第19話 冒険者ギルド
領主の館を出る前に、陽一は執事のヴィスタから1枚のカードを受け取った。
それは領民証という身分証明書で、受領の際になにやらよくわからない道具に指を置き、1滴だけ血を採取された。
それによりカードと個人を紐づけることができ、他者の不正使用を防ぐことができるらしい。
(なんともハイテクな……!!)
科学とは異なる進化を遂げた文明の利器に、陽一は少なからず驚き、感心していた。
ちなみに町に入るときにアラーナが2枚目に見せたのが、この領民証だった。
「ではお嬢さま、お気をつけて」
「うむ。これからもたまには顔を出す」
「そうしていただけると辺境伯もお喜びでしょう」
「そうかな……。まぁ、あれだ、ヴィスタも壮健でな」
「はい。ヨーイチさまも、お嬢さまをよろしくお願いします」
「あ、はい。どうもです」
領主の館を出る頃には日もずいぶん暮れかかっていた。
館を出てしばらくのところで馬車に乗り、門をひとつ越えた。
すると、町の雰囲気が随分と変わった。
先ほどまでいた場所は、道幅が広くとても整然としており、道ゆく人も小綺麗な格好をした人が多く、往来には人以外に小型の馬車も多く走っていた。
門を越えたこちら側は、すこしガヤガヤとした雰囲気をもっていた。
不潔、というほどではない。
それでも先ほどの区域に比べれば清潔感に欠けるものの、道ゆく人は多く、活気にあふれていた。
「町の雰囲気が随分変わるね」
「ああ。向こう側は上層区だからな。いまいるのは商業区だ。この町でもっとも賑わっている場所だな」
上層区というのは貴族や、富裕層の平民が住むところらしい。
商業区はその名のとおり商店が立ち並ぶ場所だ。
各ギルド支部もこの商業区にあるし、宿屋や食堂も大半はここにある。
さらに進めば下層区に行き当たる。
そこが庶民の住宅街になっていた。
ほかにも職人が所有する工房なども下層区にあることが多い。
走り始めて20分ほどで馬車は目的地に到着した。
降りるとそこは冒険者ギルドのすぐ前だった。
ふたりが降りたあと、馬車は来た道を戻るのではなく、そのまま進行方向へと走り去っていった。
アラーナが特別に用意させたものではなく、決まった路線を走る馬車であった。
上層区から出発し商業区の各地を回る馬車は、主に平民の富裕層に愛用されている。
貴族は基本的に個人所有の馬車を使うことが多い。
この馬車は、冒険者ギルド前へくるまでに何度も停車し、多くの人が乗り降りしていた。
さしずめ路線馬車といったところか。
ちなみに商業区や下層区から上層区へと入る路線馬車はない。
上層区から出る場合は特になにもないが、上層区へ入る場合は厳重にチェックされるのだ。
アラーナのあとに続き、陽一は念願の冒険者ギルドへと足を踏み入れた。
そこは
入ってまず目につくのは通路の奥にある複数の受付だ。
そこには容姿に優れた男女が座っていた。
受付はギルドの顔である。
そうである以上、それなりの容姿というのは最低条件となり、そのうえで能力が求められる。
無論、魅力でもって血の気の多い冒険者をコントロールするという側面もある。
入ってすぐ右に視線を移せば、そこには酒場があった。
日没前後のこの時間は、依頼を終えて得た報酬で一杯ひっかけていく、という冒険者が多く、ほぼ満席状態でガヤガヤと賑わっていた。
アラーナがギルドに入ると、入り口に近い位置あたりの
それはアラーナが美人であるということもあるが、なにより彼女はこのギルドで有名人だった。
「よぉ、アラーナ、一杯どうだ!?」
「あれ、アラーナちゃんしばらくいないんじゃ?」
「お姉さま、こっちむいてー!」
「おい、あの一緒にいるショボそうなのなんだよ」
「確か10人くらいで出てったはずだが、ほかの連中はどうした?」
とまぁこのようなかたちで再び喧騒は戻るわけだが。
アラーナは酒場のほうに軽く手を上げ微笑むだけで、スタスタと受付に歩いていった。
「おかえりなさいませ、アラーナさま」
アラーナがいちばん空いている受付に並ぶと、奥から別の職員がひとり出てきて彼女のそばに立った。
その職員は獣人の女性で頭からは犬耳が、尻からは
(おお、生ケモミミ、そして生尻尾……!!)
陽一はできるだけ表情に出さないよう感動し、凝視しないようにその姿を視界の端で捉えていた。
アラーナには及ばないが、それでも充分整った容姿で、スタイルもよかった。
「ギルドマスターのところへご案内します」
「うむ。彼も……」
「はい。お連れさまがひとり、とうかがっております」
「うむ」
職員につれられ、ふたりは受付の脇を通って階段をのぼり、2階にあるギルドマスターの部屋へと入った。
「お連れしました」
「おう、悪いがついでにこれを持っていってくれ」
執務室の奥で、デスクに座ったまま書類と格闘している男が目に入った。
アラーナと同じ銀色の髪を持つ若い男性で、髪は短く整えられており、肌は褐色。
適度に筋肉をまとったスレンダーな体型のその男性は、どちらかといえば事務仕事よりも現場仕事のほうが似合いそうであった。
20代後半から30代前半に見える美丈夫で、尖った耳が特徴的だった。
(銀髪に褐色の肌、尖った耳とくれば、ダークエルフってやつかな。ってことは見た目どおりの年齢じゃないかも)
ギルドマスターと思われるその男は、デスクに散乱していた一部の書類を手際よくまとめると、陽一らを案内した職員に手渡した。
「かしこまりました」
「あー、それと――」
書類を受け取った職員が一礼して去ろうとするのを、ギルドマスターが呼び止める。
「市壁修繕の件、どうなってる?」
「それでしたら明後日の午後より石工ギルドのギルドマスターにお越しいただく予定ですが」
「いや、こっちから出向こう。修繕作業中の護衛は?」
「Cランク3名、Dランク7名の計10名、すでに手配を済ませております」
「よろしい、行っていいぞ」
「では、失礼いたします」
職員はギルドマスターに一礼したあと、去り際にアラーナたちにも軽く頭を下げていった。
それと入れ替わるように、アラーナが一歩前へ出る。
「ギルドマスター、報告に上がりました」
その言葉を受けたギルドマスターは立ち上がると、つかつかとアラーナのもとへと歩み寄った。
立てば2メートル近い長身だ。キリッとした表情で彼女を見据えながら隙のない動きで近づいてきたギルドマスターの相好が突然崩れた。
「ちょっとー、アラーナちゃあん、おじいちゃんって呼んでよぉ」
アラーナはため息をつき、やれやれとばかりに首を振る。
「いまは冒険者として報告にきているのです、
「ぶう~、つれないなぁ……」
「はぁ……まったく。では先に紹介しておこう。ヨーイチ殿、こちらは冒険者ギルドメイルグラード支部のギルドマスター、セレスタン殿だ」
「そんなかしこまった言い方しないでよぉ、アラーナちゃあん」
たとえイケメンであっても、男が口をとがらせて身をよじる姿というのは見ていて気持ちのいいものではない。
「ま、話の流れでわかると思うが、私の祖父だ。……お
「おう、アラーナが世話になったみたいだな」
と、紹介を受けたセレスタンは、最初この部屋に入ったときのような雰囲気で、姿勢と表情を正した。
「あ、どうも、陽一です」
「さて、
「ちっ、しゃあねぇなぁ。報告っつってもあのボケからもらった報告書でだいたいのことはわかってるからなぁ」
「……領主をボケ呼ばわりするのはいかがなものかと思いますが?」
「俺のかわいい娘を奪ったボケはボケでいいんだよ」
「……そのおかげで私はここにいるわけですが?」
「ぐぬぬ……。それはそれ、これはこれだ。とにかくこの件はアレに任せるってことでいいんだろ?」
「はい。死んだ冒険者の処遇は?」
「巻き込まれて死んだやつは2ランクアップのうえ、遺族らにはよそへ移住してもらって見舞金と移住にかかる費用を支払うことにした。ひとりそそのかされた奴はギルドから除名ってとこだな」
「まぁ、そんなところでしょうね」
「除名になるやつには家族も恋人もいないってのが救いだったかな」
見舞金はともかく、移住というのはいささか酷なように思われるかもしれない。
しかしここメイルグラードは辺境にあり、辺境とは常に危険と隣り合わせの場所なのだ。
それでも多くの者がこの地にいるのは、危険なぶん稼げるからであり、冒険者の大半はここで稼いだ金を元手に別の安全な町へと移住していく。
ギルドが移住をあと押ししてくれるのであれば、遺された縁者からすればまさに渡りに船といったところであろうか。
大事な人は帰ってこないが……。
無論、この移住に関しては善意というだけではなく、口止めの意味も込められている。
また、除名となった者が独り身だったのは、たまたまというわけではなく、そういった者のほうが誘いに乗りやすかろうと
「では用も済んだことですし、私はここで」
「ええ~、お茶くらい飲んでこうよぉ~」
「そういうことはあの山積みになった書類を片づけてからにしてくださいね、ギルドマスター殿。さて、行くぞヨーイチ殿」
「ぶー! アラーナちゃんのいけずっ!!」
「はいはい。じゃあね、おじいちゃん」
そう言いながらアラーナは軽く手を振りギルドマスターの部屋を出た。
「えっと、あの、では失礼をば……」
「ヨーイチ殿」
その様子に陽一があたふたしていると、ふと真顔になったセレスタンに呼び止められた。
「アラーナを、孫娘をよろしく頼む」
そう言って彼は、深々と頭を下げた。
(そういや、この世界にもお辞儀の文化があるんだなぁ)
と、そんなことをぼんやりと考えたあと慌てて我に返り、軽く頭を下げて部屋を出た。
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