第15話 まぜるな危険
「いやぁ、アラーナの家族って凄いなぁ」
「ん? なにがだ?」
オルタンスの執務室を出た陽一ら4人は、再び1階の受付へと向かっていた。
「だってさぁ、親父さんが領主でおふくろさんが魔術士ギルドのギルドマスターで、お祖父さんが冒険者ギルドのギルドマスターだろ?」
「なにを驚いているのか知らんが、ここメイルグラードは我がサリス領の領都にして唯一の町だからな。領主であるサリス家の者が各機関の要職を占めるのは当たり前のことだと思うが」
「あ、そういうもんか」
陽一の横では実里が感心したように頷いていた。
「あー、ただし、お祖父さまは別だな」
「そうなの?」
「うむ。あの人は初代領主たるデズモンド卿とともにこの地を開拓した開拓団のひとりだからな。メイルグラードが興った直後から初代に請われて冒険者ギルドのギルドマスターに就任しているのだ。お祖父さまがサリス家の外戚になったのはそれよりもずっとあとの話だから、サリス家云々とは関係ないな」
「へええ」
「あと、母上の立場も微妙なところだな。この町の魔術士ギルドの初代ギルドマスターはお祖母さまでな。母上が父上と結婚したあとにその座を譲られたので、自分の娘に譲ったと見るか、領主の妻に譲ったと見るか判断はむずかしいところだ」
「ふうん。お祖母さんはご健在?」
「うむ。いまもたまに母上に請われて業務を手伝ったりお祖父さまの手伝いをしているが、基本的にはのんびり暮らしておられる。おふたりはもう何百年も連れ添っているというのに、いまでも仲睦まじくてなぁ」
そう言いながら穏やかに微笑むアラーナの姿に、陽一はなにか引っかかるものを覚えた。
しかしそれがなにか気づく前に、4人は受付に到着した。
「あ、そういえばさぁ、ギルドマスターが言ってたクララちゃんって誰?」
「あたしだよ」
受付にたどり着いた陽一がアラーナに訊ねたところ、答えは受付嬢である老婆から返ってきた。
「……悪かったねぇ、顔に似合わずかわいらしい名前で」
どうやらクララの答えを聞いた陽一は、微妙な表情を浮かべていたらしい。
「あ、いえ、全然。お似合いだと――」
「心にもないこと言うんじゃないよ」
そうは言ったものの、あまり気にしていない様子であった。
「ほい。じゃあお前さんたち、これ書いとくれ」
魔術士ギルドへの登録用紙を渡された陽一は、花梨と実里の分も代筆してやった。
意思疎通の魔道具で会話は可能だが、読み書きはできないのだ。
その点、【言語理解+】を持つ陽一は、読み書きも完璧にできるのだった。
「次にカードの登録だけど……、そっちの色男からいこうかねぇ」
「いや、色男って……」
「いい女3人も引き連れて謙遜してんじゃないよ。さっさとここに指を置きな」
陽一はクララの言葉に少し照れながら、自分のカードがはめ込まれた台座のような道具に手を置く。
例のごとく血を1滴取られたあと、ギルドカードに魔術士ギルドの情報が追加されたようだ。
「あとはそっちの嬢ちゃんたちだね」
陽一にカードを返すと、クララは事前に用意してあった新しいカードを台座にはめ込み、ふたりを手招きした。
「あんたたちはギルド登録の経験がないんだったね。じゃあこっちのカリンって娘から始めようか」
そう言ってクララは陽一が代筆した花梨の登録書をひらひらと示した。
花梨にはそれが自分のものかどうかを確認はできないのだが。
「そこのちょっとへこんでるところに指を置きな」
「はい」
「チクッとするけどすぐに治るからね」
「っ……!!」
血を抜かれる瞬間、花梨は少しだけ顔をしかめた。
「はい、終わりだよ。傷はちゃんと治ってるだろ?」
「……どうも、ありがとうございます」
「ふふん、礼儀正しい娘じゃないか。ほら、これが嬢ちゃんのギルドカードだよ」
「ありがとうございます」
クララからギルドカードを受け取った花梨は、嬉しそうな表情でカードをいろんな角度から眺めた。
同じ手順で実里の登録も終える。
「あとは魔導書だったね。次はもう少し血をもらうよ」
管のついたリストバンドのようなものを3つ用意したクララが、陽一と花梨、実里の手首にそれを巻いた。
管の先は小さなガラス瓶につながっている。
「じゃあ、始めるよ」
クララがそう告げると、管の中を血液が走り、やがて瓶に注がれ始めた。
「え? え?」
痛みもなく血液を抜かれるという状態に3人は驚き、戸惑う。
それを見たアラーナも、なぜか驚いているようだった。
「クララ殿、これは?」
「おや、アラーナは初めて見るのかい? これはヴァンパイア族と魔術士ギルドで共同開発した吸血の魔道具だよ」
「ほう」
ふたりの会話を聞いた花梨が、陽一の耳元に顔を近づける。
「ファンタジーなんだかサイエンスなんだか、よくわかんない道具だね」
「……だな」
などと無駄話をしているうちに、採血は終わったようだ。
クララが魔道具を外し、3人はそれぞれ自分の手首をまじまじと見た。
「心配しなくても、傷ひとつついてないよ」
クララの言うとおり、3人の手首は綺麗なものだった。
「さて、魔導書の準備には少し時間がかかるからね。どっかで時間つぶしできな」
「それなのですが、外の訓練場を使わせてもらえませんか?」
「ああ、いいよ。じゃあ魔導書の準備ができたら持っていけばいいのかい?」
「そうしていただけると助かります」
魔導書作成の準備を終えた陽一と花梨、実里の3人は、アラーナの案内で屋外の訓練施設へと向かった。
○●○●
魔術士ギルドの敷地内には、魔法や魔術の練習を行なえる訓練場があった。
広さはテニスコート2面分ぐらいだろうか。
かなり強力な結界が張られているので、多少危険な魔法や魔術を発動しても問題ない場所である。
いまは陽一たち以外に人はいないようだった。
「では魔導書ができるまでのあいだに、魔法とスキルの実地訓練をできるだけやっておこうか」
「まぁそれはいいんだけどさ。魔導書があれば魔術は簡単に使えるようになるんだろ?」
「うむ、そうだな。しかし、魔法を使えるかどうかで、同じ魔術を使うにしても効果が変わってくるんだよ」
「なるほどねぇ」
魔術はともかく、魔法とスキルの訓練となると陽一には関係のない話になるので、一歩下がって様子を見ることにした。
「私もあまり魔法が得意なほうではないが、それでも初歩の手ほどきぐらいはできると思う。簡単な魔法を使うので、それを実際に見て参考にしてくれ」
「お願いします」
アラーナの言葉に、実里は丁寧に頭を下げた。
「魔法はイメージが大事だ。周囲の魔力をうまく感知し、それを操作して“水を生み出す”というふうに強くイメージすると……」
天に向けたアラーナの手のひらの上に、小さな水の塊が現われ、数秒で霧散した。
「と、このように水が現われるわけだ。私は魔法が得意ではないので、
「へえ……。手品みたいだけど、そうじゃないのよね……」
と、花梨は感心したようにうなずき、1歩下がって様子を見ていた陽一も少しばかり目を丸くする。
「ミサト、やってみてくれ」
「あ……うん」
実里は眉間にしわを寄せ、首を傾げていたが、アラーナに促されて返事すると手を胸の前で上に向けた。
「んーっと……」
なにか考えるように視線を上向けて、しばらく手のひらの少し上あたりの空間を凝視した。
そして数秒後、バケツ1杯分くらいの水の塊が現われたのだった。
「わわっ……!!」
実里が驚いて声を上げると、水の塊はその場で崩れ、バシャンと地面に落ちた。
陽一、花梨、アラーナがぽかんと口を開けて実里を見た。
「ミ、ミサト……、いったいなにをしたのだ!?」
「あの、ごめんなさい……」
「あ、いや、怒っているのではない。いったいなにをどうイメージすれば、初心者のミサトがあれほどの水球をつくれるのか、それを聞きたいと思っただけだ」
陽一と花梨も、アラーナの疑問に同意したのか、無言のままうんうんと頷いた。
「えっと、その……、魔力で水を生み出すっていうのがよくわからなくて……」
3人の視線にうろたえつつも、実里は話を続ける。
「だから、周りにある水蒸気を、こう、ググっと集めるようにイメージしたら、あんなことに……」
「あー」
「なるほどねぇ……」
「む? 蒸気……?」
陽一と花梨は納得したようだが、アラーナは意味がわからず首を傾げる。
「要は、周りにある湿気を集めたってわけよ」
「なるほど、湿気か。そんな方法があるとはな……」
花梨の説明で納得がいったのか、アラーナもまた感心したように頷く。
「うむ。魔法使いにとって、どれだけ具体的なイメージを持てるかというのは、非常に大事だからな。やはりミサトには魔法使いの才能があるようだ。では炎は出せるか?」
「炎……? えっと……」
炎と言われ悩んだあと、実里は少し離れた空間に視線を向けた。
そして――、
ボンッ!!
と、突然空中で爆発が起こったのであった。
「なんだ!? 敵襲かっ!?」
「うおぁっ!! ……びっくりしたぁ」
「なになに!? 爆発?」
アラーナは
花梨は爆発の瞬間身を縮め、きょろきょろとあたりを見回している。
「……あの、ごめんなさい」
身体を縮こまらせた実里が、おずおずと手をあげながら3人に謝罪した。
「いまのは……ミサトが?」
「えっと……はい」
実里は申し訳なさそうな顔でうつむいた。
「あー、いや、べつに怒っているわけではないぞ? 炎が出るものだと思っていたので、少しびっくりしただけだからな。油断していた私も悪いし」
「うん、びっくりはしたけど、被害がないならべつに……ねぇ?」
「っていうか実里、なにやったの?」
「えっと、その……、空気中の水蒸気を分解して水素と酸素に分けて、それを適当に集めて火をつけたら……」
爆発したというわけである。
「あはは……、なるほど」
実里の説明を聞いた花梨は、感心半分、呆れ半分といった様子で呟いた。
アラーナは実里の説明を聞いてもなにがなにやらわからず、首を傾げていた。
そして陽一は青ざめた顔で口に手を当て、軽く震えながら実里を凝視した。
(実里……恐ろしい子……!!)
科学と魔法、混ぜるな危険、ということらしい。
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