第13話 アラーナの魔法講座

「スキルとは、魔力を使ってなんらかの現象を引き起こすことを指し、魔法も広義のスキルに含まれるものだ」


 花梨と実里に魔法を使える可能性があるのではないか、と指摘したアラーナは、そのまま簡単な講義を始めた。


「とはいえ、魔法以外のスキルと、魔法、魔術とは区別して扱われることが多いがな」

「魔術?」


 魔術という新たな単語に、陽一が疑問を呈する。

 花梨と実里は一応聞いているが、まだ質問をできるほど体調は戻っていないようだ。


「うむ。魔法の使い方は大きく分けてふたつある。まずひとつは魔力を使って現象をイメージし、具現化させるというもの。そしてもうひとつは魔導書を使って習得するもので、後者が魔術と呼ばれているな」

「魔導書ってのは、スクロールとは別物?」

「ああ、まったく異なる。スクロールは物と魔力さえあれば誰にでも魔法を発動することができるが、魔術というのは、自分専用の魔導書を用意し、その中に必要な魔術を収め、さらにそこから自身の中に魔術をストックしておかなければならない」

「……つまり、魔導書自体は魔法、いや魔術の発動体にはならないってこと?」

「ふふ、ヨーイチ殿は理解が早いな。それにカリンとミサトもどうやらある程度理解しているようだ」


 花梨と実里は無言のままアラーナの話に耳を傾けていた。

 陽一と異なり、この世界におけるスクロールに関してはまったく知識がないはずだが、その語感と前後の話からある程度理解できているのであろう。


「ヨーイチ殿の言うとおり、魔導書を持っているだけでは魔術を発動することはできない。必ず自身の内にストックしておかなければ使用できないのが魔術の特徴だ。ストック云々のところは、実際に魔導書を手にしてから説明しようと思うので、いまは省略しておく」

「あ、参考までに先に確認しときたいんだけど、魔術のストックに上限は?」

「ストックそのものに上限はないな」

「じゃあ、いくらでもストックできるってこと?」

「ところがそういうわけにもいかんのだ。魔術というのは、ストックしているとそれだけで魔力を消費するのだよ。魔力というものは体調や状態に左右されるものの、基本的には時間経過で回復する。しかし、ストックに必要な魔力消費量が回復量を上回ると、ただじっとしているだけで徐々に魔力が失われていく」

「つまり、自分の魔力回復量に見合ったストックを考える必要があるってわけだ」

「そうだな。なので、魔術士は状況に合わせてストックしておく魔術を入れ替える必要があるのだ」

「ストックの入れ換えに必要なコストは?」

「ストックとして魔導書から取り出す際と、魔導書に戻す際にそれぞれ魔術発動に必要な魔力1回分が消費される」

「そうホイホイとストックを入れ替えることはできないわけか。なるほどなるほど……」


 呟く陽一の傍らで、あとのふたりも納得したように何度も頷いている。


「まぁ、あれだ。小難しいことをこれ以上この場で言ってもしょうがない。早速だが、魔法を試してみよう」


 一旦魔術の説明を区切ったアラーナは実里にそう提案し、自分の顔の前に人差し指を立てた。


「魔法で重要なのはイメージだ。そしてイメージを確立させるためには、実際に見るのが早い」


 その言葉を受け、3人がアラーナの指先を注視する。 


「〈灯火〉と呼ばれる魔法を使う。魔法というのはイメージを具現化するものなので、効果は人それぞれでだが、それでもある程度似通ってくるものだ。なので、魔法であってもその効果に合わせて名前がつけられることもある」


 簡単に説明しながらもアラーナは魔力を指先に集中させた。

 そしてその指先に、豆電球程度の光が現われた。


「おぉ……」

「わぁ……」


 陽一と花梨が感心したような声を上げ、実里は無言で目をみはった。


「ふたりとも、やってみてくれ」


 アラーナは〈灯火〉を維持したまま実里に指示した。


「ええ」

「私も……」


 ふたりは頷くと、アラーナを真似して人差し指を立てた。


「体内を巡る魔力は感じられるな?」

「ええ」「うん」

「それを指先に集め、光を生み出すイメージだ」


 ふたりは眉間に力を入れ、指先をじっと見つめながら意識を集中した。


「あ……」


 そしてふたりの指先に現われた淡い光に、陽一は思わず声を上げてしまった。

 アラーナのものに比べると弱々しく、不安定な光だが、それは確かに花梨と実里がそれぞれ生み出したものだった。

 花梨のほうがより淡く、不安定に見える。


「うそ……」

「できた……」


 その呟きとともに、ふたりが生み出した光は何度か明滅し、ほぼ同時に消えた。

 それに合わせて、アラーナも〈灯火〉を解除した。


「陽一、アラーナ、あたし、魔法が……!!」


 そして花梨は陽一に抱きついた。


「見た? 魔法だよ魔法!! 夢じゃないよね!?」

「おう、よかったな」


 自分にはできなかった魔法を使うふたりの姿に、陽一は少しばかり複雑な心境だったが、花梨の喜ぶ姿を見るとどうでもよくなる。


「魔法……、ホントに、異世界なんだ……」


 はしゃぐ花梨とは対照的に、実里はそう言ってその場にへたり込むと、わずかに震えながら自分の手のひらをじっと見つめた。

 そして実里の目からポロポロと涙がこぼれ始めた。


「え、実里、どうしたの?」


 陽一の言葉に、花梨も実里へと視線を向けた。そして陽一から離れ、実里の傍らにしゃがむ。


「大丈夫? どうしたの?」

「私……、私、陽一さんの役に立てますか?」


 震える声でそう言いながら、実里は陽一を見上げた。

 実里から涙に濡れた目を向けられ、陽一は胸の奥が締めつけられるのを感じた。


「魔法が使えたら、足手まといになりませんか?」

「実里……」

「こっちの世界でも、一緒にいていいですか……?」


 陽一は、花梨と実里を異世界へ連れてくることに反対していた――というほどではないにせよ、多少なりとも躊躇はしていた。

 どんな危険があるともしれないところである。

 陽一のようなスキルをもっているならいざしらず、ただの一般人であるふたりが異世界を訪れることで、どんな危険に巻き込まれるともわからない。

 それが怖かったのである。

 そんな陽一の心配をよそに、花梨は実里の頭を胸に抱き寄せた。


「実里が一緒にいたいなら、いればいいのよ。役に立つとか立たないとか、そんなこと関係ない」


 そこで花梨は陽一のほうを見た。


「だよね、陽一?」


 そう言って微笑んだ花梨だったが、彼女もまた、どこか不安げだった。


「ああ、もちろんだとも」


 危険があるなら、自分が守ってやればいい。アラーナもいるのだ。

 どういう理由があるにせよ、一緒にいたいと願う花梨と実里を元の世界へ置き去りにするのが、ふたりを大きく傷つける行為だということに、陽一はいまさらながら気づいたのだった。


「ごめん。これからはずっと一緒にいような」

「……はい」

「ふん、当たり前だってのよ」

「なにかあっても、俺が守るから」

「ふふ、私も忘れてもらっては困るな」


 アラーナもふたりの傍らにしゃがみ、花梨と実里それぞれの肩に軽く手を乗せた。


「しかし、過度な心配は無用かもしれんがな」

「ん? それってどういう……」


 陽一はアラーナに問うような視線を向け、抱擁を解かれた実里もきょとんとした表情でアラーナを見た。


「先ほど見せた〈灯火〉はな、魔法の中では初歩の初歩。練習すればだれにでも使える簡単なものだ」


 アラーナが実里を見て、フッと微笑む。


「しかし、いままで魔法とは無縁の生活をしていながら、ただ一度見ただけで、そしてあの短時間で実現するというのは、なかなかのものだと思うぞ。特にミサトの〈灯火〉はあと数回練習すれば充分実用に耐えうるものになるだろう」

「じゃあ、つまり……」

「うむ。ミサトには魔法使いとしての才能があるということだな」


 アラーナの言葉に、実里の瞳がキラキラと輝く。


「え……、あたしは才能ないってこと……?」


 対して、花梨の表情は曇る。


「心配するな、カリン。魔法使いとしての才能が優れていなくとも、魔術であればおそらく使いこなせるだろう。それに、カリンにはミサトとは異なる才能があるのではないかと、私はにらんでいるのだがな」

「異なる才能?」

「ああ。カリンは魔力を感じるにあたって、体内を巡っていると表現しただろう? 対してミサトは空間に満ちる魔力を感じているようだった」


 言われてみれば、魔力の感じ方について、花梨は自身の体内を示し、実里は自分の周りを示していた。


「体内をめぐる魔力をより強く感知できるものは、武術系のスキルに優れていることが多いのだ」

「武術系……」

「例えば【弓術】とかな」


 その言葉で、花梨の表情が一気に明るくなった。



○●○●


 陽一、アラーナとともにメイルグラードの町を歩く花梨と実里は、見たことのない町並みや多種多様な人の姿に驚き、そして喜びながら、キョロキョロと視線を動かしていた。


「ぐぬぬぬぬぬ……」


 そんな実里と、少し呆れがちの表情を浮かべるアラーナにはさまれて歩きながら、陽一は眉間にシワを寄せ、目の前に立てた人差し指を睨みつけていた。


「なぁ、ヨーイチ殿。いい加減諦めたらどうだ?」

「うぬぬぬぬ……」

「魔力がなければ魔法は使えんぞ?」

「んがぁ……!! うむぅ……」


 大きく息を吐き、手をだらんと下ろした。そのあとすぐに姿勢を正し、アラーナのほうを見る。


「いや、でもな。俺の身体の中には、管理人さんから拝借した魔力がわんさか流れてるはずなんだぜ?」


 そう言いながら、陽一は親指で自分の胸をトントンとつついた。


「そうは言ってもなぁ……。いや、むしろそれが原因かもしれんぞ?」

「どゆこと?」

「ヨーイチ殿の言う管理者とやらは、いわば神のような存在なのだろう?」

「たぶんね」

「その神の如き存在の魔力が強すぎて、周りの魔力を感知できないということはないか?」

「あ!!」

「そしてその魔力が強大すぎるゆえに使いこなせない、ということはないだろうか?」

「うわー、ありそうだわ、それ」


 今度会ったら詳しく問い詰める必要がありそうだ。


「魔導書で習得できる魔術であれば使える可能性があるかもしれないからな。それに期待するほかあるまい」

「そうだよなぁ。使えるといいなぁ」

「ほら、ここだ」


 アラーナがとある建物の前で足を止めた。

 それはこの町の商業区には珍しい、木造の建物だった。

 生け垣に囲われた、古めかしくおもむきのある巨大な洋館で、陽一と実里はぽかんと口を開けてその建物を見上げた。


「ここが?」

「うむ。魔術士ギルドだ」


 陽一と花梨、そして実里は、アラーナの先導に従い開け放たれたままの立派な扉をくぐって館に足を踏み入れた。

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