第20話 冒険者登録とパーティー結成
ふたりがギルドマスターの部屋を出て1階に戻ると、通常営業終了間近ということもあってか、窓口はかなり空いていた。
閉門後2時間の猶予を持っているので、そのあいだに大抵の依頼達成報告などは終わってしまうのだ。
というわけで、ついでに陽一の冒険者登録を終わらせることになった。
アラーナが向かったのは、階段からいちばん近い場所にあった受付だ。
彼女は特に受付職員で窓口を選ぶということはないので、近くて空いていたからそこを選んだだけだろう。
受付には端整な顔立ちの、色白の女性が立っていた。
くすんだ金髪に少し尖った耳。
だが、先ほど見たセレスタンほど耳は長くないので、エルフの混血だろうか。
そういえばセレスタンを祖父に持つということは、彼女にもダークエルフの血が流れているということになる。
そう思ってアラーナの耳を見たが、銀髪の隙間から見えたそれは、ごく普通の耳だった。
「外見的な特徴はこの銀髪だけでな」
陽一の視線に気づいたのか、アラーナは突然口を開いた。
「ああ、ごめん、ジロジロ見ちゃって」
「ふふ、ヨーイチ殿に見られて悪い気はせんよ」
「あ……、うん」
「さて、すまないが彼の冒険者登録をお願いしたいのだが」
照れて戸惑う陽一をよそにアラーナは受付嬢に向き直り、そう告げた。
「あ、は、はい」
彼女は多くの冒険者やギルド職員の憧れの
そしてその人気は男女を問わない。
このギルド職員も姫騎士と名高いアラーナに対してそれなりの憧れを抱いている。
その姫騎士が、これまで見せたことのない女の顔を垣間見せたことで、この受付嬢はその様子に見惚れてしまっていたのだった。
「どうした?」
「あ、いえ、申し訳ございません。冒険者登録ですね」
そしてアラーナが女の顔を見せた正体不明の存在に興味は尽きないが、プロとしてのプライドからそれを表情に出すことはしない。
「ではこちらに記入を。字は書けますか?」
「あ、はい」
渡された書類に必要事項を記入していく。紙質は
項目は名前と年齢、あとは出身地と得意武器程度だった。
「姓は不要、出身地は空欄でいいぞ。得意武器は特殊武器とでも書いておいてくれ」
陽一が困りそうなことを先んじて注意しておくあたり、なかなか気がきく女である。
「はいよ。じゃあこれ」
「ありがとうございます。ヨーイチさまですね。ではこちらに手を」
そう言って出されたのは、カードがはめ込まれた道具で、それは領主の館で領民証を発行するのに使ったものに似ていた。
陽一がその道具に手を置くと、やはり同じように血を抜かれた。
「はい、お疲れさまでした」
ギルド職員は道具からカードを取り出すと、それを陽一に渡した。
「ヨーイチさまはGランクからのスタートです。Fランクまでの依頼しか受けられませんのでご注意を」
冒険者にはA~Hのランクが設定されている。
そして依頼にもそれぞれランクが設定されており、基本的には冒険者ランクの1ランク上までの依頼しか受けることができない。
ただし、Hランクは未成年者向けのランクであり、未成年者はHランクの依頼しか受けられない。
そして、成人は登録した時点で基本的にはGランクからのスタートとなる。
「以上で登録は終了です。次に講習の日程ですが――」
「講習?」
「はい。最初の依頼を受ける前に必ず講習を受けていただくようになっています」
「ヨーイチ殿。面倒かもしれないが、これも規則でな」
「ああ、いや、べつに問題ないよ。で、講習っていつなんです?」
「最速で明日になりますね」
「じゃあ明日で……いいよね?」
「ヨーイチ殿がよければそれでいいぞ」
「じゃあ明日で」
「かしこまりました。では明日の昼ごろにきてください。こちら、冒険者カードです。なくさないようお願いします」
「わかりました。ありがとうございます」
カードを受け取った陽一は、それをポケットに入れるふりをして【無限収納+】に収めた。
【収納】持ちは目をつけられる、というのは、アラーナを救った際、革鎧の男ことゲンベルの言葉でなんとなく察することができていたからだった。
ちなみにアラーナが町へ入るときに最初に見せたカードが、このギルドカードだった。
Bランク冒険者ともなればかなりの地位と信用を得ており、何者かの身元保証人になることに問題はなかろうが、それでも多少の事情聴取は必要だったであろう。
しかし、ことメイルグラードにおいては、Bランク冒険者という肩書よりも領主の三女という立場のほうが重いため、陽一はたいした聴取もなく町に入ることができたのであった。
「ああ、それからパーティー登録をお願いしたい」
冒険者は複数メンバーでパーティーを組むことが可能だ。
そしてパーティーを組んだ場合、そのパーティーにも個人とは別にランクが振り分けられる。
「はい。どのような依頼で?」
「いや、ヨーイチ殿と常時パーティーを組みたいだけだが」
「え……?」
パーティーには常時のものと臨時のものがある。
アラーナは基本的にこれまでソロで活動しており、依頼遂行のため必要に応じて臨時パーティーを組むことはあっても、常時パーティーを組むことはなかった。
なので、受付嬢は今回も依頼のための臨時パーティーのことだと思い込んでいたのだ。
「……へん、かな?」
彼女は薄く頬を染め、恥ずかしげに視線を逸した。
その姿に、受付嬢は胸がキュンとなるのを感じた。
「(アラーナちゃんかわええ~!! なにこの表情? 初めて見るんですけどぉ!? ってかアラーナちゃんにこんな表情させるこのおっさんいったい何者よー? どっからどう見てもただの冴えないおっさんなのに、なにがいったいアラーナちゃんをそうさせるの? ねぇ、アンタいったい何者よー!! 教えて、ねぇ? おねーさんに根掘り葉掘り教えなさいよー!!)失礼いたしました。常時パーティーですね」
と、思っていることは1ミリも表情に出さず、手続きを進める受付嬢。
さすがプロである。
「ヨーイチさまとの常時パーティーですと、パーティーランクはGからのスタートとなります」
「うむ」
ちなみにパーティーランクだが、臨時の場合はメンバー全員のランクの平均値を元に、過去の実績に鑑みてその都度設定される。
例えばBランクのアラーナとGランクの陽一が組むと、D~Eあたりとなる。
陽一には過去の実績がまったくないのだが、アラーナの実績がそれを補ってあまりあるので、Dランクが妥当といったところか。
しかし常時パーティーの場合は、メンバーの中で最低ランクの者が基準となる。
「パーティー名はどうしましょう?」
「パーティー名? どうしようか……?」
そう言ってアラーナは陽一のほうを見た。
「んー……じゃあ、『トコロテン』で」
「トコロテン……? なんだそれは」
「いや、特に意味はないんだけどさ」
陽一の頭にふと思い浮かんだのは、同じ事故に遭って自分より先にこちらへ転生したであろう青年のことだった。
彼がこの世界で活動してるのと同じ時代にリンクしているかどうかはわからないが、なんとなく思い浮かんだので、半ば無意識に口から出てしまったというところか。
べつに深く考えてのことではない。
「嫌なら別のでもいいんだけどさ」
「嫌ではないぞ。トコロテン……。面白い響きだな」
翻訳されないところを見ると、この世界に
ふたりが手続きを終えたところでギルドの営業も終わったようで、ほどなく受付の灯りは落とされ、職員たちが帰り始めた。
先ほどふたりの相手をしてくれた受付嬢が、同僚らと談笑しながら酒場のほうに移動していくのが見えた。
「では帰るか」
「うん」
そう言ってふたりはギルドを出ようとした。
ギルドの営業時間はすでに終わったが、併設されている酒場の営業はまだしばらく続く、というか、これからが本番だといっていい。
ふたりが訪れたときよりも客は増え、喧騒は増していた。
いろんな意味で目立つふたりが、酒場から飛んでくる野次を受け流しながら、もうすぐ出口にたどり着こうかというときだった。
「待ってくれアラーナ!!」
ひとりの若い男がアラーナを呼び止めた。
それは燃えるような赤い髪と同じ色の目を持った、端整な顔立ちの青年だった。
金属製の軽鎧を身に着け、腰に長剣を
彼の名はグラーフ。
最近名を上げてきた若手の冒険者で、現在の冒険者ランクはD。
15歳でこの地を訪れ、順当にランクを上げている。
今年で20歳だが、もうすぐCランクに到達すると噂されている。
各ランクの認識だが、Gランクは初心者、Fランクは半人前、Eランクでようやく一人前となり、Dランクともなるとかなりの腕利きと認識される。
そしてCランクともなれば一流の冒険者だ。
ちなみにその上のBランクは超一流、Aランクは人外と評される。
さらにその上にSランクというものもあるが、それは通常のランクアップでは到達できない特殊なものだ。
さてグラーフである。
彼は弱冠20歳にして一流の冒険者に手が届きそうな能力の持ち主だった。
実績はもちろん、その端整な容姿も相まって、いまや姫騎士アラーナに次ぐ人気を誇る冒険者である。
いずれAランクに到達し、後世に名を残す英雄となるのではないか、と見ているものも少なくない。
「なんだ、また君か」
その英雄の卵を、姫騎士は呆れたような目で見返した。
「アラーナ、少し聞こえたのだが、君はこの男とパーティーを組んだのか?」
「それがなにか?」
「なぜだ!? ボクの誘いを断っておきながら、なぜこんな男と!?」
「君と組まないのは君が弱いからだ。そして彼と組むのは私が組みたいと思ったからだ」
話は終わり、とばかりに背を向けようとしたアラーナをグラーフが呼び止める。
「だから待ってくれ!!」
「しつこいな……」
「確かに僕は弱い、いまはまだ……。しかしいずれ君より強くなってみせる!! しかしそんなことよりもだ、なぜこの男と!?」
「だから、組みたいと思ったからだといっているだろう」
「だからなぜなんだよ!? この男が……君はおろか僕よりも強いとは思えない!!」
「べつに強さは関係ないだろう」
「それはおかしいじゃないか!! 僕には強さを求めておいて、この男には……」
そう言いながら、グラーフは陽一を睨みつけた。
「なにか事情でもあるのか?」
事情と聞かれ、ついアラーナは陽一と過ごしてきた時間を思い出してしまう。
頬が緩み、顔が熱くなるのを自覚した彼女は、ごまかすように顔を逸らした。
「べ……べつに事情など……。君には関係のないことだ」
「なぜうろたえる? うしろ暗いことがなければ説明できるはずだ!!」
「個人的なことだ。なぜわざわざ君に説明せねばならんのだ?」
「……なにか説明できない事情でもあるのか? まさか……!? いや、そうか……それなら……」
グラーフの中でなにか合点のいくことがあったらしい。
それが事実とは限らないが。
そしてグラーフは再び陽一を睨みつけた。
「おい、貴様っ! 僕と勝負しろ!!」
「あー……」
陽一は多少呆れた様子で、ひとりで盛り上がっているグラーフを見返した。
「僕が勝ったらアラーナとのパーティーは解消して、二度と彼女の前に現われるな!!」
(テンプレだよなぁ……)
なんとなくこういう流れになるのではないかと半ば予想していただけに呆れもしているが、その反面少しだけワクワクしている陽一であった。
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