第13話 姫騎士の実力

 翌朝、アラーナの手足はすっかりよくなっていた。

 軽くシャワーを浴びて陽一が貸したジャージを着たあと、アラーナは適当に身体を動かしてみたが、特に不具合もなさそうだ。


 グレー地にピンクのラインが入ったメンズのジャージで、サイズは陽一に合わせたものなのでアラーナには少しだけ大きいのだが、胸と尻はきつそうだった。

 ジャージの下には【無限収納+】で修復した薄手のインナーのみを着ているだけなので、張り出した胸の形が浮き出ていた。


 朝食は【無限収納+】から弁当屋の弁当を出した。

 無難に唐揚げ弁当を選択し、箸の存在を知らない姫騎士のためにフォークを用意した。

 冒険者というからにはそれなりにがさつなのだろうと想像していたが、アラーナの食事マナーには非常に洗練されたものがあった。

 その気品のある振る舞いに、ふと実里を思い出したが、陽一は軽く頭を振って存在を意識の外に追いやった。


「うむ、この揚げ鶏はしっかり味がついていて美味いな」

「それはなにより」

「それに、炊き上げた白米を味つけもせず食べるというのも悪くない。揚げ鶏との組み合わせが最高だな! それに、このミソシルというスープも素晴らしい!!」


 味噌汁は即席のものを用意した。

 どうやら食事マナーは西洋に近いものがあるようなので、味噌汁用にスプーンも用意している。

 アラーナの食事マナーは基本的に気品のあるものではあるが、けっこう大きめの唐揚げをひと口で頬ばるなど、豪快な面もあった。


「しかしヨーイチ殿はその2本の棒で器用に食べるなぁ」

「そういう文化の国なんでね」

「ハシの使い方もいつか教えてほしいな」

「いいよ」


 とりあえず幼児向けの矯正箸でも買ってやるか、と考える陽一だった。


 腹ごしらえも終わり、装備を整え、出発のときを迎えた。


「ヨーイチ殿、ローブの下はそんな格好だったのか?」


 白銀の鎧を身に着けた姫騎士が、呆れたような驚いたような複雑な表情を見せる。


「へん……かなぁ?」

「うーむ、町では目立つだろうな」

「じゃあ、これでどう?」


 と、陽一はプロテクターとヘルメットを一旦収納し、作業服姿になった。


「うむ、それなら問題ないな」

「じゃあ、町に入る前に装備を外す感じでいいかな」

「そうだな。それで問題あるまい」


 陽一は脱いだ装備を【無限収納+】から直接装備するかたちで取り出した。


「じゃあ行くよ?」

「うむ」


 陽一はアラーナの腰に手を回して抱き寄せ、【帰還+】を発動した。


 次の瞬間には、森の中の陽一とアラーナが出会った場所に着いた。

 アラーナがあたりをキョロキョロと見回しながら、何度も首を傾げている。

 一瞬、突然景色が変わったことに戸惑っているのかとも思ったが、表情を見る限りそうではなさそうだった。


「あー、ヨーイチ殿」

「ん?」

「異世界云々の件だがな、まぁ確信が持てたわけではないが、違和感の正体はわかった」

「お、なになに?」

「ヨーイチ殿の部屋には魔力がない」

「うん、それは言ったよね」

「万全な体調で訪れていればすぐに気づいたのだろうがな。でだ。あらためてこの場所に立ってみるとだな」

「……もしかして、世界に満ち満ちている魔力の存在を感じる、的な?」

「まさにそれだな。当たり前に存在していたのでまったく気づかなかったものだが、魔力が存在しない場所から突然訪れると、いやでも感じるものなのだな。ヨーイチ殿はなにも感じないのか?」

「……残念ながら」

「ふむう。なぜなのだろうな」


 陽一は昨夜管理者から告げられたことを思い出していた。


「さてね。いろいろあるんだろうな」


 しかしそれをアラーナに告げたところでたいした意味はなかろうと思い、軽く首を振ってそう告げるにとどめた。


「まぁ、とにかくだ。ヨーイチ殿の言う異世界云々の話、なんとなくわかったような気がしないでもない」

「はっきりしねぇなぁ……」

「ふふ。仕方がないではないか。まぁそのうち理解できるだろうよ」


○●○●


 ふたりが森を歩き始めて10分と経たないうちに、魔物と遭遇した。

 フォレストハウンドの群れで見えるところに5匹、【鑑定】の結果、木陰や茂みに4匹が身を潜めているのがわかった。


「では準備運動も兼ねてヨーイチ殿に私の力を見せておこう」


 そう言うと、姫騎士の両手に2丁の斧が現われた。

 ただ、その形状は斧というより斧槍ハルバードに近いだろうか。

 大きな斧頭の片側には刃が、もう片側には突起ピックがあり、柄の先端部分が斧頭から長く飛び出て槍のように先が尖っていた。

 斧頭から石突いしつきまでの長さが50センチ程度。

 華奢な身体にスマートなデザインの鎧を身に着けたアラーナには似つかわしくない武骨な武器だ。

 アラーナの構える様子から、「二丁斧槍」とでも称すればいいだろうか。


 フォレストハウンドの群れに突進したアラーナは、両手に持った斧槍を縦横無尽に振り回した。

 1丁あたり5キロはありそうな二丁斧槍を軽々と振り回し、フォレストハウンドを倒していく。

 刃で首をはね、突起で頭を潰し、槍のような柄の先端で喉を貫く。

 そうやってものの数秒でまず5匹を葬り去った。

 さらに右手に持った斧槍を茂みに向かって投げると、「ギャン!!」という悲鳴とともに1匹のフォレストハウンドが死に、ほぼ同時に飛びかかってきた個体の首は左手に持った斧槍の刃で断ち切った。

 その直後、アラーナの背後から飛びかかる個体もいたが、いつの間にか右手に戻っていた斧槍を突き出した。

 繰り出された穂先が飛びかかってきたフォレストハウンドの喉を貫くのと同時に、別の茂みから「ギャン!!」と悲鳴が聞こえた。

 左手に持っていた斧槍を投擲とうてきしたのだろうが、すでにそれは彼女の左手に戻っていた。


(つ、強ぇ……!!)


 アラーナはその華奢な細腕で舞うように二丁斧槍を振り回し、1分とかからずに9匹のフォレストハウンドの群れを殲滅してしまった。

 それはとても凄惨な光景だが、それでも陽一は姫騎士のその姿に見惚れてしまった。


「ふむ、フォレストハウンド程度では準備運動にもならんな」


 二丁斧槍についた血を振り落としながら、アラーナは陽一のもとへ戻ってきた。


「ん、ヨーイチ殿、どうした?」

「ああ、いや、その……お見事」

「ふふ。まぁ、敵が弱すぎたがな」


 そう言いながら魔物の返り血を受けてほほ笑む彼女の姿を、陽一はとても綺麗だと思った。


「では先に進むか」


 アラーナの手から二丁斧槍が消える。

 そして、彼女が自分の手に胸を当て軽くうつむくと、返り血が綺麗に消え去った。


「ちょっと、それなにしたの?」

「それとは?」

「えーっと……、とりあえず斧が出たり消えたりするやつ。【収納】スキル的な?」

「いや、これは【心装】というスキルだ」


 そう言ってアラーナは再び手斧槍を出現させた。

 【心装】とは、武器や防具を精神体と融合させることで、精神世界への装備品収納を可能とするスキルである。

 登録された武器は精神世界へ収納することで修復も可能となり、たとえ折れようが砕けようが、一旦収納してしまえば登録時の状態まで復元が可能だ。

 もちろんノーリスクで修復ができるわけではなく、魔力や生命力が消費される。

 装備の破損具合によっては魔力や生命力を使い果たし、最悪死に至ることもあるのだ。

 【心装】にて魔力や生命力が消費されるのはあくまで修復時のみとなるので、装備がひどく破壊された場合は修復前に【心装】を解除することも可能だ。

 ただし、【心装】はあくまで装備と一心同体となることが前提なので、命惜しさに【心装】を解除した場合、二度と【心装】は使えなくなる、といわれている。

 なお、【心装】に登録された装備は離れた場所からでも収納可能であり、その距離に制限はない。


「なるほど。じゃあその【心装】の能力を使って斧を出したり消したりしてたってわけか」

「うむ。慣れれば非常に便利なスキルだぞ」

「そういやブンブン振り回してたけど、その斧って軽いの? 俺でも持てる?」

「持ってみるか?」


 頷いて片手で受け取ろうとした陽一に対し、アラーナは軽く首を振った。


「見た目よりかなり重いからな。腰を落として両手でしっかり受け取ってくれ。では、離すぞ?」


 陽一は斧槍の柄の石突近くと、斧頭の刃のない部分をしっかりと持った。

 そしてアラーナが手を離した瞬間、その重みが全身に伝わってきた。


「おお!?」


 その大きさからしてせいぜい3~5キログラム、いくら重くても10キログラムはあるまいと思っていたが、実際持ってみると30キログラムに近い重さがあった。


「こんな重いの振り回してんの?」

「ふふ、秘密があるのだよ」


 姫騎士はそう言うと、ひょいと斧槍を持ち上げる。


「え……?」


 唖然とする陽一にアラーナは自慢げな笑みを向けながら、斧槍の説明を始めた。

 この斧槍は柄と斧頭の芯にグラビタイトという比重の高い鉱石が使われており、柄はアダマンタイト製、斧頭本体はミスリル製、刃と突起にはオリハルコンをコーティングしている。

 グラビタイトそのものが重いということもあり、アラーナが扱う斧槍の基本重量は30キログラム。

 ただし、グラビタイトは魔力を流すことで重さを増加させることが可能で、最大重量は100キログラムとなる。


「つまり、そのグラビタイトとやらの効果で軽くなってる?」

「いや、グラビタイトの効果はあくまで重量の増加のみだ。それとは別に重さ軽減の効果が付与されているのだ」


 武器や防具の中にはなにかしらの魔術効果を持つものがある。

 そういった武具のことを『魔装』という。

 アラーナの二丁斧槍には使用者に対して重さを10分の1にするという効果がある。

 あくまで効果範囲は使用者のみなので、攻撃を受ける側は本来の重量を受けることになるのだが。


「10分の1っつっても3キロから10キロでしょ? その細腕でよく振り回せるね」

「私は魔力を使った身体強化が得意なのでね」


 すなわち、魔力でブーストをかけているぶん、実際の筋力以上の力を出せるということだ。


「それってさぁ、ハルバードなの?」

「うーむ、もともとは戦斧だったのだがな。ハルバードを見たときに、便利そうだと思って少々手を加えたのだよ」


 【心装】は精神と融合しているので、ある程度の形状変化が可能だ。

 といっても、例えば斧を剣に変えたり槍を弓に変えたりとまったく別の形状に変えることはできず、せいぜい刃の長さや大きさ、柄の長さを変えるくらいだ。それでも充分すごいことなのだが。

 彼女の場合は柄の先を伸ばして戦斧の斧頭側から突き出させ、その先端を尖らせて槍のようにしているのだった。

 一応アラーナはその部分を槍の刃に見立てて『』と呼んでいる。


「なるほどねぇ。じゃあ、返り血が綺麗になったのは?」

「あれは『洗浄』という魔術だな。さっきのように返り血を落とすのはもちろん、武器についた血糊ちのりを落としたり、単純に汗で汚れた身体を洗ったりと、とにかく汎用性が高い。冒険者をやるからには覚えておいたほうがいい魔術のひとつだ」

「うわー、便利だなぁ、それ」


 といいつつも、おそらく自分には覚えられないだろうと陽一は思っているのだが。


「まぁなんにせよアラーナが強いってことはわかったよ。じゃあ次は俺の番かな?」

「ふむ。ではお手並み拝見といこうではないか」


 ふたりは森の中を再び歩き始めた。

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