
「あっ……!!」
ゴーレムに意識を向けると、火球の形や大きさが乱れた。
それを慌てて整える。
火球が持つ熱は、不思議と感じなかった。
顔から10センチメートルも離れていないところに人の頭ほどの炎の塊があれば、普通は
それでも実里の額に汗が浮き上がっているのは、熱さのせいではなく、集中しているせいだ。
実里は大きさや形が変わらないよう、火球に意識を向けたまま、再びゴーレムを見据えた。
(どうやって飛ばそう?)
ゴーレムと火球のあいだで視線を行き来させていた実里だったが、結局手の上に現われた火球をオーバースローで投げることにした。
「えいっ」
「おお!! ……おぉ?」
「あらー……」
勢いよく実里の手を離れた火球だったが、数メートルで減速し、さらに形や大きさが乱れ始め、標的に届く前に消えてしまった。
「はぁ……」
少し疲れた様子で息を吐くと、実里はがっくりと肩を落とした。
「うむ。この場合は標的の位置まで形や大きさ、威力を維持することと、そこまでのスピードなどもしっかりイメージする必要があったな」
「……魔法って難しいね」
それは思わず実里の口をついて出た言葉だったが、アラーナはその言葉に対して大きく頷いた。
「その通り。魔法は難しいのだ。そこで――」
アラーナの視線が、実里が小脇に抱えた魔導書を捉える。
それに誘導され、実里は魔導書を持ち直し、胸の前に掲げた。
「魔術の出番というわけだ。……失礼」
そう言うと、アラーナは実里の前に手を差し出した。
アラーナの意図を察した実里が、魔導書を手渡す。
「魔法の大きさ、効果範囲、射程、威力等々、魔法というのは使うためにさまざまな過程を意識しなくてはならない」
そう言いながら、アラーナはペラペラと魔導書のページをめくる。
「その過程を我々は術式と言ってな。その術式をまとめて効率よく魔法効果を再現できるようにしたのが魔術というわけだ」
アラーナはページを開いたまま、魔導書を実里に返した。
「これは先ほど実里に頑張ってもらった火球を魔術として収録したものだ」
そのページにはなにやら幾何学模様のようなものが書かれていた。
「まずはそれをストックしてくれ」
「えっと……」
「ページに手を触れ、自分の中に取り込むイメージだ」
「はい……」
実里がアラーナに言われたとおりにすると、そのページに書かれた幾何学模様が淡い光を放った。
そして、黒く濃かった模様が、グレーアウトしたように薄くなる。
「わぁ……」
実里が感嘆の声を上げる。
「ふふ、どうだ?」
「なんか、変な感じ」
実里は、なにかを確認するかのように、自分の身体を見回した。
「では、〈火球〉を使ってみてくれ。使い方は、わかるだろう?」
「はい」
返事のあと、実里はゴーレムのほうへ手をかざした。
実里の手のひらの前にさっきと同じくらいの火球が現われたかと思うと、次の瞬間には高速で撃ち出され、あっという間にゴーレムに到達した。
火球を受けたゴーレムは、ボンッ!! と音を立て、ボロボロと崩れ去った。
「おおー!!」
陽一が感嘆の声を上げ、パチパチと拍手をする。
――ボンッ!!
「うぉっ!?」
実里がゴーレムを燃やした数秒後、隣のゴーレムにも火の塊が直撃する。
「んふふー、成功ー!」
花梨が陽一を見て得意げな笑みを浮かべる。
どうやらアラーナが実里に説明しているのを聞いて、自分で〈火球〉をストックし、使用したようだった。
「でも、あたしのほうはだいぶ威力が弱いみたいね」
見れば、実里が〈火球〉を当てたゴーレムは全身が黒焦げになっているが、花梨のほうは胸を中心に、上半身のみが黒くなっている。
「同じ術式といっても、使用者の能力に左右される部分はあるからな。未完成とはいえ〈火球〉を魔法で再現できたミサトはたいしたものだ」
「そっかぁ」
そう言われ、花梨が少しだけ肩を落とす。
「ちょっとその術式とやらを見せてもらえるかな……?」
陽一は開いたままのになっている、実里の魔導書に視線を落とした。
グレーアウトしているが、その模様は充分に読み取れた。
「なになに……《直径15センチメートル、1500度の火球を、時速100キロメートルで標的に飛ばす。射程は50メートル。ただし、発動時に込める魔力により、各効果は増減できるものとする》ねぇ……」
「よ、読めるのか!?」
アラーナが驚いたように陽一を見た。
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