第16話 領主と対面
そのまま馬車は20分ほど町中を走り、いくつかの門を抜け、立派な屋敷に到着した。
「手間を取らせたな。報酬とは別に受け取ってくれ」
そう言ってアラーナは馭者に数枚の金貨を握らせた。
「ちょ、こりゃいくらなんでも多すぎ――」
「いや、適正料金だ」
つまり、そこには口止め料も上乗せされているということだろう、と察した馭者は遠慮なく受け取ることにした。
馬車から降りたふたりは屋敷に向かって歩き始めた。
豪壮な石造りの屋敷に圧倒され、口をぽかんと開けて立ち止まった陽一だったが、アラーナがスタスタと歩いていくのに気づき、慌ててあとを追った。
豪華な屋敷にふさわしい立派な門は開いており、その両側に警備兵が立っていた。
そのひとりが、アラーナに気づく。
「おやぁ? お嬢さまじゃないですか!!」
「うむ、久しいな」
「いやはやお珍しい。なにか御用で?」
「悪いが早急に領主と話がしたい」
「はぁ、さようで。では少しばかりお待ちを」
警備兵は詰め所のようなところに入っていき、2分と経たず戻ってくる。
「すぐお会いになれるようです」
「すまん、助かる」
「で、そちらの方は……?」
「私の客だ」
「さようで。では身分証を」
するとアラーナは、町の入り口で2枚目に出したカードを突きつける。
「
「かしこまりました。どうぞお通りください」
門を過ぎて敷地内を歩いていると、ひとりの男が現われた。
それは老紳士という言葉の似合いそうな、品のある男性だった。
(執事ってやつかな?)
陽一は初めて見る執事らしい存在に感心しつつ、アラーナとともにその男のもとへと歩いていく。ある程度ふたりが近づいたところで、老紳士は軽く頭を下げた。
「ご無沙汰しております、アラーナお嬢さま」
「ヴィスタ、元気そうだな。すまんが領主のところへ案内してくれるか」
「承知しております。ではこちらへ」
ヴィスタと呼ばれた執事らしい男に連れられ、ふたりは館に足を踏み入れた。
館の中も外観から想像できるとおり、豪奢な造りになっている。
広い廊下を進み、いくつかの階段や回廊を経て、立派な扉の前に到着した。
「辺境伯がお待ちです」
「うむ、ご苦労」
アラーナが扉の前に立つと、その扉は勝手に内側へと開いた。
特に気負うでもなく室内へと歩く彼女の背を見送りながら、陽一は少し戸惑うようにキョロキョロと視線を動かし、ふとヴィスタの姿を捉える。
すると彼は軽く微笑み、頷いた。
なんとなくそれで安心した陽一は、アラーナのあとに続いて部屋に入った。
「おう、アラーナ! 久しぶりだのぅ!!」
そこは執務室のような場所で、ひとりの男がうず高く積み上げられた書類の陰から姿を現わした。
身長は2メートルに近く、レスラーのような立派な体格の
その男が厳つい顔に凶悪な笑みを浮かべながらアラーナに歩み寄り、ガシッと抱きついた。
「元気にしておったかぁ!!」
「父上……苦しい……」
「おう、すまんすまん」
男が慌ててアラーナを離す。
(父上、ねぇ……)
アラーナは領主であろう男を父と呼んだ。
町に着いてからの流れで、なんとなく近しい関係なのだろうなと予想していたことではある。
ここは領主の館で、領主に会いたいと言ったのだから、この男がすなわち領主であろう。
たしか扉の前でヴィスタは言った。“辺境伯がお待ちです”と。
つまり、いま目の前にいる男がその辺境伯とやらなのだろう。
彼を“父上”と呼ぶアラーナは、あたりまえだがその辺境伯の娘、ということになる。
(辺境伯って、ヤバい奴やん!!)
陽一は辺境伯というものに対して、敵国に近い位置や、危険な開拓地の最前線を治める貴族のことで、やたらと武断的というイメージを持っていた。
『伯』とつくが実際伯爵以上の権力があり、国の制度にもよるが五等爵(公侯伯子男)第2位――王族である公爵を除けば実質第1位――の侯爵と同等かそれ以上の権力を持つことが多いらしい。
陽一は、そんな上位貴族令嬢の処女を散らしたうえ、風呂場や森の中などところかまわず犯しまくったことを思い出し、背筋が寒くなるのを感じていた。
そんな陽一の心配をよそに、アラーナは辺境伯に事情を説明し始めた。
話のところどころで怒気を露わにしつつも、辺境伯は最後まで話を聞き終えると、陽一に向き直り、深々と頭を下げた。
「ヨーイチ殿。娘が、アラーナが世話になった!!」
王侯貴族と無縁な世界に生きてきた陽一だったが、それでもこの豪壮な館の主であり、ただならぬ雰囲気を醸し出す目の前の男がひとかどの人物であることくらいは感じ取れる。
「ちょ……ちょっと待ってください! 俺は当たり前のことをしただけで……」
そんな人物に深々と頭を下げられても、恐縮するばかりでどう対応すればいいのかわからず、戸惑うばかりである。
「どういう事情であれ、貴殿は私の娘を、そしてこの町が誇る冒険者を救ってくれたのだ。父親として、そしてこの町を預かる領主として礼を言わせてくれ」
あたふたしている陽一の肩に、アラーナが優しく手を置いた。
「ヨーイチ殿、父上の、辺境伯の礼を、受けてほしい」
彼女がそう言って微笑んでくれたおかげで、陽一は少し落ち着くことができた。
「あ、はい。その、どういたしまして(――って言えばいいのか……?)」
戸惑いつつもなんとかひねり出した陽一の言葉を受け、辺境伯は頭をあげると、にっこり笑って手を出してきた。
どうやら対応として間違ってないらしいと、陽一が安堵しつつその手を握り返すと、辺境伯はぐいっと彼を引き寄せ、バンバンと背中を叩いた。
「はっはっは!! いい男ではないか、アラーナ!!」
「当たり前です。私が見初めたお方なのだから」
「うむ、そうかそうか!! おう、自己紹介がまだだったな。
「げほっ……あー、俺は陽一です。
背中を叩かれ、咳き込みながらも陽一が自己紹介に応じる。
姓についてはアラーナにも明かしており、普段はともかく領主相手に隠す必要はないと事前に言われていた。
「ほう、名字持ちか。しかも姓と名が逆……。ヨーイチ殿はどこぞの国の貴族なのか?」
「いや、ヨーイチ殿は遠い異国の生まれではあるが貴族というわけではない。ヨーイチ殿の国は庶民であっても姓を名乗るのだそうな」
「そうかそうか。してヨーイチ殿、貴殿はアラーナのことをどう思っておるのかな?」
「ちょ、父上……!!」
ウィリアムの表情は穏やかで口調はからかい半分のようであるが、目は笑っていない。
その雰囲気から、陽一が娘に手を出したことは察しているのだろう。
そのうえで娘をどう思っているのか、父親として確認しておく必要がある、といったところか。
「命を預けるに足る女性だと思っていますよ」
陽一はウィリアムの目を見て答えた。
事実、陽一はアラーナに、少なくとも異世界での人生を半ば預けているようなものだ。
もし彼女に裏切られたら、こちらでの人生は終わったようなものだろう。
少し薄っぺらい答えのような気がしないでもないが、それはアラーナと陽一が一緒に過ごした時間があまりにも短すぎるので仕方あるまい。
「な!? ヨーイチどのぉ……」
陽一の答えに、領主の娘は顔を赤らめてうつむいた。
ウィリアムは陽一の答えと娘の反応に満足したのか、今度は目の奥からニッコリと微笑んだ。
「ではこれからも娘のことを頼んだぞ」
「はい」
そして再びウィリアムの表情が険しくなる。
「しかし本家のクソ野郎どもめ、儂の娘になんということを……」
そして話題はアラーナが襲われたことに移行していくのだった。
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