第18話 領主への報告
訓練場の床に、7体の死体が並べられた。
「ふむう……、ひどいものだな」
並べられた死体はどれも衰弱しきっているように見えた。
スクロール起動後に革鎧の男ことゲンベルによって殺されたふたりは多少頬がこけている程度だったが、スクロールの発動とともに倒れた残りの5人は、肌が少ししなびていた。
「で、これは君が?」
ウィリアムの手には紙の束が持たれていた。
この世界の製紙技術はそれなりのものだったが、それでも真っ白いコピー用紙のような高品質の紙というのはそうそう出回っているものではないらしい。
そんなこともあろうかと陽一はいろいろなタイプの紙を用意していたが、いわゆる
そしてボールペンは存在しないが万年筆はあり、アラーナが所持していたので、それを使って一連の報告書を作成していた。
「これをヨーイチ殿がのぅ……」
ウィリアムは難しげな表情で書類に目を通した。
「はい」
「ふむ……なかなかに読みやすい文章だな」
【言語理解+】の効果で他言語の読み書きも可能となっており、一応大学を卒業できる程度の学力を持つ陽一にとって、報告書を作成するのにたいした苦労はなかった。
この報告書には逃げた3人や死体を【鑑定+】で詳細に調べた結果、知り得た詳細な経緯が記載されている。
いつ、誰が、どこで、どのようにして、なにをしたのか、という事実がまるで見てきたかのように書かれているので、状況証拠だけでいえば完璧にコルボーン伯爵とやらを断罪できるものが揃っていた。
無論、物的証拠や証言もなしに糾弾するわけにもいかないが、それでも事実がすべてわかったうえで捜査を進めれば、証拠や証言を集めるのは
単純な事実以外にも捜査の一助になればと、コルボーン伯爵当人含め近しい関係者の秘密を片っ端から羅列しておいた。
「これがヨーイチ殿のスキルか……」
感心したように何度も頷くウィリアムだったが、漏らした声には警戒の色が含まれている。
これだけの情報をわずかな時間で揃えられる能力というのは、警戒してしかるべきものだろう。
「父上、ヨーイチ殿のスキルに関しては……」
「わかっておる。この報告書については儂と信頼のおける者以外誰も見ぬと誓おう」
報告書は捜査を迅速に進めるため、アラーナに
信頼のおける人物以外には見せないとの約束はしてあるし、彼女がそれを破るとは考えていない。
しかしアラーナが信頼しているからといって、それが陽一にとっても信頼のおける人物となるかどうかは不明だ。
それでも陽一がアラーナの願いを聞いたのは、べつに彼女以外の誰に裏切られようとたいしたことはないと考えているからだった。
仮にこの町の領主たるウィリアムに疎んじられることになっても
ここメイルグラードは荒野に囲まれた町だという。
その荒野を素人が越えるのは困難だが、陽一にとって荒野などというものはたいした障害にもなり得ない。
クロスカントリー仕様の車でも用意し、あとは気が向いたときに【帰還+】のホームポイントを都度更新しながら自宅と行き来すれば、たいした苦労もなく越えられる程度のものなのだ。
最悪どこにも居場所がなくなろうと、元の世界に戻ればいいだけの話だし、この世界の未開の地を切り拓くというのも悪くない。
陽一はどこへ行こうと言葉が通じるし、病気や怪我に悩まされることもないので、その気になればどこでだって生きていけるのだ。
というわけで、陽一は特に気負うでもなくアラーナの願いを聞き入れ、彼女に協力することにした。
その見返りとしてアラーナの協力を得られるのなら、いや、彼女のような美人と行動をともにできるというだけで、充分にお釣りがくるというものだ。
「この件は儂に任せてもらう、ということでいいのだな?」
「はい。私自身の手でケリをつけたいという思いがないでありませんが、
嘘である。
正直に言えば、コルボーン伯爵云々はアラーナの中ですでにどうでもよくなっていた。
(自分でも不思議なほど執着がないな……)
鎧と服を剥ぎ取られ、秘部まで晒されたことに対しては少なからず恥辱の念と怒りを覚えなくもない。
(しかし、その結果ヨーイチ殿と……)
あのまま革鎧の男の思惑が完遂していれば、せめてコルボーン伯爵の股間を叩き潰してやろうとでもいう気になっていたかもしれないが、結果純潔は守られたまま陽一に救われた。
(あぁ、ヨーイチどの……)
アラーナは頬染め、わずかに潤んだ目を陽一に向けた。
陽一はというと、報告書のことでウィリアムとなにやら真剣に話しており、彼女の熱い視線に気づいてはいなかった。
陽一を視界に捉えた姫騎士は、昨夜純潔を散らしたときのことを思い出していた。
(話、まだ終わらないのかな……)
ウィリアムと陽一がしかめっ面で話し合っているのは、彼女への暴行未遂に対する報復についてであり決して他人事ではない――というか、アラーナはその中心人物なのだ。
であれば自分も話に加わったほうがいいのだろうとは思うものの、あの件を思い出そうとするとどうしてもそのあとの情事に意識が引っぱられてしまい、結果陽一に対する愛しさと下腹部の疼きが募るばかりで、例の3人組やそれをけしかけたコルボーン伯爵のことなどはどうでもよくなってしまうのだった。
「お、おいアラーナ、大丈夫か……?」
ウィリアムの言葉に、アラーナははっと我に返った。
そして父は悲痛な表情で娘を見つめたあと、歯を食いしばり目に涙を浮かべながら娘に歩み寄り、がっしりと抱きしめた。
「な、あ……父上……?」
「おぉ、アラーナよっ!! おまえの怒りは痛いほどよくわかる。その想い、儂がしっかりと晴らしてやるから安心するがよい……!!」
どうやらウィリアムは、顔を赤らめて瞳を潤ませながら荒い呼吸に肩を上下させる娘の姿を見て、この一件による恥辱とそれに伴う怒りによってそうなったのだと勘違いしたようだった。
「あ……う、うん。お願い、します」
父親を騙しているようで少し申し訳なく思うアラーナだったが、心情を正直に話すわけにもいかず、曖昧に答えてお茶を濁した。
こうなった以上はその勘違いを利用して面倒事を押しつけてしまうのがよかろうと思ったアラーナは、その意思を伝えるかのように、父親の巨躯を軽く抱き締めた。
少しばかり暑苦しい抱擁から娘を解放したあと、ウィリアムは陽一のほうへ戻っていった。
「――ここにいる者たちは巻き込まれただけ、というわけかな」
「あ、いや、そいつも共犯です」
陽一が指したのは、アラーナの背にスクロールを当てた男だった。
その男は、ほかの6名と同じごく普通の冒険者だったが、コルボーン伯爵の手下に声をかけられたことで共犯者になってしまった。
協力すれば姫騎士を好きにしていいといわれれば、その誘惑に勝てる者は少ないだろう。
スクロールというものはその危険性から一般に知れ渡ることはほとんどない。
この男にしたところで、その紙はただの魔道具だろう、という程度の認識で協力したのだった。まさか自身の命が奪われるなどと思いもよらず。
まぁ自業自得といえばそれまでだが。
わけもわからないまま苦しむことなく死んだその男は、死んだという点ではほかの者と変わりはないが、死後の扱いが異なってくる。
彼が冒険者である以上それがどのような扱いになるのかは冒険者ギルドの判断に任せることになるが、それに対しウィリアムは、領主としてできる限りの口添えをするつもりだ。
ギルドは国際機関であり、国や貴族に従う必要はない。
が、それでもこの町にある以上、領主の口添えを無視し、関係をあえて悪くするという選択肢はないだろう。
領主の言い分に正当性があればなおさらである。
「アラーナ、このあとギルドに行くのだろう?」
「はい。ヨーイチ殿の冒険者登録がありますので……あ、そうだ」
そこでアラーナはなにかを思い出したようだ。
「父上、ヨーイチ殿の領民証を発行してください」
そう言って彼女はウィリアムに軽く頭を下げた。
「あ、よろしくお願いします」
陽一も慌ててそれに習う。
「ふっふっ、事情を聞いた時点でそうなるだろうことはわかっておったゆえ、すでに手配しておる。あとでヴィスタから受け取るがよい」
頭を上げたアラーナは、一瞬驚いたような表情を見せた後、満面の笑みを浮かべた。
「父上、ありがとうございます!」
「ありがとうございます」
アラーナが礼を言い、陽一も続く。
久々に見た娘の心からの笑顔に、ウィリアムは胸の奥が温かくなるのを感じた。
「うむ。それでな、アラーナ。ギルドに行ったらギルドマスターのもとを訪ねるように。儂から話は通しておくのでな」
「あー……、はい」
ギルドマスターと聞いたアラーナの顔がわずかに曇る。
「これ、そう嫌そうな顔をするでない。あの人はおまえに会えるのをいつも楽しみにしているのだからな」
「べつに嫌というわけではないのですが……」
「とにかくだ、ことがことだけに受付で報告するというわけにもいかん。この件はギルドマスターに直接報告するように」
「……わかりました」
死体はすべてウィリアムに預けることになり、ふたりは第5訓練場をあとにした。
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