第12話 管理者から新しいお知らせ
気がつくとあの白い空間だった。
「どうもー、藤の堂さん」
もはや見慣れた和服の女性。
「ああ、どうも」
「いやー、やっぱりやってくれちゃいましたねぇ」
「えっと……」
「異世界人を連れてきちゃいましたね?」
「あ……はい。やっぱまずかったですか?」
「もちろんまずいに決まってます」
「じゃあ、その、介入を?」
「もう介入済みですけどね」
「はい?」
管理者は少し呆れたようにため息をついた。
「藤の堂さんの世界には魔力がないってことは言いましたよね?」
「ええ」
「つまり、逆を言えば異世界、つまりあなたが連れてきたアラーナさんの住む世界には魔力がある、ということになります」
「はぁ、まぁ……」
「空間に魔力が満ちている世界の住人が、まったく魔力の存在しない世界に来ればどうなると思います?」
「いや、どうなるんでしょう?」
「浸透圧的なアレで身体の中の魔力が全部流れ出して死んじゃいます」
「マジで!?」
「はい。例えるなら、素っ裸で炎天下の砂漠に放り出されるようなもんです」
「なっ……」
「それ以外にも未知の感染症とか免疫とかアレルギーとかリスクは山盛りですよ?」
「じゃ、アラーナは!?」
自分には【健康体+】があるので、未知の感染症であれウィルスであれ、さして害にはならないのだろうが、アラーナに関してはそういうわけにもいかないだろう。
「ふふ……。先ほども言いましたが、すでに介入済みですのでご心配なく。スキルを確認してみてください」
管理者は焦る陽一をなだめるように優しく微笑み、諭すように告げた。
「スキル……? あ、増えてる」
**********
【世渡上手】
【帰還+】などの転移によって世界間移動を行なった場合に起こるであろう不具合を修正、最適化。使用者および同行者に適用。
**********
「おお!!」
「ふっふっふ、こんなこともあろうかと、藤の堂さんが誰かを連れて世界間移動を行なった場合に自動習得のうえ適用されるよう事前に仕込んでおいたのです」
と、管理者が自慢げに胸を反らす。
「まぁ藤の堂さんは私が身体を復元したので必要ないんですけどね」
「へええ。ちなみにこれ、なんて読むんです?」
「“よわたりじょうず”です。なかなかセンスのある名前だと思いません?」
「えっと、そっすね……」
どこぞの製薬会社のようなネーミングセンスだと思ったが、陽一はあえて口にはしなかった。
「っていうか藤の堂さん、たまにはスキル確認してくださいよぅ。本当なら『お、なんか増えてる? な、なんだってー!? さっすが管理人さん!!』っていう流れになる予定だったんですから」
「スキルっつってもねぇ。俺のスキルってレベルとか上がんないでしょ? もしかして向こうで頑張ったら新たなスキルを習得できるとか?」
「あ、え……いやぁ……そのぉ……」
と、管理者は目を逸らした。
「……習得できないの?」
「あの……はい……」
「じゃあ確認する必要ないじゃん!!」
管理者は申し訳なさそうにうなだれた。
「あ!! じゃあ魔法は? 魔法は使えるよね?」
「あのー、そのー、ひとつ確認なんですけどね」
「はい」
「藤の堂さん、向こうに行ったとき、なにか感じるものはありました? こう、世界に満ち満ちている魔力の存在っていうんですかね?」
「いえ、全然」
「じゃあ……、たぶん、無理……かな?」
「マジかー……」
「あ、でもですね、今回のように、どうしても必要になるんじゃないかと思われるようなもので、追加できそうなものは追加していきますから、たまーにで結構ですのでスキルは確認してくださいね? ね?」
「あー、はいはい」
「じゃ本日はこのへんで。これからもよい人生を」
和服の管理者が若干冷や汗をかきながら、逃げるようにそう告げると、白い空間は光に満ちあふれていく。
「はい、どうも(そのセリフ何回目よ?)」
陽一が半ば呆れたように応えた直後、視界は完全にホワイトアウトするのだった。
○●○●
陽一のいなくなった白い空間に、管理者はまだ残っていた。
「さて、どうしましょうね、これ……」
管理者は実里と花梨、そしてアラーナの鑑定結果を閲覧しており、その3人のスキル欄には【健康体+】があった。
発覚のきっかけは、自身から陽一へと供給している魔力の流れだった。
それが陽一のもとにとどまらず、別の場所に流れ出していることにふと気づいた。
慌てて調べた結果、実里に【健康体+】が付与され、そちらの動力源となっていることがわかったのだった。
そもそも実里と花梨はスキルのない世界の住人である。
そしてただの【健康体】ならともかかく【健康体+】は陽一のみが所持するユニークスキルだ。
二重の意味で異常事態が発生しているため、管理者はその後の陽一の行動を監視していた。
そしてアラーナを連れ帰ろうとしているのがわかり、慌てて【世渡上手】というスキルを作成し、付与したのだった。先のことを想定して事前に仕込んでいたというのは真っ赤な嘘だ。
この女、やはりポンコツである。
いや、新たなスキルを瞬時に作成し得るあたりは有能なのだろうか?
そのあとも陽一の監視を続け、鼻血とよだれを垂らしながら姫騎士との行為を鑑賞していた管理人は、事後にアラーナにも【健康体+】が付与されたことに気づいた。
「なんてエロゲですか、まったく……」
しかしスキルというものは魂に刻み込まれた能力であり、身体を重ねた程度のことで付与できるものではないはずだが……。
「愛のある行為は魂の交流、か……」
以前別部署の同僚が得意げに話していたのをふと思い出した。
そのときは鼻で笑って済ませたが、もしかするとそういうことなのかもしれない。
実際、アラーナへと流れる管理者の魔力量は、一度目の後よりも二度目のあとのほうが大きくなっているのだ。
通常では考えられないが、陽一に与えた加護については、焼き土下座の勢いにまかせて与えてしまったため管理者自身も詳細を把握できておらず、なにが起こってもおかしくない状態ではあった。
問題は3人に付与されたスキルである。
【健康体+】と表示されてはいるが、陽一のものとは少し性質が異なるようだ。
詳しいことは解析してみないとわからないが、どうやら加護によって変質したスキルにはとりえあす『+』がつくようで、同じ名前でも性質が異なるというややこしいことになっている。
アラーナと実里に付与されたものは、陽一のものに比べると多少性能が劣るようだが、通常の【健康体】よりは優れているといったところか。
「細かい違いはそのうちちゃんと解析しないとダメですねぇ……」
新たなスキルを付与されたことだが、本人たちはもちろん、陽一ですらそのことにはまだ気づいていない。
彼がプライバシーを尊重せず、無遠慮に他者を【鑑定】するような人物でなくて本当によかったと、管理者は胸をなで下ろす。
ただ、誰も気づいていないなら気づかれる前に没収してしまえばいい、というわけにもいかない。
先述したが、スキルは魂に刻まれた能力である。
それを引き剥がすとなると、少なからず魂の変質をもたらし、最悪死に至る可能性もある。
無論、そのあたりに気を使いつつうまく引き剥がすこともできなくはないのだが、正直かなり骨が折れる作業なのだ。
「……とりあえず隠蔽で」
結局管理者が出した答えは、【健康体+】は付与したまま、他者はもちろん本人でも確認できないよう隠蔽することだった。
「はぁ……また怒られちゃうなぁ……」
今回の件でまた上司から叱責を喰らうであろうことを想像し、管理者はため息をつく。
「ここまでやったんですから、楽しませてくださいよ、藤の堂さん?」
陽一の様子を窺う管理者の視線には、わずかな恨みと大きな期待がこもっていた。そもそも今回の件にしたところで彼女自身の不注意が招いた結果であり、陽一にはなんの落ち度もないのだが……。
さらに、いましがた施した隠蔽に関しても、陽一が持つ【鑑定+】には看破されてしまうことにも気づいていない。
この管理者、やはり残念な女である。
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