第10話 姫騎士とお風呂

 行為を終えたふたりは、風呂に入ることにした。

 風呂の準備が整ったのを確認した陽一は、ガウンを脱ぎ、アラーナを抱え上げた。


 まだ彼女は手足をほとんど動かせず、介護なしでの入浴はできない。

 この部屋に【帰還】したときも同じような格好で抱き上げていたが、そのときのアラーナは手足はもちろん『全身拘束』により体幹部分ですらまともに動かせない状態だったので、じつは少し苦労していた。

 意識がなかったり身体を動かせなかったりする人間を抱え上げるというのはかなりしんどく、おそらく事前の戦闘訓練でそれなりに筋力がついていなければ、最悪玄関からベッドまで引きずるなり台車を出すなりして運ばなければならなかっただろう。


 いまは少なくとも体幹部分は自由に動く状態なので、抱え上げられたアラーナはうまい具合に身体を陽一に預け、幾分か抱えやすくなっていた。


「こうやって男性に抱き上げられるというのも悪くないな」

「抱き上げるのも悪くないよ」

「ふふ、そうか」


 肌と肌が密着しているところからお互いの体温が伝わり、じわりと汗がにじむ。

 その感覚が心地よかった。


 陽一の部屋の風呂はかなり広かった。

 バスタブは大人が脚を伸ばして入ってもなおあまりある広さであり、それに応じて洗い場の面積もそれなりに大きい。


「むむ、随分と立派な風呂だな。ヨーイチ殿は本当にただの庶民か?」

「まぁ、その辺はおいおいね」

「いや、詮索するようなこと言ってすまぬ。話したくないことは話さなくていいからな」

「はは、そう言ってくれると助かるよ」


 風呂場に入った陽一は、椅子の位置を脚で調整し、そこに座らせるようなかたちでアラーナを下ろした。

 シャワーをかけ、姫騎士の髪や肢体を濡らしていく。

 アラーナは特にシャワーに対して反応を見せなかったので、異世界にもそれなりに発達した文明があるのかもしれない。

 全身の汚れをひととおり落とす程度にシャワーをかけたあと、シャンプーで髪を洗う。


「かゆいところはありませんかー」

「む、大丈夫だ、気持ちいいぞ。ヨーイチ殿は髪を洗うのが――ぬぉっ!? め、目がぁー!!」


 シャンプーの泡が目に入ったらしく、アラーナが悶える。


「なにやってんの……」


 陽一は顔にシャワーを当て、軽く手でなでてやる。

 ついでに髪の毛の泡も落とした。


「ぶふっ……。め、面目ない……」


 さらにコンディショナーを髪になでつけてなじませたあと、またアラーナがやらかす前に洗い流した。

 続いて洗顔料を手に取る。


「ほほう、その石鹸は泡で出るのか――ぶむぅっ……!?」


 と感心する姫騎士の顔を手早く洗う。

 あとはボディソープで身体を洗うだけだ。


「あ、ちょ……くすぐったいぞ……」


 背中や腕を洗われながら身をよじっていたアラーナだったが、陽一の手が身体の前面を洗うようになると、だんだんと声が艶っぽくなってきた。


 ふたりが風呂を出るのに、少し時間がかかった。


○●○●


 風呂から上がったあと、陽一は自分が着ていたガウンをアラーナに着せ、自分はジャージを着た。

 濡れた髪やガウンの胸元から覗く火照った谷間が劣情を誘ったが、そう何度もするわけにもいくまいと思い、陽一はドライヤーを用意して姫騎士の髪を乾かし始めた。


 ふたりはいま、リビングのソファに座っている。


「おう、温風の魔道具とはまた高価なものを」

「あー、その辺のことも説明しないとなぁ」


 髪を乾かし、とりあえずコーヒーを淹れる。

 といってもインスタントコーヒーだが。


「コーヒーは飲める?」

「コーヒーは好きだぞ。できれば砂糖とミルクを多めに入れてくれると嬉しい」


(なるほど、コーヒーはあるのか。それに砂糖なんかも普通に使われてるみたいだな)


 姫騎士の鎧姿が中世欧風の騎士を思わせるものだったので、文明レベルも中世ヨーロッパ程度かと思っていたが、魔法があるので単純に比較できないのかもしれない。

 ドライヤーを見ても特に驚かず『温風の魔道具』と呼んだことから、似たようなものが異世界にもあるのだろう。


「む、なかなか美味いではないか」


 彼女が長時間まともに食事を摂っていないことは把握しているので、温めた牛乳にカフェインレスのインスタントコーヒーと多めの砂糖を入れたコーヒー牛乳にしておいた。


 ちなみにアラーナの手足だが、風呂を上がる頃にはなんとか自力で立ち上がるくらいのことはできるようになっており、髪を乾かしているあいだにある程度動くようになっていた。

 多少麻痺は残っているようだが、コーヒーを飲むくらいはできるようだ。


 ガウン姿でコーヒーを飲む姫騎士の姿に、陽一は少し見惚れてしまった。


「さて、アラーナに大事な話がある」

「うむ、なんだ?」

「ここは異世界だ。そして俺は異世界人……いや、ここではアラーナが異世界人になるのか……?」

「……ヨーイチ殿はなにを言っているのだ?」


 アラーナが少し呆れたような表情で首をかしげる。


「つまりだな、いまアラーナがいるこの場所は、君がいたのとは異なる世界ということだよ」

「……意味がわからないのだが。果てしなく遠い異国の地に転移したということか?」

「そうじゃない。なんと言えばいいのかな……。この世界の隅から隅まで探してもアラーナの生まれた町もなければ知り合いもいないってこと」

「うーむ、ヨーイチ殿がなにを言いたいのかよくわからんぞ?」

「そうだなぁ……、あ! じゃあ魔法使える?」

「む、バカにしてもらっては困るな。私はこうみえてもそこそこ高ランクの冒険者なのだぞ?」

「じゃあ試しにつかってみな」

「よろしい。では『灯火』の魔術を……ん? なぜだ!?」


 アラーナは人差し指を立て、その先を凝視している。

 本来であれば『灯火』という名のとおり、灯りを発生させる魔術なのだろうが、この世界には魔力がないので発動できないのだ。


「バカな……、まさかまだ『魔封』が……」

「いや、それはもう解けてる」

「では、この場に『魔封』が施されているのでは?」

「そんなんじゃないよ。アラーナが魔法を使えない理由は簡単。この世界には魔法が存在しない。その原動力となる魔力もね」

「そんな……いや、待ってくれ。さきほど温風の魔道具使っていたではないか!! あれの動力源は――」

「魔力じゃない。あれはそもそも魔道具じゃないし。家電だから」

「……かでん?」


(通じなかったってことは、向こうには電化製品ってのがないのかもな)


 その後、陽一は言葉を尽くして異世界とこの世界の違いについて説明する。

 それだけでなく、これまでの経緯を含め自分が何者であるかも包み隠さず話した。

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