第15話 砂漠を越えて町へ

 森を出るとすぐ目の前に岩石砂漠が広がっていた。


「うわぁ……。ほんとに周りは荒野なんだなぁ」

「そうか、ヨーイチ殿は森の外を見るのが初めてだったのだな」

「ああ。元の世界じゃこんな光景ありえないからな」


 荒野と森とのあいだには不自然な境目ができており、雑草の生えた地面が突然途切れ、なんのグラデーションもなしにいきなり岩石砂漠に切り替わっているのである。


「はは。これに関してはこちらでも珍しい光景らしいがな。私は辺境以外あまり知らないが、このように突然森が途切れて荒野になるというのは珍しいようだ」


 どうやらこのジャナの森とその周辺の辺境と呼ばれる地域は、異世界の中でも特異な環境らしい。


 森を出て荒野を歩くこと5分。

 岩石砂漠にポツポツと転がっている岩の中でも、比較的大きなものの陰に1台の馬車があり、馭者が待機していた。


「おや、アラーナさん、お早いお帰りで」


 馭者は中肉中背の中年の男で、革鎧の上にマントを羽織っていた。

 腰には小剣を差しており、身のこなしからそれなりの使い手であることがわかる。

 森の外とはいえ、魔物が出現する場所でひとり馬車を守るのだからある程度の強さは必要なのだろう。

 一応馬車の周辺には結界を張っているので、昼のあいだは魔物に襲われる可能性はほとんどないらしく、交代要員は不要だった。

 そしてこの結界には温度調節の機能もあるので、日中かなり高温になる岩石砂漠内でもそこそこ快適に過ごせるのだ。


 今回の調査には5~7日を予定しており、効率を考えれば一旦馭者ぎょしゃを帰し、数日を置いて再度こさせるほうがいいのだが、不測の事態にそなえて待たせていたのだった。

 今回はそれが功を奏したようだ。


「うむ、事情があってな」


 馭者は多少いぶかしむ様子を見せたが、アラーナが無事戻ってきたことに対しては疑問を持っていないようだ。

 おそらくアラーナを襲った連中とのつながりはあるまい、と思われる。


 陽一がアラーナを見ると、彼女は軽く首を振った。

 疑わしければ【鑑定】する予定だったが、その必要はないと、アラーナは判断したようだ。


「そうですか。ほかの皆さんは?」

「戻ってこん、とだけ言っておこう」

「……さようで。じゃあそちらの御仁は?」

「この方は命の恩人だ。そのあたりのことも含めて、領主に報告せねばならん。悪いがすぐ馬車を出してくれるか?」

「へい」


 陽一はアラーナに促され、馬車に乗り込んだ。

 中は外から見える雰囲気に合わずかなり綺麗で、設置された椅子もそれなりにクッションが利いており、座り心地は悪くなかった。

 詰めれば10人程度は座れる広さがある、その空間に姫騎士とふたりきりになった。

 ここは一寸しけこみたいところだったが、さすがに馭者に悟られるであろうから自重した。


「意外と揺れないねぇ。もっとガタゴトすると思ってたけど」


 外からぱっと見た限りではタイヤにゴムを巻いているわけでも、サスペンションが優れているようにも見えなかったが、乗り心地としては舗装されていない悪路を、自動車で走っているような感覚だ。

 揺れも振動もそれなりにあるのだが、まったく整備されていない岩石砂漠をただの馬車が走っているとはとても思えない。


「振動軽減の効果を付与してあるからな。あと、車内も外から見たより広いだろう?」


 そこで陽一は馬車に【鑑定+】をかける。


「お、空間拡張か?」

「正解だ」


 ほかにも温度や湿度を調整する環境調整の効果も付与されており、車内はなかなかに快適だった。

 適度な振動に眠気を誘われ、陽一とアラーナはお互い身を寄せ合ったまま眠りについた。



「着きやしたぜ」


 馭者の声が車内放送のように響き、ふたりは目を覚ました。

 町の入り口で馭者が手続きを終えたあと、警備兵が馬車の窓をコンコンと叩くのに応じてアラーナは窓を開けた。

 開かれた窓の向こうに、石を組み上げて作られた無骨な市壁が見えた。


「お疲れさまです、アラーナさん。えっと、ほかの方は?」

「うむ、ちと事情があってな。悪いが領主のもとへ急がねばならん」


 彼女はそう言いながら、1枚のカードを警備兵に提示した。


「そうですか。そちらの方は?」

「知人だ。ゆえあって身分証を持っていない」

「それは……」

「私が身元を保証する、というのではダメか」

「そうですねぇ……」


 警備兵は少し困ったような表情でアラーナが提示したカードを一瞥いちべつすると、窺うような視線を向け直した。


「では、これでいいかな」


 アラーナが別のカードを提示すると、警備兵は満足げに頷いた。


「ではアラーナさま・・が身元を保証するということで。仮の身分証は?」

「領主に直接頼むからいい」

「かしこまりました。では領主の館まで馬車での通行を許可します。お気をつけて」

「うむ、すまんな」


 それで手続きが終わったようで、馬車が再び走り始めた。


「大丈夫だった?」

「問題ないな」

「ありがとう。助かったよ」


 ちなみに陽一がひとりでこの町を訪れていた場合、身分証も金もないという状態なので、数日は拘束されていただろう。

 そういう意味でも姫騎士アラーナという協力者を得られたのは幸運だった。

 開け放たれたままの窓から外を見ると、ちょうど馬車が門をくぐっているようで、門のために補強された市壁の内側が見えた。

 そしてシートから伝わる振動と車体の揺れが弱まった。


「ああ、そうだ、ヨーイチ殿」


 アラーナがなにかを思い出したように陽一のほうを見た。


「ん?」

「我が町、メイルグラードへようこそ」


 そう言って、アラーナは少し誇らしげに微笑んだ。

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