第17話 新しい能力
「え、読めないの?」
「読めるわけがないだろう!!」
アラーナは半ば驚き、半ば呆れたような表情で怒鳴った。
「……すまん、突然大きな声を出して」
「あぁ、いや、うん……」
「コホン……。それは魔術士ギルドが開発した魔導言語というものでな。魔術士ギルドの中でもごく一部のものしか読むことのできない秘中の秘なんだよ」
「おう、マジかぁ……」
「仮に言語を理解できたとしても、確か術式は暗号化されているはずだから、意味は汲み取れないはずだ。魔術士ギルドで魔導言語を習得している者であっても、ひとりでは絶対に解読できないようになっていると聞いたことがあるのだが……」
魔導言語は、言語とはいってもなにかしらのコミュニケーションに使えるものではなく、例えるならプログラム言語のようなものだ。
通常の言語体系には含まれないものであり、本来【言語理解】で読めるようなものではないのだ。
しかし管理者が与えた加護の影響がここにも現われているのだった。
そして、高度に暗号化されて記された術式も、【鑑定+】の手にかかればあっさりと解読されてしまうのである。
つまり陽一は、【鑑定+】と【言語理解+】のあわせ技で、魔導書の術式を読めるようになったというわけであった。
「このことは……、たぶん秘密にしておいたほうがいい」
魔術は、魔術士ギルドによって厳正に管理されている。
魔法効果を効率よく発動できる魔術は、使いようによってはいくらでも反社会行為に使えるものなのだ。
魔術士ギルドは誰の魔導書にどの魔術が収録されているか、ということをすべて把握できるようになっている。
そして、ギルドが持つ技術と権限により、いつでも魔導書を無効化できるのだった。
「じゃあ下手に魔導書を改変したりしたら……?」
「すぐに魔導書は停止されるだろうな。そしておそらく捕縛される」
「おぅ……」
【言語理解+】は読み書きに対応している。
つまり、その気になれば術式を書き換えて魔術を改変したり、新しい魔術を生み出すことも可能なはずである。
そう思い、陽一は胸をときめかせていたのだが、そううまい話はないらしい。
「あー、なんかヤバそうなにおいがするわねぇ」
「うむ。この話はこれ以上やめておこう」
アラーナが話題を打ち切り、実里を見た。
「いま火球をストックしている状態なわけだが、魔力の消費は感じるか?」
魔術というものは、自身の内にストックしなければ使えず、ストックしているあいだは少しずつ魔力を消費するのである。
そして、ストックの際とストックを解除する際に、それぞれ魔術1回分の魔力を消費する。
つまり、実里は現時点で火球2回分の魔力を消費しており、それ以前に何度も魔法を使っているので、かなりの魔力を消費しているはずであった。
そこにストック分の消費が重なると、多少の疲れを覚えそうなものであるが――。
「……べつに」
特に疲労のようなものは感じていないらしい。
「ふむう……。ミサトは保有魔力が多いのだろうか。試しにいくつか魔術をストックしてみようか」
「あ、じゃあそのあいだ弓の練習してもいい?」
どうやらアラーナが実里にかかりきりになりそうだったので、そのあいだ自分にもできることを、と花梨はそう申し出た。
「そうだな。ではあのゴーレムを標的に
「わかった。陽一、お願い」
花梨はロングコートを脱ぐ。それを渡す代わりに、陽一が【無限収納+】から取り出したコンパウンドボウと矢筒を受け取った。
「ちょっとさがるね」
受け取った矢筒を腰に巻きながら、花梨は20メートルほどうしろにさがった。
標的までの距離はおよそ70メートル。
アーチェリーとほぼ同じ距離までさがった時点で花梨は標的に向き直り、練習用の矢をつがえ、ストリングに指で引いた。
「……?」
花梨は少し驚いたように眉を上げたが、すぐに表情をあらため、標的を見据えた。
スコープサイトで捉えたのは、先ほど自身の放った〈火球〉で胸のあたりを焦がした標的用のゴーレムである。
数秒間、狙いを定めたあと、引っかけていた指を放して矢を放つ。
――ドスッ! と音を立て、放たれた矢はゴーレムの胸に突き刺さった。
「おぉ! お見事」
陽一が感嘆の声を上げ、ぱちぱちと拍手をする。
しかし花梨はそれを無視し、二の矢をつがえ、放った。
続けて3発、4発と矢を放つ。そのすべてがゴーレムの胸のあたりに命中していた。
「いやすげぇな! オリンピック出られるんじゃないか?」
「……うん。金メダルも夢じゃないね」
「へ……?」
冗談のつもりで発した言葉に淡々と返され、陽一は間抜けな声を漏らしてしまう。
そんな陽一を尻目に、花梨は開いた右手と弓を持ったままの左手を交互に見て、眉をひそめた。
「なんか、変なのよ……」
「変?」
そこでようやく花梨は顔を上げ、陽一を見た。
その顔には、何本もの矢を標的に命中させた喜びはなく、ただ戸惑いばかりが浮かんでいる。
「あたしね、普段はリリーサーを使ってんの」
アーチェリーでは、通常リリーサーと呼ばれる道具を使って弓を引く。
フックにストリングを引っかけて引き絞り、トリガーを引いてフックを外し、矢を放つのだ。
リリーサーには銃のグリップのような形状の『ハンドタイプ』と、リストバンドにフックを取りつけたような形状の『リストタイプ』があり、競技ではハンドタイプのほうが使われる。
そのため花梨も、リカーブボウを使っていた頃はハンドタイプのリリーサーを使っていたが、コンパウンドボウを教えてもらった際にリストタイプのリリーサーも一緒に試させてもらった。
「コンパウンドボウに持ち替えてからは完全に趣味になったから、あたしはそれ以来リストタイプのリリーサーを使ってたんだけど、今回忘れちゃったのよね」
「あー、だから指で引いたんだ」
「そう。それが、不思議としっくりきちゃって……。あと、いつも以上に軽く弓を引けたんだよね。それにほら」
そう言って花梨は視線で標的用ゴーレムを示す。
「この距離で連続して真ん中に当てるなんて、あたしの腕じゃ無理なのよ。っていうか、リリーサーなしで標的に届かせるのも厳しいと思う」
手に視線を落とし、人差し指と中指を何度も曲げ伸ばししながら、花梨は不思議そうに呟いた。
「……さっきまであった指の痛みも、もうなくなってるし」
そして花梨は、戸惑いの表情を浮かべたまま、陽一に上目遣いの視線を送った。
「異世界補正…………的な?」
「あー、どうなんだろ」
そのとき思い至ったのは、管理者から以前告げられた【世渡上手】というスキルだった。
世界間を移動するにあたり、行き先となる世界に身体の造りなどが最適化される効果がある、と和服の彼女は言っていたが、それによってなにか補正がかかったのだろうか?
陽一は事故から生還した際に管理者によって身体を作り変えられていたので、そのスキルによる影響を受けることはないが、一般人である花梨。そして実里はなにかしら影響を受けるのかもしれない。
「なぁ、ミサト……、本当になんともないのか?」
「うん。全然平気だけど……」
そこに、魔術のストック作業を行なっていたアラーナと実里の会話が聞こえてきた。
クララが用意した魔導書には、攻撃系、回復系、補助系、生活支援系などおよそ20の魔術が収録されていた。
それぞれ初級の魔術ばかりなので、ストック時の魔力消費もそれほどではないが、チリも積もればなんとやらである。
「すべてストックしたのに……?」
しかし、実里は首を傾げ、疲れた様子を見せない。
「いくら初級の魔術ばかりとはいえ、20もストックすれば、ダークエルフの血を受け継ぐ私であってもしんどくなってきそうなものだが……」
魔力は時間経過で回復する。
その回復量を魔術ストックによる継続消費量が上回れば、魔力は減る一方となり、その状態に陥ればなんらかの違和感を覚えるはずなのだが、実里にそういった兆しは見えない。
「ヨーイチ殿は、たしか【鑑定】を使えたのだよな?」
陽一は、自身のスキルについてアラーナと実里にはすべて話している。
「うん」
「すまないが、ミサトの状態を見てもらえないだろうか? 本人が気づいていないだけで、なんらかの状態異常に陥っているのか、あるいは特殊なスキルをもっているのか……。ミサトも、いいな?」
「はい」
返事した実里が自分のほうを向くと、陽一は無言で頷き【鑑定+】をかけた。
(状態は……良好か。スキルはさすがに持ってな――)
「へっ!?」
陽一の目が見開かれ、口がぽかんと開いた。
「どうしたのだ、ヨーイチ殿?
「え……、いや、なんで……?」
陽一は実里のスキル欄に【健康体+】があるのを発見したのだった。
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