第12話 みんなで異世界へ

「ほんと、一瞬なのね……」


 陽一の部屋の玄関へ瞬時にたどり着いたことに、花梨が目を丸くする。

 玄関を上がってすぐのところに、着替え終わったアラーナと実里が待機していた。


「おまたせ」

「ごめんね。これがなかなか見つかんなくて」


 と、花梨がジャージの胸のあたりを軽くつまみ上げる。


「ふむ。ヨーイチ殿とカリンの服や防具を用意しなくてはならんなぁ」


 玄関に並んで現われた陽一と花梨を見て、アラーナが呟く。

 陽一は南の町で花梨に選んでもらった少しおとなしめのカジュアルな服装であり、ギリギリ異世界になじめる格好で、花梨は例の赤ジャージだ。

 一応陽一はローブを羽織ってごまかしているので、目立つと言うほどではない。


「あー、陽一、悪いけど」

「おう」


 陽一の手に黒いロングコートが現われる。

 花梨が預けて収納してもらったものだ。


「これでどう?」

「まぁ、それならとりあえずは問題ないか」


 膝下丈のロングコートの裾からジャージが見えているというのは、なんともいえず不格好ではあるが、日本風の服装を隠すという意味では及第点らしかった。

 ちなみにアラーナは鎧を陽一に預けており、いまはいつものワンピース姿である。


「ミサトは……、まぁ問題ないかな」


 実里は白いシャツにグレーの膝下丈のスカートを穿き、薄手のカーディガンを羽織っていた。


「実里、アラーナ。おいで」


 陽一は左手で花梨の腰を抱いたまま、右腕を開いてアラーナと実里を招き、歩み寄ってきたふたりをまとめて抱き寄せた。


「よし、じゃあ異世界に行くよ?」


 アラーナは余裕の笑みをたたえていたが、花梨と実里は少し緊張しているようだった。


「大丈夫。あっという間だから」


 花梨が不安げな実里をなだめる。

 一度とはいえ【帰還+】を経験したことで少しだけ余裕ができたのだろう。

 実里をなだめることで、さらに落ち着いたようにみえる。


 実里は相変わらず緊張した面持ちだったが、花梨の言葉を受けて無言で頷いた。

 花梨、実里、アラーナと、自分を見つめる3人の女性を順番に見たあと、陽一は軽く頷いた。

 そして、異世界の宿屋『辺境のふるさと』を目指して【帰還+】を発動した。


 現代風のそこそこおしゃれで広いマンションから、古びた木造の狭い部屋に、突然景色が変わる。


「あ……え……?」


 特に視界が暗転するようなこともなく、浮遊感のようなものを得ることもなく、一瞬でただ景色が変わったことに、実里はまず呆気にとられた。


「ようこそ異世界へ。っていっても、部屋の中じゃ実感ないかな?」


 そう言って陽一は抱き寄せていた腕をほどき、花梨と実里に視線を向けた。


「ん? どうした……?」


 初めて【帰還+】を経験した実里は驚きの表情を、一度経験していた花梨は多少驚きつつもやや余裕のある表情を浮かべていたが、やがてふたりの顔から血の気が失せていくように見えた。

 そして徐々に息が荒くなっていく。


「あれ? 花梨、実里、どうしたの?」


 花梨も実里も、それぞれ自身の胸に手を当て、呼吸を整えようとしたが、どんどん息が荒くなり表情が苦悶に歪んでいく。


「ふぅ……なに、これ……」

「はぁ……はぁ……、うっ……」


 花梨は胸を押さえたまま、苦しそうに目を閉じ、実里は口元を押さえて身をかがめる。


「ふたりとも、トイレはそこだ」


 アラーナの言葉に、花梨と実里が顔を見合わせる。


「実里、先にどうぞ」

「うぅ……でも……」

「いいから……」

「ごめ……ありがと……」


 実里はそう言って少しふらつきながらトイレへ駆け込み、嘔吐を始めた。


「はぁ……はぁ……」

「カリン、これでよければ……」

「ん……たすかる……」


 アラーナがゴミ箱を差し出すと、花梨は陽一に背を向けてうずくまり、そのままゴミ箱の中へと嘔吐した。


「え? なに……?」


 ふたりの突然の体調不良におろおろとする陽一に対し、アラーナは落ち着いた様子だった。


「魔力酔いだな」

「魔力酔い?」

「ああ。魔力が原因で起こる体調不良の総称だ」

「魔力が原因の……?」

「多いのは、一気に魔力を消費したときかな。あとは、強い魔物の魔力に当てられた場合だとか、魔力溜まりという極端に魔力濃度が高まる場所がときどきあるのだが、そういうところに足を踏み入れると魔力酔いを起こすこともある」


 心配そうな表情の陽一を安心させるように、アラーナは微笑む。


「ふたりの場合は魔力のまったくない場所から、普通に魔力の満ちているこちらへ来たので起こったものだろう。心配せずとも、少し休めば回復する」


 アラーナがそう言い終えてすぐにトイレで水を流す音が響き、少しふらつきながらも顔色がよくなった実里がトイレから出てきた。

 ほぼ同時に、花梨も身体を起こした。


「花梨、実里、大丈夫!?」


 陽一はふたりに駆け寄り、それぞれの背中を優しくさすった。


「ん、もう、大丈夫……たぶん」

「はい、大丈夫です。ごめんなさい、心配かけて……」


 呼吸の乱れが治まった実里が、あらためて不思議そうに陽一を見た。


「あの、陽一さんは、平気なんですか?」

「どうせアンタも最初は吐き散らしたんでしょう?」

「いや、平気というかなんというか……」

「ふっふっ。ヨーイチ殿は魔力を一切感じることがないそうだ」

「「え……?」」


 陽一を見るふたりの目が、同時に見開かれる。


「うーん、じつはそうなんだ……。っていうか、魔力ってどんな感じ?」

「なんだろ……、身体の中をこう、ぐるぐるまわってるっていうか」


 そう言い、花梨は自身の胸のあたりを指差しながら、指をくるくると回す。


「どう、と言われても、言葉ではなんとも。とにかく、その……“ある”としか……」


 かたや実里は自分の周りを示すよう手を広げた。


「いまも感じるわけ?」

「そうね。だいぶ平気にはなったけど、違和感みたいなものは続いてるかも」

「はい。これが魔力というのなら、感じてます」


 陽一はなにかを確認するように自分の胸に視線を落としたり、あたりを見回したりしたが、魔力を感知することはできなかった。


「なぁ、ヨーイチ殿」

「ん?」

「カリンは体内を巡る魔力を、ミサトはこの空間にある魔力を感じることができるのだよなあ?」

「そうみたいだね」

「うん。たぶんこれが、魔力なんだと思う」

「……そうですね」


 花梨とミサトは確信を持った様子でそう呟いた。


「であればだ。ふたりは魔法やスキルを使えるのではないか?」

「「「え……?」」」


 アラーナの言葉に、陽一と花梨、そして実里は大きく目を見開いた。

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